【第64話】南風の招待状と途絶えた定期連絡
いつも本作を読んでいただき、本当にありがとうございます!
皆様の温かい応援のおかげで、無事に第3章『千眼の水神』を完結させることができました。
そして本日より――**第4章『陽光の魔港と変異の核編』**が開幕いたします!
舞台は、グランデールから遠く離れた南の巨大交易都市『サザンクロス』。
平穏な日常の裏で姿を消したリタ、帝都の不穏な兵器開発の噂、そして大商人から届いた奇妙な護衛依頼……。
チート騎士たちの援軍が届かない完全アウェイの地で、ユーリたちが知恵と絆で新たな理不尽に立ち向かいます。
もちろん、シリアスなサスペンスだけでなく、ヒロインたちとの賑やかなコメディも全開でお届けします!
第4章も楽しんでいただけましたら幸いです。それでは、どうぞ!
魔導商都グランデールに降り注ぐ陽光は、日ごとに柔らかさを増していた。
昼下がりの酒場『酔っ払い亭』には、穏やかな風が吹き抜けている。
昼の営業が一段落した店内で、大賢者メリッサはカウンター席に腰掛け、湯気の立つ特製の紅茶を優雅に口へと運んでいた。
「ふぅ……。やっぱり、この茶葉の香りは落ち着くわね」
その隣の厨房では、エプロン姿のシエラが真剣な面持ちで包丁を砥石に滑らせている。
シュッ、シュッ、と小気味よい金属音が店内に響いていた。
「夫の食事を支えるための刃物整備だ。一分の曇りもあってはならない」
「シエラ、それただの野菜を切る包丁だから! なんでそんな戦場に行くみたいな気迫で研いでるのよ!」
給仕服姿のキャシーが、ピンと尖った獣耳を揺らしながら呆れたようにツッコミを入れる。シエラは銀髪を揺らし、大真面目な顔のまま包丁の刃先を見つめた。
「刃物の手入れは護衛の基本であり、妻としての嗜みでもある。万が一、野菜の中に刺客が潜んでいた場合、即座に両断できねばならん」
「潜んでるわけないでしょ! どんな暗殺者よ! 滅茶苦茶凄腕よ!」
いつものように賑やかな掛け合いが繰り広げられる中、カウンターの端に座っていたユーリは、上着のポケットから小さな黒い結晶を取り出した。
手のひらサイズの通信魔道具――『マギストーン』。
いつもなら表面にうっすらと紫色の淡い光が宿り、微かな魔力の脈動を伝えてくるはずの石が、今は完全に光を失い、冷え切っていた。
視線を落として石を見つめていると、キャシーがひょこりと顔を覗き込んできた。
「どうしたの? さっきからその石ばっかり見て。何か難しい顔してるけど」
「……いや。リタから、いつもなら1日に1回か2回は連絡が来るんだけど……この2、3日、まったく連絡がないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、キャシーの猫目が点になった。
「…………は?」
一拍の静寂の後、キャシーがものすごい勢いで身を乗り出してきた。
「ちょっと待って、多すぎっ! あの人、敵組織の最高幹部じゃないの!? 暇なの!? なんでそんなメル友みたいに毎日連絡してきてんのよ!」
「今日のグランデールの様子はどうだったとか、あとは何を食べたかとかかな……」
「完全に暇人の連絡頻度じゃない! 私だってユーリとそんなにやり取りしてないのに! 最近見ないと思ったら、裏で何やってんのよ!」
頭を抱えるキャシーの横で、シエラが研ぎ終えた包丁を鞘――ではなく布に包みながら、静かに頷いた。
「……ふむ。魔族の幹部とはいえ、我が夫への定期報告を怠るとは規律が乱れているな。妻の一人として、後できつく処罰を申し渡さねばなるまい」
「そっちのツッコミでもないから!! なんで当たり前に受け入れてんの!?」
キャシーの絶叫が店内に木霊する。
しかし、紅茶を飲んでいたメリッサはカップをソーサーに置き、わずかに視線を細めた。
「……あのリタが、ね。掴みどころのない女だけど。何か、自分の身に予期せぬトラブルでも起きてなきゃいいけど」
ユーリの脳裏に、数日前にマギストーン越しに聞いたリタの気だるげな声が蘇る。
『――南の海風の匂いがする場所へ、少し厄介な調べ物に行ってくるわ。すぐに戻るけれど……変な虫に引っかからないようにね、ユーリ』
あれが、最後に交わした言葉だった。
カウンターの奥でグラスを布で拭いていた店主のバイマンが、太い腕を組みながら口を開いた。
「南、ねぇ……。そういえば、サザンクロスで帝都出身者の移住が多くなったって昨日の客が言ってたな」
メリッサが首を傾げる。
「サザンクロス? あそこって温暖な商業都市じゃない。商売を始めようとして移り住んだだけでしょ、昔からあることだし。別に不思議じゃないわよ」
「俺も最初は新しい工房でも始める流れが出てきたのかと思って聞き流してたんだが……」
バイマンは少し声を潜め、険しい表情を浮かべた。ユーリが視線を向ける。
