【第47話】水門塔の亀裂と妖艶なる影
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森の丘公園に突如出現した、伝説の三ツ首巨獣『ケルベロス』。
あらゆる魔法と剣戟を捌く無敵の番犬に対し、ユーリの【眼】が捉えたのは、三つの首それぞれが単一の感覚器官に偏っているという「構造バグ」――!
知略と連携が光る反撃の狼煙が上がります!
そして、死闘の後に待ち受ける新たな罠とは……!?
それでは、怒濤の第47話をお楽しみください!
目前に立ちはだかるのは、地獄の番犬と謳われる三ツ首の巨獣――ケルベロス。
漆黒の炎を全身から噴き上げるその禍々しい威圧感に、ルシアンたち歴戦の猛者でさえも息を呑んでいた。
だが、ユーリだけは岩陰に身を潜めながら、冷静に意識を研ぎ澄ませていた。
眼の奥に集中を促し、世界の構造を捉える【眼】を開放する。
視界から実体的な色彩が抜け落ち、万物を構築する根源のプログラムシステム――『マナ』の流線が浮かび上がった。
(……異常だ。体内の巡りが普通じゃない……!)
その光景を捉えた瞬間、ユーリの背筋に冷たい戦慄が走った。
この異世界において、人間も魔獣も、あらゆる生物の活動源は『魔力』である。体内から世界を統べる根源のマナが発生することなど、絶対にあり得ない。
マナの存在を直接認識できるのは、魔力を持たない異質の存在であるユーリただ一人のはずだった。
しかし――目の前のケルベロスの体内には、太い血管のように、目にも鮮やかな『マナの導線』が精密に張り巡らされていた。
関節や内部機構の節目には、紫色の不純物の繋ぎ目が不自然に焼き付けられている。
(生物に……魔獣の体内に、マナの導線が通っている……!? こいつは自然発生した伝承の魔獣なんかじゃない。何者かの手によって組み上げられた『人工物』だ!)
どのような技術で創り出されたのかまでは判断がつかない。だが、これだけの巨獣が、何者かの手によって意図的に生み出された人工の兵器であることは明白だった。
そして、人工の存在であるがゆえの「破綻」もまた、ユーリの【眼】にははっきりと視えていた。
三つの首がそれぞれ異なる性質のマナを放っている。
もっとも左側に位置する赤首だけが、低い唸り声を上げ、魔力も姿も消しているはずのユーリの方角へ明確な警戒を向けていた。瞳は白濁して虚ろであり、視覚で捉えているわけではない。
対照的に、中央に鎮座する黄首と、右側の青首は、ユーリには目もくれていない。二つの首の敵意は、前線で武器を構えるルシアン、エリアナ、メリッサの一行にのみ向けられていた。
(三つの首が、それぞれ独立した単一の知覚でしか動いていない……!)
