【第51話】星霜の鎮魂碑と背負いし汚名
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
カルトの予告を受け、急行した先は王都東部の『白亜の鎮魂広場』。
悪魔の二択を突きつけられたユーリ。
過去の悔恨を胸に、魔力なき少年が下した迷いなき決断とは――。
それでは、激動の第51話をお楽しみください!
全速力で駆け抜けた先――王都ヴィスタニア東部に広がる『白亜の鎮魂広場』。
周囲を高い白大理石の回廊で囲まれた広大な敷地を前に、ユーリたちは一度脚を止めた。
広大な広場のどこにカルトが潜み、どこに爆弾が隠されているのかは、この時点ではまだ掴めていない。手分けをして探る必要があった。
「何かあったらすぐに知らせてね!」
キャシーが心配そうに振り返って声をかけると、ルシアンやエリアナ、シエラも真剣な面持ちで頷き、それぞれ周囲の警戒と探索のために四方へと散っていった。
一人、広場の中央へと足を進める。
広場には、夜間にもかかわらず明日の建立祭の無事を祈る大勢の市民たちが集い、静かに祈りを捧げていた。
そして、その中央にそびえ立つのは、大昔の魔獣災害で命を落とした数千人の先祖たちを祀る、純白の巨大な古代石塔――『星霜の鎮魂碑』。
市民たちが毎日朝夕に通い、深く信仰を寄せる絶対の聖域であった。
その石塔の前に、黒いフードを目深にかぶった男――カルトが、ゆらりと立っていた。
「……来たね、ユーリくん」
カルトはまっすぐにユーリを見据え、口元を歪めて囁いた。
「探している爆弾の正確なありか……教えてあげるよ」
舞台俳優のような大げさな仕草で、背後の石塔を指さす。
「……爆弾はね、みんなが命より大切に祈りを捧げている、あの『星霜の鎮魂碑』の真ん中さ」
冷酷な宣告。
「爆弾はこの石塔の心臓部! 壊せば爆発は止められる。だが、ここにお参りしている連中にとって、この石塔は先祖代々の魂そのものだ。……壊せば君は、この街全員から死ぬまで恨まれる大罪人になるぜぇ!」
カルトの嘲笑が夜気に響く。何事かと集まってくる市民たちの間で、ざわめきが急速に広がっていた。
(……『星霜の鎮魂碑』の中に、爆弾が……!)
【眼】を開放する。
視界から実体的な色彩が削ぎ落とされ、大気を巡る『マナ』の流線が浮かび上がった。
純白の石塔の台座の奥深く、確かに目に見えない紫色の不純物が凝縮され、不気味な脈動を打っている。カルトの言葉に嘘はなかった。
もし、これを破壊すれば――。
この街で生きていく道は完全に閉ざされるかもしれない。
先祖の魂を祀る聖域を粉砕した大罪人として、王都中の人々から糾弾され、追われる身となるだろう。
だが――。
(どんなに汚名を背負おうと……目の前の人の命には代えられない!)
かつて転移する前の世界、目の前の不条理から目を背け、手を伸ばせなかった悔恨。あの痛みを、二度と繰り返すつもりはなかった。
ユーリは足元に転がっていた鉄パイプを拾い上げると、迷うことなく石塔の台座へ向けて疾走した。
「お、おい! 何だアイツ!」
「何をするつもりだ! やめろッ!」
市民たちの制止の悲鳴が上がる。だが、迷いは一瞬すら存在しなかった。
右手の【眼】を限界まで集中させ、純白の大理石を透過する。
石塔の最深部で脈動する紫色の不純物――爆弾全体へ死の命令を送り続ける禍々しいマナの核へ、狙いを定めた。
「――人の命には、代えられないッ!!」
鉄パイプで外装の石材を叩き割り、剥き出しになった隙間へ、一切の武器を持たない素手を迷わず叩き込んだ。
不気味な熱気を放つ爆弾の核。その根元へ肉薄し、空間そのものに固着した紫の不純物を、むき出しの指先で強く、深々と掴み取る。
そして――全身の力を込め、力任せに引き剥がした!
