【第5話】木屑の覚醒と、手のひら返しの土下座
第5話をお読みいただきありがとうございます!
「この棒切れで戦えというのか……!?」
絶体絶命の地下坑道。
魔剣を失った勇者と、即席の武器を託した魔力ゼロの少年。
傲慢だった男の「真の覚醒」が幕を開ける――!
どうぞお楽しみください!
「行くぞッ! 我が新たな刃よ!」
ルシアンが地を蹴った。
即席のコイル木剣から溢れ出す白銀の闘気。
神速の一閃が一体目のゴーレムの膝関節を深々と薙ぎ払い、巨躯が前のめりに崩れ落ちる。
ルシアンはそのまま二体目へと狙いを定め、踏み込もうとした。
しかし――
ズズゥゥンッ!
瓦礫の陰、完全な死角から三体目の大型ゴーレムが姿を現し、巨大な鉄槌を振り下ろしてきた。
後方の岩盤の隙間には、逃げ遅れた建設作業兵士たちが閉じ込められている。
ここでルシアンが横へ飛んで避ければ、余波が岩盤を直撃し、兵士たちが生き埋めになるのは明白だった。
「くっ……!」
ルシアンは即座に木剣を掲げて受け止めるが、十メートル級の質量による直撃は凄まじく、即席の剣が手元から弾き飛ばされた。
衝撃で背後の岩壁へと叩きつけられ、体勢を崩すルシアン。
すかさず二体と三体のゴーレムが立ち塞がり、両腕の鉄槌を振り上げてルシアンを包囲した。
逃げ場のない、完全なる絶体絶命。
「ここまでか……! メリッサ殿、私ごと奴らを消し飛ばせ!!」
ルシアンが自らを捨て石にする覚悟で絶叫した。
だが、その自己犠牲の叫びを、冷徹な足音が置き去りにした。
「絶対に犠牲は出させない」
目の前で命を捨てようとする理不尽など、絶対に見過ごすわけにはいかない。
ユーリは低く身を沈め、ゴーレムの側面の死角へと回り込むと、瓦礫を蹴って背後からその巨大な肩口へと迷いなく飛び乗った。
「メリッサ、何でもいいからコイツの気を逸らせてくれ!!」
「き、気を逸らすって……!? ええい、これでどうよ! 『プチ・ボム』ッ!」
メリッサが杖を振ると、パンッと爆竹が弾けたような、あまりにも頼りない小さな光の破片がゴーレムの顔面で炸裂した。
ダメージなど皆無に等しい。だが、敏感になっていた魔力センサーが一瞬だけ狂い、ゴーレムの上半身がぐらりと体勢を崩した。
そのわずかな隙を、ユーリは見逃さなかった。
後頭部に手を伸ばし、装甲の隙間にこびりつく紫色の澱みを、強力なテープを引っぺがす感覚で鷲掴みにする。
「剥がれろ――ッ!」
ビリリィーー……ッ!!
澄み切った破断音が地下坑道に響き渡り、引きちぎられた紫色のノイズが霧散する。
ゴーレムの全身から駆動音が急速に失われ、振り上げられていた巨腕がピタリと硬直した。
「あ、ありがとう! ユーリ!」
「いいから! 早くコイツにとどめを刺して!」
「応ッ!」
ルシアンは転がっていた即席剣を素早く拾い上げると、停止したゴーレムの胴体へ渾身の薙ぎ払いを叩き込み、一撃で完全粉砕した。
「残るはあと二体……!」
ルシアンが気迫を漲らせ、迫り来る二体のゴーレムに向かって剣を構え直した、その時だった。
フッ……と、即席剣に巻かれていた導魔線の青白い輝きが、唐突に掻き消えた。
「な、何だ!? どういうことだ!?」
ルシアンがうろたえ、手の中の木切れを見つめる。
後方でそれを見たメリッサが、小声で呟いた。
「あ、魔力切れね……当然か。あんな粗末な巻き方じゃ、魔石の蓄積エネルギーが一気に抜けちゃうわよ……」
鋼鉄の巨躯が、無防備となったルシアンを目掛けて地響きとともに迫り来る。
武器としての機能を完全に失ったただの棒切れ。
ユーリは顎に手を当てて一瞬だけ考えた後、腹から声を張り上げた。
「えーと。 …… ルシアン! 気合いだ! 気合いと根性だ!!」
「な、なんてこと言うの……!? いくらなんでも――!」
メリッサが頭を抱える。
だが、その無茶苦茶な言葉を受け取ったルシアンの瞳に、猛烈な炎が灯った。
「うぉおおおおおーーーッ!! そうだな、ユーリ! 気合いだ!! 根性だァァァーーーッ!!」
ズオォォォッ!!
ルシアンの全身から、凄まじい白銀の闘気が爆発的に噴き上がった。
魔力そのものはユーリの【眼】には見えない。 しかし、周囲の大気が激しく震え、足元の小石が重力を無視して浮き上がる様子から、ただならぬ現象が起きていることだけははっきりと理解できた。
魔石の補助など不要。自らの体内で魔力を極限まで巡らせ、全身をひとつの巨大な魔導兵器へと昇華させる「完全循環」の境地。
「ほ、本当に気合いと根性で体内循環を完全覚醒させちゃうなんて……!?」
メリッサが顎を外さんばかりに驚愕する中、ルシアンが閃光となって地を蹴った。
「うぉおおおおおーーーッ! 喰らえッ、『真・勇者烈風断ッ!!」
光を失ったはずのただの木切れが、空間そのものを切り裂く真空の刃を生み出し、迫るゴーレムの上半身ごと斜めに両断した。
ドゴォォォンッ!と鉄塊が両側に弾け飛び、火花を散らして沈黙する。
残る最後の一体が、巨腕を振り上げて背後からルシアンへと襲いかかった。
「うぉおおおおおーーーッ! 貴様もこれまでだァァーーッ!!」
ルシアンは即席剣を握ったまま高く跳躍し、空中で鋭く身体を半回転させた。
「『風神勇者爆裂脚』ッ!!」
ドガァァァァァンッッ!!!