右の青首から伸びるマナは、エリアナやメリッサの魔法、ルシアンの魔剣が放つ『魔力』に対してのみ過敏に反応し、自動防御を行っている。
中央の黄首から伸びるマナは、光の反射――すなわち『視覚(動体視力)』のみで物体の動きを捉えている。
そして左の赤首は、大気を漂う『匂い(嗅覚)』のみを極端に感知し、視界の死角からの接近を嗅ぎ分けているのだ。
その膠着を破ったのは、中央の黄首だった。
大きく開かれた口の前に、灼熱の魔力が渦を巻いて収束していく。
「――来るぞ!」
ルシアンの鋭い声が飛ぶ。
黄首が巨大な火炎弾を放った瞬間、前に出たのは大賢者メリッサだった。
「させないわよ!」
大人の落ち着いた凛とした声と共に杖を掲げると、一行の前に半透明の障壁が展開される。
炎弾は障壁に激突し、凄まじい熱と光を撒き散らしながら後方へと弾き飛ばされた。
「くっ……威力を逸らすのが精一杯だなんてね……!」
メリッサが唇を噛む。放たれた火炎弾の魔力密度は完全に規格外だった。
「それで十分だ、メリッサ!」
ルシアンが地を蹴り、愛用の|聖大剣クラドを担いで疾風の如く肉薄する。
大技の直後、体勢を立て直す隙を突くのが対魔導戦の定石。
だが、常識はこの人工魔獣には通用しなかった。
「グルルァァッ!!」
黄首は消耗した素振りも見せず、巨大な鉤爪をルシアンへ振り下ろす。
ガギンッ! と耳障りな金属音が響き、ルシアンは大剣で受け止めながら巧みなステップで間合いを取り直した。
その横を、エリアナが駆け抜ける。
「でしたら、私の剣で切り裂きますわ!」
白銀の魔導剣を構え、無防備になった足元へ突貫するエリアナ。
だが、その鋭い一閃が肉を裂くことはなかった。これまで反応を見せていなかった青首が割り込み、不可視の魔力障壁を展開して火花と共にエリアナの剣を弾き返したのだ。
「魔力防御ですって……!? 詠唱もなしに……!」
岩陰から戦況を見つめていたユーリは、確信を深めて叫んだ。
「みんな、聞いてくれ! そいつは本物の魔獣じゃない、マナで造られた人工物だ! そして三つの首はそれぞれ一つの感覚でしか認識できていない『構造バグ』を抱えている!」
ユーリの叫びに、ルシアンとエリアナ、メリッサがハッと息を呑む。
「右の首は『魔力』しか見えていない! 魔法や魔剣は防がれるが、ただの石ころや瓦礫の投擲には反応できない!」
「中央の首は『視覚』だけだ! 光の錯覚や幻惑で目を眩ませられる!」
「そして左の首は『嗅覚』だ! 強烈な匂いを与えれば、神経がショートして沈黙する!」
三ツ首の巨獣の弱点を突く明確な解法に、メリッサが不敵な笑みを浮かべた。
「そういうことね! 全員、指示通りに動くわよ――《光屈折迷霧》!」
メリッサが光の屈折術式を放ち、中央の黄首の視界を眩い閃光で焼き尽くす。
視覚を奪われた黄首が狂乱した隙に、シエラが神速の居合で目を切り裂き、完全に沈黙させた。
「続いて右の青首ですわ! 魔法を込めない純粋な物理攻撃で叩き潰しなさい!」
エリアナの号令で警護隊が一斉に重い瓦礫や石塊を力任せに投げつける。魔力にしか反応しない青首は、ただの投石を全く防ぐことができず、顔面を粉砕されて苦悶にのけ反った。
そして、残された左の赤首へ向けて、キャシーがしなやかに跳躍した。
「ユーリから預かっていた特製エキス、喰らいなさいっ!」
投擲された小瓶が鼻先で砕け、超高濃度の刺激的な霧が爆ぜる。過敏な嗅覚を直撃された赤首は、目を剥いて泡を吹き、仰向けに昏倒した。
「今だ、ユーリっ!!」
ルシアンの叫びに応え、ユーリはすでに地を蹴っていた。
知覚を奪われ無防備になったケルベロスの巨躯。その胸元の装甲の隙間へ滑り込むように肉薄する。
眼の奥に集中を束ねる。
【眼】が開かれ、巨躯の奥深くに脈打つ「禍々しい紫色の不純物の核」を捉えた。
武器は持たない。ただの素手を胸甲の奥へ差し込み、不純物の核を指先で強く掴み取る。
そして、力任せに引き剥がした。
「剥がれろぉぉぉーーーーッ!」
ビリリィーー……ッ!!
