【第6話】汚染された回路と、消えない澱み
第6話をお読みいただきありがとうございます!
建設現場の激闘を終え、老舗酒場『酔っ払い亭』での祝勝会!
可愛い獣人の看板娘・キャシーや、伝説の忍び店主・バイマンが登場します。
……しかし、街を揺るがした欠陥チップ『MOS』の本当の恐怖は、ここからでした。
どうぞお楽しみください!
「メンフィス! もう諦めて財布を出しなさい。男がいつまでもメソメソ泣くもんじゃないわよ」
「……うう、大賢者様。騎士の薄給で『酔っ払い亭』を丸ごと一晩貸し切りだなんて、今月の生活費は文字通り『塵』に還りましたよ……!」
魔導商都グランデールの裏路地にある、老舗の酒場『酔っ払い亭』。
貸し切られた店内は、香ばしい肉の焼ける匂いと、大賢者メリッサのゴキゲンな笑い声に包まれていた。
その傍らで、エリート衛兵であるはずのメンフィスは、机に突っ伏して本気で涙を流している。
「ハハハ! 気にするなメンフィス! 我が親友ユーリの偉業を祝うためだ、安いものだろう!」
「団長が奢るんじゃないからそんなこと言えるんですよぉ!」
高らかに笑うルシアンは、手にした一本の立木を大事そうに背負ったまま、甲斐甲斐しくユーリの隣にぴったりと張り付いていた。
「さあユーリ、この特製のローストビーフを食べるがいい! 食べやすいように、極限まで薄くスライスしておいたぞ!」
「細かく刻みすぎてほとんどミンチになってる。あと、さっきからそよ風を送るのをやめてほしい。料理が冷める」
「おっとすまない親友! 良かれと思って風の魔力を微調整したのだが、快適温度には届かなかったか! はっはっは!」
ルシアンの暑苦しい忠犬ぶりに、心底うんざりとした溜息が漏れる。
隣で果実酒に口をつけているメリッサが、やれやれと首を振った。
「本当に、あっさりと手懐けられちゃったわね。まあ、それだけやったことが劇的だったってことだけど」
「怪しい力を外しただけなんだけどね……」
乾いた笑いを浮かべていると、厨房の奥から、冷えた木苺酒を載せたトレイを持った女性が、パタパタと軽快な足取りでやってきた。
「はい、お待たせ! 団長様たちの追加の飲み物だよ! ……あーっ! 噂のユーリくんだね?」
「そうだけど」
「あたし、この店でウェイトレスをしているキャシー。よろしくねっ!」
目の前に現れたのは、この酒場の看板娘――キャシーだった。
短い赤髪を揺らし、好奇心に満ちた大きな瞳でこちらを見つめている。
彼女の頭上には、愛らしいヒョウの耳がぴこぴこと揺れていた。
「すごいね! あの堅物で通ってたルシアン団長を、ただの木の棒一本で叩きのめしたって聞いてびっくりしちゃった!」
「そんなことはしていないよ。ただ、一緒に暴走ゴーレムを止めただけで……」
キャシーは不思議そうに首をかしげる。
「え? 団員すべてをなぎ倒して平伏させたって聞いたよ。今、新しい総団長 として、王国に申請中だって」
飲んでいた果物ジュースを危うく吹き出しそうになった。
ジョッキを慌ててテーブルに戻す。
「誰がそんなデマを」
「お隣にいる本人からだけど?」
隣を見ると、うんうんとルシアンが嬉しそうに頷いている。
「ルシアン、デタラメを言いふらすのはやめてくれ。手合わせさえしていないのに叩きのめしただなんて」
「何を言っている! デタラメじゃないぞ! 我々はユーリの行動によって命を救われ、心から受け入れ……いや、もはや信仰しているといっても過言ではない!」
「どう聞いても、剣の勝負で叩きのめした話になっている。総団長の申請って尾ひれまでついているし」
「ん? 総団長の申請も嘘じゃないぞ。特急で頼んでいるから、早ければ明後日には総団長 に……ぐっ、く、苦しい」
思わずルシアンの首元を両手で軽く締め上げた。
「総団長になるなんて一度も言っていない」
「し、しかしこうでもしないと恩返しが……」
「恩返しになっていない!」
キャシーはクスリと笑った。
「団長さんたちがこんなににぎやかなのって初めてだわ。いつもは国がどうとか、部隊の編成がどうとかって、難しい顔して眉間にしわを寄せてるのよ」
