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【第68話】バルツァー邸の仮面夜宴

いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!


前回は南国サザンクロスでのバカンス&水着選び回でした。たくさんの評価や温かいご感想をいただき、執筆の大きな励みになっております!


さて、今回はついに大商人の本拠地――**『バルツァー邸の仮面夜宴』**への潜入です!


普段とはガラリと雰囲気を変えたヒロインたちの華麗なドレスアップ姿。

背中が大胆に開いた真紅のドレスで照れまくるキャシー、スリットから美脚を覗かせつつ暗殺武器を仕込むシエラ、気品と可愛らしさが同居するアンティークドレスのメリッサ。


華やかな仮面舞踏会のダンスと、その裏で動き出す冷酷な罠をお楽しみください。

それでは、どうぞ!

 サザンクロスの夜を彩る潮風が、断崖の上にそびえ立つ白亜の大宮殿を優しく撫でていた。

 サザンクロス評議会筆頭議員ゴードン・バルツァーの本邸。海を一望する広大な敷地には、今宵の宴に招かれた各国の豪商や貴族たちの豪奢な馬車が列をなし、色鮮やかな魔導灯が夜空を昼間のように照らし出している。


 馬車の扉が開き、仕立ての良い黒の夜会服に身を包んだユーリが大地へと降り立った。

 腰回りが引き締まったタイトな黒の礼服は無駄な装飾がなく、洗練された静謐な佇まいを際立たせている。顔の上半分を覆うのは、細工の施された銀の仮面だ。


「……う、うぅ……。やっぱり、こういう場所は落ち着かないよ……」


 続いて馬車から降りてきたキャシーが、ユーリの腕にすがりつくようにぎゅっと抱きついてきた。

 身に纏っているのは、燃えるような真紅のシルクドレスだ。大きく開いた背中からは滑らかな褐色の肌が覗き、しなやかな尻尾と愛らしいヒョウの耳が緊張で小刻みに揺れている。

 普段の活発な給仕服とはまるで違う、息を呑むほど蠱惑的で可憐な姿に、周囲を行き交う貴族たちの視線が一斉に集まっていた。

 キャシーは耳の先まで真っ赤に染め上げ、伏し目がちにユーリを見上げてくる。


「ユ、ユーリ……似合ってる、かな……? 歩くたびにドレスの裾が擦れて、なんだか足元がスースーするんだけど……変じゃない?」


「すごく似合ってるよ。綺麗だ」


「〜〜〜っ! もう、そういうことサラッと言うんだから……!」


 キャシーが真っ赤になって顔を両手で覆う横で、馬車から静かに降り立ったシエラが、周囲を鋭い眼光で睥睨した。


「油断するな、キャシー。ここは敵地も同然だ」


 シエラが纏っているのは、夜空を思わせる深い濃紺のイブニングドレスだった。

 左脚に深いスリットが入った大胆なデザインで、白磁のように美しい美脚が惜しげもなく露わになっている。だが、その完璧なプロポーションのドレスの内側、引き締まった太ももには革製の細いホルダーが巻かれ、黒塗りの短剣が二本、完璧に仕込まれていた。


「うむ。ドレスの布地は薄いが、太刀の代わりに隠し短剣を太ももに二振り、背面の帯裏に投擲用の針を六本仕込んである。夫への急襲があれば、コンマ二秒で敵の喉笛を刺突可能だ」


「ドレスに暗殺用の武器仕込まないで! せっかくの最高級ドレスが台無しでしょ!」


 キャシーが即座にツッコミを入れる中、最後に馬車からふわりと降りてきたのは大賢者メリッサだった。


「ふふ、騒がしいわね」


 メリッサが身に纏っていたのは、夜会用の最高級アンティークドレスだった。

 深い紫紺のベルベット生地をベースに、何層もの純白のレースとフリルがあしらわれたパニエ付きの豪奢なドレス。小さな肩には透け感のあるレースのケープを羽織り、頭には小さなリボン付きのミニハットがちょこんと載っている。

