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【第53話】風詠の鐘楼と死神の鎌

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


建立祭の前日、早朝。

ユーリとシエラは、すでに破壊されたとされる南部の『風詠の鐘楼』へと向かいます。


しかし、道中で現れたのは謎多き掃除屋・ハリス店長。

そして地下深くでは、狂気の元弟子・カルトの「隠された真意」が静かに動き出していました――。


鐘楼で待ち受ける魔族最高幹部・アルマとの死闘!

絶体絶命の窮地に現れたのは……!?


それでは、怒濤の第53話をお楽しみください!


 夜明け前の薄明かりが、魔導商都グランデールの石畳を青白く照らし出していた。

 五年に一度の『建立祭』を明日に控え、街は祝祭の準備と、立て続けに起きる爆破事件への警戒が入り混じった不穏な静けさに包まれている。


 下町の『酔っ払い亭』を後にしたユーリとシエラは、王都南部に位置する『風詠の鐘楼(ふうえいのしょうろう)』を目指して裏路地を縫うように進んでいた。

 二階の客室では、キャシーがアレンの右腕の治療に全霊を注いでいる。明日の決戦までにアレンを復帰させ、そして何としてもリリィを取り戻さねばならない。


「ユーリ殿、正面の幹線道路は警護隊の巡回が厳重だ。手配中の身である以上、東側の旧水路沿いから回り込むのが妥当と思われるが」


「……そうだね。東ルートなら人目も少ないはずだ。そっちから――」


「おや、それは感心しませんね」


 路地の角から、唐突にかけられた低く柔らかな声。

 ユーリとシエラは瞬時に足を止め、身構えた。


 朝霧の立ち込める路地の脇で、竹箒を手にして静かに掃き掃除をしていたのは、トータス清掃会社の店長――ハリスであった。

 くたびれた作業着に身を包み、人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。

 だが、その底知れぬ眼差しは、冷徹さを完全に隠し切れてはいなかった。


「ハリス店長……」


「こんな朝早くにお散歩ですか。……東ルートへ向かうのはおやめなさい。あちらには、よからぬ輩が感知トラップをびっしりと敷き詰めています。足を踏み入れた瞬間に包囲されますよ」


 ハリスは箒を立てかけ、平然とした顔で告げた。


「鐘楼へ向かうなら、西の地下排気弁ルートを行くことです」


 その言葉に、ユーリは警戒を解くことなく、静かに眉をひそめた。


「……親切な忠告はどうも。でも、頼んだ覚えはないよ。あんたがどんな目的で動いているのか、本当のところは分からないんだから」


 これまで何度か情報をもたらされたことはある。

 しかし、安易にその手引きに乗るわけにはいかなかった。


「お断りするよ。自分たちの判断で迂回路を探す」


 ユーリが毅然と拒絶すると、ハリスは困ったように肩をすくめ、薄く苦笑した。


「手厳しいですね。まあ、警戒されるのは当然です。ですが、西ルートの難点……高圧魔導蒸気の噴出と、三重にかけられた鋼鉄隔壁のロックについては、すでに処理を済ませてあります。今の時間なら、障害もなく通り抜けられるはずですよ」


「な……通行不能なはずの区画を、すでに手引きしたというのか」


 シエラが驚きに目を細める。ハリスは作業用の手袋をパンと叩き、背を向けた。


「急ぎなさい。あの子は思っている以上に危険な状況にあるようです」


 それだけを言い残し、ハリスは路地の闇へと溶けるように去っていった。

 ユーリは残された静寂の中で一度だけ息を吐き、シエラへ視線を向けた。


「……罠の危険を冒して東へ突っ込むよりは、西の様子を確かめる方が合理的か。シエラ、行こう」


「承知した!」


 半信半疑のまま西の排気弁ルートへ向かうと、ハリスの言葉通り、轟音を立てて噴き出していたはずの高圧蒸気は完全に遮断され、分厚い隔壁の鍵は全て鮮やかに解除されていた。




 同じ頃――王都の地下深く、冷たい湿気と異様な沈黙が支配する地下ダムの最深部。

 重厚な結界に守られた石造りの広間に、二つの人影があった。


「ねえ、カルト。まだあの小娘を生かしておく意味があるのかしら?」


 退屈そうに爪を眺めながら冷酷な声を放ったのは、魔族幹部・アルマであった。

 その妖艶な双眸には、命をただの汚物としてしか見做さない残虐な光が宿っている。


「邪魔なだけの小娘よ。今すぐにでも喉笛を切り裂いて、バイオパーツの培養槽へ放り込んで肉塊にしてしまえばいい。その方が手っ取り早く、あの職人への絶望も深まるというものじゃ」


 アルマは嘲笑いながら、部屋の奥にある重厚な鉄扉へと視線を向けた。

 ことあるごとにリリィの殺害を唆し、アレンを絶望の極限へと突き落とそうとする邪悪な愉悦。


 その言葉を聞いた瞬間、フードを目深にかぶったカルトの背中が、微かに、だが激しく強張った。

 しかし、カルトは即座に狂気に満ちた笑みの仮面を顔に貼り付け、甲高い声で振り返った。


「あはは! アルマ様、それは困りますよ。あの子はただ殺すだけじゃ意味がないんです。アレン先輩の職人としての魂を極限まで揺さぶり、自らの手で最後の並列回路を接続させなければ、四柱の古結界(しちゅうのこけっかい)を完全に破砕する魔力は生まれません。生贄の使い時は、僕に任せてくださいよ」


