【第62話】世界の修正と夜明けの謝罪
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
退路を断たれた黒幕・アルマとの最終決着。
そして、カルトとアレン、十年の歳月を経て交わされる義兄弟の言葉――。
さらに、広場に響き渡るエリアナの真実の告発。
大聖堂を、鎮魂碑を、そして街のすべてを救った少年の真実が明かされた時、先ほどまでユーリを罵倒し傷つけていた市民たちは……!?
溜まりに溜まった理不尽を晴らす、最高潮のカタルシスをお届けします!
それでは、第62話をお楽しみください!
路地裏の冷たい石畳の上で、魔獣化の機構を剥ぎ取られた黒鉄の銃が、無残な鉄屑となって転がっていた。
四方を完全に包囲され、退路を断たれた魔族幹部アルマの顔には、かつてない焦燥と屈辱が張り付いていた。
「おのれ……がらくた共が、調子に乗るなァッ!」
左目を血で染めたアルマが、残された右目を血走らせて跳躍した。
だが、その矛先は包囲する英雄たちではなく――路地の隅、瓦礫の陰に身を隠していたカルトであった。
鋭い爪がカルトの襟首を掴み上げ、強引に自らの前へと引きずり出す。
「動くな! 一歩でも踏み出せば、この男の喉笛を噛み千切ってくれるわ!」
カルトを盾にして後退るアルマ。
その卑劣な凶行に、シエラの銀髪が怒りに揺れ、魔導剣の切っ先が青白い光を帯びた。
「卑怯な真似を……! その間合い、居合の射程内だ!」
シエラが足元の石畳を蹴り、一瞬でアルマごと両断せんと踏み込もうとした――その刹那。
「――ダメだッ! シエラ、止まれ!」
ユーリの鋭い制止の声が、路地裏に響き渡った。
「ユーリ殿……! しかし、今ここで仕留めねば――」
「ダメだ。……このまま、奴を行かせよう」
静かだが、一切の迷いのない声音。
リターニアが漆黒のドレスの裾を揺らし、眉をひそめて問いかけた。
「ユーリ、本気なの? ここで逃せば、あいつは必ずまた災厄を持ち込んでくるわよ」
「……あそこを見てくれ」
ユーリは顎をしゃくり、路地裏の出口の先――広場の方角を示した。
水神が鎮まり、大水が引いた広場には、避難していた大勢の市民たちが恐る恐る戻り始めていた。逃げ遅れた家族を探す声や、安堵の涙を流す人々の姿。
「ここでアルマが自暴自棄になって暴れれば、戻ってきた街の人たちにまた被害が出る。……これ以上、誰も巻き込ませたくないんだ」
戦う覚悟のない者を、傷つけさせはしない。
その徹底したユーリの信念を聞き、アルマは勝ち誇ったように甲高い嘲笑を上げた。
「はっはっは! 甘いな、ユーリ! がらくた共の命を優先させてこの私を逃がすこと、いつか死ぬほど後悔することになるぞ!」
アルマはカルトの身体を乱暴に突き飛ばすと、背後の空間を爪で引き裂いた。
現れた紫色の闇の裂け目の中へと身を躍らせ、傷口を押さえながら、憎悪に満ちた眼光を残して姿を消した。
裂け目が閉じ、路地裏に静寂が戻る。
大賢者メリッサが、小さく息を吐いた。
「……本当に行かせて良かったのかしらね」
「ええ。あいつ、しつこいことで有名だからね」
リターニアが肩をすくめて同意する。
だが、ユーリは痛む身体を支えながら、仲間たちを見渡して柔らかく笑ってみせた。
「また来たら……そん時は、またみんなで返り討ちだね」
その言葉に、ルシアン、シエラ、エリアナ、キャシー、そしてメリッサの顔に、不敵で頼もしい笑みが浮かんだ。
「「「当然よっ!(だっ!)」」」
転がされたカルトが、手錠を擦り合わせながら、ふらふらと立ち上がった。
その痩せこけた顔には、深い疲労と、すべての重荷から解放されたような虚脱感が漂っている。
「……僕は、どんな罰でも受けるよ。アレン先輩やリリィちゃんを苦しめ、この街を危険に晒した罪は……消えないからね」
うなだれるカルトの前へ、リターニアが静かに歩み出た。
「気の毒だけど、あなたはもう、この街で普通に暮らしていくことはできないわ。……私が帝都へ連れて行って治療を受けさせた後、別の安全な国へ逃がしてあげる」
「え……?」
カルトが顔を上げた瞬間、背後から重い足音が駆け寄ってきた。
包帯を巻いた右腕を抱え、息を切らして駆け込んできたのはアレンだった。
「カルト……っ!」
「……兄さん」
アレンの顔を見たカルトは、寂しげに、だがどこか年相応の少年のように穏やかに微笑んだ。
「いいんだ、兄さん。……兄さんたちが無事でいてくれたこと、それが僕の唯一の望みだったから。エマ姉さんとの約束も……これで、少しは果たせたかな」
「バカ野郎……っ」