 愛らしい体躯に完璧に調和した可愛らしさと、何百年もの時を生きてきた大賢者ならではの気品と威厳が見事に同居していた。


「まあ、悪くない仕立てね。ユーリ、エスコートなさい」


「はい、仰せのままに。お嬢様」


 ユーリが大げさにおどけるような仕草で片方の手を差し出すと、メリッサは満足げにその小さな手を重ねてきた。

 両手に華――どころか、周囲の貴族たちから羨望と驚愕の眼差しを一身に浴びながら、ユーリたちは白亜の大宮殿の正面玄関をくぐり抜けた。

 エントランスロビーを抜けようとした、その時だった。


「おやおや、これはこれはユーリ君ではないですか。こんなところでお会いできるとは本当に奇遇ですね」


 不意に横合いから、聞き覚えのある飄々とした声がかけられた。

 振り返ると、そこには普段のくたびれた作業着姿ではなく、見事に体に馴染んだ高級な仕立ての黒い燕尾服をまとった、細身の中年男が立っていた。胸元のチーフから立ち居振る舞いまで、どこからどう見ても一流の紳士そのものだった。


「は、ハリス店長!? 何でこんなところに――」


 ユーリが目を丸くして声を上げると、男は仮面の下の口元を緩めて小さく笑った。


「思った以上に驚いてくれて嬉しいですね。なぁに、大したことではございません。ちょっと商談を詰めなければならないことがありまして。その経緯でこのパーティに招待を預かった次第で」


「商談って、どういう――」


 ユーリが問いかけようとすると、ハリスはすっと人差し指を唇の前に立てて、言葉を遮った。


「今この場で詮索はおやめください。お互いのためです」


 冷徹な光を一瞬だけ瞳に宿らせたハリスは、会釈をして静かに歩き出す。そして、立ち去る背中越しにユーリへ向けて振り返り、声を潜めて告げた。


「ああ、そうそう。ここの筆頭議員さん、結構策略家ですのでお気をつけを。……あと、ここでは店長はやめてくださいね」


 それだけ言い残すと、ハリスは人混みの中へと音もなく溶け込むように消えていった。

 グランデールの掃除屋が、なぜこの南方の最高級夜宴に紛れ込んでいるのか。謎と不穏さを残したまま、ユーリたちは中央の大広間へと足を踏み入れた。




 吹き抜けの大広間に足を踏み入れると、目も眩むような光景が広がっていた。

 天井からは無数のクリスタルが煌めく巨大な魔導シャンデリアが吊り下げられ、オーケストラが奏でる優雅なワルツの旋律が響き渡っている。銀や金の仮面をつけた着飾った男女がグラスを傾け、談笑に花を咲かせていた。


 その大広間の中央、一段高くなった壇上から、豪快な笑い声とともに恰幅の良い初老の男が歩み寄ってきた。

 金糸の刺繍が施された豪奢な礼服をまとい、豊かな顎髭を蓄えた男。胸元にはサザンクロスの筆頭評議員であることを示す黄金のメダルが輝いている。


「ハッハッハ! 遠路はるばる魔導商都グランデールからよくぞお越しくださった! 私がこのサザンクロス評議会筆頭議員にして、バルツァー商会頭を務めておりますゴードン・バルツァーです!」


 男は豪快に胸を叩き、仮面の下から人当たりの良さそうな笑みを浮かべて深々と一礼した。


「大賢者メリッサ殿、ならびに探偵事務所の皆様。私の急な要請に応じていただき、心より感謝申し上げます」


「丁寧な出迎え、感謝するわ。ゴードン評議員」


 メリッサが落ち着いた声音で会釈を返す。ゴードンは周囲に視線を配りながら、わずかに声を潜めた。


「今宵、皆様にお見せしたいものがございます。我が街の未来を照らし、大陸のエネルギー事情を根底から覆す希望の光です。……こちらへ」


 ゴードンに案内されたのは、広間の中央に設置された厳重な防護ガラスケースの前だった。

 特殊な魔導結界で三重に守られたケースの中央に、それは鎮座していた。


 黄金色に脈動する、手のひら大の水晶球状ユニット――『ソラリスコア(陽光核)』。

 空間に漂う微小な魔力を無尽蔵に吸い上げ、高密度の純粋なエネルギーへと励起・変換し続ける超魔導機関。その周囲の空間だけが、まるで陽だまりのように淡い黄金の光を放っていた。


