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【第70話】封鎖された脱回路と水棲の牙

いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!


前回は暗殺の濡れ衣を着せられたパニックの夜宴からの脱出、そして地下通路での怪しいハリス店長の横槍(?)でした。


さて、今回は地下放水路へと逃げ込んだユーリたちの脱出劇!

立ち塞がるのは、数千匹の凶悪な水棲毒蛇と、待ち伏せていた残忍な魔獣使い。

背後からは重装警備兵が迫り、前後を挟み撃ちにされる絶体絶命の危機……!


……のはずが、毒蛇の群れを前にしたシエラの「サバイバル食料魂」に火がついて、緊迫の戦場が思わぬ方向へ!?

ユーリの瞬時の機転と、大賢者メリッサの豪快すぎる一網打尽をお楽しみください!


それでは、どうぞ!

地下搬出回廊に、ズドォォォォンッ!と重厚な金属音が轟き渡った。

 天井から落下した極厚の防護鉄扉が、逃走した賊とユーリたちの間を無情にも完全に分断していた。


「な、何やってるのよあんたーーっ! 敵を取り逃がしたじゃない!!」


キャシーが毛を逆立て、床にへたり込んだ燕尾服姿のハリスへと猛烈な剣幕で詰め寄った。

 ハリスは乱れたネクタイを整えながら、両手を合わせてこれ見よがしに恐縮してみせる。


「いやはや、申し訳ありません……! あまりの爆発音に腰を抜かしてしまいまして、手をついた拍子に緊急センサーに触れてしまったようでして……」


「わざとでしょ! あんな綺麗にユーリにぶつかってセンサー踏み抜くわけないじゃん!」


噛みつかんばかりのキャシーの言葉を、メリッサが鋭い声で遮った。


「キャシー、そんなこと言ってる場合じゃないわ! 早く行くわよ! このままここにいたら、私たち全員が主殺しのお尋ね者として牢屋行きよ!」


「う、うぐっ……!」


「お気をつけて、皆様」


ハリスは深々と一礼すると、混乱の薄暗がりに紛れるように、音もなく脇の配管ダクトの闇へと消え去っていった。

 メリッサはドレスの袖を払い、指先を側壁の換気口へと向けた。


「吹き飛ばすわよ、捕まりなさい!」


圧縮された暴風の刃が格子を粉砕し、壁面にぽっかりと大きな穴が開く。

 ユーリたちは迷うことなく換気ダクトへ飛び込み、下層へと続く傾斜を一気に滑り降りた。




ダクトを抜けた先は、冷たい湿気と異様な生臭さが充満する、広大な地下放水路だった。

 両脇に石造りの細い通路があり、中央には屋敷から海へと続く幅広の暗渠が黒々とした濁流を湛えている。

だが――その水面は、尋常ならざる様子で激しく泡立っていた。


ジャリ……ジャリジャリジャリッ……!


大気を震わせる不気味な摩擦音。

 水路を埋め尽くしていたのは、体長一メートルほどの無数の細長い影だった。

 紫黒色の鱗に覆われ、背中に無数の毒棘を生やした水棲魔獣――『凶棘水蛇(ニードル・サーペント)』。

 一匹一匹は小型だが、その数は数百、数千。折り重なるように蠢く蛇の群れが、水面を真っ黒に染め上げていた。


「ケケケッ! 待ってたぜぇ、ネズミども!」


水路の対岸、一段高くなった鉄柵の足場から、耳障りな甲高い笑い声が響いた。

 現れたのは、蛇皮で仕立てられた毒々しい外套をまとい、両手に鋭い鉤爪のついた鞭を握った小柄な男だった。男は黄色く濁った爬虫類のような瞳でユーリたちを舐め回すように見下ろす。


「俺の名はギルツ! 蛇使いのギルツ様だ! バルツァー閣下から直々によぉ、『怪しいネズミどもが地下水路へ逃げてきたら、一匹残らず蛇の餌にして仕留めろ』とたっぷり前金を積まれて待機してたのさ!」


