【第73話】泥濘の罵倒と関西弁の叱咤
いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!
前回は、ユーリを庇って大賢者メリッサが水晶球の中に封印されてしまうという、最大の絶望でした。
守れなかった悔しさに泣き崩れるユーリ、身を挺して守るシエラとキャシー。
そんな絶対絶命の窮地に、閃光とともに舞い降りたのは――かつての宿敵、ディアナ&ロキシー!
かつての敵がユーリの胸に灯す再起の炎と、息の合ったお仕置き&脱出劇をどうぞお楽しみください!
それでは、どうぞ!
視界のすべてを焼き尽くすような強烈な閃光が、雨煙る第7埠頭を真っ白に染め上げていた。
「ぐわぁぁぁぁっ!?」
「目が……目が見えんッ!」
ロキシーの放った閃光煙幕弾をもろに浴びた黒装束の兵たちが、両目を押さえて悶絶し、石畳の上で転がり回る。
だが――その白い光の帳の中で、異形の巨漢だけは両足を踏みしめ、微動だにしていなかった。
「ぬぅぅぅぅ……ッ!」
凶刃のベルガー。
巨大な黒鉄の戦斧を地面に突き立て、灼けるような両目を血走らせながら、雨水を蒸発させるほどの殺気とともにユーリの気配を睨みつけていた。
視界を奪われながらも、ベルガーの口元が醜悪に歪み、大気を震わせるような怒号がユーリの全身へと叩きつけられる。
「小僧っ! そうやってケツまくって逃げるしかないガキは、一生底辺を這いずり回って逃げ続けなきゃならねぇことを心に刻め!」
ズドォン、と戦斧の石突が石畳を砕く。
泥水に膝をつき、手のひらの冷たい水晶球を抱きしめて震えるユーリの胸元へ、ベルガーの言葉が容赦のない毒となって突き刺さる。
「てめぇはな、自分を庇って消えたあの大賢者の罪を背負い、一生苦しみながら生きていくんだよ! てめぇの存在そのものが大賢者を殺したんだ! てめぇの力のなさが引き起こした結果だ!」
血走った両目から涙を流しながら、ベルガーは嘲笑を交えてさらに罵声を重ねた。
「ずっと苦しめ! ずっと責任を感じて這いつくばれ! てめぇは生きてる価値もねぇ……クズだッ!!」
魂を鋭利な刃物で抉り取られるような呪詛。
目の前で手を伸ばせなかったかつての悔恨と、今また大切な人を守れなかった喪失感が混ざり合い、ユーリの視界が暗闇へと沈みかけていく。
思考が停止し、胸の奥底が冷え切った泥水で満たされていくような感覚。
その時だった。
「にーさん。……にーさん! やっとこっち見たか」
雨音の向こうから、鋭くもどこか軽妙な声が響いた。
気づけば、ユーリのすぐ傍らに漆黒の忍び装束をまとったディアナがしゃがみ込んでいた。
ディアナは泥に濡れるのも構わず、ユーリの濡れた前髪をぐしゃりと乱暴に払うと、その顎を指先でクイッと持ち上げ、視線を無理やり固定した。
「にーさん、目ぇ逸らしたらあかん!」
ユーリの瞳を覗き込みながら、ディアナは強い口調で言葉を叩き込んでくる。
「あいつの言うとることは、滅茶苦茶偏っとる。けどな、あんだけ堂々と怒鳴られたら、それが真実やと誤解してしまいそうになるんや」
ユーリが息を呑む。
ディアナの瞳には、一切の迷いも同情の甘さもなかった。あるのは、ただ前を向かせるための確固たる意思だけだ。
「うなずいたらあかん! そんな考えもあるんやって、客観的なフリして突き放してもあかん! こういうのはな、にーさん――真っ向から受け止めて、全力で全否定してやらなあかんのや!」
ディアナは親指を立て、煙幕の奥で目を血走らせているベルガーを力強く指さした。
「まずは前向け! あの筋肉ダルマを睨み返したれ! 言い返す言葉が今すぐ見当たらんでもええんや! 見つかった時に、腹の底からデカい声で怒鳴り返したったらええ!」
ディアナはニッと口角を吊り上げ、白い歯を見せて不敵に笑った。
「昔、どっかの偉い人が言うとったで。『諦めたら、そこで試合終了ですよ』ってな!」
その言葉が、凍りついていたユーリの胸の芯に、パチリと火を灯した。
諦めたら、終わる。
ここで俯き、理不尽な悪意の言葉に押し潰されてしまえば、自分を信じて身代わりとなったメリッサの想いまで踏みにじることになる。
ユーリは両腕に力を込め、手のひらの中にある冷たい紫色の水晶球を強く、強く握りしめた。
そして――雨に濡れた顔を上げ、ディアナに向かって力強く頷くと、泥濘の石畳を蹴ってスクッと立ち上がった。
その瞳から絶望の影は消え去り、揺るぎない覚悟の光が灯っていた。
「そうや、それでええんや!」
立ち上がったユーリを見て、ディアナは満足げに腰に手を当てて胸を張った。
「さっきの言葉には続きがあってな――『延長戦でも、勝ちは勝ち』って!」
すると、煙幕の脇から手榴弾を弄んでいたロキシーが、半眼のジト目を向けて割り込んできた。
「なんスかその言葉? 延長戦の下りなんて聞いたことないっすよ?」
「何言うてんねん! ウチが今考えた言葉や! どや? かっこええやろ!」
「…………え、全然意味わからない上にかっこ悪いっす」
「何言うとんねん! あんたにはセンスっちゅーもんがないんか! センス!」
「あっしはウチワの方が好きっす。風強いし」
「何言うてんねん! それは仰ぐ方の扇子や! あんたのボケでウチのカッコええセリフが台無しやないの!」
「かっこ悪いっす。……そんなことより先輩、やっこさんたち、まだやる気満々みたいっすよ」
ロキシーが顎で前方を指す。
白煙の中、目を押さえていた黒装束たちとベルガーが、視界の利かない苛立ちから銃口を闇雲にこちらへ向け始めていた。
「どこだァッ! 小ネズミどもめ、まとめて蜂の巣にしてやる!」
――ズガガガガガガガッッッ!!
