20 新生たまや食堂と、未来への第一歩
その日の夜、葵さんが『たまや食堂』に来てくれたので、営業後の店内で大将とおかみさんを囲み、たまや食堂DX化計画について説明した。
俺が昼間届いたスマレジの見積書を見せながら、卓上タブレット、キッチンモニター、そして完全自動精算機を導入した省人化の仕組みを熱弁すると、二人は圧倒された様子で言葉を失っていた。
デジタル化の先進的な構想と、聞いたこともないような金額規模に目を白黒させる大将とおかみさん。
そんな二人を尻目に、隣に座っていた葵さんがカバンから電卓と資料を取り出し、パッと表情を引き締めた。
「良い案だと思います。では、その線で進めた場合の、税務上、実務上の手続きについて説明しますね」
葵さんは見積書を指さしながら、大将とおかみさんに向かって優しく、しかし力強い声で続きを語り出した。
「今回導入する設備の初期費用約165万円は、事前にご説明した通り信之さんからの『店舗への貸付金』として処理します。信之さんが試算してくれた通り、月々のシステム利用料を差し引いても年間で大幅に人件費が浮きますから、お店の固定費を一切増やすことなく正社員さんの雇用原資を生み出すことができます」
「なるほどねぇ……。ノブの言う通り、浮いたバイト代で全部まかなえるってわけかい」
おかみさんが感心したように頷く。
「はい。それに加えて、税務面でも大きなメリットがあります。今回の設備導入は中小企業の特例などを活用すれば初年度に一括で経費計上でき、お店の節税に大きく貢献します。さらに将来、信之さんがこの店を正式に引き継ぐ際には、この貸付金と事業譲渡の対価(のれん代)を相殺できますから、二重の税金もかかりません」
葵さんは説明を終えると、パンと手と手を合わせて二人をまっすぐに見つめた。
「『毎月消えていく人件費』を『お店の稼ぐ力を高める投資』に変える――経営的にも税務的にも、一切の隙がない完璧な構造改革ですよ」
◇
葵さんの力強い説明を聞いて、大将は大きく頷く。
「ノブ、葵ちゃん。お前たちに任せた。思う存分やってくれ!」
静まった店内に、大将の声が響いた。
長年、自分の腕一本で暖簾を守り続けてきた職人の、覚悟と信頼が込められた力強い一言だった。
「ふふっ……そう言ってくれると思ってたよ、あんた」
おかみさんが嬉しそうに目を細め、大将の顔を覗き込む。大将はどこか照れくさそうに鼻の下をかきながら、へへっと笑った。
「ああ。時代は変わっていくんだ。俺たちの頑固さで店の未来を狭めるわけにはいかねぇよ。何より、ノブと葵ちゃんがここまで真剣に『たまや食堂』のこれからを考えてくれたんだ。乗らない手はないだろ」
「大将……! ありがとうございます!」
俺と葵さんは顔を見合わせ、深々と頭を下げた。胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
元SEとしての知識と、葵さんのプロとしての知恵。それが合わさり、大将の心意気という最後のピースがハマった瞬間だった。
「よしっ、決まりですね! それじゃあ信之さん、明日早速スマレジの担当者さんに連絡して、導入の手続きを進めましょう!」
「ああ、任せてくれ!」
昭和の温もりを残す居間の空気の中に、はっきりと新しい風が吹き抜けたのを感じていた。
『たまや食堂』のDX化計画は、いま確実に、最初の一歩を踏み出したのだ。
◇
スマレジとの契約および機器の手配を皮切りに、システムの初期設定、メニューマスタの登録、店舗のネットワーク構築、そして実機の設置と入念な動作テスト――。それら怒涛の工程を駆け抜け、俺たちはわずか1か月という異例のスピードでシステム導入へこじつけた。
通常、自動精算機まで含めた全体の導入には2か月近くかかるのが一般的らしい。
だが『たまや食堂』の場合、元SEの俺が自前でメニューのマスタデータ作成からLAN環境の構築、端末のキッティング(初期設定やアプリのインストール)までをすべて買って出た。そのおかげで期間を大幅に短縮できた上、スマレジ側に支払う「導入サポート初期費用」までごっそり浮かせることができたのだ。
機器の手配と並行して、スタッフのサポート体制づくりにも力を入れた。
みどりちゃんやサブをはじめとするアルバイトスタッフを集め、機器の基本操作やトラブル時の対応、そして何より「操作に戸惑うお年寄りのお客さま」を想定した丁寧な接客トレーニングを実施したのだ。さすがはデジタルネイティブの大学生たち。タッチパネルの扱いやアプリの挙動にはあっという間に順応し、飲み込みの早さには舌を巻くほどだった。
◇
そして迎えた、システム稼働の初日。
万が一のトラブルにも即座に対応できるよう、この日はスタッフを通常より多めに配置する手厚い陣形で挑んだ。
店内を見渡せば、各テーブルに整然と設置された真新しい卓上タブレット。
店舗の入り口には、重厚感のある姿ででんと構える自動精算機。
そして厨房の壁には、鮮烈な存在感を放つキッチンモニター。
いざ開店すると、それらDX機器たちが期待以上の大活躍を見せてくれた。
「すみません、この画面で注文すればいいのかしら?」
操作に迷う高齢のお客さまには、みどりちゃんやすばるがすかさず駆け寄って「こちらをタップしてくださいね」と優しくフォローを入れる。
途中でネットワークの微小な通信エラーが発生したものの、俺が予備端末へ即座に切り替えるなどの迅速なアプローチで事なきを得た。
ホールと厨房がテクノロジーでシームレスに繋がった新生『たまや食堂』は、初日とは思えないほどのスムーズさで、大盛況のうちに営業を終えることができたのだ。
◇
「おいおいノブ、注文が入った瞬間に料理名と経過時間が画面に出るぞ! 紙の伝票を壁に貼るより遥かに見やすいし、出し忘れも防げるな!」
厨房でキッチンモニターに次々と表示されるオーダーを眺めながら、大将は子供のように目を輝かせて感動しきりだった。
「本当にねぇ。これまでは営業が終わった後に、疲れた体で小銭を数えてレジ締めをしなきゃいけなかったのに……機械が自動で集計してくれるなんて、夢みたいに楽だよ」
売上データが一瞬でクラウドに同期され、毎晩の面倒なレジ締め作業から解放されたおかみさんも、ほっと胸を撫で下ろしながら大喜びしている。
苦労してシステムを構築し、夜遅くまで準備を重ねてきた甲斐があった。
二人の笑顔を見ながら、俺は『たまや食堂』のDX化がもたらした確かな手応えと充実感を、胸いっぱいに噛み締めていた。




