【第50話】復讐の黒鉄と届きし狂言声明
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すべてを奪われ、絶望に沈むアレンのもとに差し伸べられた「復讐」という名の甘い罠――。
手渡された黒鉄の銃が、静かに破滅の足音を響かせます。
しかし、拠点の『酔っ払い亭』へ戻れば……そこは相変わらずの大騒ぎ!?
シエラの大真面目な天然爆弾発言に、エリアナとキャシーの絶叫が地下室に木霊します!
シリアスと爆笑コメディ、そして新たな犯行声明――!
感情のジェットコースターが吹き荒れる第50話をお楽しみください!
東地区の住宅街を焼き尽くさんとした猛火は、アレンの壮絶な自己犠牲によって鎮火した。
だが、立ち込める白煙と水蒸気の向こう側、焼け焦げた石畳の上には、粉々に砕け散った真鍮の破片が散乱していた。
バイオエーテルコア――愛娘リリィを無傷で救い出すための、唯一無二の切り札であったはずの結晶。
アレンは黒焦げになった右腕を抱え、砕けた破片の前で立ち尽くしていた。
ユーリやシエラが負傷した住民たちの救助へ駆け回る中、アレンの耳には、先ほど公衆通信機から響いたカルトの冷酷な嘲笑だけが木霊し続けていた。
その時だった。
「――アレン……おい、アレン!」
煤煙の奥から、煤にまみれた初老の男が駆け寄ってきた。
アレンの工房のすぐ近所で、長年日用雑貨の店を営んでいる顔馴染みの店主であった。
普段は温厚で、リリィにもよく干し果物を分けてくれた優しい男。
だが今、その顔には血の涙を流すかのような凄まじい憎悪と絶望が張り付いていた。
「アレン……ちょっとこっちへ来てくれ。頼む、話があるんだ」
袖を引かれ、アレンは力なく路地の物陰へと連れ出された。
男は周囲に誰もいないことを確かめると、アレンの両肩を掴み、狂乱したように顔を近づけた。
「……うちの坊主が死んだ。さっきの火事で……瓦礫の下敷きになって、焼け死んじまったんだよ!」
「な……っ!?」
アレンの息が止まる。
「あいつだ……あの爆弾魔の仕業だ! あんな奴、生かしておいちゃいけない! アレン、お前なら奴に近づけるはずだ! 頼む……俺の代わりに、あいつを撃ち殺して仇を討ってくれ!」
「お、おい……何を言って……」
「やられたんだからやり返すのが当然の正義だろうがッ!!」
男の絶叫が、アレンの鼓膜を容赦なく打ち据える。
「あんな外道、人殺しだ! 殺されて当然のがらくただ! お前の娘さんだって酷い目に遭わされているんだろう!? 許しちゃいけない、情けをかけちゃいけないんだ! 悪には死を! それがあいつに殺された者たちへの唯一の報いじゃないか!!」
男は懐から、分厚い布に包まれた重々しい物体を取り出すと、アレンのタコだらけの掌へと無理やり押し込んだ。
布が滑り落ち、露わになったのは――鈍い黒鉄の光を放つ、一丁の特注魔力銃。
「これを使え! 確実に奴を殺せる強力な品だ! 頼むぞ、アレン……お前が正義を下してくれ!」
男はそう言い残すと、煤煙の立ち込める通りへと駆け去っていった。
その背中が闇に紛れた瞬間、男の口元に、人間のものではない妖艶で冷酷な笑みが浮かんでいたことを――アルマの変装であったその正体を、アレンが知る由はなかった。
(……正義……復讐……)
アレンは冷たい銃身を握りしめ、自らの傷だらけの手を見つめた。
亡き妻エマとの約束――『もう二度と、人を傷つける道具は握らないで』。
あの日交わした誓いは、リリィを奪われ、切り札を自ら砕かされた瞬間に、灰燼となって消え去っていた。
娘を救う手段を奪われた今、この手で悪魔の心臓を撃ち抜くことしか、父親に残された道はない。
アレンの瞳の奥で、職人の誇りは完全に焼き尽くされ、どす黒く冷たい復讐の炎が灯っていた。
――そして。
その銃をアルマから預かり、街の裏ルートを通じてアレンへ届くよう仕組んだ元弟子・カルトもまた、別の闇の中で唇を血が出るほど噛み締めていた。
バイオパーツの完全融合を阻止し、リリィの命とアレンの魂を守るため、自らが悪役として撃ち殺されるという、悲壮で残酷な『正義』を胸に秘めながら。
「ふぅ……ひとまず、全員無事に帰還ね」
酒場『酔っ払い亭』の地下、大賢者メリッサの探偵事務所兼作戦会議室。
負傷者の応急処置を手伝い終えたユーリ、シエラ、そしてアレンが戻ると、地下室の重々しい空気を吹き飛ばすかのような、香ばしく濃厚な匂いが漂ってきた。
