↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
56/72

【第56話】劇場の悪魔と理不尽の濁流

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


ついに迎えた、建国四百周年『建立祭』当日――。

数万の歓声に包まれる中央広場『誓約の創世壇』で、運命の正午の鐘が鳴り響きます。


道化のように笑うカルト、凄惨なる生贄の姿、そしてアルマの冷酷な罠。

大衆の狂気と理不尽の濁流が、ユーリたちを容赦なく呑み込んでいきます。


「戦う覚悟のない者を、傷つけさせはしない」

血塗れの少年が貫く、魂の誓いとは――。


それでは、第3部最大の山場となる第56話をお楽しみください!

五年に一度、建国四百周年を祝う『建立祭』の当日。

 魔導商都グランデールの中心街は、視界を埋め尽くす色彩と、地鳴りのような歓声の熱気に包まれていた。


石畳の大通りには幾重にも万国旗が連なり、青白く瞬く魔導ランタンの光が祝祭の影を華やかに照らし出す。

露店からは香ばしい焼き肉やスパイス、甘い焼き菓子の匂いが立ち込め、旅芸人の軽快な笛や太鼓の調べが群衆の足取りを弾ませていた。立て続けに起きた爆破事件の恐怖を忘れようとするかのように、数万の民衆は狂信的な笑顔を浮かべ、広場へと押し寄せていく。


だが、その喧騒の裏側を進む一行の空気は、張り詰めた氷のように冷たかった。


大賢者メリッサの編み上げた高度な不可視化魔法――《虚影のヴェール》。

 姿も気配も完全に遮断されたユーリは、隣を歩くキャシーの柔らかな手をしっかりと握りしめていた。


「それにしても不可視の魔法《虚影のヴェール》ってすごいな。ユーリの姿が全然見えないぜ!」


警備の甲冑を纏ったルシアンが、何もない空間を見回しながら感心したように呟く。

 姿を消したまま、ユーリは小声で隣へ言葉を返した。


「ごめんな、キャシー。ずっと手を握ってしまって。姿が見えないから、思った以上に人とぶつかりそうになるんだ」


「いいのよ、全然! っていうか、いつでもずっと繋いでいてもいいんだけどね」


キャシーが悪戯っぽく耳を揺らして微笑んだ瞬間、横を歩いていたエリアナが鋭い視線を投げかけた。


「ちょっと! やっぱり納得いきませんわ! 広場に入るまで私が手を繋いでもいいではありませんか!」


「はっはっは! 見えないのをいいことに変なところ触ったりしてな!」


ルシアンが豪快に笑い飛ばした刹那、女子全員の冷ややかなジト目が一斉に突き刺さった。


「「「そんなことするのは、あなた(あんた)だけよ」」」


「ユーリ様になら、わ、私は別に触られても……っ」


エリアナが顔を赤らめて呟くと、キャシーが即座に噛みついた。


「そんなんだから、あんたには任せられないのよ、この変態騎士!」


「な、なんてこと言いますの!」


「私もユーリ殿になら体を触られても全く問題ないが……」


「シエラ、あなたは会話に加わらなくていいわよ。話が余計にややこしくなるから」


メリッサがツッコミを入れ、シエラが真顔で引き下がる。

 ふとした瞬間にこぼれ落ちる温かな掛け合い。だが、決戦の舞台である中央広場――『誓約の創世壇《せいやくのそうせいだん》』が視界に入った瞬間、全員の表情から戯れの色が完全に消え失せた。


広場の中心にそびえ立つ巨大な特設ステージ。

 地下を流れる莫大な『大龍脈』を抑え込む『四柱の古結界《しちゅうのこけっかい》』、その最後の柱が眠る場所。


各自が息を殺し、それぞれの持ち場へと散っていく。

 ユーリは不可視のまま舞台袖の冷たい暗がりへ滑り込み、キャシーは客席最前列に陣取って鋭い五感を研ぎ澄ませた。

 ルシアン、エリアナ、シエラ、メリッサもそれぞれの持ち場へと向かい、やがて懐のマギストーンから微かな受信音が響いた。


『ルシアンだ、配置についたぜ。思ったより街人が多い……これじゃ大剣を振るスペースもねぇぜ』


広場東側から届くルシアンの低い呟きに、西側に陣取ったエリアナの凛とした声が重なる。


『こんなに人のいるところで剣を振ってどうするんですの! あなたは大量殺人鬼になるつもりですか。エリアナです、わたくしも配置につきました。壇上より少し距離がありますわね』