「……ふん。小癪な理屈を。まあよい、明日の正午には、どのみちその小娘も街も消し炭よ」


 アルマは吐き捨てるように踵を返すと、身を翻して闇の奥へと去っていった。

 アルマの気配が完全に消え去ったのを確認したカルトは、肩から深く息を吐き出し、隠し扉のロックを静かに解除した。


 扉の奥――薄暗い小部屋の中。

 粗末だが清潔なベッドの上に、小さな少女が横たわっていた。

 リリィである。


 外傷は一つもなく、暖かな毛布を掛けられて静かな寝息を立てている。その小さな枕元には、路地裏で落としたはずの、あの『きれいに透き通った水晶のような玉』がそっと置かれていた。

 カルトは狂気の表情を消し去り、痛ましいほど悲痛な瞳で、眠る幼子の顔を見つめた。


「……もう少しの辛抱だからね、リリィちゃん」


 カルトは震える指先で、毛布の端を優しく整えた。


「エマ姉さんとの約束なんだ。アレン先輩も、君も……命に代えても守ってみせる。爆弾の生体キーは、この心臓ごと消滅させてやる……!」


 自らが悪役となり、師の手で撃ち殺されることで全てを終わらせる――悲壮な覚悟を胸に刻み込み、カルトは再び狂気のフードを深く被り直して部屋を後にした。




 西のルートを駆け抜けたユーリとシエラは、王都南部にそびえ立つ『風詠の鐘楼(ふうえいのしょうろう)』の敷地内へと足を踏み入れていた。

 一ヶ月前の事故という名目で立ち入り禁止の木枠が組まれているが、周囲を取り囲む石造りの回廊は異様な冷気に包まれている。

 鐘楼の正面広場へと抜けた、その瞬間。


「――待ちくたびれたわよ、がらくた共」


 冷たく澄んだ、だが背筋を凍らせるような殺気を孕んだ声が響いた。

 広場の中央、巨大な青銅の鐘を見上げる位置に、漆黒の角を生やした魔族の美女――アルマが優雅に佇んでいた。

 その手には、禍々しい紫色のマナを刀身に纏わせた、巨大な死神の鎌――『断絶の魔鎌ネクロス』が握られている。


「アルマ……ッ!」


「貴様、ここで何を企んでいる!」


 シエラが間髪入れずに魔導剣を引き抜き、切っ先を突きつける。

 だが、アルマは一瞥もくれず、冷酷に嗤った。


「企み? 決まっているでしょう。ここを訪れるお前たちを、確実に八つ裂きにするためよ」


 アルマが一歩踏み出した瞬間、大気が軋み、地面の石畳が一斉にひび割れた。


「シエラ、油断するな! こいつの力は桁違いだ!」


「ユーリ殿は下がっておられよ! 居合――《閃影・極(せんえい・きょく)》ッ!!」


 シエラが大地を蹴り、神速の踏み込みから銀光の一閃を放った。目にも留まらぬ速度でアルマの首筋を両断せんと迫る刃。

 しかし――。


 キィィィンッ!!


 アルマの周囲に展開された不可視のマナ障壁が、シエラの必殺の一撃を紙一重で弾き返した。激しい火花が散り、衝撃の余波でシエラが石畳を滑るように後退する。


「な……全力の一撃を、障壁一つで……!?」


「言ったはずよ、羽虫が群がるなとね!」


 アルマが死神の鎌を大上段から薙ぎ払った。

 鎌の刃から放たれたのは、空間そのものを切り刻むような紫色のマナの三日月刃。直撃すれば、身体ごと消滅する壊滅的な一撃。

 シエラが咄嗟に剣を交差させて防御姿勢をとるが、その防壁ごと吹き飛ばされそうになった――その刹那。


 ピキィィィン――……ッ!!


 ユーリの背後の空間が鋭く裂け、漆黒の帳――『虚無の遮断領域』が音もなく割り込んできた。

 アルマの放ったマナの斬撃がその帳に触れた瞬間、何事もなかったかのように虚無の中へと吸い込まれ、完全消滅した。


「……あら? とうとう本当に敵として邪魔してきたのね、リターニア」


 漆黒の角を夜風に揺らし、アルマが吐き捨てるように目を細めた。

 空間を切り裂いて現れたリターニアは、薄暗い朝靄の中で妖艶な笑みを浮かべ、優雅に髪をかき上げる。


「あなたをぶん殴る機会が訪れたってことじゃない?」

第53話をお読みいただき、ありがとうございました!


「アレン先輩も、君も……命に代えても守ってみせる」

狂気に染まったと思われていたカルトの、あまりにも切なく悲壮な覚悟……! リリィちゃんが無事で本当に安心しましたが、カルトの背負う重荷に胸が締めつけられます。


そして、風詠の鐘楼で立ちはだかるアルマの圧倒的な強さ!

シエラの神速の居合すら防がれ、死神の大鎌が振り下ろされたまさにその瞬間――!


影を裂いて現れた、魔族幹部・リターニア!!

「あなたをぶん殴る機会が訪れたってことじゃない?」

同胞の掟を破ってまでユーリを助けに来てくれたリタ姐さん、最高に頼もしくて格好良すぎますね……!


魔族最高幹部同士の激突、そしてアルマの持つ凶悪な大鎌に対し、ユーリたちはどう立ち向かうのか!?

次回、鐘楼の音波とユーリの知略が炸裂します!


――――――――――――――――――――

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「カルトの真意に泣けた!」

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