【第57話】逆転の咆哮と空への引き金
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
血塗れで倒れ伏すユーリ、そして大衆の身勝手な「殺せ」コールに包まれるアレン――。
絶望が支配する広場に、仲間たちの反撃の遠雷が響き渡ります!
それでは、息もつかせぬ怒濤の第57話をお楽しみください!
血の味が口いっぱいに広がり、石畳の冷たさが顔面を刺す。
大聖堂礼拝所でメリッサとシエラが蹂躙され、通信が途絶えた絶望の余韻。
冷酷非道なアルマの嘲笑が耳奥にこびりつく中、ポケットの中のマギストーンが、唐突にパチパチと青い火花を散らした。
『――大丈夫。正義は必ず勝つってね』
スピーカーから不意に流れ込んできたのは、涼やかで妖艶な、あのリターニアの声だった。
『貴様ぁーっ! 何度も何度も邪魔に入りおってぇぇぇ――ッ!!』
通信の向こうで、アルマの怒号が響き渡る。
『あ、私魔族だから正義って、似合わないかしら? ……って、何それ眼帯? キャハハハハ! だっさ! おばはんがコスプレしてもねぇ?』
『こ、殺してやるぅぅぅっ! 年齢は私の方が五十歳くらい若いぞーーッ!!』
『ちょ、ちょっと年齢に触れないでよ! ユーリ、今のなし! 聞かないでぇぇぇ――!』
プチッ、と通信が乱暴に切れた。
魔族幹部同士の緊迫感のかけらもない煽り合い。だが、その声が届いたということは、大聖堂礼拝所の壊滅は免れ、リターニアがアルマを食い止めている証拠だった。
張り詰めていた絶望に、一条の光が差し込む。
直後、広場の東西から立て続けにマギストーンが震えた。
『こちらエリアナ! 西側地区の住民の避難が完了いたしましたので、これより魔獣の完全掃討に入ります!』
――ガキィィィーーンッ!!
遠く西の空で、広範囲を氷漬けにした極大氷結魔法の凍てつく炸裂音が響き渡る。
『ルシアンだ! こっちも避難が完了したから、好きにやらせてもらうぜ!』
――ドゴォォォーーンッ!!
東の路地から、ルシアンの必殺技《風穿つ一閃》が猛獣を叩き割った凄まじい風圧の轟音が、地鳴りとなって足元を揺らした。
「へ、へへへ……み……んな、よかった……」
ユーリは血の混じった息を吐き出しながら、ズタボロの身体を軋ませ、ふらふらと立ち上がった。
背中には鉄パイプで殴打された無数の打撲痕、顔面からは鮮血が滴り落ちている。
だが、周囲を取り囲む市民たちの目は、感謝や安堵とは程遠い色をしていた。
彼らは立ち上がるユーリを取り囲み、嫌悪と自己正当化に歪んだ顔で唾を吐き捨てる。
「おい、見ろよ、こいつまだ立ち上がりやがるぜ」
「きっしょ……! 血だらけで近寄るなよ、汚ねぇんだよ!」
「祈誓塔を壊した悪魔め、さっさとくたばりやがれ!」
救われたことすら理解せず、身勝手な罵声を浴びせ続ける大衆。
その醜悪な合唱を、大気を引き裂く地鳴りが一瞬で粉砕した。
ズズズズズ……ドガァァァンッ!!
広場の中央、石畳を噴水のように跳ね飛ばし、広場の建造物すら凌駕する巨躯が現れた。
サーベルタイガーを模した異形の巨獣――『滅界の剛牙獣』。
全身を分厚い黒甲殻で覆い、城門をも一撃で両断する二本の長大な紅蓮の牙を剥き出しにして、紅い瞳で眼下の人間どもを睨み据える。
「ひえぇぇぇっ!?」
「なんで、なんでこんなところに化け物が現れるんだよぉぉっ!」
先ほどまでユーリを囲んで罵倒していた市民たちが、腰を抜かし、我先にと蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い始めた。
「い、いけない! 街の人たちが……!」
ユーリは痛む身体を無視して前へ踏み出そうとした。逃げ遅れた市民の背後へ、タイラント・サーベルの巨大な鉤爪が振り下ろされようとしている。
――ドゴォォォーーンッ!!
