【第74話】偽りの仮面と黄昏のセーフハウス
いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!
前回はベルガーの冷酷な罵倒に沈みかけたユーリを、ディアナが熱い言葉で引っ張り上げ、全員で煙幕の中から鮮やかに脱出するエピソードでした。
さて、今回は追手を完全に振り切るための知略と、セーフハウスでの情報整理回です。
なぜユーリたちの位置がことごとく敵に先読みされていたのか――その衝撃の理由と、ディアナの狡猾すぎる逆転撹乱工作!
そして、敵組織であるはずの二人がなぜ命懸けでユーリたちを助けたのか、その理由が明かされます。
……が、敵の最高幹部リタがユーリだけに送りまくっていた「秘密の定期連絡」の回数が部下たちにバレてしまい、隠れ家は大騒動に……!?
シリアスとコメディが小気味よく交差する第74話、どうぞお楽しみください!
それでは、どうぞ!
白々と明け始めたサザンクロスの空から、冷たい雨がようやく上がりかけていた。
路地裏の屋根伝いを影のように駆け抜け、追っ手の包囲網を完全に振り切った五人は、下町の薄暗い路地へと音もなく滑り込んだ。
「よっしゃ! 無事に街まで来れたな。ここまで来たらもうちょっとや」
ディアナが濡れた髪を払い、腰に手を当てて小さく息を吐く。
その隣で、泥まみれのドレスの裾を絞りながら、キャシーがぐったりと肩を落とした。
「もう夜明けね……さすがにくたくたー」
「追手は完全に撒いたようだが、油断は禁物だ。ユーリ殿の安全圏を確保するまでは気を抜くわけにはいかん」
シエラは太ももの傷口を庇いながらも、鋭い眼光で周囲の建物の屋根や死角を隈なく見渡した。ユーリも深く頷き、周囲の気配を警戒する。
「ああ、シエラの言う通りだ。まだ街全域に戒厳令が出ている。慎重に行こう」
一行が再び歩き出そうとした、その時だった。
「っと、その前にちょっと待って欲しいっす」
ロキシーがすっと片手を挙げ、歩みを止めた。
ディアナが怪訝そうに眉をひそめる。
「なんやロキシー、急に?」
「アジトに向かう前に、お三方に出すもの出してもらわんとまずいっすからね」
「えっ? 宿泊費か? 確かにそれは大事やけど、今この場で徴収する必要ないんちゃうか。それはちょっとあまりにもガメついというか――」
「ちょっと先輩、何言ってるんすか! あっしは先輩みたいに守銭奴じゃないっすよ!」
「守銭奴ってなんちゅうこと言うてんねん!」
二人のやり取りを前に、ユーリが首を傾げた。
「出すものって……一体何のことだ?」
「これのことっすよ」
ロキシーは懐から手のひらサイズの魔導探知機を取り出し、キャシーの胸元へと近づけた。
すると、機械の先端の水晶がピピピとけたたましい赤色に点滅し始めた。
「これのこと……?」
キャシーがおずおずと懐から取り出したのは、昨夜の舞踏会で全員に配られた銀細工の仮面だった。
「あー、やっぱりこれっす! 反応ばっちり! ほら、お二人もボーッと見てないで仮面を出すっすよ!」
ロキシーに促され、ユーリとシエラも懐から銀の仮面を取り出した。探知機をかざすと、やはり二つの仮面からも強い反応が返ってくる。
「なるほど……」
シエラが仮面の裏側を凝視し、冷え切った声で呟いた。
「我々がどれほど気配を消し、死角へ回り込もうとも、敵が寸分の狂いもなく先回りしてきた原因はこれだったのか」
「この仮面、発信器になってるっす。相手さん、これを見ながらリアルタイムで追いかけてきてたんっすね。そりゃ捕まるわけっすよ。じゃあ、ここで一思いにバキッとやっちゃいましょうか」
ロキシーが仮面を地面に叩きつけようと振り上げた瞬間、ディアナが鋭い声を張り上げた。
「ちょっと待ったー!」
「どうしたんすか先輩? この仮面かぶってみたいっすか?」
「アホ! なんでやねん! 利用できるもんは利用せなな」
ディアナはニヤリと狡猾な笑みを浮かべ、大通りへ向けて歩き出そうとしていた一台の荷馬車へと駆け寄った。
「おっちゃん、この馬車、グランデールへ行くんか?」
「あー、そうだが何だ? 朝一番で出発するところだが、何か用事でもあるのか?」
荷馬車の御者席に座る初老の行商人が振り返る。ディアナは懐から数枚の銀貨を取り出し、三つの仮面をまとめた小袋と一緒に行商人の手に握らせた。
「悪いんやけど、これでさ、この荷物をグランデールの『酔っ払い亭』っていう酒場まで届けてくれへんか?」
「ん? 別に構わんが、こいつはもらわなくてもいいさ」
