【第71話】雨の港町と黒蝕の待ち伏せ
いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!
前回は地下放水路での大激闘……のはずが、毒蛇を前にしたシエラの「蛇はうまいぞ」トークと、メリッサの豪快な業火バーベキューで一網打尽に大逆転!
しかし、地上へ脱出したユーリたちを待っていたのは、冷たい夜の雨と、街中に鳴り響く「暗殺犯」としての緊急指名手配。
完全に孤立無援となったサザンクロスの路地裏で、息詰まる逃走劇が幕を開けます。
ユーリたちを狙う冷酷な罠と、圧倒的な力の前に訪れる最大の危機を、どうぞお見逃しなく!
それでは、どうぞ!
ざぁぁぁぁぁ……と、容赦のない夜の雨がサザンクロスの石畳を激しく叩きつけていた。
白く煙る視界の中、雨水が冷たく肌を濡らす。
華やかな夜宴で身に纏っていた真紅のドレスも、濃紺のイブニングドレスも、泥と雨を吸って重く体に張り付いていた。
だが、濡れた服の不快感を気にする余裕など、誰一人として持ち合わせてはいなかった。
「ハァッ……ハァッ……! こっちの路地なら、大通りを迂回して港の倉庫街へ抜けられるはず!」
キャシーが濡れた前髪を払い、ピクピクと獣耳を澄ませながら先頭を走る。
ヒョウの獣人ならではの鋭敏な嗅覚と聴覚を駆使し、警備兵たちの足音を巧みに回避しながら、最も安全と思われる暗い裏路地を選んで疾走していた。
だが――。
「いたぞ! 逆賊どもだ! 路地を塞げ!」
曲がり角を曲がった瞬間、前方の暗がりから松明の明かりと魔導銃の銃口がズラリと現れた。
完全武装したサザンクロスの正規警備兵たちが、まるで最初からそこにユーリたちが現れることを知っていたかのように、完璧な布陣で待ち構えていたのだ。
「な、なんでぇっ!?」
キャシーが悲鳴のような声をあげ、急制動をかけて横の細道へと飛び込む。
シエラが短剣を抜き放ち、即座に殿軍となって追撃の魔導弾を切り払った。
「くっ……! おかしい。こちらの足音も気配も完全に雨音で掻き消えているはずだ。にもかかわらず、追っ手の動きに一切の迷いがない」
シエラの白銀の瞳が、雨煙の奥を険しく見据える。
メリッサも小さな息を吐きながら、ドレスの裾を持ち上げてユーリの隣を走っていた。
「……何か、私たちが感知できない追跡術式でも仕掛けられているのかしらね。魔力の残滓も感じられないけれど……まるで、私たちの居場所がリアルタイムで敵の地図上に浮かび上がっているような動き方よ」
ユーリは走りながら、上着のポケットに手を伸ばした。
指先が触れたのは、先ほどまで顔につけていた銀細工の仮面だった。
何かがおかしい。ゴードンの暗殺、地下宝物庫での待ち伏せ、そしてこの異常な追跡の精度。
すべてが、あまりにも完璧に仕組まれた舞台の上で踊らされているような強烈な違和感があった。
「ユーリ、あそこの門を抜ければ海沿いの荷揚げ場に出るわ!」
メリッサの指示に従い、四人は錆びついた鉄格子をくぐり抜け、海に面した広大な敷地へと飛び込んだ。
辿り着いたのは、夜間閉鎖された『第7貨物埠頭』だった。
見渡す限り、高く積み上げられた巨大なコンテナと木箱の山が、雨の中に黒々とした巨大な迷路のようにそびえ立っている。
前方は、漆黒の夜の海と荒れ狂う高波。
左右は、頑丈な鉄柵と立ち入り禁止の魔導障壁。
「……行き止まり、ね」
メリッサが足を止め、小さく呟いた。
雨の音と、ザザァンと岸壁を叩く波の音だけが響き渡る。
その静寂を切り裂くように、背後のコンテナの陰から、ジャリ……ジャリ……と規則正しい無数の足音が現れた。
現れたのは、正規の警備兵ではなかった。
全身を漆黒の装束で包み、首元に禍々しい刺青を刻んだ数十名の精鋭集団――『黒蝕の爪』の特務部隊だった。
彼らは無言のまま武器を構え、唯一の退路であった鉄格子の出口を完全に塞ぎ、半円状に包囲を狭めてくる。
最初から、正規兵の動きを使ってユーリたちをこの袋小路へと追い詰めるように誘導されたようだ。
「ハッ……見苦しくネズミのように逃げ回りおって」
黒装束たちの列が左右に割れ、雨煙を切り裂いて一人の巨漢が悠然と歩み出てきた。
身の丈は二メートルをゆうに超え、分厚い漆黒の重装甲を身に纏っている。
その右肩には、大人の胴体ほどもある巨大な黒鉄の戦斧が無造作に担がれていた。
男の全身からは、雨水を瞬時に蒸発させるほどの禍々しい闘気と、紫色の不気味な魔力の煙がゆらゆらと立ち昇っている。
男は冷酷に濁った瞳でユーリたちを見下ろすと、地面に戦斧の石突を突き立てた。
――ズドォォォォンッ!!