突風のような銀光が割り込み、魔獣の鉤爪を力任せに弾き飛ばした。
「よう! あっちが片付いたから合流してきたぜ!」
大剣クラドを豪快に担ぎ、土煙の中から現れたのはルシアンだった。
「ル、ルシアン……!」
タイラント・サーベルが怒り狂い、ルシアンへ向けて紅蓮のブレスを吐き散らそうと顎を開く。
その瞬間、大気が瞬時に凍結した。
「私も遅ればせながら、参上いたしましたわ!」
鋭い号令と共に放たれた無数の氷柱が、魔獣の開かれた口腔へ突き刺さり、業火を強引に鎮火させる。白銀の鎧を煌めかせ、エリアナが凛とした佇まいでユーリの横へ着地した。
氷を力任せに噛み砕いたタイラント・サーベルが、眼前で傷つき倒れかけているユーリを標的と定め、猛然と跳躍した。
巨大な質量がユーリを押し潰さんと迫る。
だが、その進路を塞ぐように、一人の少女が背中越しに立ちはだかった。
キャシーだった。
「私は――頭に来たっ!」
キャシーの琥珀色の瞳が、かつてないほどの激しい怒気で燃え盛っていた。
「許さない……! 全部、全部、ユーリが言うからその通りにした! あんな奴らに殴られても、全部我慢した!」
タイラント・サーベルの巨爪が、キャシーの鼻先数センチでピタリと止まる。
キャシーは高速で指先を動かし、印を結び終えていた。
「助ける義務とか、そんなの知らない!」
ドガァァンッ!!
キャシーの放った強烈な打撃が空気を破裂させ、何十トンもの魔獣の巨体を上空高くへとカチ上げた。
「それでも私は――ユーリが望む剣になる!」
キャシーは次の瞬間、地を蹴り、吹き飛んだ魔獣よりも遥か上空へと跳躍していた。
太陽を背に受け、両手の鋭利な爪を極限まで研ぎ澄ます。
「だから、ユーリに仇なすものは、全て我が名のもとに殲滅する! くらえぇッ! 『忍法・螺旋爪影乱舞』――ッ!!」
紫の光を帯びた無数の斬撃の嵐が、タイラント・サーベルの巨躯を八つ裂きにする勢いで降り注ぎ、轟音と共に石畳へ叩き落とした。
だが、大龍脈の力を受けている魔獣は、甲殻を激しく損傷させながらも、不気味な回復力で再び平然と立ち上がろうとする。
着地したキャシーは、爪を構え直して鋭く言い放った。
「何度でも立ち上がりなさい! 悪いけど、私の八つ当たりに付き合ってもらうから!」
頼もしすぎる仲間たちの防衛線。
だが、ユーリの視線は、その激闘の向こう側――特設ステージ『誓約の創世壇』へと吸い寄せられていた。
「殺せ!」
「撃て!」
「アレン、早くその悪魔を撃ち殺せぇぇぇっ!」
背後で巨大な魔獣が暴れ回っているというのに、ステージを取り囲む一部の市民たちは逃げようともせず、異様な熱狂で壇上を見上げ、狂乱の『殺せ』コールを連呼し続けていた。
「後ろであんな怪物が暴れてるってのに、なんであいつらはあんなことしてやがんだ……!?」
ルシアンが大剣を構えながら訝しげに叫ぶ。
「恐らく、舞台を中心に一種の催眠効果魔術が施されているのね」
ユーリがハッと振り返ると、そこには大聖堂礼拝所から駆けつけたメリッサと、剣を握りしめたシエラの姿があった。
「メリッサ! シエラ! 無事だったんだね!」
「ええ、なんとかね。リターニアがアルマを押し返してくれた隙に、こちらへ合流したのよ」
