【第9話】聞こえぬ音の引き金(トリガー)
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閉ざされた実験施設に現れたのは、帝国の最新鋭軍用機『アルギス』。
国の保管拠点から消えたチップと、残された操り人形の鉄獣。
見過ごさぬ誓いを胸に少年と少女が跳躍し――ついに「真の引き金」と黒幕の行き先が暴かれます!
どうぞお楽しみください!
実験施設の薄暗い非常口の奥。
瓦礫を押し退け、不気味にきしむ駆動音とともに這い出てきたのは、禍々しい漆黒の鉄獣だった。
それは、一般の魔導実験施設になど絶対に存在するはずのない、隣国『帝都』の最新鋭軍用機――『帝国陸戦型重装甲兵・アルギス』。
非常口から一人だけで逃げ出そうとしていた警備員のブルーノは、目の前の黒い鉄の怪物を見上げ、完全に腰を抜かしてガタガタと震えだした。
「お、おら、こんなのがこの施設にあるだなんて、見たことなかっただ――ひぃぃ、ひええええええっ!!」
アルギスが不気味にその赤い眼を光らせる。
ウィィィィィン……と耳障りな高速回転音が響き、巨大な回転ノコギリがブルーノの頭上に向けて真っ直ぐに振り上げられた。
「対魔法結界のせいで、あいつの元へすぐには助けに行けないわ!」
メリッサが、防壁の向こう側を睨みつけながら焦るように声を荒らげた。
ブルーノは、ユーリやキャシーを散々バカにしてきた、最低の男だ。
見捨ててしまえば、それこそどれほどすっきりすることか。
しかし、キャシーの「曲がったことが許せない」心が、彼を放っておくことを拒絶した。
「放っておけない……! 嫌な奴だからって見捨てるなんて、私には絶対に我慢できない……!」
キャシーのその言葉に、胸の奥が熱く揺り動かされる。
脳裏をよぎるのは、あの鉛色の屋上での光景だ。ただ震えて、何もできなかったあの後悔。
ユーリもまた、トラウマを乗り越えるように、力強く頷いた。
「そうだね。見過ごすのは、もう絶対に嫌だ。――結界を外すよ」
ユーリは、赤黒く光る不純な結界の壁へと全力で走り寄った。
その【眼】には、結界の表面にべったりとこびりついている、おぞましい魔力のノイズがはっきりと見えている。
「剥がれろ――ッッ!!」
両手を伸ばし、その澱みを物理的に掴み取った。
指先に力を込め、強力なテープを勢いよく引き剥がすように、強引に、一気に。
――ビリリィーー……ッッ!!
空間を裂くような透明な音が響き渡り、赤黒い結界が、薄いガラスのように粉々に砕け散った 。
「キャシー、行って!」
ユーリが道を切り開いたまさにその瞬間、キャシーが鋭い爪を剥き出しにし、ブルーノを救うためにアルギスへ向かって真っ直ぐに飛び出した。
「やってくれるじゃない! でも、武器が多い方が勝つってルールはないのよ!」
キャシーは、高速回転するアルギスの巨大なノコギリを紙一重でかわしながら、鋭い爪を閃かせてアクロバティックに装甲を切り裂いた。
しかし、帝国製軍用機の超重量級の装甲は、解体用ゴーレムとは比較にならないほど頑強だった。
キャシーの強靭な爪も、放たれたクナイも、すべてが虚しく激しい火花を散らして弾き返されてしまう。
アルギスは不気味な機械音を立て、ノコギリと魔力キャノンによる怒濤の連続攻撃を仕掛けてきた。
「ちょ、ちょっとタンマ! 多すぎ! 流石にズルい――!」
キャシーは必死に地を蹴り、その凄まじい鉄槌の連撃を間一髪でかわし続ける。
だが、ついにアルギスの放つ強力な魔力キャノンが、逃げ回るキャシーの華奢な身体を完璧に捉えた。
直撃した――と思った、その瞬間。
パチンッ!