顔真似をしているのだろう、キャシーは額にしわを寄せながら楽しそうに言った。
意外そうにルシアンを振り返ると、すでに白目を剥きかけていたため、慌てて手を離す。
「ふふっ。ところでルシアン団長、いつまでもその背中の丸太を背負っているわけにもいかないでしょ? メリッサ様から言われてた『あれ』、持ってくるね」
キャシーはそう言うと、店の奥にある物置部屋の隅へと小走りで向かった。
雑多なほうきや傘立ての影から、まるで使わなくなったモップでも引っ張り出すかのような気軽な手つきで、一本の古びた大剣を持ち出してくる。
「はい、これ! 物置の隅でずっと埃をかぶってて邪魔だったやつ!」
ガシャン、と無造作にテーブルの脇へ置かれた大剣。
その刀身は厚い布で幾重にも巻かれていたが、隙間から漏れ出る厳かな気配と、白銀の装飾が放つ清澄な光は、ただの古道具ではないことを如実に物語っていた。
「な……ッ!? こ、これは……まさか……!?」
ルシアンが飛び上がるように立ち上がり、目を剥いた。
「メリッサ様、これは……伝説に聞く『聖大剣クラド』ではありませんか!? なぜこのような国宝級の神話の剣が、酒場の片隅に無造作に……!?」
「何百年も昔、旅をした勇者が息を引き取る時に、預かったものよ」
メリッサは果実酒を揺らしながら、事も無げに告げた。
「代々伝わる自慢の宝剣が『MOS』の汚染に呑まれ、壊れてしまったでしょ。ユーリがそれを機転を利かせて爆弾代わりに使ってゴーレムを吹き飛ばしたから、あなたの腰が寂しくなっていたのは知ってる。代わりにそれを持っていきなさいな」
「め、滅相もない! 家伝の宝剣が壊れたことなど、微塵も悔いてはおりません! むしろ、魔剣の魔力に頼り切り、己の未熟さから目を背けていた愚かな呪縛から、ユーリが解き放ってくれたのです! 体内の魔力循環に目覚めさせてくれたユーリには、感謝こそすれ恨みなどあろうはずがありません! ……それなのに、このような偉大なる聖剣を賜るなど、自分には荷が勝ちすぎます!」
ルシアンは恐縮しきった様子で両手を振る。
かつての彼は、名剣の力に依存し、己の力を見失っていた。
だが、ユーリに魔剣を破棄され、立木一本で戦ったあの瞬間、ルシアンは武器ではなく己自身の力で立ち上がる覚悟を手に入れたのだ。
メリッサは笑みを深め、ルシアンを見据えた。
「今の言葉が聞けたなら、合格よ。剣の銘や力に溺れる者には決して渡さない……今のあなたなら、その剣に振り回されることはないでしょ」
ルシアンは息を呑み、布に包まれた大剣を見つめた。
そして、祈るような手つきでその柄へと触れる。
「……感謝いたします、メリッサ様。そして、ユーリ」
ルシアンは立木を下ろし、聖大剣を背負い直すと、真っ直ぐな眼差しで誓いを立てた。
「もう二度と、武器の力に惑わされはしない。この剣を振るうのは、己自身の信念と体内魔力のみ。この命に代えても、この街と、我が無二の親友ユーリを守り抜くことを誓おう!」
「重い誓いはいいから、とりあえず座ってくれ」
「承知した、親友よ!」
熱血全開で敬礼するルシアンに苦笑しつつ、賑やかな空気に店中が包まれる。
「この街を救ってくれた恩人たちだからな。今日の酒は、特級のやつを一本サービスしてやるよ!」
厨房のカウンターから、腕組みをした大柄な男が豪快に笑いながら声をかけた。
元勇者パーティーの忍びであり、メリッサの友でもある『酔っ払い亭』の店主――バイマンだ。
がっしりとした大柄な躯体を深い宵色の忍び装束に包み、その無駄のない佇まいと鋭い眼光からは、かつて最前線の影で闘い抜いた伝説の忍の風格が漂っている。
「や、やめてください――! これ以上は本当に破産します!」
カウンターで突っ伏しているメンフィスの悲鳴が上がったが、全員に笑い飛ばされるのだった。
ひとしきり賑やかな時間が過ぎ、メンフィスがテーブルの端で力尽きて眠りについた頃。
バイマンがジョッキを片手に、テーブルへと腰を下ろした。その表情は、先ほどまでの豪快なものから、少しだけ真剣なものへと変わっている。
「ところで、メリッサ。お前さんたちが解決した、あのゴーレムの集団暴走の件だが……」
「……何か分かったの?」