「剥がれろぉぉぉーーーーッ!」
ビリリィーー……ッ!!
強烈に貼り付いたテープを強引に引き裂いたかのような、空間を揺るがす重厚な破裂音が広場全体に激しく響き渡った。
爆弾を束ねていた紫色の不純物が、実体のある薄膜のようにユーリの手によってベリベリと剥がれ落ち、大気の中へと一瞬にして霧散していく。
直後、重厚な純白の大理石が激しい音を立てて内側から崩壊。内部に仕掛けられていた並列爆弾の機構は、マナの供給を断たれ、一切の爆縮を起こすことなく一瞬で自壊・沈黙した。
石塔が大きな土煙を上げて崩れ落ちる。
その瞬間であった。カルトが狂ったように両手を広げ、大声を張り上げた。
「あーーっ!! あいつ、俺たちが毎日祈りを捧げている一番大切な鎮魂碑を、ぶっ壊しやがったぞーーっ!!」
「……なっ!?」
「おい……今、何が起きたんだ……!?」
静寂が広場を支配したのは、ほんの一瞬だった。
崩れ去った『星霜の鎮魂碑』の瓦礫。先祖代々の魂が宿ると信じられていた聖なる石塔が無残に砕け散っている光景を目にし、市民たちの顔から血の気が引いた。
そして次の瞬間、凄まじい怒りと狂気がその表情を塗りつぶした。
「なんてことを……なんてことをしやがったんだぁぁぁッ!!」
「俺たちの先祖の魂を……毎日お参りしていた鎮魂碑をぶち壊したぞ!」
「大罪人だ! あの悪魔を叩き殺せッ!」
大衆の怒りが、一気に爆発した。
つい先ほどまで穏やかに祈りを捧げていた善良な人々。
だが今や、その顔は鬼のように歪み、手近な石ころや木切れを握りしめてユーリへと殺到し始めていた。
「殺せ! 先祖様の仇だ!」
「生きてここから出すなッ!」
「みなさん、落ち着いてください! 爆弾が仕掛けられていたのです!」
駆け戻ってきたエリアナが叫びながら前に出ようとする。ルシアンも大剣を構えかける。
しかし、ユーリの鋭い声が二人を制した。
「エリアナ、ルシアン! 武器も魔法も使うな! 住民相手に手を出しちゃダメだ!」
「なっ……ユーリ!?」
「相手はただの市民だ!」
覚悟を持たない一般人に決して刃を向けない――それがユーリの譲れない絶対のルールだった。
エリアナは歯噛みしながら剣を鞘に納め、ルシアンも大剣を背に回すと、押し寄せる群衆の前に己の身体一つで立ち塞がった。
「落ち着きなさい! 話を聞くのです!」
「押すな! 近づくんじゃない!」
甲冑を着たエリアナと、巨漢のルシアンが必死に腕を広げて人間の壁を作る。
だが、狂乱した群衆は、二人を押し潰さんばかりの勢いで肉迫してくる。唾を吐きかけ、石を投げつけ、暴言の限りを浴びせてくる大衆。
「どけ! 騎士団もあの悪魔の仲間か!」
「先祖様の祟りがあれ! 呪われろ!」
投げつけられた石がエリアナの頬をかすめ、朱色の線が走る。ルシアンの肩にも容赦なく木切れが叩きつけられる。
武器も魔法も使えない二人は、民衆の暴力の前に防戦一方へと追い込まれていった。
「ユーリ、だめだ! この人数は抑えきれん!」
「逃がすなッ! 捕まえろォォッ!」
制圧線を突破した数人の男たちが、憤怒の形相でユーリへと飛びかかってきた。
その瞬間――。
「『忍法・紫煙幕の術』っ!!」
ユーリの前に滑り込んだキャシーが、足元へ小さな小瓶を叩きつけた。
ボンッ!!
