21 最強の相棒と、新しい仲間
『たまや食堂』のDX化計画もひと段落着き、店内に穏やかな活気が戻ってきた頃。俺は思い切って、葵さんを食事に誘った。
「たまやの次の一手について、また少し相談に乗ってもらえませんか」
そんな口実を提示してみたものの――白状すると、純粋に葵さんとまたディナーデートがしたいという、下心100%の理由からだ。
葵さんからはすぐに快諾の返事が届き、日曜日の夜に約束を取り付けることができた。
それからの俺は、仕事の合間を縫ってはネットのグルメサイトを調べ回り、前回と同じ八王子駅近くの評判が良いイタリアンレストランを見つけて予約を入れた。葵さんが気に入ってくれればいいのだが、と少しばかり胃を痛めながら当日を迎えた。
◇
約束の当日。前回と同じ八王子駅の待ち合わせ場所で立っていると、人混みの向こうからすっと影が差し込んだ。
「信之さん、お待たせしました」
そう言って立ち止まった葵さんの姿に、俺はまたしても息を呑んだ。
淡いサックスブルーのノースリーブワンピースに、薄手の白カーディガンを軽やかに羽織った装い。風にふわりと揺れる裾と、首元で繊細に光るシルバーのネックレスが、初夏の夕暮れの街並みの中で一際目を引く美しさだった。
「葵さん、今日もすごく素敵ですね」
無意識のうちに言葉が漏れ出ていた。
葵さんは一瞬少し驚いたように目を丸くしたのち、「ありがとうございます」と頬をほの紅く染めて照れたように微笑んだ。
うむ。やっぱり、めちゃくちゃ可愛い。
しかし、いつまでも鼻の下を伸ばしてくらくらしている場合ではない。今回は俺が誘ったのだ、男としてしっかりエスコートせねば。
◇
予約していた店は、落ち着いた照明と窓からの夜景が印象的な、実に良い雰囲気のレストランだった。口コミ通りのクオリティに、内心ほっと胸を撫で下ろす。
窓際の席に腰を下ろし、お店一押しのコース料理と一緒に届いたグラスワインで乾杯を交わした。
「それにしても……」
葵さんがグラスを傾け、美味しそうにワインを口に含んでから、ふっと表情を緩めた。
「たまやの卓上タブレットと自動精算機の導入、本当にスムーズでしたね。信之さん、流石の手腕です」
「いやあ、俺の手腕というより、店の皆さんが頑張ってくれたおかげですよ」
謙遜ではなく、本心だった。今回のDX化にあたり、大将やアルバイトのスタッフたちはその必要性をしっかり理解して協力してくれた。
そして何より嬉しかった誤算は、おかみさんだった。最初はデジタル機器に抵抗感があるかと思いきや、誰よりも熱心にタブレットや自動精算機の操作手順を覚えようと食らいついてくれたのだ。今では日常のひと通りの操作を完璧にこなしている。
「おかみさん、意外と新しいテクノロジーに興味津々なんですね」
葵さんが感心したように目を細める。
「そうなんです。『高齢者=デジタルが苦手』なんていうステレオタイプな先入観は、この際捨てなきゃダメですね」
◇
美味しい料理とワインに舌鼓を打ちながら、俺は胸の奥で温めていた次なる構想を切り出した。
「実は葵さん……お店の省人化を、もう一歩先まで進められないかと考えているんです」
「ほう? 詳しく聞かせてください」
葵さんが興味深そうに身を乗り出し、瞳をキラキラと輝かせる。
「例えば、キッチンです。混雑するピークタイム以外は、調理場をワンオペで問題なく回せるようにしたくて。そのための施策として、まずは業務用食器洗浄機や、野菜を高速で仕込めるフードプロセッサーなんかの導入を考えているんです」
「とても良い案だと思いますよ。初期費用の処理も、卓上タブレットの時と同じように信之さんからの貸付金として計上できますし」
プロの視点から即座に同意をもらい、俺は言葉を続けた。
「あとは……調べてみたらスチームコンベクションオーブンとか、自動スープディスペンサー、定量注出機なんて便利な機械も色々あるみたいなんですが。ただ、このあたりの本格的な調理機器になると俺の知識じゃ手に負えなくて。今後、ちゃんとした料理人を雇い入れた後に、現場の意見を聞いて相談しながら決めようかと」
「ええ、それが賢明ですね。あまり勇み足で導入して宝の持ち腐れになったら意味がありませんから。……ということは、いよいよ『専属の料理人』の募集に踏み切るんですね?」