「はいはい! みんなお疲れ様! 酔っ払い亭特製新鮮野菜と燻製肉のシチューよ! 冷めないうちにしっかり食べてねー!」
大きな陶器の鍋を抱え、元気いっぱいに現れたのは看板娘のキャシーだった。
動きやすい革のショートパンツにタイトなインナーという快活な装いで、湯気の立つ深皿をテーブルへと並べていく。
「アレン殿の怪我の手当ては完了いたしましたわ。右腕の熱傷は深手を負っておりますが、メリッサ様の調合した軟膏で皮膚の再生を促しております」
聖騎士団長のエリアナが白銀の鎧を軽く鳴らしながら処置室から戻ってくる。
アレンは無言のまま、厚く巻かれた包帯の右腕を押さえ、部屋の隅の椅子へと腰を下ろした。
その懐には、深く黒鉄の銃が隠されている。
「さあユーリ、座って! 今日はあっちこっち走り回って一番大変だったんだから!」
キャシーがユーリの隣の椅子を引くと、スプーンを片手に満面の笑みを浮かべた。
「はい、お口開けて! 特別に食べさせてあげるから!」
「……自分で食べられるよ、キャシー」
「いいからいいから! 専属ボディーガード兼正助手としての特別奉仕なんだから!」
ぐいぐいとスプーンを口元へ迫らせるキャシー。
その瞬間、背後から猛烈な冷気が吹き荒れた。
「――お待ちになって、キャシー殿」
エリアナが氷の如き冷徹な眼差しで割って入り、キャシーの手首をがっしりと掴んだ。
「抜け駆けは不敬極まりありませんわ。ユーリ様の栄養管理および食事介助は、王都の治安を預かり、将来を誓い合った聖騎士団長である私の神聖な義務ですわ!」
「ちょっと、いつ将来を誓い合ったのよ!? 勝手な妄想で人のスプーンを止めるんじゃないわよ!」
「妄想ではありませんわ! すでに教会への仮予約の手続き書類は懐に常備してありますもの!」
「重いわよ! 相変わらず愛が重すぎるのよアンタは!」
バチバチと視線で火花を散らすふたり。
その間に、銀髪ショートの女剣士シエラが、音もなくスッと割り込んできた。
「ふたりとも、非効率だな」
「「え?」」
シエラは真剣そのものの表情でキャシーの手からスプーンを奪い取ると、シチューの具材をじっと見つめた。
「ユーリ殿は極度の疲労状態にある。固形物をそのまま嚥下させるのは消化器官に負担をかける。……なるほど、正妻の務めとして、一度咀嚼したものを口移しで与えるのが最も効率的かつ親密な兵站補給だな」
「「「な、何を言い出すんですの(何を言ってるのよ)ーーーーっ!?」」」
地下室にエリアナとキャシーの絶叫が木霊した。
顔を湯気以上に真っ赤に沸騰させ、ふたりがかりでシエラへ食ってかかる。
「口移しって! 口移しって何考えてるのよこの天然騎士はぁぁっ!」
「は、破廉恥ですわ! いくらシエラ殿でも許せません! ユーリ様の清らかな唇を奪うなど万死に値しますわ!」
「む? なぜ怒るのだ。戦場における極限状態での栄養補給としては理にかなっているはずだが」
シエラは至極真面目に首を傾げている。
その騒ぎを見ていたルシアンが、大剣を壁に立てかけながら豪快に笑った。
「わはは! 元気があっていいじゃねえか! そんなに揉めるなら、そのシチューは代わりに全部食ってやるぜ!」
ルシアンが能天気に鍋へと手を伸ばした、その刹那。
「「「引っ込んでなさい(いなさいな)ッ!!」」」
ドゴォォォンッ!!
キャシーの鋭い爪撃と、エリアナの氷結チョップ、そしてシエラの鞘による打撃が寸分の狂いもなくルシアンの鳩尾へ同時に炸裂した。
ルシアンは「ぐふっ……!?」と白目を剥き、そのまま床へと綺麗に沈んでいった。
「まったく……少しは静かにできないのかしらね」
奥のソファーで優雅にハーブティーをすすっていた大賢者メリッサが、落ち着いた大人の声音で溜息をついた。
だが――その笑みの裏で、目の【眼】が捉えた異様な光景に、ユーリの背筋は冷たく引き締まっていた。
部屋の隅、深く椅子に沈み込むアレン。
その外套の奥から漏れ出ている、紫色の禍々しいマナの不純物。
(……あの銃の波形……普通じゃない)
単に金属を撃ち出す魔力銃ではない。
銃身の内部に組み込まれた不純物は、かつてガイゼルが使用していた『原初融合』――生物とマナを強制的に結合させ、異形の魔獣へと肉体を変貌させたマナとまったく同じ歪みを放っていた。
(……。なぜアレンさんが、あんな恐ろしい銃を持っているんだ……?)
その疑問が胸を締め付けた、まさにその時だった。
ジジ……ジジジジッ……!!
