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婚約破棄されたので普通の生活を目指します。なお私は剣聖らしいのですが自覚はありません  作者: 翡翠


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第20話 何も起きなかったはずなのに、なぜか各方面が最大警戒になりました

 黒竜が消えてから、数刻。


 アルヴェイン公爵領は、表面上は完全に平穏を取り戻していた。


 風が吹き、

 鳥が鳴き、

 人が動く。


 ――だが。


「報告」


 レオニードの声は低かった。


「先ほどの現象以降、領内に異常はありません」


 側近が答える。


「“見える範囲では”だな」


「……はい」


 言い淀みがあった。


 それも当然だ。


 何が起きる予定だったのか、誰も把握していない。


 ただ一つ確実なのは、


 ――“何か”が発動しかけていた


 という事実だけ。


「範囲の推定は」


「不明です」


「対象の特定は」


「不明です」


「……」


 レオニードは短く息を吐いた。


 情報がない。


 だがリスクは最大。


 これは最悪の状態だ。


「警戒レベルを引き上げる」


「どの程度まで」


「最大」


「……は」


 即断だった。


 ――見えない脅威には、最大で対応する。


 それが唯一の正解。


 一方その頃。


「ねえ」


 リリアーナが、庭でエリシアに声をかけた。


「さっきの、そんなに大変なことだったの?」


 素直な疑問だった。


 エリシアはしばらく黙っていた。


 言葉を選んでいる。


 だが、選びきれない。


「……うん」


 結局、そう答えた。


「かなり」


「どうして?」


「“何が消えるか分からない状態で、消すかどうかの判断が出た”から」


 一拍。


「それ、普通に考えて危険でしょ」


 リリアーナは少し考えた。


「でも、止めたわよ?」


「うん」


「それなら大丈夫じゃない?」


 エリシアは笑った。


 苦笑だった。


「止められるのがお姉様だけ、っていうのが問題なんだよ」


 その通りだった。


 誰も介入できない。


 誰も判断できない。


 ただ一人を除いて。


「……変なの」


 リリアーナは、いつもの結論に至る。


「うん、変だよ」


 エリシアも同意する。


 ただし意味は全く違う。


 ――同時刻。


 王都、王城。


「……何だと」


 王太子の声が、わずかに低くなる。


「アルヴェイン領にて、広範囲の魔力揺らぎを観測」


 報告が続く。


「発生源は不明」

「継続時間は短時間」

「影響範囲は推定不能」


 短い報告。


 だが内容は異常。


「……原因は」


「不明です」


「関連する人物は」


 一拍。


「……アルヴェイン公爵令嬢が、当該時間帯に領内に滞在」


 沈黙。


 誰もが理解している。


 だが誰も断定しない。


 できない。


「……偶然ではないな」


 王太子が呟く。


 結論ではない。


 だが方向は決まった。


「観測を強化しろ」


「は」


「接触も継続」


「は」


 命令が下る。


 その時点で、すでに評価は一段階変わっていた。


 ――“注意対象”から“監視対象”へ。


 ――さらにその先へ。


 一方。


 貴族社会でも、同時に動きが出ていた。


「聞いたか」

「ああ」

「アルヴェイン領で何かあったらしい」


 噂は曖昧。


 だが方向は一つ。


 ――“何かが起きた”


 そして。


 その中心には、必ずあの令嬢がいる。


「……関わるな」


 ある貴族が言った。


「近づくな」


 別の者も同意する。


 理由は分からない。


 だが直感が告げている。


 ――危険だと。


 ――関わるべきではないと。


 それが、最も原始的な判断。


 そして最も正しい判断でもあった。


 ――夕方。


 公爵邸。


 レオニードは一人、窓の外を見ていた。


 領地は静かだ。


 何も起きていないように見える。


 だが。


「……見えていないだけだ」


 小さく呟く。


 あれは現象だ。


 再現性はない。

 予測もできない。


 だが確実に存在する。


「……管理を強化する」


 それしかない。


 だが、その方法はまだ確立されていない。


 そして。


 最大の問題は――


「本人に自覚がない」


 そこだった。


 同じ頃。


 リリアーナは部屋で本を読んでいた。


 静かな時間。


 何も変わらない。


 ただ。


「今日は少し疲れたわ」


 小さく呟く。


 その言葉は、ただの感想だった。


 だが。


 遠く、誰にも見えない場所で。


 ほんのわずかに、空気が揺れた。


 誰も気づかない。


 リリアーナ自身すら。


 そして。


 その“揺れ”が、どこまで届いたのか――


 まだ、誰も知らない。

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