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婚約破棄されたので普通の生活を目指します。なお私は剣聖らしいのですが自覚はありません  作者: 翡翠


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第16話 帰ってきただけなのに、なぜか王都の評価が一段階上がっていました

 王城からの帰路。


 馬車の中は、妙に静かだった。


 リリアーナは窓の外を眺めている。

 いつもと同じ、穏やかな横顔。


 エリシアは腕を組んで考え込み、

 レオニードは目を閉じて思考を整理していた。


「……ねえ」


 先に口を開いたのはエリシアだった。


「今の、どういうつもりで答えてたの?」


「どういうつもり?」


 リリアーナが振り向く。


「王太子の質問」


「ああ」


 少し考える。


「そのままよ」


「そのままって……」


「聞かれたことに答えただけ」


 あまりにも自然な答えだった。


 エリシアは額を押さえる。


「いや、それが問題なんだけど……」


 レオニードは静かに目を開いた。


「問題ではない」


「え?」


「最適だった」


 短く断言する。


 エリシアが驚く。


「本気で言ってる?」


「ああ」


 迷いはない。


「余計な意図を挟まなかった」


「……それが?」


「相手に“解釈”を委ねた」


 一拍。


「結果として、主導権は維持されている」


 エリシアはしばらく黙った。


 そして。


「……それ、狙ってたの?」


 リリアーナを見る。


「狙う?」


「うん」


「いいえ」


 即答。


「そんなこと考えていないわ」


 レオニードは一瞬だけ視線を逸らした。


 やはりそうか。


 予想通りだ。


 だが同時に、評価は変わらない。


「……問題はそこだ」


 小さく呟く。


 エリシアが苦笑する。


「だよね」


 馬車が屋敷に到着する。


 扉が開く。


 外にはすでに使用人たちが整列していた。


 だが――


 いつもと違う。


 空気が違う。


「……何かあった?」


 エリシアが小さく言う。


 ミアが一歩前に出た。


「お帰りなさいませ」


「ただいま」


 リリアーナが微笑む。


 ミアは一礼し、続けた。


「本日、いくつか動きがございました」


 レオニードの視線が向く。


「報告しろ」


「はい」


 淡々とした声。


「商人ギルドより、正式な価格安定協議の提案」

「騎士団より、警戒レベルの見直し」

「貴族間での評価の変化」


 短く、要点だけ。


 だが内容は重い。


「……早いな」


 レオニードが呟く。


 まだ半日も経っていない。


 それなのに、ここまで動く。


「原因は明白でございます」


 ミアが言う。


「王城でのご対面」


 エリシアが息を吐く。


「やっぱりそうなるか……」


 リリアーナは首を傾げた。


「どういうこと?」


 誰もすぐには答えなかった。


 そして、エリシアが代わりに言う。


「簡単に言うとね」


「うん」


「お姉様の評価、上がった」


「……え?」


 リリアーナが目を瞬く。


「どうして?」


「それ聞く?」


「だって分からないもの」


 当然の反応だった。


 エリシアは少し考えてから言う。


「王太子と話しても、全然変わらなかったでしょ」


「ええ」


「それが理由」


「……?」


 まだ分かっていない。


 レオニードが補足する。


「通常、王太子との対面は“影響を受ける場”だ」


「そうなの?」


「そうだ」


 一拍置く。


「だが、お前は変わらなかった」


「ええ」


「つまり」


 結論。


「影響を受ける側ではない、と判断された」


 リリアーナはしばらく黙った。


 そして。


「……変なの」


 同じ結論に至る。


 エリシアは笑った。


「うん、変だよ」


 だが、それが現実だ。


 王太子と対等に話し、

 影響されず、

 自分を保った。


 それだけで。


 “格”が上がる。


「……面倒だな」


 レオニードが小さく呟く。


 予想はしていた。


 だが実際に起きると、対応が増える。


「今後は」


 思考を切り替える。


「さらに注視が強まる」


「だよね」


 エリシアが頷く。


「もう“様子見”じゃない」


「評価段階に入った」


「……うん」


 二人の認識は一致している。


 だが。


「ねえ」


 リリアーナが小さく言った。


「それって、悪いこと?」


 二人は一瞬、言葉に詰まった。


 悪いか、良いか。


 単純な話ではない。


 だが。


「……悪くはない」


 レオニードが答える。


「ただし」


「ただし?」


「自由ではなくなる」


 それが本質だった。


 リリアーナは少し考えた。


 そして。


「でも」


 静かに言う。


「私は変わらないわ」


 それだけ。


 エリシアが笑う。


「知ってる」


 レオニードも否定しない。


 変わらない。


 だから問題が起きる。


 だが同時に――


 だから安定する。


「……方針維持だ」


 レオニードが言う。


「観測と調整を続ける」


「了解」


 エリシアが軽く返す。


 リリアーナは、少しだけ安心したように微笑んだ。


「それならよかった」


 本当に、それだけだった。


 ――その夜。


 王城。


 王太子は一通の報告書を見ていた。


 内容は簡潔。


 だが結論は明確。


「……評価上昇」


 小さく呟く。


 予想通り。


 いや、予想以上。


 そして。


「……厄介だな」


 椅子に背を預ける。


 手放した存在が、

 別の形で価値を持ち始めている。


 その事実を、静かに受け止める。


「……どう扱うか」


 それが次の問題だった。


 一方その頃。


 リリアーナは部屋で、花に水をやっていた。


「今日は少し疲れたわ」


 ぽつりと呟く。


 それでも表情は穏やかだ。


 何も変わっていない。


 ただ。


 世界の方が、少しずつ変わっているだけだった。

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