地下書庫の中央に置かれていた魔導通信機、そして室内の空間そのものが、突如として激しい紫色の火花を散らし始めた。
「なっ……魔力通信の強制ジャック!?」
エリアナが即座に魔導剣を抜き放ち、ルシアンが飛び起きる。
スピーカーの奥から、部屋全体の空気を切り裂くようにして響き渡ったのは、あの耳にまとわりつく甲高い狂気の声だった。
『――あはは! やあやあ、名探偵と英雄の皆さん! 楽しい団欒のところ、お邪魔させてもらうよ!』
「カルトッ……!!」
アレンが弾かれたように立ち上がり、憎悪に満ちた瞳で通信機を睨み据えた。
『今夜の火事は楽しんでもらえたかな? でもね、あれはただの前座さ。……僕からとびきりの特別公演の舞台を用意させてもらったよ!』
カルトの粘つくような声が、芝居がかった調子でクイズを紡ぎ出す。
『さあ、恐怖のクイズの時間だ! 次の爆破地点はどこでしょう?
――太古の魔獣に屠られた数千の嘆きが眠り、白き石が星を仰ぐ場所。
夜毎に哀れな子羊どもが集い、無力な祈りを捧げ続ける広場は、どーこだ!?』
「な……だと……!?」
ルシアンが歯噛みする。
だが、その不気味な問いかけを聞いた瞬間、エリアナとユーリの思考が即座に一致した。
「太古の魔獣災害で命を落とした先祖を祀る、白き石の広場……! 夜間でも熱心な市民や信徒が集まり祈りを捧げる場所……!」
「王都東部……『白亜の鎮魂広場』か!」
ユーリが鋭く叫ぶと、通信の向こうでカルトが狂ったように手を叩いた。
『大正解! さすがは優秀な探偵サマだねぇ! そこに、僕の最高傑作の並列爆弾を仕掛けさせてもらったよ!』
カルトの嘲笑が、地下室を満たす。
『タイムリミットは短いよ! 早く来ないと、広場にいる大勢の人たちごと、ドカンと景気良く吹き飛んじゃうからね! ……さあ、急いでおいでよ、街のヒーローたち!』
プツリ、と通信が途絶え、部屋には耳鳴りのような静寂が残された。
「あんな市民が集まる場所に爆弾を仕掛けるなんて……許せないわ!」
キャシーが鋭い爪を剥き出しにして憤慨し、シエラとルシアンが武器を強く握り直す。
アレンは一言も発することなく、外套の奥にある黒鉄の魔力銃を、狂気的な力で握りしめていた。その瞳には、もはや娘を奪った元弟子への、一切の容赦のない殺意だけが渦巻いている。
「みんな、行こう!」
号令のもと、一行は地下書庫を飛び出し、夜の王都へと駆け出した。
全速力で駆け抜けた先――王都東部に広がる『白亜の鎮魂広場』。
周囲を高い白大理石の回廊で囲まれたその広場には、夜間にもかかわらず、明日の建立祭の無事を祈る大勢の市民たちが集い、静かに祈りを捧げていた。
そして、その広場の中央にそびえ立つのは、大昔の魔獣災害で命を落とした数千人の先祖たちを祀る、純白の巨大な古代石塔――『星霜の鎮魂碑《せいそうのちんこんひ》』。
市民たちが毎日朝夕に通い、深く信仰を寄せる絶対の聖域。
その石塔の前に、黒いフードを目深にかぶった男――カルトが、ゆらりと立っていた。
「……来たね、ユーリくん」
カルトはアレンたちではなく、まっすぐにユーリを見据え、口元を歪めて囁いた。
「探している爆弾の正確なありか……教えてあげるよ。……爆弾はね、みんなが命より大切に祈りを捧げている、あの『星霜の鎮魂碑』の真ん中さ」
カルトの悪魔的な宣告。
広場を満たす無防備な市民たちと、神聖なる巨大石塔。
最悪の二択を前に、運命の歯車が軋みを上げて加速していた。
第50話をお読みいただき、ありがとうございました!
シエラさん……! 「正妻の務めとして咀嚼して口移し」って、大真面目な顔で何を言い出すんですか!(笑)
キャシーとエリアナの顔面沸騰コンビに、巻き添えで白目を剥いて沈んだルシアン……過酷な戦いの合間の団欒に、思わず吹き出してしまいますね!
ですが、その温かな空気の裏で……アレンさんの懐にある銃から視えた「魔獣化の不純物」。
そして、カルトから届いた不気味な暗号クイズ――!
ターゲットは、街の人々が毎日祈りを捧げる絶対の聖域『星霜の鎮魂碑』!
現場へ急行したユーリたちの前に現れたカルトは、一体何を仕掛けてくるのか――!?
次回、ユーリにあまりにも理不尽で残酷な「悪魔の二択」が突きつけられます!
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【読者の皆様へのお願い】
「シエラの天然発言に大爆笑した!」
「ヒロインたちの掛け合いが最高!」
「アレンさんの銃が不穏で続きが気になる!」
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