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婚約破棄されたので普通の生活を目指します。なお私は剣聖らしいのですが自覚はありません  作者: 翡翠


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第36話 普通に過ごしているだけなのに、なぜか世界の方が調整され始めました

 母が来てから、三日。


 アルヴェイン公爵邸は――


 表面上、何も変わっていなかった。


 リリアーナは、いつも通りに起きて、

 いつも通りに食事をして、

 いつも通りに笑っている。


 ただ一つ違うのは。


 ――“周囲の完成度”。


「……今日も問題なし」


 レオニードが報告を受ける。


「感情トリガー反応、軽微」


「黒竜接近兆候、なし」


「王都側異常観測、なし」


 完璧だった。


 あまりにも。


「……出来すぎている」


 小さく呟く。


 エリシアが横で頷く。


「うん」


「逆に怖い」


 その通りだった。


 “安定”がここまで続くこと自体が異常。


「原因は明確」


 レオニードが言う。


「母上だ」


 エリシアがちらりと視線を向ける。


 庭の一角。


 リリアーナと、その母が並んでいる。


 何をするでもなく。


 ただ、話している。


 穏やかに。


 静かに。


 ――それだけ。


 だが。


 空気が違う。


「……揺れてない」


 エリシアが呟く。


「完全に安定してる」


「ああ」


 レオニードも同意する。


 リリアーナの感情が、一定に保たれている。


 それだけで。


 世界が静かになる。


 つまり。


 “外”を管理する必要すら減る。


「これが本来の形か」


「かもね」


 エリシアが笑う。


「“普通の日常”ってやつ」


 ――庭。


「この花、綺麗ね」


 リリアーナが言う。


「ええ」


 母が頷く。


「よく手入れされているわ」


「そうね」


 リリアーナは嬉しそうに微笑む。


 その感情は穏やか。


 波がない。


 強すぎない。


 弱すぎない。


 ――最適。


 母はそれを見て、静かに言う。


「いい状態ね」


「そうかしら?」


「ええ」


 一拍。


「とても安定している」


 リリアーナはよく分かっていない顔をする。


「そうなのね」


 それでいい。


 理解しなくていい。


 ――それが最適。


「ねえ」


 リリアーナが聞く。


「どうして、お母様がいると落ち着くのかしら」


 母は少しだけ考えて。


「そうね」


 一拍。


「あなたが“考えなくていいから”よ」


 シンプルな答え。


 だが核心。


「考えなくていい?」


「ええ」


「判断しなくていい」


「選ばなくていい」


 リリアーナは少し考える。


「……楽ね」


「そうでしょう?」


 母が微笑む。


 それが正解。


 リリアーナにとっての“普通”とは。


 ――何も決めなくていい状態。


 そして。


 それが成立する時。


 世界も安定する。


 ――同時刻、王城。


「安定している」


 王太子が報告を受ける。


「はい」


「異常観測なし」


「……理由は」


「アルヴェイン公爵夫人の帰還」


 一拍。


「影響が一致しております」


 王太子は静かに頷く。


「……やはりそうか」


 理解している。


 誰が“鍵”なのか。


「接触は」


「現時点では不要」


「むしろ」


 一拍。


「刺激を避けるべきです」


「同意する」


 王太子は決断する。


「干渉を最小限に抑える」


 それが最適。


 ――世界が、彼女に合わせる。


 完全に。


 ――公爵邸。


 夕方。


 ティータイム。


 四人が揃う。


 珍しい光景。


「今日は静かね」


 リリアーナが言う。


「ええ」


 母が頷く。


「いい日ね」


 その言葉で。


 空気が、柔らかく保たれる。


 エリシアが小さく呟く。


「……これ、ずっと続けばいいのに」


「続けるものだ」


 レオニードが言う。


「作るものでもある」


 一拍。


「維持する」


 それが役割。


 全員の。


 母が、静かに言う。


「ただし」


 空気がわずかに締まる。


「これは“条件付き”よ」


 エリシアが顔を上げる。


「やっぱり?」


「ええ」


 一拍。


「何かが揺れれば、すぐ崩れる」


 沈黙。


 それは全員が理解している。


「でも大丈夫」


 母が続ける。


「今は安定している」


 リリアーナは、穏やかに微笑む。


「楽しいわ」


 その一言で。


 世界が、また少し整う。


 だが。


 誰も忘れていない。


 ――これは“維持されている状態”だということを。


 そして。


 その均衡が崩れる時は、必ず来る。


 ただ。


 それがいつかは――


 まだ、誰にも分からなかった。

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