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【第55話】決戦前夜の食卓と二つの覚悟

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


風詠の鐘楼での激闘を終え、拠点の『酔っ払い亭』へと帰還したユーリたち。

しかし、街の民衆の怒りは頂点に達し、ユーリへの死刑論まで巻き起こる最悪の状況に――。


ルシアンの苦労人な部下・メンフィスの来訪による賑やかな掛け合い。

そして、明日の決戦を前に語られる、カルトとアレンの衝撃的な「血縁の因縁」――。


交わらない二つの覚悟が、静かな深夜の地下室で激突します。


それでは、第55話をお楽しみください!

 夜の帳が王都を覆う中、『酔っ払い亭』の地下に隠されたシェルターのリビングには、張り詰めた緊張感が漂っていた。

 風詠の鐘楼での激闘を終え、戻ってきたユーリたちの前に、ルシアンが一人の騎士を連れて階段を降りてきた。衛兵隊の制服に身を包んだその騎士は、焦燥に眉を寄せて周囲を見回している。


「初めましての奴もいるだろうから、紹介するぜ。俺の直属の部下で、衛兵隊の副部隊長をやってるメンフィスだ。口と性格と顔は悪いが、根はいいヤツなんだ。信用できる」


「た、隊長……! 紹介のほとんどが私の悪口になっておりますが!」


 メンフィスと呼ばれた騎士は額に青筋を浮かべて抗議したが、すぐに居住まいを正し、ユーリに向かって深く頭を下げた。


「お久しぶりです、ユーリ殿。……単刀直入に申し上げます。現在の王都において、あなたの立場は極めて危険な状況にあります」


 メンフィスの引き締まった声音に、室内の空気が一段と重くなる。


「市民が熱心に祈りを捧げていた『星霜の鎮魂碑《せいそうのちんこんひ》』が破壊されたことで、民衆の怒りと恐怖は頂点に達しています。街頭ではあなたを極悪非道の爆弾魔と決めつけ、即座の極刑――死刑を訴える声すら上がっているのです」


「死刑、ですって……!?」


 キャシーが息を呑み、獣耳を不安そうに伏せる。メンフィスは痛ましそうに頷いた。


「上層部も民衆の怒りを抑えきれず、発見次第、実力行使による拘束を命じています。……私はユーリ殿の行動には必ず正当な理由があると信じています。ですが、これ以上事態がこじれる前に、一度自首して出頭していただけないでしょうか。法の下で正しく弁明を行わなければ、取り返しのつかない事態になります」


 誠実な眼差しで訴えかけてくるメンフィス。

 だが、ユーリは迷うことなく、静かに首を横に振った。


「気持ちはありがたい。でも、出頭するわけにはいかないんだ。……まだ、やらなきゃならないことがある」


「……わかりました。ユーリ殿に強い覚悟がおありなのは理解いたしました。ですが……次に現場で遭遇した時、私は職務としてあなたに手錠をかける立場になるかもしれません」


「そん時は、俺も一緒に責任を取るからよ!」


 ルシアンが豪快に胸を叩いて割り込む。その言葉に、メンフィスは途端にジト目を向け、深いため息をついた。


「隊長。あなたはもっと、今ご自身が置かれている現状を理解してください。上層部は本当に、あなたの勇者称号剥奪の準備に入っているのですよ?」


「どういうことだ、ルシアン?」


 ユーリが問いかけると、ルシアンは気まずそうに頭を掻いた。メンフィスが代わりに呆れ果てた声で告げる。


「どうもこうもありません! 『魔導広域共振波放射機破壊の関与』、さらには『魔導工房敷地の損壊』……普通なら大罪人レベルの損害案件です! 街の噂じゃ、隊長に『破壊王』の二つ名が付くんじゃないかって囁かれているんですよ!」


「まあ……全部誤解なんだけどな」


「誤解であれば、ちゃんと報告書を提出して上に説明してください! 『公共機関の手続きが面倒だから後回しにしちゃった』みたいなノリで放置するから、私がどれだけ代わりに書類を偽造……いえ、代筆していると思っているのですか! 最近じゃ私にまで公文書偽造の疑いの目が向けられているんですよ!」