シエラが鋭い眼光で壇上を見据え、その表情をかつてないほど険しく引き締める。
「舞台の周囲に、マナを介した精神誘導の波形が張られている。あの民衆は、アルマの手によって悪意を極限まで増幅させられているのだ」
「悪意の増幅……? どうしてそんなことを……!」
ユーリが息を呑んだ瞬間、シエラの視線が壇上でアレンが構える黒鉄の銃へと吸い寄せられた。
「……あれは、帝都の極秘研究機関で開発されていたはずの試作兵器……人を魔獣へと変異させる銃だ。なぜあの男が持っているのかは分からぬが……あの銃は、周囲の憎悪や悪意を吸い上げ、力へと変換する性質を持っている」
シエラの言葉に、ユーリの【眼】が激しく反応した。
群衆が「殺せ!」と叫び、悪意を滾らせるたびに、広場を満たす黒赤色のマナの奔流が、壇上のアレンの手にある黒鉄の銃へと渦を巻いて吸い込まれていくのが視えた。
銃身の内部に封じられた不純物が、その憎悪のエネルギーを貪欲に喰らい、爆発的な勢いで肥大化を繰り返している。
(そうか……! 市民たちの身勝手な憎悪すらも、アレンさんをただ人殺しにするためだけじゃない……! 悪意を極限まで高めさせて銃へ充填し、放たれるマナの威力を底上げさせるための罠だったんだ!)
絶望的な事実が脳裏を駆け巡る。
「あれだけ悪意とマナが充填された銃を撃ってしまえば……撃たれた相手は、制御不能のとんでもない強大な魔物に変貌してしまう……!」
ユーリの焦燥の叫びに対し、シエラは僅かに首を傾げた。
「いいではないか、ユーリ殿。確かに強大な魔物に変貌してしまっては厄介だが、現れた後に我らの手で倒せば済む話だ」
「違う! 撃たせてはダメだ! 撃つこと自体がダメなんだ!!」
ユーリは大声で叫び、激痛に軋む身体を前へと突き出した。
撃てば、カルトが最悪の魔獣と化すだけではない。アレン自身も復讐の呪いに魂を喰われ、地下の並列爆弾が連鎖起爆して街そのものが水没する。
何より――人を救うための世界一の職人の手を、絶対に人殺しの手にさせてはならないのだ。
「アレンさん! 撃っちゃダメだ! アレン、ダメだぁぁぁッ!!」
ユーリの必死の制止は、数千人の地鳴りのような「殺せ」の合唱にかき消されていく。
その瞬間、ユーリの脳裏に、かつて裏路地でアルマが吐き捨てた冷酷な言葉が蘇った。
『所詮、人も魔族も同じだよ。気に入らなければ殺せばいい、欲しいものがあれば奪えばいい。力を誇示して何が悪い?』
さらに、かつて戦ったガイゼルの声が重なる。
『人なんて、そんなもんさ。自分を守るためなら、平気で他者を踏みにじる』
「うるさい……! 黙れ……ッ!!」
ユーリは血を吐きながら、頭蓋をかきむしるように叫んだ。
(違う……違う、違う、違うッ! 人は……人は、そんな化け物じゃないッ!!)
【眼】が、壇上のアレンと並列爆弾、そして手挟まれた黒鉄の魔力銃を激しく捉える。
その時、ユーリの思考に、電撃のような閃きが走った。
(待て……! あの爆弾の回路構造……旧工場の資料室でアレンさんが使った『逆位相の自滅回路』と同じ構成が、なぜか組み込まれている……! そして、あの黒鉄の銃が放つ固有の高周波魔力波長……!)