行商人は銀貨をディアナの手のひらへ押し戻した。
「ほんまに? おっちゃん気前ええな!」
「なぁに、もともとグランデールへ着いたらその店で一杯やるつもりだったからな。ついでだよ、かさばる荷物でもないしな」
「まいど! 気をつけて行ってな!」
荷馬車がカラカラと車輪を軋ませて走り出すのを見送りながら、キャシーが血相を変えてディアナに詰め寄った。
「ちょっと! そんなことしたら、うちの店に敵の追手が押し寄せるじゃない!」
「え? 別に構わんやろ。あんたんところ、ごっつ強いおっちゃんおるし。それにあの街、勇者級の戦士がゴロゴロおるんやから、心配あらへん」
「……そりゃパパは強いけどさぁ!」
「それに、ディアナの言う通り、グランデールの防衛力ならどれほど敵が押し寄せようと返り討ちにできる」
シエラが冷静に頷くと、ユーリも納得したように言葉を継いだ。
「敵の発信器がグランデールへ向かって移動していると誤認させられれば、敵の戦力を街道沿いへ分散させられる。時間を稼ぐための有効な撹乱工作だね」
「そういうことっす! さすがユーリさん、話が早くて助かるっす!」
ロキシーが親指を立て、五人は改めて下町の路地奥へと足を進めた。
「さ、ここが我が家や。ゆっくりしてくれてええで」
案内されたのは、古びた商業ビルの地下深くにある隠し部屋だった。
地面すれすれの明かり窓からわずかに朝日の光が差し込むものの、剥き出しの配管や煤けた石壁はかなり年季が入っている。だが、居住スペースは広く、奥にはいくつかの個室も備わっていた。
「……む。かなり古風でくたびれた場所だな」
シエラが部屋を見渡し、率直な感想を漏らす。
「シ、シエラ、フォローになってないわよ。 まあ……言いたいことはわかるけど」
「あっしらも、もっとオシャレで豪華なアジトに住みたいんすけどね……」
ロキシーが肩をすくめると、ディアナが壁の椅子にドッカと腰を下ろして不満を爆発させた。
「今年からサザンクロスで使っとった部屋を全部引き払って、個人で見つけなあかんことになってん! しかも、必要経費で落ちるのは作戦終了の三ヶ月後や!」
「ウチらの組織ってお金ないっすからね〜」
「組織って……」
ユーリが問いかけると、シエラが腕を組んで静かに口を開いた。
「元帝都近衛の筆頭として、大まかな勢力図は把握している。だが、現在の帝都内部の派閥争いはさらに複雑化していると聞く。貴殿らはどの組織に属しているのだ?」
「ウチらは『黄昏の架橋』や」
ディアナが指を三本立てて解説を始めた。
「帝都の魔族や軍部は一枚岩やない。大きく分けて三つの組織が三すくみで拮抗しとるんや。まずウチらの『黄昏の架橋』。リターニア様が率いる穏健派で、グランデールをはじめ各国と協力して共存を目指す組織や。……まあ、資金力は一番カツカツやけどな」
「そして、昨夜のベルガーや、以前現れたアルマが所属するのが『黒蝕の爪』だな」
ユーリが確認すると、ディアナが険しい表情で頷いた。
「そうや。武力と恐怖で他国をねじ伏せようとする強権派の武装集団や。帝都の魔族の大多数がここに所属しとる。そしてもう一つが、商人が多く所属して魔道具の開発や裏取引を牛耳る『黒甲機関』や」
「黒甲機関……」
「表立って所属を明かす奴はおらん。背中を刺される危険があるからな。軍人や研究者も、部隊ごとに自然とこの三つのどこかに分かれとるんや。最近じゃ、さらに過激な急進派の新組織が裏で動いとるって噂もあるくらいや」
帝都の巨大な暗影。
その複雑な利害関係を聞き終えたところで、キャシーがジト目を向けて切り出した。
「あのさ、ここまで世話になっといて言うのもなんだけど……あなたたち、私たちの『敵』よね? グランデールの白亜の塔の時だって、散々邪魔してくれたじゃない」
「ほんまに今更な話やな!」
ディアナがカラカラと笑う。
「前回の借りはこれでチャラや。それに、ウチらもアンタらと同じく『ソラリスコア』を狙っとったんやからな」
「我々と同じソラリスコアを狙っていたということか」
シエラが眉根を寄せると、キャシーも首を傾げた。
「でも、昨夜の舞踏会であなたたちの姿は見なかったけど?」
「あんな猛者たちがウヨウヨいるところに正面から飛び込めないっすよ! でも、あっしらも昨夜の会場にはちゃんと潜入してたんすよ。先輩が厨房で、あっしがウェイトレスやってたんす」
「おいロキシー、余計なこと言わんでええ!」
「だって先輩、顔に古傷があって見た目怖いから、接客は無理じゃないっすか」