「苦労かけるね、まったく」


 ポンとメンフィスの肩を叩くルシアン。メンフィスは心底疲れ切った表情で肩を落とした。


「そう思うなら、もっと真面目に事務仕事もやってください……。とにかくユーリ殿、くれぐれも警戒を怠らないでください。私は嫌ですからね、あなたに手錠をかけるなんて」


 メンフィスは最後に悲しげな眼差しを残し、任務へ戻るため地下室を去っていった。


 メンフィスが去った後、バイマンが温かい料理をテーブルへ運び、一同は決戦前夜の食卓を囲んだ。

 だが、その重苦しい空気を切り裂くように、大賢者メリッサが羊皮紙をテーブルの中央へ広げた。


「さて……食事の途中だけれど、カルトから新たな暗号声明が届いたわ」


 全員の視線が羊皮紙へと集中する。そこに記されていたのは、またしても不気味な暗号クイズであった。


『四百の歓声が天を満たす刻、始まりと誓いの壇上にて待つ。

 ただし、客人はアレン、ただ一人だ。』


「……明日の正午、建立祭のメインステージがある『誓約の創世壇《せいやくのそうせいだん》』だ」


 ユーリが即座に解読して告げると、メリッサが重々しく頷いた。


「ええ。四柱の古結界、その最後の柱が眠る場所よ。奴らの狙いは、アレンの手で最後のバイオパーツを壇上で接続させ、結界を完全に破綻させて大龍脈を暴走させることね」


「でもさ」


 キャシーがフォークを止め、心配そうに首を傾げた。


「アレンさん一人で来いって言っているのに、あたしたちがぞろぞろ行ったら怪しまれないかな? リリィちゃんを盾に取られているのに、約束を破ったら危険じゃない?」


「それなら心配ないぜ!」


 ルシアンがパンを口に放り込みながら胸を張った。


「俺とエリアナは建立祭の公式警備担当だ。周囲に立っていても誰も怪しまねえ。それに『一人で来い』ってのは、あのメインステージの壇上へ上がるのが一人きりであればいいってことだろ」


「そんな理屈、あの狂った敵さんに通じるのかな……」


 キャシーが眉をひそめると、メリッサが大人の落ち着いた声音で話をまとめた。


「アレンさんには危険だけれど、少し離れた位置から私たちが見守るのが一番確実な防衛線ね。配置を決めるわよ」


 メリッサの鋭い眼光が全員を射抜く。


「ルシアンとエリアナは、予定通りステージ周辺の警備部隊として配置につきなさい。シエラも警備の補佐に回るのよ。そしてユーリ――あなたには私が【姿隠し】の不可視魔法をかけるわ。姿を消し、舞台袖で待機なさい」


「キャシーには、その【姿隠し】はかけないの?」


 ユーリが尋ねると、メリッサは首を横に振った。


「キャシーはお尋ね者ではないし、二人揃って姿を消すのは危険よ。明日の広場は何万人もの群衆でごった返すわ。見えない人間が二人も歩き回れば、通行人にぶつかったりして騒ぎになるリスクが高すぎる。キャシーは舞台下の客席最前列で、通常の姿で警戒しなさい」


「了解よ! あたしの爪と五感で、怪しい奴らを絶対に近寄らせないわ!」


 キャシーが力強く頷く。ユーリがさらに問いかけた。


「メリッサはどうするんだ?」


「私は、壇上の裏手にある大聖堂の礼拝所へ詰めるわ。文献によれば、誓約の創世壇《せいやくのそうせいだん》を守る結界柱の根幹はあの礼拝所の地下にあるの。アルマたちが裏から強引に破壊を仕掛けてくるかもしれないから、私が直接防壁を維持するわ」


