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【第8話】潜入の偽装と、俊敏なる爪

第8話をお読みいただきありがとうございます!


欠陥チップ『MOS』は、なぜ街中へと瞬く間に広まったのか?

浮かび上がったのは、国の正規流通ルートの中枢――『魔導実験施設』。


キャシーの変化の術と、大賢者メリッサの「勢い」で潜入したその先で待ち受けていたものとは――!?


どうぞお楽しみください!

「いいか、ユーリ、メリッサ様。例の不純なチップ『MOS』の密輸ルートを潰すには、王都の最初の集積場を押さえるのが一番だ。そのためには、街への流通を一手に管理しているあの魔導実験施設を――」


翌朝。

『酔っ払い亭』の木製テーブルを囲み、地図を広げた大柄な男が、熱っぽく調査方針を語っていた。


 彼は白銀の甲冑を纏った、王都管轄の特殊傭兵団の隊長を務める男、ルシアンである。


 しかし、そのルシアンの背後に、ぬっと二人の巨漢の部下たちが音もなく忍び寄った。


「――あ」


 ユーリが、ルシアンの背後を指さす。


「どうした、ユーリ? 私の顔に今朝の朝食でも――ぶほっ!?」


「団長! 探しましたよ! 王都の本部から、緊急の業務監査と昨日の一斉暴走の始末書提出の命令が下りてます! さあ、大人しく戻りましょう!」


「待て! 放せ! 今、唯一無二の親友と街を揺るがす深刻な――」


「はいはい、お仕事お仕事!」


 部下たちは抵抗するルシアンを左右から羽交い締めにし、もの凄い力で引きずりながら、店の外へと強制連行していった。


 遠ざかっていく悲痛な叫び声を聞きながら、メリッサが呆れたようにため息をつく。


「……まぁ、あのバカ真面目な団長は仕事だし、仕方が無いわね」


「そのことなんだけど、ちょっといいか?」


 カウンターの奥から、腕組みをした大柄な店主が、静かに声をかけてきた。

 元勇者パーティーのバイマンだ。


「なぁに? バイマン。何か新しい情報でも入ったの?」


 メリッサが果実酒のグラスを傾けながら尋ねる。


「ああ。実は王宮のツテから、MOSの流通経路について気になる裏が取れてな。もちろん、いつも通り内密の話だが」


バイマンは声を一段落とし、身を乗り出した。


「このグランデールで出回っているMOSはな、表向きは国が一括で買い上げ、『魔導実験施設』に全量が一時搬入され、そこから街の各販売店へ卸される手はずになっている。……だがな、その搬入業者の中に、どうしても身元の辿り切れない怪しい人物が紛れ込んでいるらしい」


メリッサが深緑の瞳を鋭く細め、盃を置いた。


「なるほどね……。正規の流通ルートの最初の集積拠点(ハブ)に紛れ込み、そこでチップに細工を施したか、あるいは危険な不純物をすり替えて出荷させていたってわけね。あの施設に直接乗り込んで、現物の搬入記録と管理状況を洗うのが一番手っ取り早いわ」


