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婚約破棄されたので普通の生活を目指します。なお私は剣聖らしいのですが自覚はありません  作者: 翡翠


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第15話 久しぶりに会っただけなのに、なぜか評価面談みたいになりました

 重厚な扉が、静かに開く。


 王城の応接室は広く、無駄がなかった。

 装飾は控えめだが、質が違う。


 中央に、王太子が座っている。


 その視線が、入室したリリアーナへ向けられた。


「久しいな、リリアーナ」


「ええ、お久しぶりです」


 リリアーナは自然に一礼する。


 形式は正しい。

 だが、そこに緊張はない。


 エリシアは一歩後ろで様子を見る。

 レオニードはさらに後方、壁際に立つ。


 完全に観測体制だった。


「座れ」


 王太子が言う。


「はい」


 リリアーナは素直に席についた。


 向かい合う形になる。


 沈黙。


 最初に口を開いたのは王太子だった。


「まずは確認したい」


 低く、安定した声。


「最近の動きについてだ」


「動き?」


 リリアーナは首を傾げる。


「何かしましたか?」


 その一言で、空気がわずかに揺れた。


 王太子の指が、机の上で一度止まる。


 ――本当にそう来るか。


 予想はしていた。

 だが実際に目の前で見ると、印象が違う。


「市場への影響」


 言葉を選ばずに切り込む。


「騎士団の警戒」


「商人ギルドの動き」


 一つずつ提示する。


「これらについて、説明を求める」


 完全に“評価面談”だった。


 だが。


「分かりません」


 リリアーナは即答した。


 沈黙。


 エリシアは目を閉じた。

 レオニードは無表情のまま観察を続ける。


 王太子は数秒、リリアーナを見つめた。


 嘘ではない。


 その確信がある。


「……では、別の聞き方をする」


 切り替える。


「何をした?」


「お茶を飲みました」


 同じ答え。


 だが今度は、王太子は止まらなかった。


「誰と」


「商人の方と、薬師の方と……あと花屋さん」


「目的は」


「お話をするためです」


「内容は」


「困っていることを聞きました」


 淡々と続く。


 問答としては成立している。


 だが。


 論理が繋がらない。


「……なぜ」


 王太子が初めて言葉を選んだ。


「それで結果が出る?」


 核心だった。


 リリアーナは少しだけ考えた。


「分かりません」


 そして、こう続けた。


「でも」


 小さく微笑む。


「困っている人がいれば、何かしないといけないと思ったのです」


 それだけだった。


 エリシアが目を開く。


 レオニードの視線が、わずかに変わる。


 王太子は沈黙した。


 その言葉自体は、特別ではない。


 誰でも言える。


 だが。


 “結果を伴っている”という一点が、すべてを変える。


「……意図はないのか」


「ありません」


「結果の予測は」


「していません」


「制御は」


「できません」


 完全な非管理。


 だが、影響は現実に存在する。


 王太子は初めて、椅子の背に体を預けた。


 視線を外さない。


 観察する。


 分析する。


 結論を探す。


 だが――


「……理解できないな」


 率直な言葉だった。


 リリアーナは少し首を傾げた。


「そうでしょうか」


「通常、結果には原因がある」


「ええ」


「だが今の話には、それがない」


「あると思います」


 リリアーナは静かに言った。


 全員の視線が集まる。


「何だ」


 王太子が問う。


「人です」


 一言だった。


「人が困っていて、人が動いた」


 それだけ。


「だから結果が出たのだと思います」


 沈黙。


 完全な沈黙だった。


 エリシアが、ゆっくりと息を吐く。


 レオニードは目を閉じる。


 王太子は――


 言葉を失っていた。


 論理としては単純すぎる。


 だが、否定できない。


 市場も、騎士団も、ギルドも。


 すべて“人”が動いている。


 ならば。


 原因は人。


 その通りだ。


 だが。


 それでは説明にならない。


 ――なぜ動いた?


 ――なぜ反応した?


 その“なぜ”が抜けている。


 だが目の前の令嬢は、それを必要としていない。


「……お前は」


 王太子が静かに言う。


「人を動かしている自覚はあるか」


「ありません」


 即答。


「ですが」


 少し考えてから、付け加える。


「無理に動かそうとは思っていません」


 それが、決定的だった。


 王太子は理解した。


 これは支配ではない。


 強制でもない。


 誘導ですらない。


 ただ。


 “影響している”。


「……なるほど」


 小さく呟く。


 結論には至らない。


 だが、方向は見えた。


 そして。


「もう一つ確認する」


 視線を鋭くする。


「婚約破棄についてだ」


 空気が、わずかに変わる。


 エリシアの表情が引き締まる。


 レオニードは動かない。


 リリアーナは、少しだけ目を瞬いた。


「はい」


「不満はないのか」


 直球だった。


 リリアーナは、ほんの少し考えた。


「少し驚きました」


 正直な答え。


「だが?」


「仕方ないと思いました」


「理由は」


「合わなかったのだと思います」


 淡々と続く。


 そこに感情的な揺れはない。


「……それだけか」


「はい」


 そして。


「今の方が、少し楽です」


 静かに言った。


 その一言で。


 王太子の思考が止まった。


 楽。


 その評価は想定外だった。


 怒りでもなく。

 悲しみでもなく。


 ――解放。


 その意味に近い。


「……そうか」


 それ以上は聞かなかった。


 聞いても意味がない。


 すでに結論は出ている。


 この令嬢は――


 “枠に収まる存在ではない”。


 それだけは確実だった。


「本日の確認は以上だ」


 王太子が言う。


「ご足労、感謝する」


「いいえ」


 リリアーナは立ち上がる。


 礼をする。


 その動作は、最初と変わらない。


 何も変わらない。


 だが。


 場の空気だけが、大きく変わっていた。


 ――退室後。


「……どう思う?」


 廊下でエリシアが聞く。


 レオニードは短く答えた。


「想定通りだ」


「本当?」


「いや」


 一拍置く。


「想定以上だ」


 それが本音だった。


 一方、王城の中では。


 王太子が一人、静かに座っていた。


「……失策か」


 小さく呟く。


 婚約破棄。


 あの判断。


 間違っていたのか。


 結論はまだ出ない。


 だが。


 少なくとも一つだけ、確実なことがある。


「……扱えない」


 それが、最大の問題だった。


 そして。


 それを手放した。


 その事実だけが、静かに残っていた。

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