「これが……ソラリスコア」


 キャシーが感嘆の声を漏らす。ゴードンは満足そうに顎髭を撫でた。


「ええ。ですが、この奇跡の技術を我が物にしようと企む不逞の輩……魔族の残党や凶悪な密輸組織が、今宵の夜宴に紛れてコアを強奪しようとしているとの情報が入りました。皆様には、表向きは招待客として宴を楽しんでいただきつつ、不審者の警戒と、万が一の際の迎撃をお願いしたいのです」


「任せてちょうだい。依頼を受けた以上、不純分子の侵入は見逃さないわ」


 メリッサが請け合う横で、ユーリは静かにソラリスコアへと視線を集中させた。

 魔力を持たないユーリの【眼】が、黄金の光の奥深くに潜む構造を捉える。


(……っ?)


 ユーリの眉がわずかに動いた。

 眩い黄金のエネルギー流の深部に、ほんの一瞬、チリチリと弾ける**【紫色のノイズ――マナの干渉痕】**が走ったのだ。

 一見すれば完璧に調和した魔導具に見える。だが、その深奥には、世界のプログラムである『マナ』に直接干渉し、何か別のシステムと同期・結合することを前提として作られたかのような、不自然な構造の歪みが焼き付けられていた。


「どうかなさいましたかな、ユーリ殿?」


 ゴードンが人懐っこい笑顔で視線を向けてくる。ユーリは何事もなかったかのように表情を戻した。


「……いえ。素晴らしい輝きだと思いまして」


「ハッハッハ、そうでしょうとも! では皆様、開演まではどうぞご自由に美食と歓談をお楽しみください!」

 ゴードンは朗らかに笑い、他の貴族たちへ挨拶するため壇上へと戻っていった。

 



「……ユーリ、何か見えたのね?」


 ゴードンが離れた瞬間、メリッサが果実水のグラスを手に取りながら極めて小さな声で尋ねてきた。ユーリは頷き、グラスを傾けるふりをして耳元で囁く。


「あのソラリスコア、ただのエネルギー変換装置じゃない。深層部にマナの歪みが組み込まれている。……まるで、もう一つの別の核と合体して初めて機能するような細工がしてあった」


