第25話 街を歩いているだけなのに、なぜか全員が「何も起こさせない」方に全力でした
王都、公爵邸前。
「それで、本当に行くの?」
エリシアが腕を組んで聞いた。
「ええ」
リリアーナは頷く。
「少し歩きたいわ」
その言葉自体は、何の問題もない。
だが――
「……条件付きだ」
レオニードが言った。
「条件?」
「単独行動は不可」
「刺激の強い場所は避ける」
「不必要な会話はしない」
「……多くない?」
エリシアが呆れる。
「必要だ」
即答。
「全部必要」
その表情は真剣だった。
冗談ではない。
「ねえ、お兄様」
エリシアが小さく言う。
「これ、護衛じゃないよね」
「何だ」
「“事故防止”」
レオニードは否定しなかった。
むしろ。
「その通りだ」
あっさり認めた。
リリアーナは少し考えてから。
「分かったわ」
素直に頷いた。
「迷惑はかけたくないもの」
その一言に、二人は一瞬だけ言葉を失う。
――原因がそれを言うのか。
だが口には出さない。
「では出る」
レオニードが歩き出す。
その背後に、見えない護衛網が展開される。
王都の通りに出る。
人の流れ。
声。
活気。
いつも通りの街。
だが。
「……距離がある」
エリシアが小さく呟く。
「何が?」
「人」
確かに。
通行人が、微妙に避けている。
近づかない。
視線を外す。
完全な回避ではない。
だが“近寄らない最適距離”を保っている。
「噂が効いてる」
レオニードが言う。
「過剰反応ではない」
「……それが一番怖いんだけどね」
エリシアが苦笑する。
リリアーナは周囲を見て。
「少し寂しいわね」
ぽつりと呟いた。
その瞬間。
空気が――わずかに歪む。
レオニードの思考が即座に反応する。
――まずい。
「問題ない」
被せるように言う。
「通常の反応だ」
「そうかしら?」
「そうだ」
強く断定。
“意味を固定する”。
エリシアも続ける。
「ほら、お店とか普通だし」
「そうね」
リリアーナは納得した。
空気が戻る。
エリシアが小さく息を吐く。
「……ギリギリ」
「次はないと思え」
レオニードが低く言う。
「うん」
そのまま歩く。
通りの一角。
花屋があった。
「綺麗ね」
リリアーナが足を止める。
色とりどりの花。
柔らかい香り。
「これ、好きかもしれないわ」
自然な笑顔。
その瞬間。
周囲の空気が“柔らかくなる”。
エリシアが気づく。
「……今度は大丈夫なやつ」
「分類」
レオニードが短く言う。
「好意」
「安全」
リリアーナは店主に声をかける。
「この花、いくつか頂けるかしら」
「は、はい!」
店主が慌てて応じる。
だがその目は、どこか安心していた。
さっきまでとは違う。
距離はある。
だが拒絶ではない。
「不思議ね」
リリアーナが言う。
「少し話すと、皆優しいわ」
エリシアが小さく笑う。
「それ、多分逆」
「え?」
「お姉様が優しいから」
リリアーナは首を傾げる。
「そうかしら?」
「そうだよ」
それが真実だった。
そして同時に。
最も危険な部分でもある。
レオニードは周囲を確認する。
異常はない。
だが。
“安定している”状態も、また危険。
その時。
少し先で、子供の声。
「……あれ」
小さな子供が、転んでいた。
人混みの中。
誰もすぐには気づかない。
リリアーナの視線が、そこへ向く。
「大丈夫かしら」
一歩、踏み出す。
エリシアの心拍が上がる。
「……待って」
低く言う。
「それ、どっちの感情?」
「え?」
「心配?それとも危険?」
リリアーナは少し考える。
「心配よ」
その答えに、エリシアは即断する。
「じゃあ大丈夫」
リリアーナが子供に近づく。
「怪我はない?」
「うん……」
子供が涙目で頷く。
リリアーナが優しく手を差し出す。
「立てる?」
「うん」
手を取る。
その瞬間。
周囲の空気が、ほんの少しだけ“整う”。
危険ではない。
排除でもない。
ただ。
“安定”。
レオニードが小さく呟く。
「……干渉している」
「うん」
エリシアが頷く。
「でも今のはいいやつ」
リリアーナが微笑む。
「気をつけてね」
「ありがとう!」
子供が走っていく。
その様子を見て。
「よかったわ」
リリアーナが言う。
その言葉に、二人は同時に思った。
――これが一番危険で、一番安全。
矛盾した存在。
そのまま、三人は歩き出す。
王都の街。
変わらない日常。
だが。
その日常が、どれだけ綱渡りの上にあるのか。
それを理解しているのは――
やはり、周囲だけだった。