『大聖堂礼拝所周辺の警戒ラインを確保した。メリッサ様と共に結界柱の真上に陣取っている。異常があれば即座に迎撃する』


シエラの張り詰めた報告に続き、メリッサの落ち着いた声が届く。


『大聖堂礼拝所の結界柱の防護陣は、維持できているわ。いつでも動けるわよ』


ステージの下には、包帯を巻いた右手を隠し、震える指先でリリィの残した『きれいな水晶のような玉』を祈るように握りしめるアレンの姿があった。

耳を劈くお祭りの歓声と、死線を前にした通信の張り詰めた空気。

 狂おしいまでの対比の中、運命の針が進んでいく。




ゴーン――……。

 ゴーン――……。

大時計塔の重々しい鐘の音が、ヴィスタニアの秋空に響き渡った。

 その瞬間、広場を包んでいた賑やかな祝祭の音楽がピタリと停止し、数万の群衆の視線が一斉に中央ステージへと集中した。


ステージの床から、不気味な紫色の魔力煙が噴き上がる。

 煙を切り裂いて姿を現したのは、場違いなほど軽快な足取りで両手を広げた男――カルトであった。まるで狂乱の舞台を仕切る道化のように、大げさにステップを踏みながら大観衆を見下ろす。


「さあさあ皆さん! 待ちに待った建立祭、本日の特別公演の始まりだよ!」


異常なテンションで群衆を煽るカルトの前に、重い足取りでアレンが壇上へ上がった。


「何だ? アイツは」


「今日って何か催しってあったっけ?」


一部の街人からカルトに対してどよめきの声が上がる。


 カルトが口元を吊り上げ、アレンへと歩み寄る。


「さあ、最後の工程を経てバイオパーツを完成させてくださいよ、アレン先輩!」


アレンは血の滲むような瞳でカルトを睨み据え、懐からリリィの形見である透明な水晶玉を取り出した。


「こ、こいつを組み込んだらパーツは完成する……! その前にリリィだ! リリィを返してくれ!!」


震える手から差し出された水晶玉を、カルトは丁寧に受け取った。


「なるほどねぇ、どーりでパーツの連動性がうまくいかないと思ったよ。……これで、僕の筋書き通りに事が運びそうです」


カルトの唇の端が微かに歪む。

 その直後――。


ピキィィン……ッ!!


ステージの空間が引き裂かれ、禍々しい漆黒の角を生やした魔族幹部・アルマが音もなく出現した。

 アルマは冷淡な手つきで、カルトの手からバイオパーツと水晶玉を強引に奪い取る。


「これを組み込むだけでしょ。じゃああなたには、もう用はないわ」


「ま、待ってくれ! 約束が違うぞ!」


アレンが取りすがろうとするが、アルマはゴミを見るような冷徹な眼差しで一瞥をくれただけだった。


「約束? ああ……あの本当にガラクタになった娘が見たいのね。カルト、見せてやって」


「了解しました、アルマ様」


カルトが指を鳴らした瞬間、空間転移の術式が作動した。

 壇上に現れたのは――真鍮の金属ケースに接続された、幼い少女の姿。


小さな手足の皮膚には無数の黒い生体ケーブルが直接ハンダ付けされ、肉を抉るように深く食い込んでいる。

蒼白に痩せこけた頬、生気を失い白く濁った半開きの瞳。胸元の金属ケースから伸びる管が生体マナを貪欲に吸い上げ、ドクン、ドクンと気味の悪い脈動を繰り返していた。

機械の部品として使い潰されたかのような、あまりにも凄惨な姿。


「な……なんてことを……!」


ユーリの息が止まった。


「うおぉぉぉーーっ! お前らぁ……お前ら、リリィに……なんてことをぉぉぉっ!!」


アレンの口から、魂を引き裂くような慟哭が響き渡った。

 崩れ落ち、石畳を拳で叩いて号泣するアレン。


アルマは泣き崩れるアレンを「こいつの方が先に壊れたか」と冷ややかに見下ろすと、視線をふっと舞台袖の空間へ向けた。


「こっちのゴミも、ちゃんと処分しないとな」


アルマが細い指先をユーリの潜む空間へ向けた瞬間、黒赤色のマナが空間を侵食した。

 《魔律統制(マナ・ディクテイター)》――。


バチバチバチィッ! ジュウゥゥ……ッ!!