「もう一つの核……。バイマンの言っていた、帝都の怪しい兵器開発の噂と何か繋がりがありそうね」


 メリッサの瞳が鋭く光る。

 その時、軽快なワルツの曲調が変わり、フロアの中央で貴族たちがペアを組んで踊り始めた。


「あの……ユーリ」


 キャシーがドレスの裾をぎゅっと握りしめ、上目遣いに見つめてきた。


「その……怪しまれないように、あたしたちも踊った方がいいんじゃないかな……? 壁の花になってジッとしてたら、かえって目立っちゃうし!」


「そうだな。行こうか」


 ユーリが手を取ると、キャシーの顔が一気に華やいだ。

 フロアの中央へと進み出ると、キャシーはユーリの肩にそっと手を回し、ステップを踏み始める。


「わ……っ、ユーリ、ダンス上手だね」


「転移する前に、学校の授業で少し習ったことがあるだけだよ」


 軽やかな旋律に合わせて回る中、キャシーが胸元に顔を埋めるように距離を詰めてきた。真紅のドレス越しに、キャシーの激しい心臓の鼓動が伝わってくる。


「……なんかさ、こういうの、任務だってわかってるんだけど……すっごく嬉しいな。まるで本物のデートみたいで……」


 キャシーが小さく呟き、幸せそうに目を細めた。

 一曲が終わり、拍手が沸き起こる中、今度は濃紺のドレスを翻したシエラが音もなくユーリの前に滑り込んできた。


「交代だ、キャシー」


「ちょっとシエラ! まだ余韻に浸ってたのに!」


「警護の死角をなくすための合理的な交代だ」


 シエラはユーリの手を取ると、寸分の狂いもない完璧な姿勢で優雅にステップを踏み始めた。

 だが、その美しい顔には一切の照れはなく、視線は氷のように研ぎ澄まされている。


「……ユーリ殿。気づいておられるか? このパーティー、妙です。そこらに暗殺者がいます。しかも殺気立っている気配がします」


 シエラの低く鋭い囁きに、ユーリもダンスのステップを合わせながら静かに周囲を見渡した。


「ああ、感じてる。あちこちに不自然な気配がある」


 ユーリの【眼】が、会場の異常を次々と捉えていく。

 壁面の魔導灯の配線。非常用の防護格子(ゲート)の制御盤。そして天井の換気ダクト。

 その至る所に、微細な**【紫色の澱み――マナによる外部遠隔操作の細工】**がびっしりと施されていた。


(……おかしい。屋敷の防犯設備に、なぜこれほど精密にマナの細工がされているんだ……?)


 侵入者を防ぐための設備ではない。

 特定の合図で一斉に誤作動させ、会場内の人間を閉じ込め、あるいは特定の侵入者の退路を開くために、あらかじめ意図的に仕組まれた構造の不具合――。


 背筋に冷たいものが走った、その時だった。


 オーケストラの演奏がピタリと止まり、壇上の中央に立ったゴードン・バルツァーが、黄金のワイングラスを高々と掲げた。


「皆様! 今宵の素晴らしい宴を祝し、そしてサザンクロスが迎える輝かしき新たな未来に、乾杯を――!」


 ゴードンが高らかに叫び、グラスを口元へ運ぼうとした、まさにその瞬間だった。


 ――ドォォォォォォォォォォンッッッ!!!!


 大広間全体を揺るがす凄まじい爆発音が、屋敷の直下――地下区画から轟いた。

 シャンデリアが激しく揺れ、会場を照らしていた魔導光が一斉に明滅し、バチンッ!と音を立てて完全に暗転した。


「きゃあぁぁぁぁぁっ!?」


「な、なんだ!? 何が起きた!?」


 暗闇の中で貴族たちの悲鳴が響き渡る。

 その混乱の闇を切り裂いて、シュバッ!と鋭い風切り音が空を裂いた。


 壇上の闇の中から飛来した一本の漆黒の投げ槍が、無防備なゴードン・バルツァーの胸元へと深々と突き刺さる。


「ぐ、がはっ……!? な、なぜ……貴様ら……が……!?」


 ゴードンが血煙を撒き散らしながら、黄金のグラスを取り落として壇上から崩れ落ちた。


「ひ、ひぃぃぃっ! 閣下が……バルツァー閣下が殺されたァッ!」


「地下の宝物庫だ! 賊がソラリスコアを狙って侵入したぞ!」


 暗闇に赤黒い非常警報の光が明滅し、夜宴の会場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。


「ユーリ!」


「行くわよ!」


 メリッサの鋭い声に頷き、ユーリたちは血塗られた壇上と、爆発の煙が立ち上る地下宝物庫へ向けて一斉に駆け出した。



第68話をお読みいただき、ありがとうございました!


ヒロインたちのドレス姿とダンスシーン、いかがでしたでしょうか!

本物のデートみたいだと照れるキャシーの可愛さと、ダンス中も大真面目に暗殺者を警戒するシエラの頼もしさ(?)……どちらも最高でしたね!

そして、相変わらず油断のならない正装姿のハリス店長。彼がこのパーティーにいた真意とは一体……?


しかし、華やかな宴の幕切れはあまりにも衝撃的でした。

突如響き渡る地下からの大爆音、暗転、そして壇上で胸を貫かれた大商人ゴードン・バルツァー!


次回、第69話『血染めの玉座と仕組まれた偽装』!

暗殺の濡れ衣を着せられ、退路を断たれたユーリたち。


ユーリたちの怒涛の脱出劇をお見逃しなく!


【読者の皆様へのお願い】

「ドレス姿のキャシーが可愛すぎる!」

「シエラとのダンスの掛け合いが好き」

「ラストの展開が気になって眠れない!」

など、少しでも楽しんでいただけましたら、


ページ下部にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価**していただけますと、ランキングを駆け上がる凄まじい原動力になります!

(皆様の星評価とブックマークが、毎日の執筆の最大の支えです……!)



次回は明日18時40分頃更新します。

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