メリッサが、酒を飲む手を止めて視線を向けた。
「ああ。古い伝手を辿って、あの追加チップ『MOS』の流通ルートを少し探ってみたんだ。どうやらあれ、この都市グランデールで作られたもんじゃねえな。隣の『帝都』から、商人の裏ギルドを通じて大量に密輸されてきたものらしい」
「帝都から……。あそこの魔導工学は確かに進んでいるけれど、こんな欠陥をばら撒くなんて、一体何の目的かしらね」
メリッサが不快そうに眉をひそめる。
「まあ、何にせよだ」
バイマンはジョッキを傾け、ぐっと中身を干した。
「今回の建設現場での騒ぎを見て、街の連中もさすがに懲りたみたいだ。今じゃ、怪しげな追加チップを自慢の魔力剣やゴーレムから、みんな一斉に外している。これで解決だろう? 流行り病みたいなものだ、これでハッピーエンドさ」
バイマンのその言葉に、ルシアンも深く頷いた。
「確かに。衛兵騎士団の者たちも、こぞって魔力剣から『MOS』のチップを取り外したと報告があった。チップさえ外してしまえば、普段通り問題なく魔導具として使える。これでもう、あの恐ろしい暴走は起こらないはずだ」
「……いや、そう簡単にはいかないと思う」
静かな声が、テーブルを支配した。
全員の視線が集まる。
「どういうことだ、ユーリ?」
ルシアンが不思議そうに首をかしげた。
「一度『MOS』という不純物を取り付けられた魔道具は……『汚染』されたと考えた方がいい」
「汚染……?」
メリッサがその言葉に敏感に反応した。
「物理的なチップを外したからといって、一度そのチップから流れた力によって書き換えられた魔導回路は、元には戻らない。回路の繋ぎ目に『深刻な動作不具合』の澱みが残り続けているんだ。だから、外したから安全だとは思えない」
【眼】には、暴走した魔道具から放たれる、おぞましい『マナの澱み』がはっきりと視えていた。
だからこそ、分かる。一度でもあの不純物を噛ませて魔力を流した魔道具は、すべて深い不具合を抱え込んだままになっている。
「ん? 何だ、そのマナって」
バイマンの質問に、メリッサが代わりに答える。
「魔術学界でも実証されていない、世界の構築システムそのものの力のことよ。一般の人間には見えないし感知もできないけれど、ユーリにだけはそれが視覚として視えているの」
「そ、そうは言ってもなぁ……。実際、チップを外した剣は普段通りに魔力を通して普通に使えるんだぜ? そんな、外した道具まで危険だなんて、そりゃあいくら何でも考えすぎじゃ――」
バイマンが苦笑いしながら言った、その時。
「じゃあ、確認してみようか」
メリッサが眠りこけているメンフィスの腰から、一本の『予備の魔力剣』を引っ張り出し、テーブルの上に置いた。
「これ、今日の夕方に、本人が泣きながら『MOS』を取り外したばかりの魔力剣よ。一見、何の問題もない正常な状態に見えるけれど……ユーリ、あなたの目にはどう映る?」
テーブルの上に置かれた魔力剣をじっと見つめる。
外見上は、傷一つない美しい銀色の刀身だ。接続部にあったはずの黒いチップも綺麗に取り外されている。普通の人間の目や、魔導士たちの感知能力では、完全に正常な魔力剣に見えるはずだった。
だが、意識を集中させて【眼】を凝らした瞬間――。
日常の色彩が削ぎ落とされた視界の中で、魔力剣の回路の継ぎ目に、べったりとこびりついた『紫色の澱み』が露わになった。
まるで、金属の表面に染み込んだ粘着質なタールのように。
その禍々しい不純物は、魔導回路の深部に根を張り、呼吸するように微かに脈動していた。
「……やっぱりだ。外したはずなのに、あの不快な紫色の澱みが消えずにこびりついている」
「本当にか? 俺にはただの綺麗な魔力剣にしか見えんが……」
ルシアンが顔を近づけて凝視するが、首をひねるばかりだ。
「触れてみれば、違いが分かる」
無造作に右手を伸ばし、魔力剣の柄にへばりつく紫色の澱みへと指をかけた。
一般人には触れることすらできないはずのマナの不純物を、強力なテープの端を掴むように、しっかりと素手で捉える。
そして、一気に引き剥がす。
「剥がれろ――」
ビリリィーー……ッ!!
