【第69話】血染めの玉座と仕組まれた偽装
いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!
前回はヒロインたちの華麗なドレス姿とダンスシーンから一転、突如として響き渡る爆発音と、壇上で胸を貫かれた大商人ゴードンという衝撃のラストでした。
今回は、パニックに陥った夜宴会場からの脱出劇!
逃げ惑う無辜の人々の上に迫る天井崩落の危機に、ユーリの【素手剥ぎ取り】が炸裂します。
そして、仕組まれた濡れ衣の告発と、地下宝物庫で待ち受ける『黒蝕の爪』の精鋭たち。
なぜかこちらの動きが完全に先読みされる不可解な戦況の中、あの怪しい掃除屋が再び姿を現して……!?
息つく暇もない怒涛のサスペンスアクションを、どうぞお楽しみください!
それでは、どうぞ!
地下から響き渡った凄まじい爆発音と、壇上から血煙を上げて崩れ落ちたゴードン・バルツァー。
豪奢な大広間は、コンマ数秒の静寂の後、耳を劈くような絶叫と悲鳴に包まれた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ! バルツァー閣下が……!」
「暗殺だ! 逃げろ、早く外へ出ろォッ!」
銀や金の仮面をつけた貴族や豪商たちが我先にと正面玄関へ殺到し、怒号と押し合う靴音が絨毯を踏みにじる。
暗転した会場には赤黒い非常用魔導灯が不気味に明滅し、立ち込める黒煙が視界を遮っていた。
その大混乱の渦中、ユーリの【眼】が、広間の天井に走る致命的な異変を捉えた。
(……っ!? あれは――!)
逃げ惑う何百人もの群衆の頭上。
巨大なクリスタルシャンデリアを支える天井の極太の梁に、チリチリと紫色の火花を散らす【紫色のノイズ――マナの連鎖誘爆トラップ】が、幾重にも張り巡らされていたのだ。
このままでは数秒後、天井の留め具が爆砕され、数十トンの石材と巨大なガラスの塊が、出口へ密集する無辜の人々の頭上へ容赦なく降り注ぐ。
逃げ惑うだけの人々。
目の前でそんな理不尽な惨劇が起きるのを、見過ごすことなど絶対に許されない。
「ユーリ!?」
キャシーが叫ぶよりも早く、ユーリは大地を蹴っていた。
黒の夜会服を翻し、壇上の手すりを足場にして一気に大広間の装飾柱へ跳躍する。
柱の突起に足をかけ、そのまま垂直に駆け上がって天井付近の梁へと手を伸ばした。
梁の結節点には、強引にマナを流し込んで金属疲労と爆縮を引き起こそうとする、紫色の不純物の塊がびっしりとこびりついている。
ユーリは迷わず両手を伸ばし、その紫色の澱みを力任せに鷲掴みにした。
――強力な粘着テープを、根こそぎ引っぺがす感覚。
「剥がれろ――ッッ!!」
渾身の力を込め、両腕を引き絞る。
――ビリリィーー……ッッ!!
大広間の喧騒を切り裂く、激しい空間剥離音が響き渡った。
紫色のマナの不純物が強引に引き剥がされ、光の粒子となって霧散していく。
亀裂が入りかけていた天井の梁から紫の光が完全に消失し、連鎖爆破の起爆回路はただの冷たい石材へと戻った。
逃げ惑う群衆は、頭上に迫っていた大惨事に気づきもしない。だが、ユーリは無言で柱を蹴り、壇上へと音もなく着地した。
「見事な判断よ、ユーリ」
壇上で倒れ伏すゴードンの元へ駆け寄ったメリッサが、その首筋に二本の指を当てながら険しい表情を浮かべた。
胸元には漆黒の投げ槍が深々と突き刺さり、金糸の礼服が赤黒い血で濡れそぼっている。
「……だめね。完全に心臓を貫かれているわ」
先ほどまで豪快に笑い、街の未来を語っていた大商人の変わり果てた姿に、ユーリは息を呑んだ。
その時、広間の奥の重厚な扉が乱暴に蹴破られた。
「動くなァッ! そこまでだ!」