 明日正午の建立祭へ向け、仲間たちの役割が完全に定まった。




 夜が更け、明日への鋭気を養うために仲間たちが仮眠室へと引き上げていった。

 静まり返った地下リビングには、消えかけた暖炉の微かな爆ぜる音だけが響いている。


 ユーリが一人、テーブルに残された地図を見つめていると、背後から衣擦れの音がした。

 振り返ると、大賢者ローブを脱ぎ、ゆったりとした部屋着姿のメリッサが静かに歩み寄ってくるところだった。

 彼女はユーリの隣の椅子に腰掛けると、普段の大人の風格を少しだけ緩め、憂いを帯びた瞳でユーリの横顔を見つめた。


「……本当に、大事になっちゃったわね」


 メリッサの口から、微かなため息がこぼれる。


「街の結界は崩壊寸前。大龍脈の暴走が起きれば大陸全土が魔獣で蹂躙される。その上、あなたは王都中の人間から大罪人として追われているのよ」


「……そうだね」


 ユーリが短く返すと、メリッサは真剣な眼差しで身を乗り出してきた。その声音には、普段の冷静さとは異なる、切実な熱が籠もっていた。


「ねえ、ユーリ。……今ならまだ、間に合うわ」


「え……?」


「私の転移術式を使いなさい。王都の包囲網を飛び越えて、遠く安全な他国へあなたを逃がしてあげるわ」


 メリッサはユーリの手元をじっと見つめ、強く言葉を重ねた。


「いいじゃない、別にあなたがこんな危険な目に遭うことなんてないのよ。あなたが、命を削ってまで背負う義理なんてどこにもないわ。街のことなんて、残された騎士や誰かが何とかすればいいのよ」


「メリッサ……」


「……なんだったら、私も一緒に行くわ。この街の大賢者なんて肩書きなんて、べつに捨てたって構わない。だから――逃げましょう、ユーリ」


 大賢者としての責任すら投げ打ってまで、ユーリの命を守ろうとするメリッサの悲痛な本音。

 だが、ユーリの瞳に宿る光は、微塵も揺らぐことはなかった。


 ユーリは静かに、しかし力強く首を横に振った。


「……逃げないよ、メリッサ」


「どうしてよ……! 死ぬかもしれないのよ!?」


「昔……目の前の理不尽から目を背けて、手を伸ばせなかったことがあったんだ。あの時の悔恨と痛みを、もう二度と味わいたくない」


 ユーリは右手を握りしめ、前を見据えた。


「この街の人たちも、リリィちゃんも、アレンさんも……誰一人として見過ごさない。不純物は全部この手で引き剥がして、救ってみせるよ」


 一切の迷いがない、揺るぎない覚悟。

 メリッサは目を見張り、やがてふっと張り詰めていた肩の力を抜いて、柔らかく微笑んだ。


「……はぁ。本当に、頑固なんだから。……そう言うと思ったわよ」


 メリッサは幼い少女のように優しく目を細めると、ユーリの肩へそっと手を置いた。


「わかったわ。最後まで付き合ってあげる。……絶対に、死なせないからね」





 深夜二時。

 二階の客室へ様子を見に向かったユーリは、部屋の扉がわずかに開いていることに気づいた。

 物音を立てずに中を覗き込むと、ベッドの上でアレンが起き上がっていた。


 包帯が巻かれた右腕を動かし、暗闇の中で黙々と『何か』を手入れしている。

 金属が擦れ合う冷たい音。


【眼】を凝らしたユーリは、息を呑んだ。

 アレンが握りしめているのは、昨夜の火災現場で手に入れたあの黒鉄の銃――表面に禍々しい紫色の不純物がこびりついた危険極まりない代物だった。


「……アレンさん」


 ユーリが声をかけると、アレンの肩がピクリと跳ねた。

 アレンは銃を隠そうともせず、暗闇の中でゆっくりと振り返った。その瞳は充血し、昼間の穏やかな職人の面影は消え失せ、冷酷などす黒い復讐の炎が灯っていた。


「……ユーリくんか」


「アレンさん……その銃を使うのはやめてくれ。その銃からは、異様なマナの気配がするんだ。ただの武器じゃない……!」


 ユーリは部屋の中へ踏み込み、必死に訴えかけた。


「アレンさんの手は、人を殺すための手じゃないはずだ! 壊れた道具を直して、みんなを……リリィちゃんを笑顔にするための、世界一の職人の手だって、リリィちゃんも言っていたじゃないか!」