空間を小さく裂くような、澄み切った硬質な破裂音がテーブルの上に響いた 。
引きちぎられた紫色の澱みは掌の中で実体を失い、青白い粒子の煙となって空気中へサラサラと霧散していく 。
澱みを剥ぎ取られた魔力剣は、それまで回路の奥底で軋んでいた不快な微振動が完全に消え去り、澄んだ金属本来の輝きを取り戻した。
「な……ッ!? 今、空間から何かを引き剥がしたのか……!?」
ルシアンが目を剥き、バイマンもジョッキを持つ手を止めて目を見張った。
「剥ぎ取る前と後じゃ、魔力の通り方が全く違う。……さっきの状態の剣は、普段通りに魔力を通せば普通に使えるように見えたかもしれない。だが、回路の奥底に不純物が休眠状態でこびりついていたんだ」
静かに息を整えながら、テーブルの仲間たちを見据える。
「街中にある、チップを外しただけの魔道具はすべてあの状態だ。何かのきっかけさえあれば、いつでも一斉に暴走する不具合を抱えたまま放置されている」
「一見すると正常に見えて、実は中身が時限爆弾のまま……ということか」
ルシアンが青ざめた顔で唸る。
「ええ。でも……魔力を普通に通して使うだけじゃ暴走しないのだとしたら、昼間の建設現場で起きたあの一斉爆発の引き金は何だったのかしら」
メリッサは腕を組み、深緑の瞳を鋭く細めて考え込んだ。
「周囲の魔道具が一斉に連鎖して大暴発を起こした……。単なる魔力の過負荷じゃないわ。何が引き金となってあの不純物を目覚めさせ、一斉暴走を引き起こしたのか。その『トリガー』の正体までは、まだ分からないわね」
何が引き金かも分からないまま、街中の人間が危険な不具合を腰に下げて歩き回っている。
静まり返る酒場の店内で、一行の前に、これまでにない巨大な「見えない不具合の影」が忍び寄っているのを、全員が確かに感じていた。
第6話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
物置の隅に転がっていた国宝『聖大剣クラド』を、古箒を貸すようなノリで手に入れたルシアン!
しかし、喜んだのも束の間――「チップを取り外したはずの魔力剣」の回路の奥底には、消えない『マナの澱み』がこびりついたままでした。
ユーリが素手で「ビリリィーー……ッ!」と引き剥がして見せたものの、街中の魔道具が「見た目は正常なまま時限爆弾化している」という最悪の事実が発覚。
そして、何が引き金となって一斉暴走が起きるのか、その『真のトリガー』は依然として闇の中……。
果たしてユーリたちは、この見えない不具合の正体を暴くことができるのか……?
「キャシーが元気で可愛い!」
「聖剣の扱いが雑すぎて笑った!」
「素手で不純物を剥ぎ取るユーリがカッコいい!」
「街中が時限爆弾状態とかヤバすぎる……続きが気になる!」
と少しでも思っていただけましたら、
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次話【第7話:ガラスの壁と、聞こえぬ本音】へ続きます。
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