「そういうことだ。……それと、今回の捜査員として、うちの娘を使ってもらえないか?」


メリッサが驚きで目を見開く。


「いいの? バイマン。あなたの秘蔵っ子を、こんな危険な裏仕事に出して」


「この間『可愛い子には旅をさせよ』って言ったのはどこの誰だよ」


 バイマンがニヤリと笑う。

 メリッサはしばらく沈黙し、それから、真面目な顔で静かに問いかけた。


「本当に、良いのね」


「ああ。キャシーと決めたことだ」


 二人の会話を、ユーリは黙って聞いていた。


 すると突然、店の勝手口から、大剣を背負ったルシアンが「ふぅ……」と汗を拭いながら入ってきた。


「まぁ、おれが行ってやってもいいんだがな」


「ル、ルシアン!? あんたさっき連れて行かれたばっかりじゃない!」


 メリッサが椅子から転げ落ちそうになって叫ぶ。

 ルシアンは隣に腰を下ろし、親しげに肩を叩いてきた。


「ユーリ、俺と冒険したほうがいいよな」


「ああそうだね、キャシーと冒険するのも楽しそうだ」


 ユーリの言葉に、隣のルシアンがピキリと固まった。


「ええ!! な、なんで!? 私の変化、完璧だと思ったのに――!」


 ルシアンの姿だったものが、耳をピコピコと動かして絶叫した。


 ポン、と小気味いい音が響き、白煙が上がったかと思うと、そこには頬を真っ赤にして地団駄を踏んでいる、赤髪の獣人の少女が立っていた。


「どうもユーリにはキャシーの術が効かないみたいだ、ははっは」


 バイマンがカウンターの奥で豪快に笑う。


「これからよろしくね。私って結構できる子だから頼っていいよ」


「うん。よろしく、キャシー」


 ユーリはその小さな手を握り返した。


 作戦会議が解散となり、メリッサとキャシーが奥の部屋へ準備に向かった後。

 ユーリが一人で店を出ようとすると、バイマンに呼び止められた。

 振り返ると、バイマンはいつになく真剣な表情で、腕を組んで立っていた。


「キャシーの事だ」


 ユーリは静かに頷いた。


「お前たちが出かけた時のことは聞いた。ありがとう。キャシーのやつ、相当まいってたんだけど、お前さんと帰ってきてから人が変わったみたいに……いや違うな、昔のあの子の笑顔に戻ったんだ」


「特に何かしたりした覚えはないけど」


「ははは、お前さんがそういうやつだからあの子は変われたんだろうな」


 バイマンは目を細め、どこか遠い空を見るように呟いた。


「実は捜査に加わりたいって話、あの子から言い出したんだよ。昔から負けん気が強かったんだが、周りからの偏見が強くってね。我が娘ながら目立つのが悪い方に向かったようで。最後はあの子の心も折れちまった。父親として情けないよ」


 バイマンは拳を握りしめ、悔しげに視線を落とした。


「悪いのはあんたの言うところの周りのやつだ。卑下や反省をする必要はない、あんたも、キャシーも」


 ユーリの揺るぎない、真っ直ぐな言葉。

 バイマンは一瞬だけ驚いたように目を見張り、それから、やっぱりいつものように豪快に笑った。


「はっはっは、ほんとお前さんはブレないな」


 バイマンは真剣な顔で、改めてユーリに向き直った。


「あの子には俺の全てを叩き込んだ。おそらくそこらのやつには引けを取らない。足りないのは実戦経験だ。メリッサは魔術には長けているが、この世に狡猾な奴はごまんといる。助っ人として紹介して言うのもなんだが……あの子を頼む」