キャシーが、離れた場所で素早く指を鳴らした。
鉄光に呑み込まれたはずのキャシーの姿が、一瞬にしてただの煙へと消え去る。
破壊されたのは、キャシーが瞬時に残した煙の身代わりだった。
本物の彼女は、すでに俊敏な動きで天井の鉄骨へと張り付いて、危機を退けていた。
「風の魔術よ、奴の足を――」
メリッサがすかさず魔法で援護しようと杖を掲げる。
だが、施設内に残留する『対魔法結界』の余波、およびアルギス自身の魔法阻害装甲により、魔術は放たれた瞬間に霧散した。
高火力の魔法を満足に出力させてもらえない。これでは、決定打を与えるのは不可能だった。
「くっ、魔法が使えないのは痛いわね!」
魔法が使えず、キャシーの物理攻撃もまともに通じない。
ユーリは物陰から、鋭い視線でアルギスの挙動を冷静に観察していた。
ユーリの【眼】には、奴の頑強な装甲の奥、複雑に絡み合うマナの回線の中心部がはっきりと見えていた。そのコアの隙間に、最も不気味に蠢く、巨大な紫色のマナの澱みがこびりついている。
「キャシー! あいつの右腕のノコギリを引きつけて! できるだけその場から動かないで!」
ユーリが、物陰から声を限りに叫んだ。
「――了解! キャシーちゃんに任せなさい!」
キャシーは天井の鉄骨から飛び降り、強靭な爪を振るって、あえて真正面からアルギスへと突撃した。
「さぁ、私のとっておきを見せてあげる!」
アルギスの回転ノコギリが、キャシーの身体を無慈悲に切り裂く――その直前、キャシーが『身代わりの術』を放った。
空振りに終わったアルギスの刃は、勢いのまま、実験施設の頑丈なコンクリートの地面へと深く突き刺さる。
アルギスの動きが、一時的に完全にロックされた。
その瞬間、キャシーの姿が、術の余波によって周囲に幾重にも出現した。
「分身の術?」
メリッサがぽつりと呟く。
しかし、出現したすべてのキャシーから放たれる凄まじい斬撃は、そのすべてが実体を伴い、アルギスの装甲を激しく削り取っていった。
「違うっ、あれはすべて実体だ!」
ユーリは、その実際に放たれる攻撃を見て声を上げた。
「見たかっ! 秘儀・影豹八重爪!」
キャシーの誇らしげな叫び声とともに、凄まじい猛攻がアルギスの動きを完全に縛り付ける。
その一瞬の隙を、見逃すわけがなかった。
ユーリは瓦礫の影から一気に飛び出し、アルギスの懐へと鋭く踏み込んだ。
そして、その強固な胴体の奥にある、不気味に脈動する紫色のマナのコアを物理的に手で掴み取った。
強力なテープを勢いよく引き剥がすように、全力で、引っぺがす。
「剥がれろ――ッッ!!」
――ビリリィーー……ッッ!!
空間が裂けるような透明な音が実験施設全体に響き渡り、引きちぎられた澱みは空気中に霧散した 。
次の瞬間、アルギスの赤い眼から光が消え失せる。
駆動力を完全に失った黒い鉄の巨躯は、内部から大爆発を起こし、激しい金属音とともにバラバラの瓦礫となって崩壊した。
「す、すごい。あれだけ手強かったゴーレムが一瞬で……」
キャシーが荒い息を吐きながら、驚愕を瞳に浮かべてその場に膝をついた。
激しい戦闘の嵐が去り、静まり返った施設の中。
だが、ユーリは安堵するどころか、砕け散ったアルギスの残骸を見つめて目を細めた。
その【眼】には、破壊されたはずの鉄塊から立ち昇る、異様な『マナの糸』がはっきりと視えていたのだ。
手元に持っていた真鍮製の『音域周波測定器』に目を落とす。
周囲は一切の音が聞こえない、不気味なほどの完全な無音の静寂。
しかし、測定器の真鍮の針は、バキバキと悲鳴を上げるように、限界値のレッドゾーンまで激しく振り切れていた。
そして、【眼】には、砕け散ったアルギスの残骸や大気中から、極めて微細な「紫色の共鳴ノイズ」が、空間全体に波紋のように放たれているのが視えていた。
「……暴走のトリガーは『音』だ」
ユーリの呟きに、メリッサとキャシーが息を呑んで覗き込む。
「耳には聞こえない、もの凄く高い音――高周波だ。この街に、あの『MOS』チップの汚染回路を狂わせるための音が響いた瞬間、すべての魔道具が一斉に暴走するように仕組まれている」
メリッサは周囲の鉄屑を見つめながら、冷たい汗を流してぽつりと呟いた。
「絶妙なタイミングね。まるで、私たちが調査に来るのを分かっていて、狙って罠を発動させたみたいな……」
「んなの、こいつが一番怪しいじゃん。白状させれば何か歌うんじゃない?」
キャシーが、退路を断つためにいつの間にかす巻きにしたブルーノを、片手でひょいと掲げた。
「ひぇぇーー! 知らないっす! あっしは何にも知らないっすよ――!」