凄まじい風圧を纏った超高速のローリングソバットが、最後の一体の胴体中央へと正確無比に炸裂した。
十メートルを超える鋼鉄の巨躯が、まるで紙屑のように綺麗にへし折れ、背後の岩壁へと吹き飛んで粉々に爆発四散した。
静まり返る地下坑道。
着地し、翻るマントとともに完璧なポーズを決めるルシアンの姿を前に、ユーリとメリッサがぼそりと呟いた。
「……もう剣使ってないな」
「あれ、蹴りじゃん」
戦闘終了後、ルシアンが安全に瓦礫を撤去。取り残されていた作業兵士たち全員が、無事に救出された。
メリッサの浮遊結界とルシアンの跳躍力によって、一行は崩落した吹き抜けを駆け上がり、地上へと帰還を果たした。
吹き抜けの上層テラス。
そこでは、騎士団上層部から派遣された精鋭魔導部隊が広域焼滅魔術の陣を展開し終えたところだった。
「ハハハ! 無能なガキも、大賢者もろとも灰になったか! これで目障りな連中も一網打尽――」
勝ち誇った笑みを浮かべていたメンフィスが、粉塵を切り裂いて現れた集団を目にした瞬間、その言葉を喉に詰まらせた。
「な……ななな……ッ!?」
先頭に立つユーリ、両脇を固めるメリッサとルシアン、そして後方には無傷の作業兵士たちが全員揃っていた。
「ば、馬鹿な……!? 暴走ゴーレムはどうした!? 全滅したはずでは……!?」
壊乱していた騎士団の面々が、信じられないものを見る目で硬直する。
静まり返る現場の中、グランデールが誇る絶対の英雄、衛兵騎士団長ルシアンが、泥に塗れた地面に勢いよく両膝をついた。
そして、その額を、石畳に激しく叩きつけた。
ズドォォォォォンッ!!!
地面に放射状のヒビが入るほどの、全力の、特大の土下座だった。
「ユーリ!! 傲慢だった私を、どうか許してくれ……!」
ルシアンは土下座をしたまま、涙を流して激しく肩を震わせていた。
「私は道具に溺れ、自らの能力の不具合にすら気づけなかった愚者だ! 命令に屈して命を見捨てようとした私を叱責し、命がけで救い、真の勇者へと導いてくれたのは君だ! 我が友ユーリ、生涯の親友として、どうか未熟な私を、君の傍に置いてはくれないだろうかッ!」
「いや、急にそんなグイグイ来られても困るんだけど……。とりあえず頭を上げてくれ。みんな見てるし、泥が服につく」
ユーリは引き気味に一歩後退するが、ルシアンは猛烈な勢いで顔を上げ、狂信的なまでの忠犬のような眼差しでユーリを見つめた。
「泥など、私がすべて風で吹き飛ばそう! さあ行くぞ相棒、君のためなら私は世界をも両断してみせよう!」
「絶対に来ないでほしいんだけど」
その様子を呆然と見つめるメンフィスたちは、完全に魂が抜けたように口を開けていた。
「だ、団長が……あの魔力ゼロの少年に、土下座をして忠誠を……!?」
「ふふん! だから言ったでしょう!」
メリッサが腰に手を当て、勝ち誇った笑みをメンフィスたちへ向けた。
「あなたたちみたいな中身お魚並みの節穴には、ユーリの凄さは理解できないってことよ! さあメンフィス、賭けは私たちの勝ちね! 今夜の『酔っ払い亭』、全員分あなたの奢りだからね!」
「そ、そんなアアアアアアッッ!!」
メンフィスの絶望の絶叫が、青空の下に響き渡った。
ユーリは暑苦しいルシアンからそっと目を逸らし、ため息をついた。
(……とにかく、まずは早く帰ってゆっくりしたいな)
これが、のちに世界のマナによる大事件を次々と解決していくことになる、少年の伝説の第一歩であった。
第5話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
「我が親友ユーリよォォォッ!!」
さっきまでの傲慢な態度はどこへやら、命と心を救われて見事な手のひら返し土下座をキメたルシアン!
魔剣の呪縛から解き放たれ、ここからユーリへの過保護すぎる忠犬バディ伝説が始まります。
次話、舞台は拠点となる酒場『酔っ払い亭』へ!
可愛い看板娘・キャシーや伝説の忍び店主・バイマンが登場し、賑やかな祝勝会が始まります。
……しかし、街にばら撒かれた不具合チップ『MOS』の本当の恐怖は、ここからでした。
「ルシアンの手のひら返しが気持ち良すぎる!」
「忠犬化して一気に好きになった!」
「このノリとテンポ感、最高!」
と少しでも笑っていただけたり、スカッとしていただけましたら、
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次話【第6話:汚染された回路と、消えない澱み】へ続きます。




