7500PV突破記念SS 薬草を落としていて困っていた少女エマ、アルヴェイン公爵邸のメイド見習いになる
――王都、市街外れ。
夕方。
人通りも少なくなる時間。
「……どうしよう」
少女は、その場にしゃがみ込んでいた。
名は、エマ。
年の頃は十二、三。
手元には、破れた袋。
中身は――薬草。
本来なら、すでに納品されているはずのもの。
だが。
途中で落とした。
気づいた時には遅かった。
探しても、見つからない。
残っているのは、ほんのわずか。
「これじゃ……」
声が震える。
足りない。
どう考えても。
納品できない。
――違約。
――罰金。
――仕事を失う。
頭の中で、最悪の流れが組み上がる。
動けない。
考えることもできない。
その時。
「どうしたの?」
声がした。
柔らかい声。
驚いて顔を上げる。
そこにいたのは――
リリアーナだった。
「え……」
言葉が出ない。
ただ、見てしまう。
その人を。
「困っているの?」
自然な問い。
優しくて。
当たり前みたいに。
エマの目から、涙がこぼれた。
「……薬草を……」
途切れ途切れに話す。
「落としてしまって……」
「足りなくて……」
説明になっていない。
でも。
リリアーナは、最後まで聞いた。
「そう」
一拍。
「大変ね」
それだけ。
それだけなのに。
胸の奥が、少し軽くなる。
否定されない。
責められない。
ただ、受け止められる。
それだけで。
「……どうしようもなくて」
エマが言う。
もう一度。
同じ言葉。
答えは出ない。
分かっている。
だからこそ。
言うしかない。
リリアーナは、少しだけ周囲を見た。
そして。
「この辺りに生えているのは?」
静かに聞く。
「え?」
「似た薬草」
エマは戸惑う。
「で、でも……」
「違うものも混ざるかもしれません」
「ええ」
リリアーナは頷く。
「でも、全部失うよりはいいわ」
その発想。
エマは考えていなかった。
――ゼロか、失敗か。
そう思い込んでいた。
だが。
違う。
――部分でも、いい。
「……あ」
エマが顔を上げる。
視界が広がる。
見えていなかったものが、見える。
「あります……!」
少し離れた場所。
似た薬草が、いくつか。
完全ではない。
だが。
足しにはなる。
二人で集める。
時間はかかる。
だが。
形になる。
「……これなら」
エマが呟く。
「少しは……」
「ええ」
リリアーナが頷く。
「大丈夫よ」
その言葉で。
エマは、ようやく息をついた。
――後日。
アルヴェイン公爵邸。
「……あの」
エマは、緊張しながら立っていた。
目の前には、執事長。
「事情は聞いている」
低い声。
だが、厳しくはない。
「その後、納品はどうなった」
「……不足分はありましたが」
「受け取っていただけました」
エマが答える。
完全ではなかった。
だが。
拒否もされなかった。
――“やり直し”ができた。
「そうか」
執事長が頷く。
一拍。
「働く気はあるか」
「え……?」
理解が追いつかない。
「ここでだ」
静かな提案。
エマの目が大きくなる。
「な、なんで……」
執事長は短く答える。
「選ばれた」
それだけ。
意味は分からない。
だが。
断る理由はなかった。
「……やります」
エマは言った。
迷いなく。
――数日後。
「エマ」
リリアーナが声をかける。
「はい!」
反射的に返事をする。
「慣れた?」
「はい、少しずつですが」
「そう」
リリアーナが微笑む。
「よかったわ」
その笑顔に。
エマは、少しだけ固まる。
――この人だ。
あの日。
声をかけてくれた人。
助けてくれた人。
何も特別なことはしていない。
ただ。
話を聞いて。
考えて。
一緒に動いただけ。
それだけなのに。
人生が変わった。
「ありがとうございます」
エマが言う。
「なにが?」
リリアーナが首を傾げる。
「全部です」
エマは答える。
その言葉に。
リリアーナは少し考えて。
「大げさね」
と笑った。
それでいい。
それが、この人だ。
――エマは理解する。
ここは普通じゃない。
でも。
普通でいようとしている場所。
そして。
その中心にいるのが――
リリアーナ。
エマは、小さく決意する。
――この人の“普通”を守る。
それが。
ここで働く者の役目だと。
まだ見習い。
まだ未熟。
でも。
一つだけは分かっている。
――選ばれたのではない。
“関わった”だけ。
それだけで。
ここにいる。
それが。
どれだけ特別なことか。
エマは、もう知っていた。