ガタガタと震えていたブルーノが、目を白黒させて絶叫する。
「とぼけるんじゃないわよ。この軍用機に遠隔起動の細工をした奴がいるの。あんた、誰を引き入れたの?」
メリッサが短杖を突きつけると、ブルーノは涙と鼻水をボロボロと流しながら、必死に記憶を絞り出した。
「よ、よくわからないっすけど、昨日王都の使いと名乗る女性が、各店舗へ配送される前の保管分も含めて、ここに集められていたMOSを全部回収していったっす! ……しばらく奥のフロアにいたから、ただの配送にしては変だとは思ったっすよ!」
(やっぱりだ……。国が一括搬入する集積拠点であるこの施設に目をつけ、身元不明の搬入業者として入り込み、出荷前のチップに細工を施していた。そして調査の手が伸びる直前にすべてを引き上げ、足止めとしてこの軍用機を残していったんだ)
点と点が、冷徹な必然性を持って繋がっていく。
「多分その時にあのゴーレムに細工していったのね! 一日早かったらぶん殴ってやったのにっ!」
キャシーが鋭い爪をカチリと鳴らして憤慨する。
ユーリは静かに一歩踏み込み、ブルーノを見据えた。
「それで? その女はどこへ向かったか分かるか」
「多分っすけど、それならわかるっす! 『白亜の防獣要塞塔』っすよ!」
「なぜ分かるの?」
「乗ってきた移動馬車のフロントに、『白亜の防獣要塞塔』の入構プレートが取り付けられてたっすから!」
メリッサとキャシーが顔を見合わせる。街の中央にそびえ立つ、あの最高防衛拠点だ。
「その怪しい女性の特徴は?」
ユーリが重ねて尋ねると、ブルーノは少し首をひねり、思い出すように答えた。
「顔は外套でよく見えなかったっすけど……変な喋り方だったから、どっか地方の出身者だってことしか分からないっすね。……田舎者っすね、はっはっはっは!」
完全に緊張感を欠いたブルーノの笑いに、メリッサが冷ややかな目を向ける。
「……あんたもたいがいだと思うけどね」
「ひぃっ、す、すんません!」
キャシーの爪の光に怯え、ブルーノは再び小さく縮こまった。
怯えながらもすべてを吐き出したブルーノを安全な場所へ解放し、三人は壊れかけた実験施設の出口へと向かった。
ユーリは、ポケットの中で冷たく鎮座する測定器の感触を確かめながら、王都の空を見上げた。
高周波という、見えない引き金。
そして、その発信源としてあまりに符号しすぎる、街の天蓋にそびえ立つ『白亜の防獣要塞塔』。
そこに持ち込まれた、不穏な訛りを持つ謎の女の影。
自分たちの行動を先回りし、冷酷に罠を張り巡らせる見えざる敵の悪意。
街全体を一斉爆破しかねないその冷酷な「魔笛」の主が待つ場所は、もはや疑いようもなかった。
「……行くべき場所が決まったな」
「ええ。白亜の塔……王都の心臓部に、真っ黒な不純物が潜んでいるわ」
メリッサが杖を握り締め、キャシーも引き締まった表情で耳をピンと立てた。
晴れ渡る空の下、見えない高周波の恐怖が王都を覆い尽くす前に――ユーリたちは、街の中央にそびえ立つ白亜の巨塔へと、静かに視線を定めたのだった。
第9話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
キャシーの怒涛の連撃『秘儀・影豹八重爪』からの、ユーリによる素手でのマナ剥離「ビリリィーー……ッ!!」
そして、測定器の針が振り切れてついに確定した一斉暴走の正体――
人間の耳には感知できない【超高周波】という見えない魔笛!
さらに、国の集積所から出荷前のMOSをすべて回収して姿を消した「独特な訛りの女」が向かった先は……
王都の最高防衛拠点にして最高峰の要塞――『白亜の防獣要塞塔』!
すべてのピースが繋がり、事件の舞台はいよいよ王都の中枢へと絞られました!
次話、連日の調査で限界を迎えつつある大賢者メリッサと、ユーリの静かな夜。
800年を生き抜いてきた大賢者が抱える孤独と、二人を繋ぐ温かなスープの時間が描かれます。
「キャシーの分身コンボからのユーリのデバッグが熱すぎる!」
「白亜の塔に向かった訛りの女って誰なんだ……!?」
「サスペンスのテンポが良くて一気に読んじゃう!」
と少しでもワクワクしていただけましたら、
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次話【第10話:大賢者の不眠と、小さな温もり】へ続きます。
次回は21時40分頃更新です。
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