「はい。大将とも話し合って、今回のDX化で人件費の浮きが見込めたので、いよいよ求人を出そうと思っています」
「素敵な料理人さんが見つかると良いですね」
「ええ、本当に」
柔らかいあかりに照らされた葵さんの笑顔を見つめながら、俺はグラスを傾けた。
元SEの知識と、彼女の知恵、そして『たまや食堂』の新しい未来。すべてが良い方向へ動き出している実感が、胸を温かく満たしていた。
それにしても、葵さんは俺の提案に何でも親身に耳を傾け、賛同してくれる。
さすが、俺の最強の相棒である。自分のアイデアが肯定される心地よさに、俺の心はすっかり弾んでいた。
すっかり気が大きくなった俺は、胸の奥で温めていた「とっておきの切り札」をぶつけてみることにした。
「葵さん。フロアの更なる省人化のために、ネコ型配膳ロボットの導入を……」
「却下です」
食い気味に、真顔で即答された。あまりの早さに、グラスを持った手がピタリと止まる。
「『たまや食堂』には、明らかにオーバースペックです。それに、あの狭い店内じゃ物理的にすれ違いもできませんし、走行すら怪しいでしょう?……信之さん。DXにかこつけて、少しご自分の趣味に走りすぎていませんか?」
整った眉をひそめ、ジト目で見つめられ、冷ややかで手厳しい正論を矢継ぎ早に頂戴する。
(さすが、俺の相棒。暴走しそうなところは、きっちり手綱を引いて諫めてくれる)
ぐうの音も出ない正論に頭を掻きながらも、俺は内心で(やっぱりこの人は最高だな)と感心しきりだった。
◇
梅雨の気配が近づいてきた初夏の頃、みどりちゃんが、長期インターンシップに参加するためしばらくバイトを休むことになった。
「みどりちゃん、就活がんばってね!」
「応援してるぜぇ!」
最終出勤日、大将やおかみさんに見送られ、みどりちゃんは笑顔で店を旅立った。
あの太陽のように明るいみどりちゃんの笑顔がしばらく見られないのは、店にとってもお客さんにとっても寂しいことには違いない。
だが、現場のオペレーション自体に支障はでなかった。
すでに卓上タブレット注文や自動精算機による店舗DXは完璧に定着しており、当初の目論見通り、みどりちゃんの穴を埋めるための新しいホールバイトを雇わなくても余裕で乗り切れる態勢が整っていたのだ。
そんな折、かねてより募集していた調理師正社員の求人に、願ってもない応募者が現れた。
実は、「たまや食堂」が出した求人は大手企業にも引けを取らない好条件を設定していたため、これまでも応募自体はちらほらとあったのだ。
しかし――
「飲食店は未経験ですがやる気はあります!」
「大手チェーンで料理長を務めた私から言わせてもらえば、この店のオペレーションはですね……」
「子ども食堂の対応ですか? 正直、子供はちょっと苦手でして」
「来年定年を迎えるんですが、再雇用までのつなぎで……」
「ニホンゴ、デキマセン〇△×#$%」
といった具合で、スキルや人柄、あるいは『たまや食堂』の理念との相性がどうにも合わず、泣く泣く採用を見送ってきていたのだった。
そんな中で面接にやってきたのが、佐々木 源太だった。
この春に調理師専門学校を卒業したばかりの、ピカピカの19歳。
実務経験はなく料理人としてのキャリアは未知数だったが、ハキハキとした挨拶と素直で元気な人柄が実に心地よい好青年だった。 そして何より、面接での彼の言葉が全員の心を射止めたのだった。
「子ども食堂の取り組みについても、求人票で拝見しました。……実は、僕がここに応募した一番の理由はそれなんです!」
源太は少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな目でそう語った。
「僕、母子家庭で育ちまして……母ちゃんが遅くまで働いていたので、温かいご飯が待っているありがたさが身にしみて分かるんです。だから僕も、たまやで子どもたちに『うまい!』って笑ってもらえるような料理を作りたいんです!」
その言葉を聞いた瞬間、面接に同席していた大将が腕を組み、ニッと豪快に破顔した。
「なあに、現場の腕なんてのはいくらでも後からついてくる。手抜きなしの基本さえできてりゃ、俺が一から一人前に育ててやるよ!」
大将の一声が決め手となり、源太の採用は即決した。
こうして『たまや食堂』に、フレッシュな新しい風が吹き込むことになったのだった。




