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【第72話】水晶の檻と大賢者の身代わり

いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!


前回は雨煙る第7埠頭に現れた『黒蝕の爪』の最凶幹部・ベルガーの圧倒的な力、そしてユーリを狙った一撃必殺の光弾の前に、メリッサが身を投げ出すという衝撃のラストでした。


息を呑む急展開と、魂を揺さぶる救出劇を、どうぞ最後まで見届けてください!

それでは、どうぞ!

 視界が、紫黒の不気味な閃光に染まり上がった。


「ユーリ――ッッ!!」


 メリッサの叫び声が豪雨の轟音を切り裂いた、まさにその瞬間だった。

 突き飛ばされたユーリの視界の端で、紫紺のドレスを纏った小さな体が、破滅の光弾の射線上へと滑り込む。


 ――ズドォォォォォッッ!!


 激突と同時に、空気が破裂するような重低音が響き渡った。

 メリッサの胸元に直撃した結晶球が、バチバチと紫色の稲妻を撒き散らしながら、瞬く間に直径数メートルを超える巨大な水晶球へと膨張していく。

 球体はまるで生き物のように蠢き、メリッサの体をその内側へと呑み込んでいった。


「メリッサ――ッ!?」


 ユーリは泥水に膝をつきながらも、跳ね起きるようにして巨大な水晶球へと駆け寄った。

 球体の表面には、世界を歪めるおぞましいマナの結界が幾重にも焼き付けられている。

 迷わず両手を伸ばし、表面の紫色の澱みを鷲掴みにして力任せに引き剥がそうとする。


「剥がれろ……ッ! 剥がれろぉぉぉっ!!」


 ――ビリリッ……バチィィィィィンッッ!!