「アホか! 見た目で人を判断すんな!それに昨日は仮面かぶっとったやろ」
「いや、ウェイトレスの見た目は死活問題っす。仮面してても美人はオーラが出るっす」
二人の言い合いに苦笑しながら、ユーリが本題を切り出した。
「ゴードン伯爵が襲撃され、コアが奪われた時、二人はどこにいたんだ?」
「厨房の裏口から脱出ルートを確保しとったんや。まさか、あの伯爵が殺されてコアが強奪されるとは思わんかったわ」
「うちらはリタの姉御からゴーサインが出るまで、情報収集しとったんや。この街で落ち合う予定やったのにな……先週からプッツリと連絡が途絶えてもうてな」
ディアナが落とした声に、ユーリの胸がざわついた。
「そっちもそうだったんだな。……先週までは、毎日2回は連絡が来てたのに、どうして急に……」
「「…………は!?」」
ディアナとロキシーが、同時に目を見開いて硬直した。
「ちょ、ちょっと待ちぃや! 何その回数!? ウチら直属の部下への重要連絡ですら三日に一回、下手をしたら一週間に一回しか来えへんぞ! しかも毎回めちゃくちゃ不機嫌で面倒くさそうやのに!」
「ユーリ殿と話す時は、非常に楽しそうに喋っていたようだがな」
シエラが淡々と口を挟むと、ロキシーが生暖かい視線をユーリへ向けた。
「リタ姉、よっぽど気に入ってたんすね……ユーリさんのこと」
「ふむ……魔族の最高幹部でありながら、ユーリ殿にそこまで頻繁に連絡を入れていたとは。後で規律の乱れを正さねばならんな」
「だからそっちのツッコミじゃないってば!」
キャシーの絶叫が地下室に響き渡る。
ディアナはこめかみを押さえ、大きくため息をついた。
「……なんか引っかかるトコは山ほどあるけど、まあそういうこっちゃ。ウチらとアンタらの目的は完全に一致しとる。それに指示も出とったしな」
「ん?指示って何のことだ?」
シエラが促すと、ディアナは居住まいを正し、まっすぐにユーリの瞳を見つめた。
「リターニア様が消息を絶つ前、最後にウチらに残した絶対命令がこれや――『もしユーリたちがこの街に来たら、何があっても最優先で協力しなさい』ってな」
その言葉に、ユーリの胸が熱く震えた。
リタは最初から、自分たちがこの街へ来ることを予期し、味方となる手を打ってくれていたのだ。
「……ありがとう、ディアナ、ロキシー」
ユーリはポケットに手を入れ、冷たい水晶球の感触を確かめた。
「メリッサを必ず助け出す。そして、リタの行方も突き止めないと」
「うむ。ユーリ殿が前を向く限り、私の剣はいつでも共にある」
シエラが力強く頷き、キャシーも拳を握りしめた。
すると、ディアナがパンパンと手を叩いて立ち上がった。
「まあまあ、積もる話はあるやろけど、これくらいにしとこ。まずはアンタらのそのずぶ濡れた格好、なんとかせえへんとな」
泥と雨水に塗れたドレスや礼服を見下ろす面々に、ディアナはニッと笑って奥の浴室を指さした。
第74話をお読みいただき、ありがとうございました!
敵に追跡されていた原因は、あの銀細工の仮面でした!
そして、それを壊さずにグランデールの『酔っ払い亭』へ送って敵の追手を街道へ誘導するディアナの機転、さすが裏の工作員ですね(笑)。(バイマンパパや留守番騎士団長たちが待ち構える店に送り込まれる敵の追手がちょっと哀れですが……!)
そして何より、リタの連絡頻度格差!
直属の部下には「週に1回、超絶不機嫌」なのに、ユーリには「毎日2回、めちゃくちゃ楽しそう」に連絡していたという……リタのユーリ愛の重さが露呈して部下ふたりが硬直するシーン、楽しんでいただけましたでしょうか!
次回、第75話『温かな食卓と掃除屋の裏の顔』!
お風呂上がりに用意されていたのは、ユーリだけ桁が違う超最高級ブランドの特注服……!?
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次回も賑やかで濃密な展開をお届けします、お見逃しなく!
【読者の皆様へのお願い】
「仮面の逆利用が鮮やか!」
「リタの連絡格差に大爆笑した」
「ロキシーとディアナのキャラが良い!」
など、少しでも楽しんでいただけましたら、
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次回は明日18時40分頃更新します。
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