激しい火花が散り、ユーリの身体を包んでいた《虚影のヴェール》が激しく軋みを上げた。

不可視の薄膜が足先から頭頂へ向けて乱暴に剥ぎ取られ、白日の下に、指名手配犯ユーリの姿が晒されていく。

 逃げ場のない舞台袖で、数千、数万の大衆の視線が、一瞬にしてユーリの一点へと集中した。


アルマは広場を見渡し、残虐に口元を吊り上げた。


「はっはっは! 我が直接手を下すより、こちらの方がよほど面白いな」


アルマが立ち去ろうと背を向けると、カルトがその背中へ問いかけた。


「どちらに?」


「バイオパーツが完成したんだ。『四柱の古結界《しちゅうのこけっかい》』の最後の柱を、サッサと潰してくるわ」


アルマは漆黒の霞となって大聖堂礼拝所の方角へと姿を消した。

 その背中を見送りながら、カルトは誰にも聞こえぬ声で呟いた。


「……あなたも、せいぜいお気をつけを」


――カルトの手元で、密かにリターニアへの極秘通信回路が閉じられていた。



「おい……見ろよ、あいつ……!」


「あいつ、大聖堂の礼拝堂と『星霜の鎮魂碑《せいそうのちんこんひ》』をぶち壊した……大罪人のユーリだぞ!!」


姿を晒されたユーリを見つけた市民の一人が絶叫した。

 昨日まで「探偵さん」と愛想よく声をかけてくれていたパン屋の店主が、鬼のような形相で先頭に立って指を突きつける。


「爆弾魔だ! こいつさえ殺せば、俺たちが街を救った英雄になれる!」


「街をめちゃくちゃにしやがった悪魔め! この場で八つ裂きにして晒し首にしてやる!」


怒号と憎悪が津波のように押し寄せる。

 正義の執行者を気取った群衆が、血走った目でユーリ目掛けて殺到した。


逃げる間もなく、男たちの手がユーリの襟首を掴み、力任せに石畳へと引きずり倒した。

 ドガッ! と鈍い音が響き、冷たい石に顔面を踏みつけられる。口の中に砂と鉄の味が広がった。


「やめなさい、このバカども!!」


最前列から飛び込んできたキャシーが、鋭い爪を剥き出しにして男たちを威嚇した。


「ユーリは爆弾魔なんかじゃない! 街を救おうとしているのよ!」


「うるせえ、汚らわしい獣人のメスが! 爆弾魔の仲間を庇う気か!」


「獣人も同類だ! まとめて叩き潰せ!」


大衆の狂気は歯止めを失っていた。

 恐怖から目を背け、生贄をいたぶり殺す快感に酔いしれた男たちが、屋台の鉄パイプや鋭利な瓦礫を手に取り、キャシーの頭上へと一斉に振り下ろした。


「しまっ――」


キャシーが爪を構え直そうとした、その刹那。


ズタボロになりながら這いつくばっていたユーリが、最後の力を振り絞って身体を跳ね上げた。

 キャシーの華奢な身体を抱き寄せ、その胸の中へと強く、壊れ物を包むように抱きかかえた。


そして、己の無防備な背中を、大衆の暴力の前に晒した。


ドスッ! ベキリッ!!


生々しい肉と骨の破壊音が、広場に響き渡る。


「ガハッ……ッ!!」


ユーリの口から鮮血が吐き出され、抱きしめられたキャシーの胸元を赤く染め上げた。


「ユーリ!? ユーリ!!」


キャシーの絶叫。

 血塗れになって倒れ込むユーリの姿を見て、キャシーの瞳に激しい怒りの炎が宿った。

 キャシーは爪を研ぎ澄まし、ユーリの前に立ち塞がって咆哮した。


「お前ら……全員八つ裂きにしてやるっ!!」


獣人の本能を剥き出しにして民衆へ飛びかかろうとするキャシー。

 だが、血まみれのユーリの手が、下からキャシーの手首を必死に掴んで引き留めた。


「ダメだ……キャシーッ!!」


「ユーリ!? どうしてよっ! こんな奴ら……!」


「ダメだ……! あいつらには手を出さないし……君にも、出させない……!」


「どうしてよっ! どうしてここまで出来るのよっ!!」


キャシーの魂を千切るような慟哭が、狂乱の広場に木霊した。


大衆に囲まれ、身動きの取れないユーリの懐で、マギストーンから悲鳴のような怒号が響き渡った。


『うわっ!? な、なんでこんな人が密集するところにモンスターが湧いて出やがんだッ!?……『剛牙の双頭虎(ツインサーベル・ハウンド)』だと!? すげーのが出てきやがったな。おかげで街人はみんなパニックだぜ!』


