【第48話】裏路地の邂逅と妖艶なる因縁
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
アレンを保護するため、一人薄暗い裏路地を急ぐユーリ。
だが、その行く手を阻むように現れたのは、息を呑むほどの美貌と底知れぬ殺気を放つ魔族の最高幹部――アルマでした。
魔力ゼロのユーリを前に、絶対的な強者が突きつける理不尽な暴力。
絶体絶命の路地裏で、知略と刃が激突します!
それでは、息を呑む緊迫の第48話をお楽しみください!
「――アレンを連れて、すぐに『酔っ払い亭』の地下で保護するのよ」
大賢者メリッサから託された指示を胸に、ユーリは夜の冷気が立ち込める魔導商都グランデールの石畳をひた走っていた。
蒼波の祈誓塔での爆発、そして三ツ首の人工魔獣ケルベロス。
世界の根底を支えるプログラムシステム――『マナ』を直接いじり、破綻を引き起こす異端の技術。
その影に、十年前の帝国極秘機関に関わっていたアレンの過去が深く絡み合っていることはもはや明白だった。
(急がないと……! カルトやその背後の連中が、アレンさんを狙っていないはずがない……!)
アレンは負傷者の救護を手伝った後、工房の様子を見るために一足先に出発していた。
大通りを抜け、下町の工房街へと続く入り組んだ裏路地へと身を投じる。街灯の光が届かぬ細い通路は、静まり返った夜闇に沈んでいた。
その時だった。
「――どこへ急いでいるのかしら、少年」
暗がりの中から、不意に冷ややかな声が投げかけられた。
ユーリは即座に足を止め、周囲へ警戒を張り巡らせる。
路地の影、崩れかけたレンガ壁の前に、深くローブを被った一人の人影が音もなく佇んでいた。
眼の奥を凝視する。
【眼】が開かれ、その人影の手首の周囲に、明確な「紫色のマナの不純物」が禍々しく渦巻いているのが視えた。祈誓塔の爆弾、そしてケルベロスの体内に刻まれていたものと寸分違わぬ、悪意に満ちたエラーの残滓。
(事件の関係者……! まさか、最初からここで待ち伏せていたのか……!?)
目的は明白だった。アレンの保護に向かうユーリの進路を塞ぎ、時間を稼ぐこと。
ユーリは全身の神経を研ぎ澄ませながら、油断なく間合いを保って問いかけた。
「……何の用だ。そこを通してもらおうか」
人影は低く滑らかな笑い声を漏らすと、ゆっくりと頭部のフードを脱ぎ捨てた。
「――っ!?」
息を呑むほどに美しい容貌をした、一人の女性だった。
だが、その頭部から伸びる禍々しい二本の漆黒の角、そしてこの世の全てを滅ぼし尽くすかのような冷酷極まる紅い眼光が、彼女が人間ではないことを雄弁に物語っていた。
魔族。
魔力を感じることができないはずの身体が、皮膚の表面から粟立つような強烈な圧迫感を覚える。
以前に出会った魔族の幹部・リターニアが放っていた知的な妖艶さとは根本的に異なる、純粋な死と破壊の暴力。
絶対的な恐怖が、冷たい刃のように首筋へ突きつけられていた。
「私の名はアルマ。……人間のがらくたよ。ここから先へは一歩も通さぬぞ」
「アレンさんのところへ行かせる気はない、ってわけか。……あいつを裏で操っていたのはあんたか」
ユーリが鋭く見据えると、アルマは艶やかな唇を三日月のように歪め、喉の奥でくつくつと嗤った。
「ふふふ。なぜこんな真似をするのかと問いたい顔だな? 理由は単純よ。所詮、人も魔族も同じ――気に入らなければ殺せばいい、欲しいものがあれば力で奪えばいい。……強者が力を誇示して何が悪い?」
一切の情愛を切り捨てた、絶対的な強者の論理。
その冷徹な言葉が、氷のような重圧となってユーリの胸を締め上げる。
「面倒だ。ここで始末しておこうか?」
「……何の勝算もなく、足を止めたと思う?」
ユーリは表情を変えず、ポケットの中に手を入れた。
そして、指先で二つの物体を外へと引き出し、アルマの視界へと晒した。
一つは、大賢者メリッサから託された、いかなる強襲をも防ぎ切る『絶対防御の魔石』。
もう一つは、リターニアから渡された、瞬時に長距離通信を確立する『マギストーン』。
アルマはそれらを見下ろし、嘲るように口元を歪めた。