ギルツは得意げに胸を張り、鞭をピシャリと鳴らした。

 ギルツの合図とともに、水面から無数の凶棘水蛇が一斉に鎌首をもたげ、シューシューと威嚇の音を立てる。

 そのおぞましい光景を前に、キャシーが両手で頭を抱えて絶叫した。


「ひぇえー! 蛇でいっぱいきもちわるいよーー!」


だが、その隣に立つシエラは、白銀の瞳をらんらんと輝かせて感嘆の声を漏らした。


「おぉ! 蛇がいっぱいでおいしそうだ」


「な、なんか二人のリアクションが正反対ね……」


メリッサが引きつった笑みを浮かべて呟く。

 シエラは真面目な顔のまま、腰の隠し短剣に手を当てて力説した。


「何を怖がっている、キャシー。蛇はうまいぞ。肉は引き締まっていて、脂身も臭みも比較的少ない。以前の部隊に秘伝のタレを持っている仲間がいてな、串焼きにして炙ったあれは本当にうまかったなー!」


「あ、なんかおいしそう……って、それどころじゃないでしょ!」


「サバイバルのごちそうだ!」


「サバイバルじゃない!!」


切迫した戦場で繰り広げられる怒涛の掛け合い。

 得意げに威圧していたギルツの顔が、見る見るうちに引きつっていった。


「…………こ、こいつらを見て嬉しがるやつ、生まれて初めて見たぞ……」


ギルツは激しく頭を振ると、屈辱に顔を真っ赤にして鞭を振り回した。


「舐めやがって小娘どもがァッ! 俺の可愛い蛇ちゃんたちに、生きたまま肉を削ぎ落とされて骨になっちまいなァッ!!」


バチンッ!と鞭が空間を打つ。

 その瞬間、数千匹の凶棘水蛇が一斉に跳躍した。


シュババババババッッ!!


水面から無数の毒蛇が飛び出し、背中の毒棘から針のような麻痺毒の雨が四方八方から降り注ぐ。

 かすり傷一つでも負えば、数秒で全身の自由を奪われて水路へ引きずり込まれる猛毒。


「くっ……!」


シエラが濃紺のドレスの裾を翻し、両手の短剣を神速で旋回させて毒針の嵐を弾き落とす。キャシーも素早い身のこなしで宙を舞い、クナイと足技で迫る蛇の頭部を的確に叩き落としていく。