 その言葉を聞いた瞬間、アレンの表情が激しく歪んだ。

 タコだらけの手がガチガチと音を立てて震え出し、低く濁った声が喉から絞り出される。


「……ユーリくん。あいつは……カルトはな」


 アレンは血の滲むような瞳でユーリを射抜いた。


「……死んだ妻、エマの実の弟なんだよ」


「え……!?」


 予想だにしなかった事実に、ユーリは言葉を失った。カルトは弟子であるだけでなく、リリィの叔父に当たる血縁者だったのだ。


「最初に工房で出会った時、あいつは誰よりも純粋で……俺なんかよりずっと、人の痛みがわかる優しい奴だったんだ……!」


 アレンの喉から、魂を引き裂くような慟哭が漏れる。


「なのに……なぜだ! なぜあんな外道に成り果てて、姉の忘れ形見であるリリィを道具のように扱い、苦しめるんだッ!! 妻との約束も破り、リリィを救う切り札まで自らの手で叩き割らされた俺の気持ちが、お前にわかるかッ!!」


 アレンは立ち上がり、ユーリの胸ぐらを掴んで壁へと叩きつけた。

 包帯の巻かれた手が激しい力で軋む。


「リリィは俺のすべてだ……! あの子のいない世界で、職人の誇りなんぞ守って何になる! ああ、復讐だよ! あいつだけは、この手で確実に撃ち殺す! 神に見放されようと、地獄へ堕ちようと、俺は何だってやってやる!!」


 狂気と憎悪に染まりきったアレンの叫び。

 そこには、理屈や倫理を一切拒絶する、完全なる復讐鬼の執念しかなかった。


「邪魔をするなら……たとえ君であっても、容赦はしない」


 アレンは冷たく言い放つと、ユーリの胸ぐらを突き放し、黒鉄の銃を外套の奥へ深くしまい込んで、部屋の闇の中へと背を向けた。

 去りゆく頑なな背中を見つめながら、ユーリは痛む胸元を押さえ、静かに、しかし決して折れない声で呟いた。


「……それでも。それでも、あなたを止めてみせる」


 交わることのない二つの覚悟。

 夜が静かに明けていく。

 魔導商都グランデール建国四百年の『建立祭』――運命の正午へ向けて、破滅へのカウントダウンが始まっていた。




第55話をお読みいただき、ありがとうございました!


メンフィス副部隊長、本当に苦労人すぎますね……!(笑)

書類仕事をサボって「破壊王」の二つ名が付きかけているルシアンとのお説教コントには思わず笑ってしまいました!


しかし……深夜の工房で明かされた、あまりにも残酷な真実。

カルトはアレンさんの元弟子であるだけでなく、亡き妻エマさんの実の弟……リリィちゃんの叔父だったなんて……!

誰よりも優しかった義弟が外道に成り果てた絶望、そして娘を奪われた父親の慟哭に胸が締めつけられます。


「……それでも。それでも、あなたを止めてみせる」

アレンさんの復讐の闇に対し、決してその手を汚させないと誓うユーリの覚悟が熱すぎます……!


そして、夜が明ければ――五年に一度の建国四百周年『建立祭』、運命の正午。

すべての役者と悪意が集う『誓約の創世壇』で、ついに最終決戦の火蓋が切って落とされます!


次回、怒濤のクライマックスへ突入します!


――――――――――――――――――――

【読者の皆様へのお願い】

「メンフィスとルシアンの掛け合いに笑った!」

「カルトの正体に衝撃を受けた!」

「ユーリの覚悟が格好良すぎて続きが早く読みたい!」

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いよいよ始まる建立祭決戦へ向けて、皆様の熱い応援コメントやご感想も、いつでもお待ちしております!


次回は本日19時10分頃更新します。

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