なだれ込んできたのは、重装鎧に身を包んだ屋敷の私設警備隊長と、数十名の完全武装の兵士たちだった。
警備隊長は血だまりの中に倒れるゴードンと、その傍らに立つユーリたちを見るなり、これ見よがしに剣を突きつけて叫んだ。
「バルツァー閣下が……!? 貴様ら、グランデールから来た探偵どもだな! 我が主を謀殺し、地下のソラリスコアを狙う賊を手引きしたな!」
「な、なんですってぇ!?」
キャシーが目を吊り上げて反論する。
「ふざけないで! あたしたちは依頼されて警備をしてたの! 暗殺された閣下を助けようとして――」
「問答無用だ! 貴様らが来て早々にこの惨劇だ、言い逃れはできん! 者ども、反逆者どもを捕らえろ! 抵抗するなら即座に切り捨てて構わん!」
兵士たちが一斉に槍を構えて包囲を狭めてくる。
あまりにも手際が良すぎる告発。まるで、最初からこうなることが決まっていたかのような動きだった。
「罠よ……!」
メリッサがドレスの裾を払って立ち上がり、冷徹な声音で言い放った。
「最初から私たちを犯人に仕立て上げる手はずだったのね。……こんなところで無駄な足止めを食っている場合じゃないわ。地下のコアを奪われたら、本当に取り返しがつかなくなるわよ!」
「行くぞ!」
シエラが濃紺のドレスの裾をわずかに持ち上げ、太もものホルダーから黒塗りの隠し短剣を引き抜いた。
目にも留まらぬ神速の踏み込みとともに、迫り来る警備兵たちの槍の穂先を一瞬で切り落とし、柄頭で兵たちの鳩尾を正確に打突して沈黙させる。
「道は開いた! ユーリ殿、こちらへ!」
ユーリたちは警備隊の包囲を強行突破し、煙が噴き出す地下通路の階段へと飛び込んだ。
地下深くへと続く石造りの階段を駆け下りると、硝煙と焦げた魔導油の匂いが鼻を突いた。
分厚い三重の防護ガラスで守られていたはずの地下宝物庫の扉は、内側からの爆破によって無残にねじ曲がり、吹き飛んでいた。
煙が立ち込める宝物庫の中央。
黒装束に身を包み、首元に禍々しい刺青を刻んだ十数名の集団――『黒蝕の爪』の特務部隊が、台座を取り囲んでいた。
中心に立つ異様な体躯の大柄な男が、黄金に脈動する『ソラリスコア』を台座から掴み取り、特製の魔導遮断ケースへと収めたところだった。
「そこまでよ、泥棒さん!」
キャシーが叫び、真紅のドレスを翻して前へ出た。
印を結び、一瞬にして自らの気配と姿を大気の中に溶け込ませる――忍法『隠れ蓑の術』。
足音も、体温も、魔力の揺らぎすら完全に消し去り、コアを持つ男の背後へと回り込んで急所を狙う。
常人であれば、背後に刃が突き立てられるまで絶対に感知できない絶対の不可視。
だが――。
男の傍らにいた二人の黒装束が、振り向きもせず、キャシーが踏み込もうとした空間へ正確に魔導散弾銃の銃口を向けた。
――ズガァァァァァンッ!!
「きゃっ!?」
炸裂した魔導弾の爆風に煽られ、キャシーの隠れ蓑の術が強制解除される。間一髪でバックステップを踏んで直撃は免れたものの、ドレスの裾が焦げ、床を転がった。
「な、なんで……!? 気配も完璧に消してたのに……!?」
キャシーが驚愕に目を見張る。
その隙を突いて賊が退路へ向けて走り出すのを見て、シエラが即座に動いた。
「逃がさん!」
シエラは正面から追うのではなく、地下通路の構造を瞬時に把握し、敵の逃走ルート上にある巨大な支柱の影へと回り込んだ。
息を殺し、敵が目の前を通過する瞬間に必殺の刺突を繰り出す――完璧な死角からの待ち伏せ。
だが、通路を走ってきた黒装束たちは、シエラが潜む柱の正面など気にも留めず、あらかじめ潜伏場所を知っていたかのように、柱の真上にある通気口へ向けて一斉に漆黒の投げ槍を突き刺した。
――ドガガガガッ!!