 メリッサが氷結魔法で水面の一部を凍らせるが、蛇の数が尋常ではない。次から次へと氷を乗り越え、津波のように押し寄せてくる。


しかも――四人が身に纏っているのは、薄手の夜会用ドレスと礼服だ。

 防具の一切がない無防備な状態では、刃の届かない死角からの毒針を完全に防ぎ切ることは不可能に近かった。


さらに追い打ちをかけるように、背後の換気口の奥から、ドガガガガッ!と金属を叩き壊す激しい破壊音が響き渡った。


「いたぞ! 水路の方へ逃げ込んだぞ!」


「逆賊どもを逃がすな! バルツァー閣下の仇だ、包囲して皆殺しにしろ!」


屋敷の私設重装警備兵たちが、槍と魔導銃を構えて換気口から続々と雪崩れ込んできたのだ。


「前には毒蛇の大群、後ろには重装部隊……! 完全に挟み撃ちね!」


メリッサが歯噛みする。

 退路を断たれ、毒蛇の包囲がじわじわと狭まっていく。


「ケケケッ! 終わりだァッ!」


対岸のギルツが、隙だらけになったキャシーとメリッサへ向けて、巨大な風圧弾を撃ち放った。


「危ない!」


ユーリが咄嗟に二人の前へ割り込み、背中で風圧の直撃を受け止めた。

 突風の衝撃に吹き飛ばされたユーリの体は、水路脇の資材置き場に高く積み上げられていた黄色い大型ドラム缶の山へと激突した。


ドガァンッ!と鈍い音が響き、ドラム缶が大きく傾く。

 その衝撃で古びた注入口の金具が弾け飛び、中から琥珀色の粘り気のある液体が、タプタプと石畳へこぼれ落ちた。


「ユーリ!」


キャシーが悲鳴をあげる。

 ユーリが痛む背中を押さえながら身を起こした瞬間、ギルツが追撃として放った炎魔法の火の粉が、足元へこぼれたわずかな液体――手のひらほどの水たまりへと着火した。

その刹那。


――ボッッッッッッ!!!!


わずか一滴、手のひら大の液体だったはずの油膜が、凄まじい轟音とともに天井まで届く猛烈な火柱となって爆燃したのだ。

 激しい熱波がユーリの前髪を焦がす。


(……っ!? このドラム缶の中身……!)


 極めて引火性の高い燃料が詰まっているようだ。超高揮発性『濃縮魔導重油』という記載がされている。

水路を埋め尽くす無数の毒蛇。


 背後から迫る重装兵の追撃。


 そして、この引火性の油。


「キャシー! シエラ!」


ユーリが立ち上がり、大声でドラム缶を指さした。


「このドラム缶を、水路の中央へ投げ込むんだ! 早く!」


「えっ!? あ、うん、わかった!」


「承知した!」


二人はユーリの意図を瞬時に察知した。

 キャシーが跳躍してドラム缶の背後へ回り込み、シエラが魔族の驚異的な脚力で大地を踏み抜く。

 二人の息の合った渾身の蹴りが、数百キロはある鉄製の大型ドラム缶を同時に捉えた。


――ドォォォォンッ!!


宙を舞った三つのドラム缶が、毒蛇がひしめく水路のド真ん中へと豪快に着水する。

 衝撃でドラム缶の継ぎ目が裂け、内部に圧縮されていた濃縮魔導重油が、激しい勢いで水面全体へと一気に拡散していった。黒い水路が一瞬にして、テラテラと光る油膜の海へと塗り替えられる。


「全員、上へ跳ぶんだっ!」


ユーリの号令とともに、四人は水路脇の排水パイプと鉄骨を足場にして、天井付近の脱出用放水ダクトの上へと一斉に跳び上がった。


鉄骨の上に立ったメリッサが、紫紺のドレスの裾を優雅に翻し、人差し指の先に小さな紅蓮の炎を灯した。

 その幼い顔立ちに、大賢者ならではの不敵で獰猛な笑みが浮かぶ。


「さぁ――豪快にバーベキューと行こうかしら!」


パチンッ、とメリッサが指を鳴らし、一筋の火種を油膜の海へと撃ち落とした。

次の瞬間。

――ドガァァァァァァァァァァンッッッッ!!!!