「はっはっは! こんなところまで来て、他人に助けを求めるか。情けないがらくたよな」
「何と言われようと構わない。それに、これを使って困るのはあんただ」
「そうかな? 助けを呼んでいる間に、さっさと退散すればいいだけのことだと思うが?」
「走って逃げるのも、飛んで逃げるのも多分無理だ。知り合いに、規格外に素早いのがいるからね。通信を入れた瞬間に、退路は塞がれる」
「……ふん。走って逃げるだけが手段ではないぞ?」
アルマが冷笑を浮かべる。だが、ユーリは一切動じることなく言葉を重ねた。
「街中で瞬間移動系の高位魔法は使えない。使えたとしても、魔族が裏技みたいに使っている、マナ仕様の特殊な魔道具だろう?」
「それがどうした?」
「マナを引き剥がす力、見なかったっけ?」
ユーリは、右手の手のひらをこれ見よがしにアルマの前へと突き出した。
先ほど、祈誓塔の前でケルベロスの核となった不純物を、一切の魔導具なしに素手で引き剥がしてみせた、あの右手を。
「この手を見ただろう」
アルマの眉が、ピクリと跳ね上がった。
美しい顔立ちに、侮蔑と、そして底知れぬ残虐な光が混ざり合う。
「……祈誓塔の件、見させてもらったぞ。魔力を持たぬがらくたが、なぜ我らの神聖なマナの核を素手で剥ぎ取れるのか……実に興味深い」
アルマは音もなく一歩、ユーリとの距離を詰めてきた。
触れたものをすべて凍てつかせるような、冷たい吐息が届く距離。
「魔族はな、強い精神的負荷――絶望を受けると、飛躍的に能力が向上する。お主のマナを扱う力、無意識にセーブがかかっている気がしてならぬのだよ。……わらわはな、お主が絶望の中で覚醒するか、それとも精神が完全に崩壊して自滅する無様な姿が見たいのじゃ」
「……悪趣味な観察だな」
「がらくたの分際で、身の程を弁えぬ口は、二度と利けぬように引き裂いてくれる!」
アルマが細い指先を天へと掲げた。
その刹那、路地裏の空間そのものが悲鳴を上げるように軋み、大気中のマナが凝縮され、目に見えない無数の「紫色の致死針」となってユーリの頭上を包囲した。
逃げ場のない全方位からの刺突。
絶対防御の魔石を起動しようと指に力を込めた、まさにその瞬間――。
「――ユーリ殿から離れろッ!!」
暗闇を切り裂く烈火の如き気迫と共に、銀色の閃光が路地を疾走した。
シエラだった。
祈誓塔の救護を終えた直後、遠方から状況を監視していたリターニアからの極秘通信を受け、ユーリの危機を察知して駆けつけた元近衛の女剣士。
その抜刀の軌跡は一寸の狂いもなく、神速の居合となってアルマの首筋へ一直線に振り抜かれた!
だが――。
キィィィン……ッ!!
耳を劈く甲高い金属音が闇に響き渡る。
アルマは微動だにせず、ただ左手の指先を僅かに立てただけであった。
シエラの放った必殺の刃は、アルマの皮膚の数ミリ手前に展開された不可視のマナ障壁に阻まれ、激しい火花を散らして完全に静止させられていた。
「なっ……居合を、素手で……!?」
シエラが驚愕に目を見開いたのと同時に、アルマの冷酷な双眸がシエラを射抜いた。
その顔を見た瞬間、シエラの呼吸が凍りついた。
「あ……アルマ、様……!? なぜ、幹部であられる貴女が、このような場所に……!」
元・帝都近衛筆頭騎士であったシエラにとって、アルマは雲の上の絶対者。その圧倒的な地位と、常識を遥かに超越した魔力の深淵に、シエラの背筋へ冷たい戦慄が走る。
アルマはゴミ屑を一瞥するかのように冷たく嗤った。
「元近衛の筆頭剣士か。落ちぶれて人間に尻尾を振る裏切り者が、我が前に立ちはだかるか。羽虫が群がるな!」
アルマが指を弾くと、ユーリに向けられていた無数の紫色の致死針が一斉に方向を変え、至近距離にいるシエラの全身へと牙を剥いた。
「シエラ、下がれッ!!」
ユーリの【眼】が、不可視の針が描く死の弾道、その根元にあるマナの結束点を完璧に捉えていた。
考えるよりも早く身体が前に出ていた。シエラの肩を力任せに引き倒しながら、紫色の不純物が凝縮する空間の起点へと、むき出しの右手を迷わず叩き込む!
掴む。
そして、全身の力で引きちぎる。
ビリリィーー……ッ!!
