第二十三話 地下へ
一週間待つ、と言ったのは本当だった。
三日間は、待った。
問題は、三日目の夜に、書庫で見つけた文献だった。
◇
自律型補助機械に関する記述を追っていくうちに、エリアーナは一冊の設計文書に辿り着いた。
七世代前ではなく、もう一世代古い、八世代前の様式だった。農業用ゴーレムとは根本から異なる設計思想で作られた、完全自律型の補助機械。起動者の意図を読み取り、先回りして行動する。高度な言語理解と状況判断を持ち、人間と同等以上の会話が可能。
そして、その設計文書の末尾に、一行だけ書き添えられた注記があった。
『現存する唯一の完成体は、アルテシア離宮地下保管室に収蔵』
「……」
エリアーナは、しばらくその一行を見つめた。
現存する。
唯一の。
完成体が。
地下に。
手帳を開いた。
『地下、三日目に確認する。文献に根拠あり。これは研究上の緊急性が高い案件』
書いてから、少し考えた。
「緊急性が高い」は、自分の基準では正しい。エミールの基準では通らないかもしれない。
もう一行書いた。
『エミールには後で説明する』
◇
翌朝、エリアーナは早起きした。
マリアが来る前に、書庫の棚の最奥を確認した。地下への入口は、昨夜のうちに目星をつけていた。箱の山の裏に、扉があることは、搬入の記録から推測できた。
鍵は、エミールが持っている。
ただ、扉そのものに鍵がかかっているかどうかは、確認していなかった。
棚の箱をいくつかずらすと、石造りの扉が現れた。古い作りだった。取っ手を引いてみた。
開いた。
「……鍵、かかっていなかった」
エリアーナは、少し考えた。
鍵のかかっていない扉を開けることは、禁じられていない。一週間待つと言ったのは、エミールが先に確認してくれると言ったからだ。ただ、扉が開くなら、自分で確認できる。
論理的には、問題ない。
エリアーナは、ランタンを手に取り、石段を降り始めた。
◇
地下は、思ったより広かった。
天井の低い、石造りの廊下が続いている。壁に沿って棚が並び、古い道具類や文書の箱が積まれていた。埃の積もり方からして、長いこと誰も入っていないのが分かった。
廊下の突き当たりに、もう一つ扉があった。
こちらも、鍵がかかっていなかった。
開けた瞬間、ランタンの光が部屋の中に広がった。
部屋の中央に、それはあった。
人型だった。
高さは、エリアーナよりわずかに高い程度。農業用ゴーレムとは全く異なる、繊細で精巧な作りをしていた。素材は古代金属だが、表面の仕上げが全く違う。人の肌に近い、滑らかな質感だった。顔立ちも、人間のものに近い。
眠っているように、椅子に腰かけていた。
「……これが、シオン」
文献の記述と照合した。名前は、設計者がつけたものだった。
エリアーナは、ゆっくりと近づいた。
胸部に、紋様があった。農業用ゴーレムとは異なる、もっと複雑な配列だった。これが起動術式の記述だろう。
「すごい」
思わず声が出た。
八世代前の技術が、ここに残っていた。完全な状態で。
「見てもいいですか」
相手は眠っているので、返答はない。エリアーナは、ランタンをそばに置いて、細部の観察を始めた。
関節の構造。素材の配合。顔面の精巧さ。言語理解を可能にするための音声機構。全部、文献の記述と一致していた。それどころか、記述を超えている箇所がいくつかあった。
設計図を書き写し始めた。
一時間が過ぎた。
夢中になっていた。
◇
「エリアーナ」
背後から、声がした。
振り返ると、扉のところにエミールが立っていた。
表情は、穏やかだった。怒っている様子はなかった。ただ、どこか諦めたような顔をしていた。
「……鍵がかかっていなかったんです」
「知っています」
「文献に、現存する唯一の完成体がここにあると書いてありました」
「知っています」
「だから、確認しに来ました。研究上の緊急性が」
「エリアーナ」
「はい」
「一週間と言いました」
「言いました。でも扉に鍵が」
「かかっていませんでした。知っています」
エミールは、ため息をついて、部屋に入ってきた。シオンを見た。
「……起こしていませんか」
「まだです。観察していただけです」
「そうですか」
エミールは、シオンの前に立って、しばらく見ていた。
「これが、気になっていた理由ですか」
「起動したとき、何が起こるか分からなかったので。念のため、先に確認したかった」
「起動する気だったんですか」
「研究者として、動いているところを見たいとは思います。でも、まずは観察を」
「エリアーナ」
「はい」
「それは、その手に持っているものは」
エリアーナは、手元を見た。
いつの間にか、シオンの胸部の紋様に手をかざすように、指先を近づけていた。
「あ」
「それは、起動術式の入力点です」
「……知っています」
「触れると、起動シーケンスが」
「分かっています、今すぐ触れるつもりは」
次の瞬間、足元の石畳の凹凸に、ランタンのコードが引っかかった。
エリアーナの体が、前につんのめった。
手が、シオンの胸部に、触れた。
一瞬の静寂。
それから、紋様が、光り始めた。
◇
「……やってしまいました」
「ええ」
エミールの声は、静かだった。
怒っているのか、諦めているのか、それとも最初からこうなると思っていたのか、エリアーナには判断がつかなかった。
シオンの目が、ゆっくりと開いた。