点と点が、一瞬で繋がる。
アレンが触れる機会などなかったはずの爆弾に、師匠であるアレンの理論そのものの自滅回路が存在している理由。
(カルトだ……! カルトは最初から、この爆弾を止めるための『最後の鍵』として、あの自滅回路を爆弾に仕込んでいたんだ……! 自分が悪役を演じて撃たれ、銃声の周波数で爆弾を自壊させ、街とアレンさんたちを救うために……!)
あの魔力銃から放たれる特定の高周波を爆弾のコアへ直接浴びせれば、すべての並列回路が逆位相で共鳴し、起爆することなく自律的に自壊・完全沈黙する。
(そうか……! 撃つべきはカルトじゃない! あの高周波の銃声を、爆弾に共鳴させれば止められるんだ! でも……!)
壇上のアレンの瞳には、一切の光が残されていなかった。
目の前で両手を広げて笑うカルト。その足元で機械の部品と化している愛娘。
そして、背中を押し続ける大衆の狂乱の罵声。
「殺せ!」
「撃て!」
「撃ち殺せぇぇぇっ!」
数万の狂った合唱が、広場を地鳴りのように揺らす。
アレンのタコだらけの指が、黒鉄の魔力銃の冷たい引き金にかかる。
銃口は寸分の狂いもなく――カルトの眉間を真っ直ぐに捉えていた。
その刹那――アレンの耳奥に、かつて工房で笑っていたリリィの純粋な声が響いた。
『お父さんはね、みんなを助ける世界一立派な職人さんなんだよ!』
壊す手ではない。
直す手だ。
だが、その想いすらも、娘を奪われた父親の黒い慟哭が呑み込んでいく。
「うぉおおおーーーーーーーッ!!!!」
魂を絞り尽くすような咆哮。
アレンの指が、引き金を一気に絞り切った。
――ドォォォォォンッ!!!!
王都ヴィスタニアの天蓋を突き破り、広場全体を震撼させる一発の銃声。
銃口から放たれた目も眩むような魔力の閃光が、壇上の空間を真っ白に焼き尽くし、硝煙がカルトの姿を完全に呑み込んでいく。
「アレンさんッ……!!」
ユーリの悲痛な叫びが、銃声の余韻の中に掻き消えた。
放たれた凶弾は、カルトの心臓を貫いたのか。
復讐の引き金は、この街を破滅の連鎖へと引きずり込んでしまったのか――。
白煙が晴れぬまま、建立祭の広場は息を呑むような静寂に包まれた。
第57話をお読みいただき、ありがとうございました!
リタ姐さんの煽り通信(年齢の話題はNG!笑)からの、ルシアンとエリアナの豪快な合流!
そして何より、ユーリを傷つけられてブチギレたキャシーの『忍法・螺旋爪影乱舞』……! 「私の八つ当たりに付き合ってもらうから!」と超巨大魔獣をタコ殴りにする姿、最高にスカッとしましたね!
しかし……大衆の悪意を吸い上げて魔獣化させるという、アルマの悪魔的な罠。
「人は、そんな化け物じゃないッ!!」と叫ぶユーリの想いは届いたのか――。
壇上で響き渡った、アレンさんの一発の銃声。
放たれた弾丸はカルトを撃ち抜いてしまったのか? それとも――!?
次回、すべての伏線が回収される「奇跡の大逆転」と、さらなる超巨大な災厄の覚醒へ!
クライマックスの第58話、絶対にお見逃しなく!
――――――――――――――――――――
【読者の皆様へのお願い】
「キャシーの八つ当たり忍術が爽快だった!」
「仲間たちの合流が熱すぎる!」
「アレンさんの銃声の行方が気になってたまらない!」
と思っていただけましたら、
ページ下部にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にして評価していただけると、執筆の凄まじい原動力になります……!
また、ブックマークへの追加や**いいね(♡)**もポチッと押していただけると、ランキング上位へ駆け上がる大きな後押しになります!
皆様の熱いご感想や応援コメントも、いつでもお待ちしております!
次回は明日18時40分頃更新します。
もし面白ければブクマ・★評価で応援お願いします!




