王子様の告白
いつかの舞踏会を王子と抜け出した庭園は、明るい陽射しの中で、夜とはまた違った様子を見せていた。
木々の緑はやわらかく庭を包み、色とりどりの花々が優しい風に揺れている。その庭の小路を、フィーリアは王子の姿を探して歩いた。
一番大きな噴水の影に、その人はいた。
水飛沫の向こうに、噴水の湧き出る泉の縁に腰掛けた彼の艶やかな金髪が見える。
フィーリアは、声を掛けようとして、ためらい、泉の手前で立ち止まった。
気配を察した王子が、振り向き、立ち上がる。クライスは、フィーリアを見て、微笑んだが、何も言おうとしない。
フィーリアは意を決して、
「お怪我をなさったと聞いて」
と話しかけた。
クライスは、少しばつの悪そうな顔をしたが、左の二の腕を右手で指差し、すぐに大したことではないと言うように首を振って見せた。
「いい加減になさってください!」
あくまでも喋ろうとしない王子に、フィーリアの中の何かが堰を切った。
「王子様ともあろうお方が、いったいどういうおつもりで、こんな....」
フィーリアは、怒っているのか、泣いているのか、わからなかった。両方だったのだろう。下ろした両手の拳は震え、感情が涙になって、ぽろぽろとこぼれ出た。
うつむき泣き出したフィーリアに、そっと近づいて、クライスは静かに言った。
「...でも、来てくれた」
フィーリアを見つめるクライスの瞳は、フィーリアがまだ見たこともない海のようで。やわらかに、けれど何かを切望するかのように揺れていた。
「こうでもしないと、信じてくれなかったでしょう?」
どれだけ、君を求めているか。
「わ、わかりました。...信じます。でも」
涙に濡れた顔を上げて、フィーリアは言った。
「どうして、わたくし、なのですか...?」
いつかと同じ質問を重ねて聞く。
「どうして、と、言われても...」
クライスは苦笑しつつ、答えを探す。
「...強いて言えば、木陰であの本を読みふける君が、とても幸せそうに見えたから、かな」
ちょうど、妹と施政に関する口論をした後のことで。気分転換がてら、お忍びで出かけたブランド伯爵のサロン。集まった面々が外に出て思い思いの過ごし方をしていた。そんな中、君は安心したかのように、木陰を見つけ、読書し始めた。...それがあんまり幸せそうで、ずっと見守りたいと思った。
「君さえ、そばにいてくれたら、なんでもできる、そんな気がしたんだ」
クライスの言葉は真摯で、フィーリアの心にゆっくりと沁みていった。
好きになった、その理由を聞かれても、クライスだって困るだろう。フィーリアが『沈黙の騎士』を気に入っているのと同じように。言葉を尽くせば、いくらも出ては来るけれど。
好きになった、それだけ、のこと。
フィーリアの胸にやっと、ことんと音をたてて、それだけのことが落ちてきた。
「フィーリア」
クライスは、名を呼んで、彼女を見つめる。
「今なら、返事をもらえるだろうか」
完璧な王子であるように、見えていても。そうであるように、常に努力を怠らなかったクライスだからこそ、たったひとつ、このわがままだけは叶えたくて。叱られるだけでは済まないような、無茶をした。
「きっと、ずっと、守るから」
クライスは、そっとフィーリアの手をとって、その甲にくちづけた。それは、フィーリアだけの騎士としての誓い。
「僕と結婚してくれる?」
「...はい」
答えたフィーリアの瞳から、再び涙が溢れ出す。
クライスは、握っていたフィーリアの手を引き寄せて、そのまま彼女を抱きしめた。
「...つっ」
急に腕に力を入れたせいで、まだ負傷の癒えていない左腕に痛みが走り、クライスは顔をしかめた。
その様子を見たフィーリアは、
「もう、無茶はしないでくださいね?」
と、泣き笑いである。そんなフィーリアをいとおしげに見つめながら、
「君のため、以外はね」
クライスは更にぎゅっと彼女を腕の中に閉じ込めるのだった。
...fin.
やさぐれ王女アリシアの兄、クライスの恋物語は、ここで幕を引きます。
読んでくださって、ありがとうございました!