「一方的に守ったり守られたりするつもりはないよ。キャシーは大切な仲間だ、それ以下はありえない」


「……そうか」


 バイマンは驚いたように呟き、それから、深く納得したように微笑んだ。


「そんなお前さんだから、キャシーの術が効かないのかもな」




 捜査へ出掛ける前、ユーリは工房の片隅で、メリッサに向き直り尋ねた。


「メリッサ。空気の震えとか、音の波を記録する装置ってない?」


「? そんなの、何に使うのよ。訳が分からないわね……。一応、空間の振動魔力を記録する『音域周波測定器』ならあるけれど」


「ちょっと確証がほしくてね。貸してくれる?」


 あえて詳しい理由は言わず、ユーリは不敵に笑った。


 メリッサは「本当に不思議な子ね……」と首をかしげつつも、自身の魔導空間から、不思議な針と目盛りがついた真鍮製の測定器を取り出し、手渡した。


「よっしっ! じゃ、行こうか」


 忍び姿のバイマンが店の奥から出てきた。


「よっしっじゃない! 何でバイマンが行く気になってるのよ」


「俺が行った方が頼りになるだろう、なぁユーリ」


 バイマンが親しげにユーリの肩を叩いてきた。


「ああ、頼りにしてるよ、キャシー」


 ユーリの言葉に、隣のバイマンがピキリと固まった。


「ええ!! な、なんで!? 私の変化、完璧だと思ったのに――!」


 バイマンの姿だったものが、耳をピコピコと動かして絶叫した。

 ポン、と軽い音が響き、白煙が上がったかと思うと、キャシーが地団太を踏んだ。


「ははっは、にぎやかなパーティになりそうで何よりだ」


 本物のバイマンがカウンターの奥で豪快に笑う。


 こうして、ユーリ、メリッサ、キャシーの三人は、街の象徴である大橋の近くにひっそりと佇む、巨大な石造りの『魔導実験施設』へと向かった。




 かつては数々の最先端魔道具が生み出されていた場所だが、現在は不穏な静寂に包まれている。

 現場の入り口には、頑丈な鉄柵が設置され、警備員の男が退屈そうに立っていた。


「あ~~、緊張するわー」


 キャシーが胸元を押さえて小さく吐息をもらす。


「別にこういうのは構えなくていいのよ『勢いで何とかなるもんよ』」


 メリッサがニヤリと不敵に笑い、先頭を歩き出した。


「おや、これは大賢者メリッサ様! 本日はどのようなご用件っすか! 」


 警備員の男――ブルーノは、メリッサの姿を見るや否や、揉み手をしてこれ以上ないほどの卑屈な笑みを浮かべ、ペコペコと頭を下げた。


「あっしは、ここでお留守番を仰せつかっている警備員のブルーノでやんす!」


 そのねちゃついた態度に、キャシーが顔を引きつらせ、メリッサの耳元へ小声で囁く。


「何? この気色悪い男。コイツ知ってるの?」


「ん? ああ、一時期だけど、この施設の施設監督官をしてたことがあったからね」


「いつもこんなに気持ち悪いの?」


「そうね。上のものにはこのねちゃついた笑みで、下にはあからさまなパワハラ。強者にこびへつらい弱者はこれでもかってぐらい苛め抜く奴ね」


「最低な奴ね」


「ああ、それから女性職員のおしりを触っていたのが印象的だったかな」


「死刑か? こいつ、死刑だよね」


 キャシーは拳をぎゅっと握りしめて本気で憤っている。

 だが、ブルーノのねちゃねちゃとした視線が、メリッサの背後にいるユーリへと向けられた瞬間、その表情があからさまに消え失せた。


「……おや。メリッサ様、そちらの妙な衣服を着たひょろひょろとした男は? まさか、メリッサ様の新しい荷物持ちっすか? それとも、小遣い稼ぎについてきた路傍の物乞いっすかね」


「ムムム、何コイツ! よっし!! とりあえずこいつを粉々にするのが私のファーストミッションね!」


 キャシーの指先から、強靭で鋭い爪が一瞬にして生え揃った。

 メリッサが慌ててキャシーの肩を掴む。



「ちょ、ちょっとやめなさい! 話がややこしくなるでしょう」


 そしてメリッサは、表情を取り繕ってブルーノに冷たく言い放った。


「この子たちは私たちの助手よ、文句があるなら上と掛け合って確かめてくれていいけど」


「そ、そんな。滅相もございません。メリッサ様を疑うだなんて」


 ブルーノは一瞬にして冷や汗を流し、ペコペコと頭を下げて鉄柵を開けた。


 通り抜けざま、ユーリが小声でメリッサに言う。


「いいのか? 上に掛け合うって言って。本当に確認されたらそれこそ面倒じゃないか」


「大丈夫よ。さっきも言ったでしょ、こういうのは勢い」


「ささ、どうぞ中に入るっすよ。面白いものは何にも残ってないでやんすが」


 施設の中に入ってから、ユーリとキャシーに小声でメリッサが言った。


「ほらね、大体どうにかなるもんなのよ」



「はぁ、そういうものなのかな……」


 だが、背後から聞こえよがしに、ブルーノの小さく吐き捨てる声が響いた。


「それにしても、まだ調査されてるんすね。例のゴーレム暴走事件から、騎士団の皆様は何度も調査に来られてるっすが、何にも起きてないっすよ。まるで暴走なんて嘘のようでさぁ。そんな魔力もないガキまで連れてきて、大げさに調べ直すような場所じゃねえと思うっすけどねぇ」


 ブルーノは肩をすくめている。

 メリッサがブルーノの口の悪さに少し眉を寄せながら尋ねた。


「私が来た時と違って随分と寂れているけれど、どうしたの?」


「ここは国を挙げて魔道具を開発していた施設っす。ただ、先月から別の場所に移動したので、少しずつ取り壊してるんすよね」


「あれだけあった魔道具は残っているの?」


 魔道具職人としての血が騒ぐのか、メリッサが興味深げに身を乗り出す。


「いえいえ、ほとんどというか、ここには全くって言っていいと思うでやんす。ここには建物解体用のゴーレムと、あっしらみたいな警備員ぐらいしか。先日の騒動までは解体業者が大勢いたんですけど、原因調査中で、実質あっしらみたいな警備員だけでさぁ」