強烈に貼り付いたテープを強引に引き剥がしたかのような、空間を裂く重厚な破裂音が轟く。
巨獣の動力を司っていた紫色の不純物が、実体のある薄膜のようにユーリの手によってベリベリと剥がれ落ち、大気の中へと霧散していった。
「これで終わりだぁぁぁッ! 《風穿つ一閃》!!」
上空から舞い降りたルシアンの聖大剣クラドが、核を失ったケルベロスの巨躯を縦一文字に両断する。
人工の巨獣は数万の光の粒子となって完全爆砕し、夜の風の中へと消滅した。
「……はぁ……はぁ……やった……やったぞ……!」
ルシアンが聖大剣を地面に突き立て、荒い息を吐いた。
周囲の兵たちや避難していた市民たちから、割れんばかりの大歓声が巻き起こる。
「ケルベロスを倒したぞ!」
「あの少年が弱点を見破ったんだ!」
熱狂が広がる中、キャシーが駆け寄ってきて、真剣な面持ちでユーリの顔を覗き込んだ。
「すごいわね、特製エキス。あの化け物の動きが完全に止まるくらい強烈な効果があったわ」
ユーリは息を整えながら頷いた。
「だろう。あれだけの激臭だ、もはや武器だね」
すると、杖を握り直したメリッサが眉を釣り上げ、頬を膨らませて詰め寄ってきた。
「ちょっとー! 私が丹精込めて作った特製香水を、凶悪な武器みたいに言わないでくれる!?」
「だってメリッサ、あの匂い……部屋でつけようとした時、瓶を開けただけで全員気絶しかけたじゃないか。危ないから没収して預かっておいて正解だったよ」
ユーリが淡々と返すと、大剣を肩に担ぎ直したルシアンが豪快に笑い声を上げた。
「はっはっは! これが本当の『女の武器』ってやつだな!」
「ルシアン、後でその減らず口を凍らせてあげるわ」
「ひっ、冗談だってメリッサ!」
緊迫した死闘の直後に訪れた、束の間の和やかなやり取り。
だが、【眼】を閉じる直前、ユーリの視界が公園の中央にそびえ立つ古代建築『蒼波の祈誓塔』の足元を捉えた。
(……っ、台座の奥に這う、あの紫の影は……!?)
蒼波の祈誓塔の重厚な台座の裏側。
そこから、細く禍々しい紫色の不純物の導線が張り巡らされていた。
その導線が収束する中心部に設置されていたのは、デジタルタイマーを刻む金属製の箱――時限式爆弾だった。
「みんな、待ってくれ! 祈誓塔の台座に……爆弾が仕掛けられている!」
ユーリの声に、歓声が一瞬にして静まり返る。
「な……爆弾だと!? なんでこんなところに……!」
ルシアンが血相を変えて駆け寄る。
「ケルベロスは、暴れ回るためだけに解き放たれたんじゃない。この祈誓塔に設置された爆弾を、誰にも近づけさせずに守るためのガード役だったんだ!」
アレンは現在、工房へ戻っていてここにはいない。頼れる魔導職人の不在の中、ユーリは迷わず爆弾の前に膝をついた。
「ユーリ、専門の職人なしで解除できるのか……!?」
「やるしかない……! 構造の歪みなら、この【眼】で直接捉えられる!」
ユーリは右目の奥に意識を集中させ、金属ケースの装甲を素手で押し広げた。
内部を這う不純物の配線。マナの流れが集中している結合部を【眼】で正確に見極めると、むき出しの指先を迷わず差し入れた。
主回路と不純物の接続点を、力任せに引き千切る。
ちぎっ、と細いマナの糸が千切れ飛ぶ。
『ピッ……』という電子音と共にタイマーの数字が消灯し、不気味な魔力の脈動が完全に静まり返った。
「……ふぅ……止まった……! 解除できたぞ!」
ユーリが額の汗を拭い、息を吐いた。
周囲からも安堵の息が漏れ、誰もが胸を撫で下ろした――その、瞬間。
目の奥に、刺すような激痛が走った。
(――っ!? 嘘だ、マナの逆流が止まっていない……!?)
停止したはずの爆弾の内部で、目に見えない偽装回路が超高速で再起動し、莫大な破壊エネルギーが爆縮を起こすのを、【眼】がいち早く察知した。
解除の手順そのものをトリガーにして起爆させる、最悪の不意打ちトラップ――!