埠頭の石畳にクモの巣状の亀裂が走り、重低音が夜空を震わせる。
「我が名はベルガー。『黒蝕の爪』が幹部、凶刃のベルガーだ」
ベルガーは獰猛な笑みを浮かべ、黒鉄の戦斧の切っ先をユーリたちへと向けた。
「グランデールの探偵ども。あの愚かなゴードンが貴様らのような余所者を雇ってくれたおかげで、実にやりやすかったぞ。貴様らが広間で警備ごっこをしてくれたおかげで屋敷の守備は乱れ、ゴードンの首もソラリスコアも、赤子の手をひねるように奪い取ることができた。主殺しの濡れ衣を着せられて街中を逃げ惑う様は、実に滑稽で見物だったぞ」
「あんたたち……! ゴードン閣下を殺してコアを奪った上に、あたしたちを利用したのね……!」
キャシーが怒りに爪を剥き出しにして叫ぶ。ベルガーは嘲るように鼻を鳴らした。
「利用できるものは何でも利用するのが我らの流儀よ。……そして」
ベルガーの冷酷な視線が、シエラやメリッサを素通りし、中央に立つユーリへと真っ直ぐに突き刺さった。
「貴様だ、魔力のない小僧」
その言葉に、ユーリの眉がわずかに動く。
「魔力を持たぬ身でありながら、素手で世界のマナを剥ぎ取る忌々しい手入れの力……アルマから話は聞いているぞ。我が組織が進める『究極のエネルギー変換計画』にとって、その理外の力を持つ貴様は、野放にしておけぬ唯一の不確定要素なのだ」
「ユーリ殿に指一本触れさせはせん!」
シエラが濃紺のドレスを翻し、大地を蹴った。
魔族特有の瞬発力を全開にし、雨粒を置き去りにする神速の踏み込み。
両手の黒塗り短剣が、稲妻のような軌跡を描いてベルガーの喉笛と心臓へと同時に突き出される。
だが――。
ギィィィィィンッッ!!
鈍く重い金属音が響き渡り、火花が雨の闇を照らした。
ベルガーは巨大な黒鉄の戦斧を片手で軽く振り上げ、その分厚い斧頭の側面だけで、シエラの必殺の刺突を容易く受け止めていたのだ。
「なに……っ!?」
「小娘が、チョロチョロと目障りだ」
ベルガーが戦斧を一閃させる。
巻き起こった紫色のマナの不可視衝撃波が、シエラの華奢な体を容赦なく吹き飛ばした。
「くっ……!?」
シエラは空中で体勢を整え、石畳を数十メートル滑りながら着地したものの、その口元からは微かに苦悶の息が漏れ、膝をついた。
「シエラ!」
「大丈夫だ、ユーリ殿……! だが……なんという重厚な腕力と間合いだ……!」
キャシーが援護のために投擲した数本のクナイも、ベルガーの周囲に展開されたマナの力場に触れた瞬間、パキンと甲高い音を立てて粉々に砕け散る。
メリッサが放った極大の氷結槍すらも、ベルガーの戦斧の薙ぎ払い一発で木っ端微塵に粉砕された。
「ぐっ……!?」
跳ね返された衝撃波の余波を受け、キャシーとメリッサも足元を崩されて体勢を乱す。
仲間たちが次々と弾かれ、ユーリを守る盾となる者が一瞬にして薙ぎ払われてしまった。
背後には荒れ狂う漆黒の海。
左右は切り立ったコンテナの壁と鉄柵。
前方は数十名の黒装束と、圧倒的な威圧感を放つ魔族の巨漢。
ユーリの足元へ、黒鉄の戦斧を引きずりながらベルガーが冷酷な足取りで迫る。
逃げ場はどこにもない。
完全な死角なき包囲網の中、ユーリの全身を押し潰すような濃密な殺気が叩きつけられていた。
ベルガーはユーリの眼前で立ち止まると、ゆっくりと左腕を持ち上げた。
その掌の上に、バチバチと紫黒色の禍々しい光が集束していく。
出現したのは、手のひらほどの大きさの、妖しく脈動する紫の結晶球だった。
その球体からは、常軌を逸した冷気と、空間そのものを凍結させるようなおぞましいマナの圧力が吹き荒れている。
「貴様のような理外の異物を確実に消し去るため、帝都から特別に取り寄せた魔道具だ。……この『封魔晶球』に撃ち抜かれた者は、体内の生体エネルギー循環すべてが不可逆の水晶の檻へと強制変換される。外からの魔法も物理攻撃も一切受け付けず、二度と目覚めることのない永久の封印像となるのだ」
ベルガーは冷酷に歪んだ笑みを浮かべ、掌の水晶球をユーリの胸元へと真っ直ぐに向けた。
「剥ぎ取る力など使う暇も与えん。……永久の眠りにつくがいい、世界の異物め!」
結晶球が限界まで励起し、紫黒の破滅の光弾が、豪雨を蒸発させながらユーリの胸元へ向けて絶対不可避の速度で撃ち放たれた――!
「ユーリ――ッッ!!」
その破滅の射線上へ向けて、紫紺のドレスを翻したメリッサが、一切の躊躇もなく自らの小さな体を投げ打って飛び込んだ――!
第71話をお読みいただき、ありがとうございました!
どれだけ気配を消しても先回りされる不気味な包囲網……。
そして姿を現した『黒蝕の爪』幹部・凶刃のベルガー!
シエラの神速の一閃すら軽々と受け止める圧倒的な怪力、そして最初から「マナを剥がせるユーリ」を最優先で消すために放たれた、一撃必殺の古代拘束兵器『封魔晶球』!
その破滅の光弾の前に、メリッサが身を投げ出して――!?
次回、第72話『水晶の檻と大賢者の身代わり』!
第4章最大の試練と、魂を揺さぶる劇的な救出劇を、ぜひ見届けてください!
【読者の皆様へのお願い】
「メリッサ様どうなっちゃうの!?」
「ベルガーが強すぎて絶望感がやばい」
「先が気になって仕方がない!」
など、少しでもハラハラ・引き込まれていただけましたら、
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次回は明日18時40分頃更新します。
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