アレンは傷だらけの左手を伸ばし、カルトの肩を強く、痛いほどに引き寄せた。
「お前が生きていてくれた……。それだけで、十分だ……!」
二人の間に言葉はもう必要なかった。十年の歳月を経て絡まり合っていた悲しい誤解と狂気の糸は、静かに解きほぐされていた。
「さあ、行きましょう。長居すると帝都の追手にも嗅ぎつけられるわ」
リターニアが漆黒の帳を広げると、カルトはアレンの手をそっと離し、ユーリたちへ向けて深々と頭を下げた。
「ユーリくん……本当に、ありがとう」
影の中に溶け込むようにして、リターニアとカルトの二人は姿を消していった。
その背中を見届けたシエラが、魔導剣を鞘へ納め、ユーリへ向けて一礼した。
「ユーリ殿。私も一度、近衛の残務処理と所用があるため、これにて失礼する。……また後ほど、酔っ払い亭にて」
「ああ、シエラ。助けてくれてありがとう」
シエラが凛とした足取りで去っていき、路地裏にはユーリ、メリッサ、キャシー、そしてアレンの四人が残された。
中央広場『誓約の創世壇』。
水神が鎮まり、青空が戻った広大なステージの上には、白銀の鎧を纏ったエリアナと、聖大剣クラドを背負ったルシアンが立っていた。
二人の前には、何万人もの市民が集まり、固唾を呑んで壇上を見上げている。
メリッサがあらかじめ仕掛けておいた広域拡声の魔導具を通じ、エリアナの凛とした声が王都の全域へと響き渡った。
『――魔導商都グランデールの市民の皆様! これより、一連の事件に関する真実を公表いたします!』
エリアナは一切の淀みなく、真実を語り始めた。
大聖堂の付属礼拝堂、そして『星霜の鎮魂碑』が破壊されたのは、何者かが仕掛けた凶悪な並列爆弾から市民の命を救うため、やむを得ず行われた命がけの解体作業であったこと。
下町の大火災において、アレンが自らの命にも等しい魔導核を犠牲にして放水器を動かし、街を救ったこと。
そして――大罪人として手配されていた少年ユーリが、一般市民を決して傷つけぬという固い信念のもと、自らの背中で暴力を受け止め、最後まで街の全員を救うために戦い抜いたこと。
『彼は犯罪者などではありません! 己の身を削り、この街を破滅の淵から救い出してくださった、真の恩人であります!』
エリアナの宣言が響き渡った瞬間、広場全体が静まり返り、次いで地鳴りのような驚愕と、震えるような感謝の声が波となって広がっていった。
その様子を、広場の外れ、建物の影から三人の人影が静かに見守っていた。
「……ふぅ。これでひとまず、大衆の誤解は解けたようね」
メリッサが腕を組み、大人の落ち着いた声音で息を吐いた。だが、すぐに視線をユーリへ向け、苦笑を浮かべる。
「だが、まだ現段階では手配書が出ている身だからね。正式な取り消し書類が発行されるまでは、目立つ場所は避けて隠れていないとね」
「私は納得いかないっ!」
隣でキャシーがぷくっと頬を膨らませ、不満そうに拳を握った。
「ユーリがあんなに痛い思いをして、血まみれになってまでみんなを守ったのに! なんでまだコソコソ隠れなきゃいけないのよ!」
「いいんじゃないかな。……誤解が解けたみたいだし」
ユーリは遠くの壇上を見つめ、穏やかに目を細めた。
広場で抱き合い、笑顔を取り戻している家族連れや市民たちの姿。あの温かな光景が戻ってきただけで、背中の激痛など取るに足らないものに思えた。
「じゃ、帰ろっか」
ユーリが振り返って言うと、キャシーが悪戯っぽく小首を傾げた。
「またお店の埃っぽい地下倉庫に?」
「い、いや……誤解が解けたんだったら、普通に自宅……酔っ払い亭の二階でいいんじゃないかな」
「ふふ、そうね。フカフカのベッドで、しっかり休みたいわよね」
メリッサが優しく微笑む。
壇上での公務を続けるルシアンとエリアナに手を振り、ユーリ、メリッサ、キャシー、そしてアレンの四人は、静かに下町への帰路についた。
夕陽が傾き始め、王都の石畳を橙色に染め上げていく。
下町へと続く緩やかな坂道を進んでいた、その時だった。
「――止まれッ! そこの者たち!」
巡回中の一隊の衛兵たちが、抜刀しながら正面から駆け寄ってきた。
先頭の衛兵が、ユーリの顔を指差して鋭く叫ぶ。
「貴様……手配書が出ている凶悪犯、ユーリだなッ! 神聖なる鎮魂碑を破壊した大罪人め、神妙に拘束されろ!」
「しまっ……まだ広報が行き届いていないのね……!」
メリッサが眉をひそめ、キャシーが爪を構えかける。
ユーリも身構えようとした、まさにその瞬間――。
「おい! 衛兵さん! 大変だぁぁぁっ!!」
路地の角から、数人の男たちが血相を変えて転がり込んできた。
