表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『貴様さえいなければ』と追放された悪役令嬢ですが、『深淵の魔女』は黒歴史の設定です。本当に伝説にしないでください。  作者: ましろゆきな
第二章 離宮の研究室

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/12

第九話 明日への前夜


 雨は、夜半過ぎに本降りになった。


 廃屋の屋根を叩く音を聞きながら、エリアーナはノートを最終確認していた。起動術式、全ての工程、暴走防止機構の動作条件。何度も読み返した箇所を、もう一度だけなぞる。


 間違いはない。


 はずだった。


 それでも手が止まらないのは、確認しているのが術式ではなく、自分自身の覚悟のような気がした。


 八年と三ヶ月。


 誰にも理解されなかった研究が、明日、初めて現実の形を取る。


 失敗したら。


 その可能性が、頭の片隅をかすめた。術式の解釈を誤っていたら。暴走防止機構が正しく機能しなかったら。レオやエミールを危険に晒すことになったら。


 エリアーナはノートを閉じた。


 今さら考えても仕方がない。やれることは全部やった。あとは、信じるしかない。


 八年間、ずっとそうしてきたように。


 ◇


 外套を羽織って廃屋の外に出ると、エミールが軒下に立っていた。


 雨宿りをしているにしては、傘も持たず、ただ降る雨を見ていた。


 「眠れないんですか」


 声をかけると、エミールは少し驚いたようにこちらを見た。


 「あなたも」


 「同じです」


 エリアーナは隣に立った。雨音が、二人の間の沈黙を埋めていた。


 「怖いですか」


 唐突に、エミールが聞いた。


 エリアーナは少し考えた。


 「怖い、というより」


 言葉を探した。


 「楽しみで、怖くて、両方です。たぶん、どちらか片方だけということは、ないんだと思います。本当に大事なものに向かうときは」


 エミールは何も言わなかった。ただ、雨を見ていた目を、少しだけエリアーナの方へ向けた。


 「エミールは」


 「私は」


 短い沈黙があった。


 「私には、よく分かりません。怖いという感覚に、あまり馴染みがないので」


 「そうなんですか」


 「ほとんどのことは、結果が予測できました。予測できないことに、これまで出会ったことがなかった」


 エリアーナは少し驚いて、隣の横顔を見た。


 「今は?」


 「……今は、分かりません」


 その答えに、何か含みがあるように聞こえたが、エリアーナは追及しなかった。雨が、少しずつ弱まっていくのを、二人並んで聞いていた。


 ◇


 夜が明ける頃には、雨は止んでいた。


 雲の切れ間から、朝の光が差し込んでいた。


 「いい天気になりましたね」


 エリアーナが空を見上げて言った。


 「ええ」


 とエミールは答えたが、彼が見ていたのは空ではなかった。


 朝日を受けて、エリアーナの銀色の髪がわずかに光っていた。寝不足のはずなのに、目だけは、これまで見たどの朝よりも澄んでいた。


 今日、この目が何を見るのか。


 エミールは、それを誰よりも近くで見届けたいと思っていた。


 ◇


 日が高くなる前に、レオが息を切らして駆けてきた。


 「魔女様! 今日だよな!」


 「今日です」


 「俺も行く!」


 「もちろんです」


 三人は、いつもの道を歩いた。森の奥へ、ゴーレムの眠る場所へ。


 道中、誰もあまり話さなかった。レオでさえ、いつもの軽口を控えていた。空気の中に、何か特別なものが満ちているのを、十歳の少年も感じ取っているようだった。


 開けた場所に出ると、ゴーレムは昨日と変わらない姿で、そこに立っていた。うつむいた頭部、苔の生えた肩、刻まれた紋様。だが今日は、その紋様にどんな光が灯るのか、三人とも知っていた。


 エリアーナは、ゆっくりとゴーレムの前に立った。


 胸部の装甲に、そっと手を当てる。


 「……いきます」


 声に、震えはなかった。


 覚悟だけが、その声に乗っていた。


 レオが息を呑む音がした。エミールは一歩、前に出た。


 エリアーナが、両手を胸部の紋様に添えた。


 古代語の最初の一節が、静かな森に響き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