19 たまやDX計画と、165万円の投資
その日、バイトから帰った俺は、早速自室のパソコンに向かい、注文用の卓上タブレットや自動精算機の導入についてネットで調べ始めた。
元エンジニアの職業病というべきか、こういうシステム構成を考える作業には、どうしたって心が躍る。
まずは、注文用の卓上タブレットからだ。
調べてみると、大手が採用しているような本格的なPOSシステム(レガシーPOS)の場合、初期費用だけで100万~200万円以上、月額利用料も数万円単位でかかるらしい。
――やっぱり、そう簡単には手が出ないな。
そう思いながらさらに調べを進めていくと、最近はiPadなどを利用した「クラウド型POSシステム」が急速に台頭していることを知った。
こちらなら、導入費用は数十万円、月額も数千円程度に抑えられるという。しかも、セルフレジとの連携機能まで備わっている。それなら、今の『たまや食堂』にはこれで十分すぎるはずだ。
クラウド型のデメリットを挙げるとすれば、本格POSに比べてサポート体制が弱い点らしい。
メーカーの作業員が現地へ駆けつけてくれる手厚い保守契約があるレガシーPOSに対し、クラウド型は「電話やチャットでのサポートのみ」となるケースが多いからだ。
だが、ITに疎い年配の経営者ならいざ知らず、元SEの俺なら話は別だ。トラブル発生時の一次切り分けや、ルーターの再起動、予備端末への交換といった応急処置なら余裕で対応できる。
結論として、卓上注文端末にはクラウド型システムを採用する方向で心を決めた。
この分野で実績があるのは「スマレジ」と、さらに安価な「Airレジ」の二大勢力らしい。Airレジの安さも魅力的だが、有料な分だけ機能が充実しており、何より完全自動精算機との連動に強い「スマレジ」を第一候補に据えることにした。
次に、自動精算機の選定だ。
精算機には大きく分けて二つのタイプがあるらしい。スタッフがレジ操作を行い、現金の出し入れだけを機械に任せる「対面決済型の自動釣銭機」と、会計まで客自身で完結させる「完全自動精算機」だ。
前者の対面型なら、操作に迷いやすい高齢客でも安心して利用できるメリットがある。だが、うちの『たまや食堂』のメイン顧客層は近くの大学生たちだ。ならばここは思い切って、ホールの省人化に振り切った「完全自動精算機」を選ぶのが正解だろう。
もちろん、タブレット操作やレジ会計に慣れないお年寄りへのフォローは必要だ。そこはスタッフが常に声をかけられる運用体制を整えてカバーすればいい。
機器のトラブルを避けるため、精算機は「スマレジ」が公式に動作保証を出しているモデルから選ぶことにした。メーカーの公式連動機なら、長期間にわたって最も安定した運用が期待できるはずだ。
さらに調べていくうちに、もうひとつ魅力的なシステムを見つけた。
厨房の伝票確認を、従来のプリンター用紙ではなく「キッチンモニター」に置き換える方法だ。
スマレジの場合、公式のキッチンモニターアプリをiPadやAndroidタブレットにインストールし、厨房の壁に設置するだけで導入できるという。アプリのセットアップやネットワーク設定など、俺にとっては朝飯前だ。ペーパーレス化も進むし、これはぜひ導入したい。
◇
結論は出た。
「スマレジ」「対応する完全自動精算機」「キッチンモニター」――この3点セットの導入を、たまや食堂DX化の軸に決定した。
俺はすぐさまスマレジの公式サイトにアクセスし、「導入のご相談」フォームを開いた。
「飲食店・20席規模・卓上セルフオーダー・キッチンモニター・自動精算機連携希望」と条件を打ち込み、送信ボタンをクリックする。
あとは、専任の担当者からの折り返し連絡を待つだけだ。
ふと振り返って壁の時計を見ると、針はすでに深夜の2時を回っていた。
――考えてみれば、最近の俺は朝から晩まで『たまや食堂』のバイトをし、昼休みや合間にはおじいちゃんの資産整理、そして家に帰ってからもこうして深夜まで店の構想や調べものに没頭している。
下手すれば、デスマーチに突入して徹夜を連発していたSE時代に匹敵する労働時間かもしれない。
だが――死ぬほど苦痛だったあの頃に比べて、今はとにかく楽しいのだ。
同じように身体を動かし、同じように頭を抱えていても、誰かに強制されるのではなく「自分の意思で未来を作る仕事」をしているというだけで、気持ちの持ちようはここまで激変するものなのか。
静まり返った夜中の部屋で、俺はひとり、なんだか無性に可笑しくなって小さく笑った。
◇
翌日の午後、仕込みの合間にスマホをチェックすると、スマレジの営業担当者から早くも丁寧なメールが届いていた。
『桐山信之様 お問い合わせありがとうございます。ご希望の「卓上セルフオーダー」「キッチンモニター」「完全自動精算機連携」の構成について、概算の見積もりを作成いたしました』
添付されたPDFを開き、俺は食い入るように数字を目で追った。
見積もりの概要はこうだ。
初期導入費用: 約165万円
(※iPad2台、卓上タブレット6台、スタンド類、スマレジ動作保証済みの卓上型完全自動精算機本体および初期設定費用を含む)
月額システム利用料: 約22,000円
(※POS機能、セルフオーダー、キッチンモニター、自動精算機連携オプションの合計)
――165万か!
一瞬、数字の大きさにウッと胸が詰まりかけたが、すぐに頭の中で電卓を叩く。
自動精算機本体が120万円ほどするため初期費用はそれなりにかかるが、レガシーPOSを入れるのに比べれば遥かに安い。
何より、アルバイトを1人雇い続ければ、時給や交通費で年間100万~150万円ほどの人件費が毎年消えていくのだ。それを考えれば、この165万円は1年ちょっとで完全に回収できる。
しかも月々のシステム利用料2万2千円なんて、バイトのシフト数日分でしかない。
「165万円の設備『投資』で、半永久的にホール一人分の人件費を削減できる……勝算はある!」
俺はスマホに表示された見積書を見つめながら、思わず力強く拳を握りしめた。




