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婚約破棄されたので普通の生活を目指します。なお私は剣聖らしいのですが自覚はありません  作者: 翡翠


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第23話 王都に帰ってきただけなのに、なぜか「戻ってはいけないもの」が戻ってきた気がしました

 アルヴェイン公爵領から王都へ。


 帰還の馬車は、行きとは違う静けさに包まれていた。


 リリアーナは窓の外を見ている。

 穏やかな表情は変わらない。


 だが。


 エリシアは、ずっと考えていた。


「……ねえ」


 ぽつりと呟く。


「何か、違わない?」


 レオニードが目を開く。


「何がだ」


「空気」


「……」


 短い沈黙。


「戻ってきてる」


 エリシアは続ける。


「“音”が増えてる」


 それは感覚の話だった。


 だが、間違ってはいない。


 領地で消えていた“ノイズ”が、王都では存在している。


「正常だ」


 レオニードは言う。


 だがその声は、わずかに低い。


「……本来はな」


「うん」


 エリシアは頷く。


「でも今は、違って感じる」


 それは当然だった。


 一度“完全な静寂”を体験してしまった。


 戻った音が、逆に異常に感じる。


「ねえ」


 リリアーナが振り向く。


「何の話?」


「なんでもない」


 エリシアは笑った。


「少しうるさいなって思っただけ」


「そう?」


「うん」


 リリアーナは少し考えて。


「確かに、少し賑やかね」


 その一言で。


 馬車の中の空気が、ほんの一瞬だけ揺れた。


 レオニードが即座に言う。


「問題ない」


 断定。


 強く。


 はっきりと。


「王都は元々こういう場所だ」


「……そうね」


 リリアーナは頷いた。


 それ以上は何も言わない。


 ――到着。


 王都の門が見える。


 人の流れ。

 声。

 雑踏。


 すべてが“普通”。


 だが。


「……多い」


 エリシアが呟く。


「何が?」


「人の視線」


 その通りだった。


 明らかに見られている。


 しかも。


 ただの好奇ではない。


 ――確認。


 ――評価。


 ――距離測定。


「噂が回っているな」


 レオニードが短く言う。


「うん」


 エリシアが頷く。


「しかも変な方向に」


 リリアーナは首を傾げる。


「どういうこと?」


「……」


 一瞬、言葉に詰まる。


 だが。


「“何も起きなかった”ことが問題になってる」


 それが一番近い表現だった。


「何も起きなかった?」


「うん」


 エリシアは苦笑する。


「でも“何か起きたはず”って皆思ってる」


 リリアーナは少し考えた。


「変なの」


「うん」


「変だよ」


 同じ結論。


 意味は違う。


 ――王城。


「帰還したか」


 王太子が報告書に目を落とす。


「アルヴェイン公爵令嬢、王都へ帰還」


「異常は」


「確認されておりません」


「……」


 沈黙。


「領地での件は」


「痕跡なし」


「証拠は」


「存在しません」


 短い報告。


 だが内容は深刻。


「……つまり」


 王太子が言う。


「何も起きていない」


「はい」


「だが」


 一拍。


「全員が“何か起きた”と認識している」


「……はい」


 矛盾。


 だが、それが現実。


「……厄介だな」


 小さく呟く。


 証拠がない以上、対処できない。


 だが無視もできない。


「接触は」


「継続可能です」


「……ならば」


 顔を上げる。


「直接確認する」


 決断は早い。


 ――再び会う。


 それしかない。


 ――公爵邸。


「ただいま」


 リリアーナが言う。


「お帰りなさいませ」


 使用人たちが一斉に頭を下げる。


 だが。


 その動きが、ほんのわずかに遅れる。


 視線が、一瞬だけ揺れる。


 ――恐れている。


 エリシアはそれを見逃さなかった。


「……ねえ」


 小さく言う。


「変わったね」


「何が?」


「距離」


 リリアーナは周囲を見る。


「そうかしら?」


「うん」


 エリシアは頷く。


「近づかなくなった」


 それは事実だった。


 誰も不用意に近づかない。


 必要以上に話さない。


 敬意ではない。


 ――回避。


「……」


 リリアーナは少しだけ考えた。


 そして。


「困るわね」


 ぽつりと言う。


 その一言で。


 空気が、わずかに“歪んだ”。


 レオニードの思考が一瞬で回る。


 ――まずい。


「問題ない」


 即座に言う。


「通常の反応だ」


「そう?」


「そうだ」


 断定。


 強制的に“意味を固定する”。


 リリアーナは少し考えて。


「……そうね」


 納得した。


 その瞬間。


 空気が元に戻る。


 エリシアが小さく息を吐いた。


「……今の、やばかったよね」


「ああ」


「完全にトリガー」


「否定できない」


 短いやり取り。


 だが意味は重い。


 ――王都でも、同じことが起きる。


 それが確定した。


 リリアーナは、そんなことを知らずに言う。


「少し休むわ」


「そうしてくれ」


 レオニードが即答する。


 それが最善。


 それしかない。


 リリアーナが部屋へ戻る。


 扉が閉まる。


 静寂。


 エリシアが、ゆっくりと呟く。


「……戻ってきたね」


「何がだ」


「“影響範囲”」


 王都。


 人口密度。

 情報密度。

 感情密度。


 すべてが高い場所。


「……拡大する」


 レオニードが言う。


 結論は明確だった。


「管理を強化する」


「うん」


「間に合う?」


「分からん」


 それが本音。


 そして。


 その不確実性こそが、最大の問題だった。


 王都に戻った。


 それだけのはずだった。


 だが。


 “何も起きていない状態”が、最も危険な状態として戻ってきていた。

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