放水路全体が、視界を焼き尽くすほどの灼熱の閃光に包まれた。


水面に広がった魔導重油が連鎖爆発を起こし、数十メートルに及ぶ水路が一瞬にして荒れ狂う火の海へと変貌する。

 数千匹の凶棘水蛇が断末魔の叫びをあげる間もなく、猛烈な業火に包まれて黒焦げになり、炭化して灰へと還っていく。


「ぎゃああああああっ!? あ、熱ィィィィッ!?」


対岸の足場にいたギルツも凄まじい爆風と熱波をもろに食らい、髪と外套を燃やしながら悲鳴をあげて水路の奥深くへと吹き飛ばされ、転がり落ちて沈んでいった。


さらに、換気口から突入してきた屋敷の重装警備兵たちも、目の前に突如出現した巨大な火炎の壁に阻まれ、鎧を熱せられて悲鳴を上げながら後退を余儀なくされていた。


「ひ、火だァッ! 熱くて近づけん! 退け、退けェッ!」


敵の追撃路は、完全に炎によって遮断された。

 天井の鉄骨の上で、香ばしい煙を吸い込んだシエラが、名残惜しそうに下の火の海を見つめる。


「……む。実に香ばしい、良い焼き加減の匂いがするのだが」


「ほら、行くわよシエラ! よだれを拭きなさい!」


キャシーがシエラの腕を引っ張り、放水ダクトの奥へと駆け出していく。

 ユーリたちも後に続き、炎の壁を背にして闇の中を走り抜けた。




放水ダクトの突き当たりを蹴破ると、冷たい海風が一気に吹き込んできた。

 目の前に広がっていたのは、夜の荒波が岩肌を削る断崖絶壁。

 上空からは、屋敷の監視塔から放たれた無数のサーチライトの光条が、海面を血眼になって探し回っていた。


キャシーの忍法『水蜘蛛の術』と、シエラが岩壁に短剣を突き立てて作った即席の足場を伝い、四人は音もなく崖下の海岸線へと滑り降りた。


波打ち際の岩陰に身を滑り込ませた瞬間――。

 夜空から、冷たい雨粒がポツポツと降り注ぎ始めた。


ざぁぁぁぁぁ……と音を立てて強まる夜の雨。

 華やかだったドレスや礼服は雨と泥に濡れそぼり、先ほどまでのバカンスの空気は完全に洗い流されていた。


その時だった。


――ドロォォォォン……ドロォォォォン……


サザンクロスの中央にそびえる大時計塔から、腹の底に響くような重苦しい非常警鐘が鳴り響いた。

 続いて、街中の至る所に設置された魔導拡声器から、冷酷でけたたましいアナウンスが響き渡る。


『――緊急戒厳令を発令する! 評議会筆頭議員ゴードン・バルツァー閣下を暗殺し、極秘魔導具を強奪した魔導商都グランデールの不法分子四名を指名手配! 発見次第、生死を問わず直ちに制圧せよ! 繰り返す――』


雨煙る港町の路地裏には、すでに松明と魔導銃を手にした正規警備隊の捜索部隊が溢れかえっていた。


ホテルにも戻れず、グランデールへの通信も断たれ、街の全戦力から命を狙われる完全な孤立無援。

 冷たい雨に打たれながら、ユーリは濡れた銀の仮面を外し、暗闇の奥を見据えた。


仕組まれた罠と、奪われたソラリスコア。

 冷たい雨煙の向こうから、更なる悪意の足音が静かに近づいていた。


第70話をお読みいただき、ありがとうございました!


数千匹の毒蛇を前に「おいしそうだ」「秘伝のタレが〜」と目を輝かせるシエラと、絶叫するキャシー、そして素でドン引きする魔獣使い……緊迫した状況でもブレない彼女たちの掛け合い、楽しんでいただけましたでしょうか(笑)。

ユーリのドラム缶シュートからの、大賢者メリッサによる豪快な「焼き尽くしバーベキュー」、最高にスカッとしましたね!


しかし、水路を抜けた先で待ち受けていたのは、冷たい夜の雨と、街中に鳴り響くユーリたちの「指名手配」の非常警鐘。

ホテルにも戻れず、完全に孤立無援となったサザンクロスの街――。


次回、第71話『雨の港町と黒蝕の待ち伏せ』!

雨煙る路地裏を逃走するユーリたちの前に、ついに『黒蝕の爪』の最凶幹部・凶刃のベルガーがその巨大な戦斧を担いで姿を現します!

なぜかこちらの逃走経路を完璧に先回りしてくる敵の罠とは……!?

息詰まる真のサスペンスと激闘をお見逃しなく!


【読者の皆様へのお願い】

「シエラの蛇トークに笑った!」「ドラム缶バーベキューが豪快でスカッとした!」「指名手配されてこれからどうなるの!?」など、少しでも楽しんでいただけましたら、


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次回もすぐにお届けします、お楽しみに!

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