濃密な紫色の煙が一瞬で爆ぜ、視界を完全に奪い去る。
男たちが激しく咳き込む隙を突き、キャシーはユーリの腰を抱え上げた。
「ユーリ、行くわよっ!」
「キャシー、ありがとう!」
キャシーは軽やかな脚力で石畳を強く蹴り上げると、そのまま大理石の回廊の屋根の上へと一気に跳躍した。
「逃げたぞ! 屋根の上だ!」
「追いかけろ! 逃がすなッ!」
地上では、民衆が怒号を上げて屋根の下を追いかけてくる。
キャシーは屋根から屋根へと身軽に跳び移りながら、チラリと地上を見下ろし、その目を釣り上げて激しく怒りを爆発させた。
「ちょっとユーリ! なんなのよあいつら! あんたがあんな恐ろしい爆弾を命がけで止めてあげたのよ!? なのに言いたい放題言っちゃってさぁ!」
飛び移る反動で跳ねる髪。キャシーはカンカンに怒り狂っていた。
「あたしが本気出せば、あの失礼な奴ら全員、爪先から千切りにしてやったのに!」
「あはは……まあまあ、キャシー。みんな興奮してるだけだから」
抱えられながら苦笑いするユーリに対し、キャシーはますます頬を膨らませた。
「笑い事じゃないわよ! なんであんたは怒らないのよ! あたしなんて悔しくて悔しくて、今すぐあの人たちの靴の中に石突っ込んでやりたいくらいなのに!」
「それはちょっと地味に嫌な嫌がらせだな……」
「とにかく、あたしは納得いかないんだからね! あんたがこんなに頑張ってるのにさぁ!」
キャシーの怒りは、ユーリへの理不尽な扱いに耐えかねた、愛情の裏返しであった。
ユーリ自身は、民衆に対して怒りを感じてはいなかった。彼らは真実を知らず、ただ大切な信仰を破壊されたと思い込んでパニックになっているだけだ。彼らが戦う覚悟のない一般人である以上、恨む気にはなれなかった。
しかし、キャシーが自分のためにこれほど怒ってくれていることが、胸の奥をほんのりと温めてくれるのを感じていた。
「……ここまで来れば、追っ手は撒けたわね」
夜の王都の屋根を渡り継ぎ、下町の入り組んだ路地裏へと降り立ったキャシーとユーリ。
街中には、不気味で重々しい警鐘の音がカンカンと鳴り響いていた。
「『聖域たる星霜の鎮魂碑を破壊した凶悪犯ユーリを拘束せよ』……ですって。完全に大罪人扱いね」
物陰から街頭のお触れ書きを覗き込んだキャシーが、呆れたように肩をすくめる。
これで名実ともに、王都全土から追われる指名手配犯となったわけだ。
ユーリは息を整えると、生活拠点であり、普段寝泊まりしている『酔っ払い亭』の二階の探偵事務所に通じる階段へ、いつものように足を踏み入れようとした。
だが、すかさずキャシーがその服の袖を強く引っ張った。
「そっちから入っちゃダメよ。表の通りや二階の部屋は、衛兵にマークされたら一発で見つかっちゃうわ」
「え……?」
「こっちよ」
キャシーは酒場の勝手口のさらに奥、建物の裏手に積まれた空き樽や空き瓶が雑然と並ぶ一角へと案内していった。
彼女は手際よく木箱や瓶を取り除いていく。
すると、古い石壁と一体化するように偽装されていた、頑丈な金属の扉が現れた。
「ここなら誰にも見られる心配はないわ。パパが万一の時のために手入れしてくれてる隠しシェルターよ」
キャシーが鍵を開け、地下倉庫へと続く暗い階段を示した。
薄暗い石の階段を下り、地下倉庫の重厚な防音扉を開けて奥へと進む。その先にあるもう一つの扉を抜けると、暖炉の備え付けられた広いリビングのような空間が広がっていた。
扉を開けた瞬間、暖炉の温かな灯りと、香ばしいスープの匂いがふわりと包み込んでくる。
部屋の奥には、すでにバイマンやメリッサたちが集まっていた。
「おかえり、キャシー、ユーリ。大変だったな」
真っ先に出迎えてくれたのは、店の店主であり、キャシーの父親でもあるバイマンだった。
