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『貴様さえいなければ』と追放された悪役令嬢ですが、『深淵の魔女』は黒歴史の設定です。本当に伝説にしないでください。  作者: ましろゆきな
第二章 離宮の研究室

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第十四話 苛立つ王都


 王宮の謁見の間には、苛立った沈黙が満ちていた。


 「もう一度、報告しろ」


 王太子が、低い声で言った。


 跪いた使者は、額に汗を滲ませながら、口を開いた。


 「エリアーナ・バーンシュタイン嬢の現状を確認いたしました。村人たちが、大変……エリアーナ嬢に好意的でして」


 「好意的? あの変人が?」


 「はい。魔獣を独自の知識で食用に変え、村の食糧事情を改善したとのことで。今では村中から『魔女様』と呼ばれ、慕われているようです。それから」


 使者は、さらに声を絞り出した。


 「古代の巨大な機械人形を、独学で修復し、稼働させたとの噂もございます。現在は村の畑を耕しているとか」


 謁見の間に、沈黙が落ちた。


 「……あの女に、そんなことができるはずがない」


 王太子は、低く吐き捨てた。


 「あれは、王宮では誰にも理解されない変人だった。友人もいない、孤独な娘だった。だからこそ追放したのだ」


 「殿下」


 宰相が、静かに進み出た。


 「新たな婚約者候補が、正式に辞退の意向を示しております。先の灌漑計画の頓挫、税制改革の失敗。貴族院内では、エリアーナ嬢への婚約破棄そのものを疑問視する声も出始めており」


 「分かっていると言っている」


 王太子の声が、謁見の間に響いた。


 「……正式な使者を立てる。私の名代として、王都への帰還を要請しろ」


 宰相は、一礼して、謁見の間を出た。


 残された王太子は、ひとり、苛立たしげに天井を見上げた。


 「惨めに暮らしているはずだったのに」


 誰に向けるでもない呟きが、空虚に響いた。


 ◇


 森の村では、そんな王都の様子など知る由もなく、いつも通りの一日が過ぎていた。


 「お前、絶対貴族だろ」


 廃屋の前で、レオがエミールを真正面から見据えた。今日は、ただの軽口ではなかった。目が、本気だった。


 「学者です」


 「嘘つけ。あんな立派な馬車で来て、あんな大量の書類を一日で揃えられて、それで学者はないだろ」


 「……珍しい学者なので」


 「嘘が下手くそだぞ、お前」


 レオは、腕を組んで、エミールを睨み続けた。


 「前から言おうと思ってたんだ。魔女様は優しいから追及しないけど、俺は違う」


 「……何が聞きたいんですか」


 「魔女様のこと、ちゃんと守れる立場なのか」


 エミールの手が、わずかに止まった。


 「外から変な奴らが来て、魔女様を連れ戻そうとしてる。お前がただの学者なら、いざとなったとき何もできないだろ。でもお前は絶対ただの学者じゃない」


 レオの声に、十歳らしからぬ真剣さがあった。


 「だから聞いてるんだ。守れるのか、守れないのか」


 エミールは、しばらく何も言わなかった。


 文献に落としていた視線を、ゆっくりと上げた。


 「守ります」


 「本当に守れるのか、って聞いてるんだ。気持ちじゃなくて、力として」


 「……守れます」


 その答えに、レオはしばらく目を細めて、エミールを見ていた。


 「なんで守れるんだ」


 「……それは、いずれ」


 「いずれって何だよ」


 「もう少し、待ってください」


 レオは、唇を噛んだ。納得していない、という顔だった。それでも、エミールの目の中に、嘘の色がないことだけは、分かったのだろう。


 「……約束しろよ」


 「約束します」


 レオは、それ以上追及しなかった。


 代わりに、ふいと顔を背けて、ゴーレムの方へ歩いていった。


 ◇


 夕方、レオが帰った後、廃屋に静けさが戻った。


 エリアーナは解読ノートに向かったまま、特に何も言わなかった。レオとエミールのやり取りを、全部聞いていたはずだった。


 「……エリアーナ」


 エミールが、珍しく先に名前を呼んだ。


 「はい」


 「不安ですか」


 エリアーナは、少し考えてから答えた。


 「不安、というより」


 ペンを置いて、エミールを見た。


 「あなたが『守れる』と言ってくれたことが、何かすごく、重たく感じられて」


 「重たい、というのは」


 「迷惑だとか、そういう意味ではなくて。誰かにそこまで言ってもらったことが、これまでなかったので」


 エミールは、何も言わなかった。


 エリアーナは、また視線をノートに戻した。


 「ありがとうございます」


 その言葉を聞いた瞬間、エミールは理解した。


 もし彼女を守るために正体を明かす必要があるなら、もう躊躇わない。


 「ただの学者」という嘘を、自分の都合で引き延ばすことは、もうしない。彼女が「重たく感じる」と言った言葉の重さに、正面から応える。


 それだけは、はっきりしていた。


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