 空間を裂く剥離音が鳴り響いた瞬間、超高密度に圧縮された古代の封印結界から、激しい拒絶の衝撃波が炸裂した。

 皮膚が焼け焦げるような熱と衝撃が両腕を襲い、ユーリの体は容赦なく後方へと弾き飛ばされた。


「ぐっ……!?」


 石畳を滑り、血が滲む両手をつく。

 だが、痛みを顧みる余裕など欠片もなかった。

 這いずり、再び水晶球にしがみつく。叩き、爪を立て、力任せに引っ張るが、透明で硬質な壁はビクともしない。


「だめだだめだだめだ! こんなのダメだ……! 誰かが理不尽に消えるなんて、絶対に許せない……! 頼むから、剥がれてくれッ! メリッサ――ッ!!」


 叫びは、冷たい雨の夜空へと虚しく吸い込まれていく。

 巨大な水晶球の内側。

 分厚い透明なガラスを一枚隔てた向こう側に、メリッサの姿がはっきりと見えていた。


 その全身が、淡い光の粒子に包まれ始めている。

 必死に水晶の壁を叩くユーリを見つめ、メリッサは苦痛を微塵も見せず、慈しむように穏やかな笑みを浮かべていた。

 そして――分厚いガラス越しに、優しく口元を動かした。


『――ユーリ、絶望してはダメ……! どんな暗闇の中でも、必ず希望の光を見つけなさい』


 かつてグランデールで、不眠と過去の重圧に苦しんでいた大賢者を、温かい一杯のシチューで労ったあの日。

 暗闇の中で手を差し伸べ合った記憶が、鮮明に蘇る。


 次の瞬間、水晶球の内側が眩い白光で満たされた。

 メリッサの姿が光の粒子の中に溶け込み、完全に掻き消えていく。


 ――カチリ。


 封印の完了を告げる硬質な音が、無情にも大気に響いた。

 巨大だった水晶球は急速に収縮を始め、やがて――冷たく澄んだ、手のひら大の紫色の結晶球へと戻り、石畳の上へとコトリと転がり落ちた。


「あ……ぁ……」


 ユーリは震える両手で、その冷たい水晶球を拾い上げた。

 胸の前で強く、壊れ物を抱くように抱きしめる。


 頭の中が真っ白に染まり、冷たい雨水が頬を伝い落ちる。

 助けられなかった。

 目の前で、自分を庇って大切な仲間が封印されてしまった。

 その圧倒的な喪失感と悔恨が胸を押し潰し、ユーリは膝をついたまま、声にならない嗚咽を漏らして泣き崩れた。





「ターゲットを外れ大賢者が封印されました!」


 黒装束の配下が叫ぶ。

 黒鉄の戦斧を担いだベルガーが、忌々しそうに舌打ちを鳴らした。


「チッ……! 小娘が余計な真似を! おい、予備はないのか!?」


「魔石がありません! 帝都から支給された一発限りです!」


 その時、雨煙る港湾通りの遠くから、けたたましい警笛と無数の重装衛兵の足音が響いてきた。


「いたぞ! 第七埠頭で爆音だ! 急行せよ!」


 サザンクロスの正規衛兵隊が、現場へ迫っていた。

 正規兵を欺いて利用している手前、この場で鉢合わせになるのは黒蝕の爪にとっても都合が悪い。


「ええい、時間か! 正規の衛兵どもめ、もう嗅ぎつけてきやがったか!」


 ベルガーは毒づきながらも、視線を石畳に崩れ落ちているユーリへと向けた。

 水晶を胸に抱き、雨に濡れそぼりながら震えるだけの無力な姿。

 ベルガーの分厚い唇が、醜悪な嘲笑へと歪んだ。


「へっ、まあいい。この様子だと、このガキはもう使い物になんねぇだろうからな」


 ベルガーは黒鉄の戦斧をユーリの鼻先へと突きつけ、溢れんばかりの侮蔑と嘲笑を吐き捨てた。


「思い知ったか小僧! これが現実だ! 身の程を知れ! 分相応って言葉を頭の芯まで刻み込め! 少しばかり力があるからと調子に乗りやがって……てめぇみたいな魔力もねぇ凡人は、何をやったってうまくいくわけねぇんだよ! 目の前の女一人守れねぇ無能が、調子づいて世界に首を突っ込むからこうなるんだ! 一生、地べた這いずって目を合わせねぇように下向いて生きていけ!」


 雨音の中に響き渡る、容赦のない罵倒。

 ユーリは何も言い返せず、ただ水晶を抱きしめて涙を流すことしかできない。

 ベルガーは唾を吐き捨てるように踵を返すと、配下の黒装束たちへ冷酷に命じた。


「撤収する前に、ガラクタの片付けをしていかねぇとな。そこの小娘どもごと、蜂の巣にして海へ叩き込め!」


「「「ハッ!」」」


 数十名の黒装束が一斉に前に進み出た。

 魔導散弾銃の銃口と、漆黒の投げ槍の切っ先が、泣き崩れるユーリの無防備な背中へと一斉に向けられる。


「ユーリ殿――ッ!!」


「ユーリに指一本触れさせない!!」


 泥まみれのドレスを引き裂き、シエラとキャシーが飛び込んできた。


 シエラは残された二振りの短剣を交差させ、キャシーは両手のクナイを構えて、ユーリを覆い隠すようにその前に立ちはだかる。

 だが、二人とも先ほどのベルガーの一撃で体力を削られ、満身創痍だった。


「撃てェッ!!」


 ――ドガガガガガガガガガッッッ!!!!


