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『貴様さえいなければ』と追放された悪役令嬢ですが、『深淵の魔女』は黒歴史の設定です。本当に伝説にしないでください。  作者: ましろゆきな
第二章 離宮の研究室

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第十五話 断ります


 正式な使節団が村に到着したのは、その日の昼過ぎだった。


 紋章入りの旗を掲げた馬車が三台。護衛の騎士が十名近く付き従っていた。物々しい行列に、村人たちは何事かと顔を見合わせた。


 先頭の馬車から降り立ったのは、壮年の文官だった。仰々しい礼服を纏い、巻物のような書状を手にしている。


 「エリアーナ・バーンシュタイン嬢に、王太子殿下よりの伝令である」


 文官の声が、村の広場に響き渡った。


 エリアーナは、エミールと並んで、ゆっくりと前に出た。


 「お久しぶりです」


 声は、思っていたより落ち着いていた。


 「殿下より、正式な召喚状を持参いたしました」


 文官は書状を広げ、朗々と読み上げ始めた。


 「貴族の義務に鑑み、エリアーナ・バーンシュタイン嬢に対し、即刻、王都への帰還を要請する。追放令については、撤回の意向あり――」


 「お断りします」


 エリアーナの声が、文官の言葉を遮った。


 広場が、静まり返った。


 「……今、何と」


 「断ります、と申し上げました」


 エリアーナは、まっすぐに文官を見据えた。


 声は、震えていなかった。


 「殿下からの召喚状であることは、理解しています。ですが、私は、王都に戻る意思がありません」


 「公爵令嬢としての義務を、放棄なさるおつもりですか」


 「義務、ですか」


 エリアーナは、わずかに目を細めた。


 「私は十八年間、その義務を誰よりも忠実に果たしてきたつもりです。婚約者としての役割も、令嬢としての作法も、すべて」


 「それは」


 「その結果が、衆人環視の中での婚約破棄でした。理由は、私が変わり者だから。誰にも理解されない興味を持っているから。友人がいないから」


 文官は、何も言えずにいた。


 「あれが、義務を果たした人間への扱いだとしたら。今さら、また義務を理由に戻れと言われても、応じる理由が見つかりません」


 エリアーナは、一度、深く息を吸った。


 「私はここで、自分の意思で生きています。誰にも強制されず、誰かを傷つけることもなく、ただ自分の好きなことに、まっすぐ向き合って」


 「魔女様を、無理に連れて行くつもりか」


 村長が、低い声で言った。


 「俺たちの、大事な先生だぞ」


 「テツジンだって、魔女様がいなくなったら、誰が面倒見るんだ」


 子供たちの声があちこちから上がった。集まった村人たちが、いつの間にかエリアーナを取り囲むように立っていた。


 文官は、その光景に明らかに動揺していた。報告では、孤立した哀れな令嬢のはずだった。目の前にいるのは、村中から守られている存在だった。


 「……エミール殿」


 文官が、隣に立つエミールに気づいて、声をかけた。


 「あなたは、エリアーナ嬢の関係者と伺っておりますが」


 「ただの、研究のパトロンです」


 エミールは、いつもの飄々とした調子で答えた。


 「ただ、ひとつだけ申し上げておきます」


 その声に、わずかに重さが加わった。


 「彼女の意思は、彼女自身のものです。誰であれ、それを覆す権利はないと思います」


 文官は、エミールをしばらく見つめた。何かを探るような目だった。だが、それ以上は追及せず、書状をゆっくりと巻き直した。


 「……お持ち帰りいたします、殿下のご意向を」


 行列が村を出ていくのを、誰もが固唾を呑んで見守った。


 ◇


 馬車が完全に見えなくなってから、広場に歓声が上がった。


 「やったぞ、魔女様!」


 レオが、興奮した様子で駆け寄ってきた。


 「すごかったな! あんな偉そうな奴、一発でやり込めた!」


 「やり込めたわけでは」


 「いや、すごかった!」


 エリアーナは、ようやく、肩の力が抜けるのを感じた。手が、わずかに震えていた。覚悟を持って言い切ったつもりだったが、内心では、ずっと怖かった。


 その震えに、誰よりも早く気づいたのは、隣に立つエミールだった。


 「……よく、言いました」


 静かな声だった。


 エリアーナは、エミールを見上げた。


 その目には、これまで見たことのない、強い光が宿っていた。


 「ありがとうございます」


 エリアーナは、小さく微笑んだ。


 ◇


 村人たちの輪が落ち着いてから、エミールはエリアーナを見た。


 今日の彼女の姿を、エミールは、ずっと目に焼き付けていた。


 震える手を隠しながら、それでもまっすぐに立って、自分の言葉で言い切った姿を。


 あれほどのことができる人間が、それでも内心では怖かったのだと、震えが教えてくれた。


 完璧でも、無敵でもない。ただ、必死で、まっすぐで、本物だった。


 守りたい、という気持ちが、今日ほどはっきりしたことはなかった。


 そして同時に、もうひとつのことも、はっきりした。


 このまま、「ただの学者」でいることは、できない。


 彼女が今日、あれほどの言葉を言えたのは、十八年間、ひとりで向き合い続けてきた時間があったからだ。その重みに、自分は正面から応えなければならない。


 「エリアーナ」


 人波が引いた頃、エミールは声をかけた。


 「はい」


 「少し、話があります。聞いてもらえますか」


 エリアーナは、その言葉の響きに何かを感じ取ったように、静かに頷いた。



 ◇ ◇ ◇



 王都では、その夜遅く、使者が戻ってきた。


 「報告いたします。エリアーナ・バーンシュタイン嬢は、帰還を拒否いたしました」


 「……なぜだ」


 「召喚状の読み上げ中に遮られまして。『断ります』と、即座に」


 王太子の手から、杯が滑り落ちた。


 「村人は」


 「全員が、嬢の周囲に集まりました。老人も、子供も。古代の機械人形まで、その場に立っておりまして」


 「全員が……」


 「はい。『連れて行くつもりか』と、私どもを取り囲む形に」


 長い沈黙が落ちた。


 「孤立している、はずだった」


 王太子の声は、ほとんど独り言だった。


 「誰にも理解されない変人のはずだった。友人もいない、惨めな娘の、はずだった」


 使者は、何も言わなかった。


 言える言葉が、なかった。


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