「何か気になることでも?」
「これは情報屋から仕入れた『噂程度』なんだがな。どうもサザンクロスで、帝都が兵器開発を行っているって話だ」
「情報全部にケチをつけるつもりはないけど、あそこは昔から魔導商品の開発が盛んだったわ。兵器の噂も以前からあったと思うけど」
メリッサが指摘すると、シエラがすっと会話に割って入った。
「ええ、その通りです。帝都としても、自国領内だけではどうしても実験や開発に限界がありますからね。他国の商業都市を隠れ蓑にして技術開発を進めるのは、帝国の常套手段でもあります」
「ああ、そうだな。だが、今回は何か『とんでもない兵器』が開発されたんじゃないかって話だ」
「とんでもない兵器って?」
キャシーが尋ねると、バイマンは肩をすくめた。
「そいつはわからねぇ。ただ、相当なもんだってことだけだ」
「……? じゃあ、何でそんな噂が立ったのよ」
メリッサが怪訝そうに眉をひそめる。
「帝都の偉い役職者が、バンバン現地の高級宿に宿泊してるって話だ」
「つまり、あそこで何か特別な目的があって集まる理由があるってこと?」
「確証はねぇから『噂程度』って言われたんだがな」
「あそこは温暖な気候ですから、バカンス地としても役職者がよく利用しているという話も耳にしますよ」
シエラの言葉に、一同は腕を組んで考え込んだ。
帝都の高官たちの不自然な集結、謎の兵器開発の噂、そして消息を絶ったリタ。
点と点が、かすかに一本の線で結ばれようとしていた、その時だった。
カランコロン、と酒場のドアベルが甲高い音を立てて鳴り響いた。
現れたのは、仕立ての良い豪奢な外套を羽織った初老の使者だった。胸元には金糸で刺繍された天秤と碇の紋章――南方の巨大商会の印が刻まれている。
使者は店内を見回すと、メリッサの前で深々と一礼した。
「失礼いたします。大賢者メリッサ様、ならびに探偵事務所の皆様でお間違いないでしょうか。手前どもは、商業都市サザンクロスの筆頭評議員にして、バルツァー商会頭を務められますゴードン・バルツァー閣下より、特命の親書をお届けに上がりました」
「ゴードン・バルツァー……?」
メリッサが差し出された封書を受け取る。封蝋にはサザンクロスの公式印が押されていた。
ペーパーナイフで封を切り、手紙に目を通したメリッサの表情が、見る見るうちに険しくなっていく。
「……何が書いてあるの?」
キャシーが覗き込むと、メリッサは手紙をテーブルの上に広げた。
「サザンクロスの研究施設で極秘開発された、新型エネルギー変換装置のコアユニット――『ソラリスコア』の護衛依頼よ。正体不明の凶悪な賊に狙われており、現地の警備だけでは防ぎきれない恐れがあるから、私立探偵事務所として腕の立つ者に秘密裏に警備を任せたい、とね」
手紙の末尾には、目を疑うような破格の前金の額と、成功報酬の提示が記されていた。金貨数百枚という、一介の探偵事務所には過分すぎるほどの巨額である。
「この依頼、受けようかしらね。きな臭い話も多いし」
メリッサが手紙を指先で軽く叩きながら呟いた。
その瞬間、キャシーが勢いよく手を挙げた。
「はいはーい! 私行く!」
すると、まるでタイミングを見計らっていたかのように酒場の扉が勢いよく開いた。
完全武装の聖騎士団長エリアナが、優雅かつ足早に飛び込んでくる。
「わ、私もですわ! ユーリ様が行かれるのでしたら、どこへでも!」
「当然、お供いたします。夫の身の安全は私が守る」
シエラも迷わず立ち上がる。さらにその背後から、大剣を背負った衛兵騎士団長ルシアンがズカズカと大股で入ってきた。
「ユーリ! 本日の巡回報告を――って、旅支度か!? ま、当然だな! 俺も同行するぜ!」
一瞬にして酒場が遠征希望者で溢れかえった。
だが、メリッサは細いため息をつき、半眼でルシアンとエリアナを見据えた。
「ルシアンもエリアナも、街の警備があるでしょ」
「そんなーー!!」
エリアナがこの世の終わりのような悲鳴をあげて両手で顔を覆う。ルシアンは慌てて腕を振り回した。
「じゃ、休暇申請出すから待ってくれ!」
「申請って時間かかるんでしょ」
「半月もあれば許可が出るぜ!」
「出発は明日よ」
「ぬああああっ!? 半月待ってくれぇぇぇ!!」
頭を抱えて絶叫するルシアン。
グランデールの治安を預かる正規の騎士団長二人が、私用で長期の遠征に出られるはずもなかった。街の防衛責任者としての立場が、完全に二人の足を縛り付けている。
そこへ、カウンターの奥からバイマンが血相を変えて飛び出してきた。
「ちょっと待て! キャシーも行くのか!?」
「当たり前でしょ、依頼なんだし!」
「駄目だダメだ! 若い男と何日も旅なんて……!」
「急に何よ? 今だって同じ屋根の下で暮らしてるでしょ!」