「くっ……!?」
頭上から降り注ぐ鉄の雨に、シエラは待ち伏せを断念して横へと跳ばざるを得なかった。
着地したシエラの額に、冷や汗が伝う。
「こちらの位置を……完全に把握しているだと……? 視界に入っていないはずの死角まで、なぜ読まれる……!?」
不可解極まりない敵の迎撃。
まるで、ユーリたちの現在位置が、手に取るように敵の視界に映し出されているかのようだった。
「フン……手間をかけさせるな」
遮断ケースを抱えた大柄な男が、仮面の下から嘲笑を漏らした。
「ソラリスコアは我ら『黒蝕の爪』がいただいた。貴様らグランデールの探偵どもは、主殺しの罪人として、サザンクロスの地下牢で朽ち果てるがいい!」
男が足元へ投げつけた特殊な閃光弾が炸裂し、激しい白光と濃密な煙が宝物庫を満たす。
メリッサが即座に氷結の障壁を展開して追撃を防ごうとするが、男たちはまるで結界の綻びを事前に知っていたかのように、最小限の動きで氷の隙間をすり抜け、港へと続く極秘の緊急搬出回廊へと脱出していった。
「逃がすか……!」
煙を払い、ユーリが真っ先に通路へと飛び出した。
一直線に伸びる地下の搬出回廊。
数十メートル先を、コアのケースを抱えた大柄な男が猛スピードで疾走している。
ユーリは全速力で男の背中を追撃した。
その瞬間――逃げる男が不敵な笑みを浮かべて振り返り、背中から禍々しい紫色の光を放ちながら、ユーリへ向けて凶悪な反撃の魔導具を突き出そうとした。
ユーリがその異変に手を伸ばそうとした、まさにその時だった。
「おっとっと、危ない危ないっ!?」
横の分岐路から、先ほど大広間で見かけた黒の燕尾服をまとった正装姿のハリスが、大げさに両手を振り回しながら飛び出してきた。
ハリスは慌てふためいた様子で足を滑らせ、ユーリの体に猛烈な勢いでぶつかり倒れ込んできたのだ。
「うわっ……!?」
ユーリはハリスに巻き込まれる形で床へ転倒した。
その直後、ユーリが走っていた空間を、逃げる男が放った鋭利な暗器が空を切り、背後の壁に深々と突き刺さる。
「だ、大丈夫ですかユーリ君!? いやはや、あまりの爆音に驚いて逃げ惑っていたら足を取られてしまいまして――ああっ!?」
ハリスは転びながら立ち上がろうとして、大げさにバランスを崩し、壁面に設置されていた非常防護ゲートの赤外線センサーへ派手に手を突っ込んでしまった。
――ビィィィィィィッ!!
警報音とともに、回廊の天井から分厚い鉄製の防護シャッターが轟音を立てて落下する。
――ズドォォォォォォンッッ!!
分厚い鉄扉が完全に通路を遮断し、逃げる賊とユーリたちの間を無情にも分断してしまった。
「ちっ……!」
鉄扉の向こう側から、賊が舌打ちをして走り去る足音が遠ざかっていく。
「な、何やってるのよあんたーーっ! 敵を取り逃がしたじゃない!!」
追いついてきたキャシーが激怒して叫んだ。
床に座り込んだハリスは、燕尾服の乱れを直しながら、申し訳なさそうに両手を合わせて頭を下げた。
「いやはや、申し訳ありません……! 暗闇で何も見えず、パニックになって手をついた拍子にセンサーに触れてしまったようで……」
申し訳なさそうに頭をかくハリス。
だが、ユーリたちの目には、ハリスが間一髪のところで自分たちの追撃を邪魔し、敵をみすみす逃がしてしまったようにしか見えなかった。
第69話をお読みいただき、ありがとうございました!
パニックの大広間で、逃げ惑う人々の頭上へ落ちるはずだった誘爆トラップを素手で**「ビリリィーー……ッ!」**と解体するユーリ、最高に主人公らしくて格好良かったですね!
しかし、奪われたソラリスコア、なぜか完璧に読まれてしまうキャシーとシエラの死角、そして決定的な場面でドジを踏んで(?)敵を逃がしてしまったハリス店長……謎と疑惑が深まるばかりです!
次回、第70話『封鎖された脱回路と水棲の牙』!
地下水路へ逃げ込んだユーリたちの前に立ち塞がるのは、数千匹の凶悪な毒蛇の群れと、残忍な魔獣使い!
しかし、絶体絶命のピンチのはずが、シエラの「蛇はうまいぞ」というサバイバル魂に火がついて……!?
シリアスと大爆笑が融合する、ユーリたちの豪快なバーベキュー大逆転劇をお見逃しなく!
【読者の皆様へのお願い】
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