第十四話 苛立つ王都
王宮の謁見の間には、苛立った沈黙が満ちていた。
「もう一度、報告しろ」
王太子が、低い声で言った。
跪いた使者は、額に汗を滲ませながら、口を開いた。
「エリアーナ・バーンシュタイン嬢の現状を確認いたしました。村人たちが、大変……エリアーナ嬢に好意的でして」
「好意的? あの変人が?」
「はい。魔獣を独自の知識で食用に変え、村の食糧事情を改善したとのことで。今では村中から『魔女様』と呼ばれ、慕われているようです。それから」
使者は、さらに声を絞り出した。
「古代の巨大な機械人形を、独学で修復し、稼働させたとの噂もございます。現在は村の畑を耕しているとか」
謁見の間に、沈黙が落ちた。
「……あの女に、そんなことができるはずがない」
王太子は、低く吐き捨てた。
「あれは、王宮では誰にも理解されない変人だった。友人もいない、孤独な娘だった。だからこそ追放したのだ」
「殿下」
宰相が、静かに進み出た。
「新たな婚約者候補が、正式に辞退の意向を示しております。先の灌漑計画の頓挫、税制改革の失敗。貴族院内では、エリアーナ嬢への婚約破棄そのものを疑問視する声も出始めており」
「分かっていると言っている」
王太子の声が、謁見の間に響いた。
「……正式な使者を立てる。私の名代として、王都への帰還を要請しろ」
宰相は、一礼して、謁見の間を出た。
残された王太子は、ひとり、苛立たしげに天井を見上げた。
「惨めに暮らしているはずだったのに」
誰に向けるでもない呟きが、空虚に響いた。
◇
森の村では、そんな王都の様子など知る由もなく、いつも通りの一日が過ぎていた。
「お前、絶対貴族だろ」
廃屋の前で、レオがエミールを真正面から見据えた。今日は、ただの軽口ではなかった。目が、本気だった。
「学者です」
「嘘つけ。あんな立派な馬車で来て、あんな大量の書類を一日で揃えられて、それで学者はないだろ」
「……珍しい学者なので」
「嘘が下手くそだぞ、お前」
レオは、腕を組んで、エミールを睨み続けた。
「前から言おうと思ってたんだ。魔女様は優しいから追及しないけど、俺は違う」
「……何が聞きたいんですか」
「魔女様のこと、ちゃんと守れる立場なのか」
エミールの手が、わずかに止まった。
「外から変な奴らが来て、魔女様を連れ戻そうとしてる。お前がただの学者なら、いざとなったとき何もできないだろ。でもお前は絶対ただの学者じゃない」
レオの声に、十歳らしからぬ真剣さがあった。
「だから聞いてるんだ。守れるのか、守れないのか」
エミールは、しばらく何も言わなかった。
文献に落としていた視線を、ゆっくりと上げた。
「守ります」
「本当に守れるのか、って聞いてるんだ。気持ちじゃなくて、力として」
「……守れます」
その答えに、レオはしばらく目を細めて、エミールを見ていた。
「なんで守れるんだ」
「……それは、いずれ」
「いずれって何だよ」
「もう少し、待ってください」
レオは、唇を噛んだ。納得していない、という顔だった。それでも、エミールの目の中に、嘘の色がないことだけは、分かったのだろう。
「……約束しろよ」
「約束します」
レオは、それ以上追及しなかった。
代わりに、ふいと顔を背けて、ゴーレムの方へ歩いていった。
◇
夕方、レオが帰った後、廃屋に静けさが戻った。
エリアーナは解読ノートに向かったまま、特に何も言わなかった。レオとエミールのやり取りを、全部聞いていたはずだった。
「……エリアーナ」
エミールが、珍しく先に名前を呼んだ。
「はい」
「不安ですか」
エリアーナは、少し考えてから答えた。
「不安、というより」
ペンを置いて、エミールを見た。
「あなたが『守れる』と言ってくれたことが、何かすごく、重たく感じられて」
「重たい、というのは」
「迷惑だとか、そういう意味ではなくて。誰かにそこまで言ってもらったことが、これまでなかったので」
エミールは、何も言わなかった。
エリアーナは、また視線をノートに戻した。
「ありがとうございます」
その言葉を聞いた瞬間、エミールは理解した。
もし彼女を守るために正体を明かす必要があるなら、もう躊躇わない。
「ただの学者」という嘘を、自分の都合で引き延ばすことは、もうしない。彼女が「重たく感じる」と言った言葉の重さに、正面から応える。
それだけは、はっきりしていた。