 ブルーノはそう言って、施設の奥にある鉄扉を指差した。

「それじゃあっしは、ここのコントロールルームで、ついでに定期点検してますね。何かあったら声をかけてください」

 ブルーノはそそくさとコントロールルームへと消えていき、三人は、かつて実験室だったと思われる、広大な中央広場へと足を踏み入れた。




「さて……。何もない空間に、何か残っているかしらねっ」


 メリッサが周囲を照らしながら歌うように呟く。


 取り壊し中というだけあって、実験施設の中央は広大な空洞になっており、あちこちにコンクリートの瓦礫が転がっていた。


 ユーリは手に持った『音域周波測定器』を見つめ、大気中の振動を計測した。


 ピィーー! ピィーー! ピィーー!


 鋭い警報音が響き、目盛りの針が激しくブレる。


「なんだこれ? 故障か?」


『音域周波測定器』の数値を覗き込む。

計測値は振り切れており、想定不能を指していた。


ユーリが真鍮の本体をコンコンと指先で叩いた、まさにその時だった。


 カシャァン!!!


 背後で、重苦しい鉄格子が落ちるような、不気味な魔導の駆動音が響き渡った。


 驚いて振り返ると、今通ってきた通路の入り口が、不自然なほど濃密な、赤黒い幾何学模様の光の壁――『結界』によって完全に塞がれていた。


「えっ……!? ちょっと、冗談はやめてよ」


 キャシーが慌てて結界に走り寄り、強靭な爪を突き立てるが、結界は火花を散らすだけでびくともしない。


「おい、ブルーノ! ……返事がないわね」


 メリッサが眉をひそめ、頭をかいた。


「操作ミスでもしたかな? コントロールルームに行って、声をかけてくるわ」


 メリッサが、結界のすぐ脇にあるコントロールルームの扉へと向かおうとした。


「メリッサ、動くな!」


 ユーリが、大声でメリッサを制止した。


「ユ、ユーリ? どうしたの?」


「何か様子が変だ……!! コントロールルームの方向からじゃない。あっちだ!」


 ユーリが指し示したのは、実験施設のさらに深い、暗闇に包まれた奥の区画だった。


 その暗闇の奥から、ズゥン……ズゥン……と、床を揺らす重苦しい金属の足音が響いてきた。


 そして。

 暗闇のさらに奥から、おぞましい赤色の輝きを放つ、二つの丸い『光』が、ゆっくりと灯った。


 キィィィィィィィン――――。


 人間には聞こえないはずの、極めて不快な高周波の振動が、施設の空間全体を細かく震わせ始める。


 それと完全に連動するように、暗闇の中から姿を現したのは、十メートルを超える巨体を持った、一台の巨大な「解体用ゴーレム」だった。


「メ、メリッサ。勢いでこれもなんとかならない……?」


 キャシーの顔が、一瞬にして青ざめ、引きつった。



第8話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


国が一括購入したMOSが最初に運び込まれる集積拠点『魔導実験施設』。

そこに紛れ込んでいた「身元不明の搬入業者」の影を追い、潜入を果たしたユーリたち!


ルシアンやバイマンに化けてドヤ顔するも、ユーリには1秒で見破られて地団駄を踏むキャシー!

(※なぜかユーリにだけは最初から耳と尻尾が見えてしまうお約束です)

そしてねちゃねちゃした警備員ブルーノをメリッサの「勢い」で突破したものの……


『音域周波測定器』の針が振り切れた瞬間、背後を塞ぐ赤黒い結界!

暗闇の奥から現れたのは、あの耳障りな高周波と連動して起動した、十メートルを超える巨大なゴーレムでした!


退路を断たれた密室で、再び襲いかかる暴走の巨神!

果たしてユーリたちは、この最悪のトラップをどう切り抜けるのか……!?


「流通の仕組みから攻める知略サスペンスが面白い!」

「キャシーの変化が可愛すぎて笑った!」

「周波測定器が振り切れてからの緊迫感がヤバい!」

「ここで巨大ゴーレム出現は熱すぎる! 早く次を読ませて!」


と少しでもワクワクしていただけたり、ハラハラしていただけましたら、

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次話【第9話:聞こえぬ音の引き金(トリガー)】へ続きます。

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