元勇者パーティのがっしりとした体躯を持つ髭面の男。彼は街中に鳴り響く警鐘の音を聞いていたはずだが、その顔には咎めるような色は一切なかった。
バイマンは大きな手をユーリの肩にぽんと置き、温かな苦笑いを浮かべた。
「街の奴らは大騒ぎしているが……まあ、気にすることはないさ。あいつらは声が大きいだけで、本当の物事が見えていねえんだ。……俺たちは、お前がそんな下らん破壊をするような奴じゃないってことを、痛いほど分かってるからな」
「……バイマン……」
「腹減ったろう。温かいものでも食べて、ゆっくり休むといい。ここは安全だ。俺の店の下を、そう簡単に奴らに荒らさせはせんよ」
バイマンの不器用だが心底温かな言葉に、ユーリの胸の奥の重荷がすっと軽くなっていくのが分かった。
「……ありがとう」
「おうよ! 街の奴らがどれだけ騒ごうが、俺たちは何から何まで分かってるぜ。ユーリが命をかけて街を守ったってな! 追っ手だろうがなんだろうが、俺が全員叩き伏せてやるさ!」
ルシアンが大剣の柄を拳で叩き、頼もしく胸を張った。
「そうね。大衆の無知と狂乱なんて、長い歴史を見ればいつだって身勝手で愚かしいものよ。ユーリは一番正しく、尊い選択をしたわ。何ひとつ恥じることはないのよ」
ソファーに腰かけたメリッサが、静かに微笑む。
「ユーリ殿の決断に一寸の誤りもない。たとえ王都中のすべてが敵となろうとも、ユーリ殿の不沈の盾としてどこまでも共に行く覚悟だ」
シエラが胸に手を当て、真摯な眼差しで深く頷いた。
「 あたしもパパも、みんなユーリの味方なんだから! 落ち込んでる暇なんてないんだからね!」
キャシーが泣き笑いのような笑顔を浮かべ、ユーリの腕をぎゅっと力強く抱きしめた。
仲間たちの温かな声が、理不尽な汚名で傷ついた胸の奥を、優しく、力強く満たしていく。
追われる大罪人となった身ではある。しかし、ここには理解し、共に向かってくれるかけがえのない仲間たちがいた。
メリッサが立ち上がり、大人の賢者としての峻烈な笑みを深めてテーブルを指し示した。
「ええ。……さて、それじゃあ、反撃の作戦を立てましょうか!」
第51話をお読みいただき、ありがとうございました!
「人の命には、代えられないッ!!」
どれほど汚名を背負おうと、目の前の命を救うために迷わず石塔を砕き、素手で不純物を「ビリリィーー……ッ!」と引き剥がしたユーリ! 最高に痺れる覚悟でした……!
しかし、真相を知らずにユーリを「悪魔」と罵り、石を投げつける大衆の狂気には、悔しさと怒りが込み上げてきますね……。
そんな理不尽に対して、自分のこと以上にカンカンに怒ってくれたキャシー、そして「お前がそんなことする奴じゃないと痛いほど分かってる」と温かく迎えてくれたバイマンさんや仲間たちの言葉に、思わず目頭が熱くなりました。
ついに王都全土から指名手配される身となってしまったユーリ。
だが、地下に集った仲間たちの瞳には、反撃の炎が宿っています!
次回、決戦に向けた秘密の作戦会議が始まります!
――――――――――――――――――――
【読者の皆様へのお願い】
「ユーリの覚悟に痺れた!」
「キャシーやバイマンの優しさに救われた!」
「早く大衆を見返してやってほしい!」
と思っていただけましたら、
ページ下部にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にして評価していただけると、執筆の凄まじい原動力になります……!
また、ブックマークへの追加や**いいね(♡)**もポチッと押していただけると、ランキング上位へ駆け上がる大きな後押しになります!
ユーリへの応援や、大衆への憤慨(笑)など、熱いご感想・コメントもいつでもお待ちしております!
次回は明日18時40分頃更新します。
もし面白ければブクマ・★評価で応援お願いします!