盲滅法に放たれた魔導散弾が、雨の埠頭のコンテナや石畳を激しく削り取っていく。
「あっぶ、あっぶな! 目ぇつむって銃撃つアホがどこにおんねん! こっからはお仕置きタイムやな!」
ディアナが両手を広げ、十本の指先を優雅に躍らせた。
瞬間、周囲の大気を切り裂いて、肉眼では捉えられない極細の『マナの糸』に引かれた銀の飛翔ナイフが宙を舞う。
キィィィィィンッ! シュバババッ!
ナイフは生き物のような軌道を描き、銃を乱射していた黒装束たちの手首と魔導銃の銃身を、寸分の狂いもなく一瞬で切り落としていく。
さらにロキシーが身軽な跳躍で煙幕をすり抜け、電撃を帯びた仕込み針を敵の首筋へ正確に打ち込み、十数名の兵たちを次々と泥水の中へ昏倒させていった。
だが――。
「調子に乗るなよ……小娘どもがァッ!」
立ち込める煙を吹き飛ばすように、ベルガーが全身から凄まじい黒紫色の闘気を爆発させた。
体内の強大な生体魔力を一気に頭部へと集中させ、閃光で焼かれた網膜を強引に活性化・超速再生させていく。
濁った両目に急速に光が戻り、その巨大な眼球がユーリたちの姿を捉えようとしていた。
「おっと、こっちも時間切れみたいやな。よっしゃロキシー、撤収するで!」
「了解っす!」
ロキシーが懐から取り出した、特製の高密度魔導遮断煙幕弾を足元へ叩きつける。
――ボフゥゥゥゥッ!!
視界だけでなく魔力探査すら完全に遮断する濃密な黒煙が、埠頭全体を一瞬にして覆い尽くした。
「逃がすかァッ!」
ベルガーの振るった戦斧が黒煙を両断するが、その刃が捉えたのは虚空だけだった。
「行くで、にーさん!」
煙の闇の中、ディアナがユーリの手首を力強く掴み、コンテナの天蓋へとワイヤーを射出して一気に体を吊り上げた。
シエラが傷ついた体でキャシーを抱え、ロキシーの先導に従って夜の雨煙の中へと跳躍する。
屋根の上を疾走しながら、ディアナは振り返り、ユーリの手を強く握り直して言った。
「今は耐えなあかん。歯食いしばって頑張っとったら、いつか必ず逆転のチャンスは見つかるさかい!」
雨の夜空を駆け抜ける中、ユーリは胸のポケットにある水晶球の冷たさを確かめた。
絶対に諦めない。
奪われたソラリスコアも、封印されたメリッサも、すべてを取り戻すための反撃の狼煙は、この暗闇の中で静かに上がり始めていた。
第73話をお読みいただき、ありがとうございました!
ベルガーの心無い罵倒に沈みかけたユーリを、強引に前へ向かせたディアナの言葉……最高に格好良かったですね!
「真っ向から受け止めて、全力で全否定してやらなあかん」
「延長戦でも、勝ちは勝ちや!」
……からの、ロキシーとの「センス(扇子)」漫才(笑)。シリアスとコメディの温度差で一気に場の空気を塗り替え、目潰しされた敵をボコボコにするお仕置きタイムもスカッとしました!
水晶球を胸に抱き、再び立ち上がったユーリ。
次回、第74話『偽りの仮面と黄昏のセーフハウス』!
追手を振り切った一行が辿り着いた、年季の入ったアジト。
反撃への第一歩と大爆笑の掛け合いを、ぜひお楽しみに!
【読者の皆様へのお願い】
「ディアナのセリフが痺れた!」
「ユーリが立ち上がってくれてよかった!」
「ベルガー絶対に許さない、早くボコボコにして!」
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次回は明日18時40分頃更新します。
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