 雨の闇を切り裂き、無数の魔導散弾と鋭利な投げ槍の雨が容赦なく降り注ぐ。


「きゃあぁぁぁっ!」


「ぐっ……おおおおっ!」


 シエラが神速で短剣を振るい、キャシーが爪とクナイで弾き落とすが、あまりの弾幕の密度に防ぎ切れない。

 散弾の破片がキャシーの肩を裂き、真紅のドレスが鮮血に染まる。

 投げ槍の一本がシエラの太ももを浅く掠め、白磁の肌から赤い血が雨水へと滴り落ちた。


 それでも――二人は一歩も引かなかった。


「退かない……! あたしが……ユーリを守るんだから……!」


 キャシーは激痛に顔を歪めながらも、ユーリの頭を抱き抱えるように覆いかぶさり、自らの背中で降り注ぐ破片を受け止める。

 シエラは血を流す脚に力を込め、折れかけた短剣を構え直してユーリの前に仁王立ちとなった。


「ユーリ殿……この命に代えても守り抜く……! 貴様らのような外道に、ユーリ殿の髪一本触れさせはせん!」


 血を流し、息を乱しながらも、二人は命を盾にしてユーリを守り続けていた。

 だが、敵の包囲は無情にも狭まり、黒装束たちの凶刃が二人を切り捨てるべく頭上高く振り上げられる。


 キャシーのクナイが尽き、シエラの短剣が半ばからへし折れた。

 完全なる限界。

 逃げ場のない埠頭で、死の刃が三人へ向けて振り下ろされようとした――まさにその刹那だった。


 ――キィィィィィィィィンッッッッ!!!!


 豪雨の夜空を切り裂き、鋭利な金属の共鳴音が響き渡った。


 黒装束たちの頭上から飛来したのは、銀色に光り輝く無数の飛翔ナイフだった。

 それらはただ投げ放たれたのではない。

 空中で自在に軌道を変え、まるで生き物のようにうねりながら、ユーリたちに迫っていた敵の手首と刃を、寸分の狂いもなく一閃のもとに斬り裂いたのだ。


「ぐわぁぁぁっ!?」


「な、なんだぁっ!?」


 武器を弾き飛ばされた黒装束たちが悲鳴を上げて後退する。

 銀のナイフたちは宙を優雅に旋回すると、高く積み上げられたコンテナの天蓋へと吸い込まれるように戻っていった。


 雨煙の立ち込めるコンテナの頂上から、漆黒の装束を翻して一人の影が音もなく舞い降りてくる。

 指先をわずかに動かし、マナの糸を手元へ収めたその人物は、冷え切った瞳でベルガーを見下ろした。


「――声も身体もでかーて、ようそれで裏の隠密部隊名乗れるな」


 雨の闇に響き渡る、聞き覚えのある鋭い関西弁。

 ベルガーが戦斧を構え直し、忌々しげに目を吊り上げた。


「……身の程知らずの小娘が、また一匹増えたか」


 ディアナの隣に、身軽な着地音とともにロキシーが舞い降りる。

 その手には、強烈な魔力を帯びた閃光煙幕弾が握られていた。


 ディアナは首を小さく鳴らし、冷たく告げた。


「雨も強なってきたし、とっとと終わらせよか」


 カチリ、とロキシーの指が信管を外した瞬間――。


 ――カァァァァァァァァッッッ!!!!


 視界のすべてを真っ白に焼き尽くす極大の閃光が、雨の埠頭を包み込んだ。



第72話をお読みいただき、本当にありがとうございました!


ユーリを庇って水晶球の中に閉じ込められてしまった大賢者メリッサ……。

ガラス越しに『希望の光を見つけなさい』と微笑む姿、そして守れなかった悔しさに泣き崩れるユーリの姿に、胸が締め付けられるエピソードとなりました。

さらに、傷だらけになりながらユーリを身体を張って守り抜くシエラとキャシーの絆の深さ、そしてベルガーの容赦のないヘイト……!


しかし、絶体絶命のその刹那――!

第1部で激闘を繰り広げた、あの懐かしき工作員コンビ――ディアナ&ロキシーが、神がかり的なタイミングで乱入してくれました!


次回、第73話『泥濘の罵倒と関西弁の叱咤』!

かつての敵がもたらす再起の光と、煙幕の中からの鮮やかなお仕置き&脱出劇をお見逃しなく!


【読者の皆様へのお願い】

「メリッサ様を絶対助けて!」

「シエラとキャシーの健気さに泣いた」

「ディアナたちの乱入が激アツすぎる!」

など、少しでも感情を揺さぶられましたら、


ページ下部にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価**していただけますと、ランキングを駆け上がる凄まじい力になります!

(皆様の星評価とブックマークが、毎日の執筆の最大の原動力です……!)



次回は明日18時40分頃更新します。

もし面白ければブクマ・★評価で応援お願いします!

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