空間に貼り付いた強力な粘着テープを根こそぎ引っぺがしたかのような、重厚な破裂音が路地裏に轟いた。
シエラを貫くはずだった紫色の致死針の群れが、実体のある薄膜のようにユーリの素手によって剥がれ落ち、虚空の中で一瞬にして霧散、消滅していく。
「くっ……!?」
不純物を強制的に剥離されたアルマの腕が、激しい反動で僅かに弾かれた。
シエラは動揺をねじ伏せ、即座に体勢を立て直すと、ユーリを背負うように魔導剣を構え直す。
「ユーリ殿、ご無事ですか!?……相手は帝都の最高幹部、危険極まりないお方です!」
「ああ、大丈夫だ! シエラ、そいつから目を離すな!」
「承知! たとえ閣下が相手であろうと、ユーリ殿の盾となり、この身を賭して切り捨てます!」
シエラが気迫を漲らせるが、対峙するアルマの顔に浮かんだのは焦りではなく、嗜虐的な狂喜だった。
「ほう……本当に、素手でマナを剥がすか! 素晴らしいぞ、人間の小僧! だが、羽虫が一匹増えたところで何が変わる?」
アルマが両手を広げると、路地裏全体を押し潰さんばかりの、漆黒のマナの奔流が渦を巻き始めた。
呼吸すら困難なほどの重圧。地面の石畳がメリメリと音を立てて陥没していく。シエラが構える魔導剣の刀身が、魔族幹部の放つ規格外の威圧に軋みを上げていた。
完全な膠着、そしてじり貧の窮地。
だが――アルマはその圧倒的な魔力を解き放つ寸前で、ふっと不気味に目を細め、広げていた両手をゆっくりと降ろした。
「……ふん。素手でマナを剥がす特異点、確かに見せてもらったぞ。そして――これで十分だ」
アルマが懐の魔導時計へチラリと視線を落とし、嘲弄に満ちた笑みを浮かべる。
「……なに……?」
「気づいていなかったのか? わらわの目的は、ここでお主らを殺すことではない。お主のその不気味な【眼】を、アレンから引き離すことよ」
「っ……!?」
ユーリの心臓が、嫌な音を立てて跳ね上がった。
(しまっ……た……! 最初から俺たちと戦う気なんてなく……足止めが目的だったのか……!)
「アレンの元へ駆けつけさせまいと、ここで無駄口を叩いていたというわけか……!」
シエラが歯噛みする。アルマは満足そうに喉を鳴らし、夜の闇へと一歩後退した。
「今頃、あのがらくた職人は、我らの敷いた破滅のレールの上を走っている頃よ。……せいぜい足掻くがよい、人間ども。建立祭の正午、この街がどのような終わりを迎えるかな」
冷酷な嘲笑を残し、アルマの身体が薄紫色のマナの霞となって揺らめいた。
次の瞬間、夜風が吹き抜け、路地の奥からその気配は完全に掻き消えていた。
「くっ……やられた……! 完全に出し抜かれた……!」
ユーリが奥歯を噛み締め、拳を壁に叩きつける。
悔しさに浸る時間すら、状況は許してくれなかった。
ゴオォォォォォ……ッ!!
夜の静寂を切り裂いて、重苦しい唸り声のような不穏な地鳴りが、王都の空を震わせた。
「……な……んだ……!?」
ユーリが弾かれたように顔を上げる。
王都下町、木造の住宅が密集する居住区の一角から、夜空を焦がすような真っ赤な火の手と、もうもうたる黒煙が突如として噴き上がったのだ。
「火事……!? アレンさんの工房の方角です!」
シエラが叫ぶ。
すべては繋がっていた。ユーリを足止めし、アレンを孤立させ、その隙に下町を火の海へと変えること――。
「急ぐぞ、シエラ!」
ユーリは石畳を蹴り、燃え盛る下町へ向けて全速力で走り出した。
その頃。
祈誓塔の現場から下町の自宅兼工房へと急ぎ足を運んでいたアレンは、その燃え盛る住宅街の前に立ち尽くしていた。
「逃げろ! 早く外へ出ろ!」
「誰か、うちの子を助けてくれぇっ!」
火の手は瞬く間に隣家へと燃え移り、通り全体を火の海へと変えつつあった。
逃げ惑う母親や子供たちの悲鳴。
通りの中央には、街の防災用に設置された巨大な真鍮製の『大型放水魔導器』がある。
だが、その周りに集まった住民たちは、絶望の叫びを上げていた。
「おい、放水魔導器はどうした! 早くあいつを動かせ!」
「ダメだ! レバーがびくともしない! 魔導器の起動装置が完全に死んでるんだ!」
アレンのタコだらけの手が、工具袋のベルトをぎゅっと強く握りしめた。
「……放水器が……動かない……!?」
燃え盛る業火が、アレンの瞳を赤く照らし出す。
すべてを奪われ、引き裂かれようとしている職人の足元で、残酷な運命の歯車が回り始めていた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
正直にお話ししますと、毎日たくさんの方に読んでいただけて本当に嬉しい反面、
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「これからの更新も楽しみに追いたい!」
「ユーリたちの物語を最後まで読みたい!」
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