「あっちの裏通りで、倒壊した建物の下敷きになってる人がいるんだ! 早く来てくれ! 今すぐ助け出さないと命が危ねえんだよ!」
「な……なにッ!? 生存者がいるのか!?」
「ああそうだ! 早くしろ、手遅れになっちまう!」
男たちの鬼気迫る剣幕に呑まれ、衛兵たちはユーリの拘束を後回しにし、「全員、救助に向かうぞ!」と叫んで慌ただしく別方向へと走り去っていった。
衛兵の足音が遠ざかり、路地に静寂が戻る。
だが――助けを求めていたはずの男たちは、走り去ることもなく、その場に立ち尽くしていた。
彼らは、先ほどまで中央広場でユーリを取り囲み、罵声を浴びせ、鉄パイプを振り下ろしていた市民たち――その中心にいた男たちであった。
「あんたたち……さっきの……」
キャシーが警戒を露わにする。
だが、男たちの顔には、先ほどまでの醜悪な狂気は欠片も残されていなかった。
「……すまねぇ」
先頭に立っていた大柄な男の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
ドサッ、と激しい音を立てて、男たちが一斉に石畳の上へと両膝を突いた。
額を冷たい石に擦り付け、全身を激しく震わせながら、嗚咽混じりの声を絞り出す。
「すまねぇ……! すまねぇぇぇっ……!! 俺たちは……俺たちは何も知らずに……命の恩人のお前さんたちに、あんな酷い真似を……ッ!!」
男たちの肩が、激しい悔恨と羞恥に激しく波打っていた。
「自分たちが助かりたい一心で……あんな小さな娘さんを人質に取られていたアレンさんに人殺しを強要して……その上、俺たちを庇ってくれたユーリさんを、あんなボロボロになるまで殴りつけて……ッ!」
石畳を濡らす、大衆の涙。
自らの身勝手さと醜悪さを思い知り、取り返しのつかない過ちに打ちのめされた者たちの、心からの謝罪。
「どんな罵倒でも受ける……! 役所に突き出して裁いてもらっても構わねえ……! 本当に……本当に、すまなかったぁぁぁっ……!!」
土下座し、泣き叫ぶ男たち。
その姿を前に、アレンは包帯の巻かれた自らの右手を見つめ、静かに首を横に振った。
「……気にするな。顔を上げてくれ」
アレンの声は、穏やかで、温かかった。
「俺は、そんな大層なもんなんかじゃない。……壊れたものを直す、ただの職人だよ」
アレンの言葉に、ユーリも優しく微笑み、深く頷いた。
「……ただ、助けたいって思っただけだから」
何の打算も、誇示も、説教もない。
ただ目の前にある理不尽を見過ごしたくなかったという、真っ直ぐな少年の本心。
その飾らない一言に、男たちは息を呑み、さらに大声を上げて泣き伏した。
夕陽の黄金色の光が、下町の路地裏を優しく照らし出していく。
男たちに見送られながら、ユーリ、メリッサ、キャシー、そしてアレンの四人は、再び歩みを進めた。
第62話をお読みいただき、ありがとうございました!
「すまねぇ……! すまねぇぇぇっ……!!」
先ほどまでユーリを踏みつけ、石を投げていた男たちが、自らの醜悪さを心から恥じ入って石畳に額をこすりつける土下座謝罪……!
さらに、衛兵からユーリたちを庇うために咄嗟の機転で助け舟を出した市民たちの姿に、溜飲が下がりつつも胸が熱くなりました!
そして、泣き伏す男たちに向けられた、ふたりの言葉。
「俺は、英雄なんかじゃない。……ただ、壊れたものを直す、ただの職人だよ」
「……ただ、助けたいって思っただけだから」
何の見返りも求めず、説教もせず、ただ真っ直ぐに日常を守り抜いたアレンさんとユーリ……格好良すぎますね!
すべての事件が解決し、汚名が晴れた王都ヴィスタニア。
次回、いよいよ第3部『千眼の水神』編――【堂々の最終話】を迎えます!
静まり返った工房で待つ、愛娘リリィちゃんとの涙の再会。
そして『酔っ払い亭』でのヒロインたちとの大爆笑の祝勝会……!
最後まで全力でお届けしますので、絶対にお見逃しなく!
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【読者の皆様へのお願い】
「市民たちの土下座謝罪にスカッとした!」
「アレンさんとユーリの言葉に痺れた!」
「いよいよ最終回、最後まで見届けたい!」
と思っていただけましたら、
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次回は明日18時40分頃更新します。
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