「みんな伏せてッ!! ダメだ、解除できてない、爆発する――!!」
ユーリの絶叫と、メリッサの鋭い詠唱が重なった。
「《全天防陣・無極の盾》――ッ!」
メリッサが全魔力を解放し、十数枚の古代符を展開。
重厚な極大防御結界が、爆縮のコンマ一秒前に全員を包み込んだ。
ドゴォォォォォンッ……!!!
凄まじい衝撃波と熱量が結界を叩きつけ、周囲の石畳を吹き飛ばす。
メリッサの結界は激しく軋みながらも、寸前のところで爆風を完全に遮断し、全員を無傷で守り切った。
「はぁ……はぁ……! ギリギリだったわね……! どこまで悪趣味な仕掛けを残していくのかしら……」
肩で息をするメリッサ。結界が解かれ、黒煙が晴れていく。
爆発の直撃を受けた蒼波の祈誓塔は、土台部分が大きく削れ、半ばから無残に損壊していた。
メリッサは壊れた蒼波の祈誓塔の台座に膝をつき、古代数式が刻まれたレンズ状の魔導器を目元に当てて、焦げた石肌を慎重に精査した。
普段の幼い気配を完全に消し去った、研ぎ澄まされた大人の女性の瞳。その鋭い眼光が、瓦礫の奥底にある不可視の痕跡を捉えた瞬間、メリッサの表情が険しく強張った。
「……やはりそうね。おかしな点だらけだと思っていたけれど、これで確信に変わったわ」
「メリッサ、何かわかったのか?」
ユーリの問いかけに、メリッサは立ち上がり、静かに首を横に振った。
「この爆発、そしてあの三ツ首の人工魔獣……どちらも通常の『魔力』によって引き起こされたものではないわ。魔導測定器に魔力の残滓が一切焼き付いていないの。それどころか、この蒼波の祈誓塔を支えていた『マナ』そのものに直接ノイズを噛ませて、強制的に破綻させている」
「マナの、破綻……」
「ええ。人々の扱う魔法の領域を遥かに超えた、異端の技術よ。……そして、王都広しといえど、これほど精密にマナの構造をいじり回せる技術を持つ者は、かつて帝国の極秘機関に関わっていた関係者しか存在しないはずよ」
メリッサは視線を巡らせ、先ほど負傷者の救護を手伝うために下町の工房方面へ戻っていったアレンの背中を追うように目を細めた。
「アレンは確実に、この事件の核心となる過去を握っている。そして敵もまた、アレンの持つ技術や知識を狙っているはずよ。……ユーリ、今すぐアレンを迎えに行ってちょうだい。これ以上単独で行動させるのは危険すぎるわ。アレンを連れて、すぐに『酔っ払い亭』の地下で保護するのよ」
「わかった。すぐに連れて戻る!」
ユーリは力強く頷くと、仲間たちが残る公園を後にし、アレンの待つ下町へと向けて一人駆け出した。
満身創痍の仲間たちが負傷者の救護に追われる中、ユーリは急ぎ足を速め、下町の工房へと続く薄暗い裏路地へ足を踏み入れた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
正直にお話ししますと、毎日たくさんの方に読んでいただけて本当に嬉しい反面、
ブックマークや評価の数字がほとんど動かない現実に、画面の前で「本当に楽しんでもらえているのだろうか……」と心細くなりながら更新ボタンを押しています。
「これからの更新も楽しみに追いたい!」
「ユーリたちの物語を最後まで読みたい!」
と少しでも思ってくださる読者様、どうか画面下の【ブックマークに追加】や、評価欄の【★マーク】をタップして、続きを楽しみにしていることを教えていただけないでしょうか……!
皆様の★評価ひとつ、ブクマひとつが、毎日の執筆と定時更新を続けていく最大の支えになります。
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■ 連休中の更新時間(1日5回)
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本日が連休最終日となります!
連休のお供に、ユーリたちの熱い戦いと逆転劇を最後までたっぷりお楽しみください!