広場東側でルシアンが剣を振るう切迫した声。続いて西側からエリアナの悲痛な叫びが重なる。


『考えている暇はありませんわ! こちらには『銀鱗の魔剣虎(ブレードサーベル・レオ)』が現れました! 皆さん、避難しなさい! 氷壁よ、道を切り拓きなさい!』


広場の東西に突如出現した二体の凶悪な魔獣。

 ルシアンとエリアナは逃げ惑う市民の防衛に追われ、ステージへ近づくことすら叶わない。

さらに、大聖堂礼拝所からメリッサの通信が入った。


『ごめんね、みんな。すぐにそっちに応援に向かいたいところだけど、ちょうどお客さんが来たみたいでそっちには行けそうにないわ』


『アルマ! やはり結界を壊しに来たなっ!』


シエラの鋭い抜刀の声。

 だが次の瞬間――凄まじい衝撃音と、シエラの悲鳴がスピーカーを突き破った。


ドガァァァンッ!!


『ガハッ……!? な、何という力……!』


『くっ……防壁が……一瞬で……!?』


大賢者の幾重もの結界が一撃で粉砕され、二人が壁に叩きつけられる生々しい音。

 そこへ、アルマの冷酷でサディスティックな嘲笑が割り込んできた。


『私、所属は違うけど一応あなたの上司なんだけどね。……ハーイ、聞こえるかしら、ユーリ? これからあなたの大事な人たちを皆殺しにして、この街を地獄にしてあげるわ』


『街中にどうやって魔獣を……!?』


『四つの結界の内、三つも壊したのよ? ちょっと頑張ればこれくらい造作もないわ。あの魔獣たちには、勇者級の二人の足止めをしてもらわなくっちゃね。……あなた達を、ゆっくりといたぶって殺すためにね!』


プツリ、と通信が途絶えた。

ルシアンとエリアナは魔獣に阻まれ、メリッサとシエラはアルマに蹂躙されて致命的な窮地に陥っている。

 そして広場では、暴徒と化した市民たちがユーリを取り囲み、冷たい石畳の上で踏みつけ続けている。


完全なる孤立。全方位からの絶望。

 だが――血の海に沈み、骨の砕ける激痛の中にあっても、ユーリの目の奥の光は消えていなかった。


ユーリは歯を食いしばり、天へ向けて魂を絞り出すように叫んだ。


「それでもっ……! それでも、誰ひとり諦めさせない……絶対に、この街も仲間もリリィちゃんも……全部救ってみせるッ!!」


第56話をお読みいただき、ありがとうございました!


「ダメだ……! あいつらには手を出さないし……君にも、出させない……!」

理不尽に殴りつけられ、骨が砕ける激痛の中で、自分を犠牲にしてまでキャシーを守り抜いたユーリ……!

どれほど身勝手な大衆であっても「一般人には絶対に刃を向けない」というユーリの信念と、キャシーの魂を千切るような慟哭に、胸が熱く締めつけられます……!



次回、すべての絶望を覆す「奇跡の逆転劇」が幕を開けます!

絶対に、絶対にお見逃しなく!


――――――――――――――――――――

【読者の皆様へのお願い】

「ユーリの男気に涙が出た……!」

「大衆の理不尽さに怒りが収まらない!」

「続きが気になりすぎて今すぐ読みたい!」

と思っていただけましたら、


ページ下部にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にして評価していただけると、執筆の凄まじい原動力になります……!


また、ブックマークへの追加や**いいね(♡)**もポチッと押していただけると、ランキング上位へ駆け上がる大きな後押しになります!

ユーリやキャシーへの応援、アレンさんの選択についてなど、熱いご感想・コメントをぜひお寄せください!


次回は明日18時40分頃更新します。

もし面白ければブクマ・★評価で応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。