「それとこれとは違う! だめだ、パパは許さんぞ!」
バイマンが腕を振り回して猛反対を始めた。
過保護な父親の姿を見つめながら、メリッサの口元にニヤリと意地の悪い笑みが浮かんだ。
「あ~~、自分のこと思い出したのね」
「……え? どういうこと?」
キャシーが不思議そうに首を傾げると、メリッサは面白そうに喉を鳴らした。
「どういう事もこういう事も。こいつ、同じパーティメンバーだったセリアを、昔旅の途中で口説き落としたのよ」
「ちょ、ちょっと待てーー! その話は今関係ないだろう!!」
バイマンの顔が一瞬で真っ赤に染まり、カウンターを叩いて絶叫した。セリア――かつて勇者パーティで共に戦った凄腕の神官であり、キャシーの亡き母の名だ。
「関係大ありよ」
メリッサは意地悪そうに目を細めて続ける。
「くっつくまでもうっとうしかったけど、くっついた後同じメンバーがどれだけ気を使ったか……。夜の見張りのたびにイチャイチャして、結界の外の魔獣よりあんたたちの甘ったるい空気のほうが毒気配ってたわよ」
「わーー! その話を娘の前で蒸し返すな! お、俺が同行すれば問題解決だろ!?」
「あんたは店があるでしょ!」
「うぐっ……!?」
正論で急所を突かれ、バイマンがぐうの音も出ずに沈黙した。
メリッサはパンと手を叩き、全員を見渡して告げた。
「というわけで、キャシーも連れていきます」
「そ、そんなー……!」
カウンターに突っ伏して項垂れるバイマンを尻目に、メリッサは改めてメンバーを指さした。
「向かうのは私、ユーリ、キャシー、シエラの4人よ」
グランデールからサザンクロスまでは、魔導馬車を走らせても片道4日から5日はかかる長旅となる。
何かあったとしても、ルシアンやエリアナといったグランデールの最強戦力はすぐには駆けつけられない。知恵と機転、そして限られた戦力だけで挑まねばならない旅路となる。
ユーリは静かに頷き、旅立ちの覚悟を固めた。
翌朝。朝靄が立ち込めるグランデール南門の前には、一台の大型魔導馬車が用意されていた。
「ユーリ様……! サザンクロスは温暖で開放的な街だと聞き及んでおります! どうか、道中の不埒な誘惑にはくれぐれもお気をつけて……! こちら、お守り代わりに持参してくださいまし!」
涙目のエリアナから無理やり押し付けられたのは、分厚い羊皮紙の束――びっしりと文字が書き込まれた婚姻誓約書の複写だった。受け取ったユーリは苦笑しながらカバンの奥へしまい込む。
「ユーリ! 無茶だけはするなよ! 何かあったらすぐに連絡をくれ、俺は軍規を破ってでも馬を飛ばして駆けつけるからな!」
ルシアンが大剣の柄を握りしめ、忠犬のような熱い眼差しで見送ってくる。
「二人とも、留守中のグランデールの警備、よろしく頼むわね」
メリッサが手を振ると、御者が手綱を引いた。
重厚な魔導馬車の車輪が軋んだ音を立て、石畳の街道を南へ向けて走り出す。
車窓から流れる緑の景色を眺めながら、キャシーが背伸びをしてシートに深く腰掛けた。
「馬車で4、5日かぁ! 完全な長旅だね! 南の海、どんなところかなー!」
「うむ。南の海は温暖と聞く。夫の健康管理と警護は万全を期す」
シエラが真面目な顔で頷く横で、メリッサは静かに腕を組み、窓の外を見つめていた。
「グランデールからこれだけ離れると、何かあっても騎士団の援軍は期待できないわ。気を引き締めなさいね」
「わかってる」
ユーリは上着のポケットに手を入れ、冷え切ったマギストーンの感触を指先で確かめた。
リタの不可解な失踪。
帝都が極秘裏に進める兵器開発の噂。
そして、サザンクロスの大商人から届いた奇妙な護衛依頼。
目の前で起きようとしている不穏な気配を、見過ごすわけにはいかない。
南風が吹き抜ける街道の先、運命の歯車が静かに、そして激しく回り始めていた。
第64話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに新章スタートです!
敵の最高幹部なのにメル友並みの頻度で連絡してくるリタ、お留守番を宣告されて絶望するルシアン&エリアナ、そして過去の口説き黒歴史をバラされたバイマン……相変わらずこの酒場は賑やかですね(笑)。
次回からは、温暖な南の街サザンクロスへ!
南国グルメやヒロインたちの衣装選びなど、ちょっとしたバカンス回……と思いきや、背後では巨大な陰謀が動き出します。
【読者の皆様へのお願い】
「新章も楽しみ!」
「リタの連絡頻度に笑った」
「留守番組の阿鼻叫喚が哀れ可愛い」
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次回は明日18時40分頃更新します。
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