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【第44話】消えた少女と残された形見

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


夜の路地裏で、突如として連れ去られてしまった愛娘リリィ。

石畳に残されたのは、あの子が大切にしていた「お守りの水晶玉」だけだった――。


過去の罪悪感と絶望に押し潰されそうなアレンの前に、ユーリと仲間たちが駆けつけます。

「目の前の理不尽から、二度と目を背けはしない」


激しい怒りと固い誓いを胸に、一行は因縁の地『旧アニマギアス工房』へと向かいます!


それでは、第44話をお楽しみください!

「リリィーーーッ! どこだ、リリィッ!」


 夜の帳が下りた下町の細い路地裏に、擦り切れ、裏返った男の叫びが不気味にこだましていた。

 灯りの消えた魔導ランタン。街灯の光すら届かぬ暗がりの中で、アレンは狂ったように自分の手を伸ばし、壁を叩き、暗闇を掻きむしっていた。

 だが、返ってくるのは冷たい夜風が吹き抜ける音と、自らの荒い吐息だけである。


 ほんの数秒前まで、手のひらに確かに存在していた愛おしい温もり。

「お父さん、今日はお空が綺麗だね」と見上げて微笑んでいた娘の顔。

 そのすべてが、空間を切り裂くような不気味な紫色のノイズと共に、一瞬にして掻き消えてしまった。


 自分の過去だ。

 自分が十年前、あの『ガルディノ魔導重工・アニマギアス工房』から逃げ出したという呪われた過去が、回り回って最愛の娘を地獄へ引きずり降ろしたのだ。


「俺のせいだ……。俺が過去から逃げ出さず、あの時にすべてを終わらせていれば……っ!」


 アレンは力なく石畳へ両膝を突き、爪が剥がれんばかりに拳を床へ叩きつけた。

 溢れ出る涙が視界を濡らし、煤けた頬を伝って落ちていく。

 その時、暗闇の床で、微かな月光を弾いて冷たく輝くものがあった。

 寂しい音を立てて転がり、アレンの膝元で止まった小さな物体。


「……あ……」


 アレンは血の気の引いた手で、それをそっと拾い上げた。

 手の中に収まったのは、手のひらサイズの、きれいに透き通った水晶のような玉。

 つい先ほどまで、リリィが胸元で大事そうに抱きかかえ、『お父さんに勇気をくれる世界一の宝物!』と満面の笑みで自慢していた、あの透明な球体だった。


 繋いでいた手は引きちぎられ、娘の姿は闇に消えた。

 残されたのは、この冷たい宝物だけ。

 アレンはその玉を両手で包み込むように強く、強く胸元へ抱きしめ、額を冷たい石畳へこすりつけながら、声も絶え絶えに号泣した。


「リリィ……! すまない、リリィ……ッ! 父さんを……許してくれ……っ!」




(――なんだ、この異様な揺らぎは……!?)


 その頃、酒場『酔っ払い亭』の二階事務所で買い出しの荷物を整理していた視界に、突如として強烈な「不具合《エラー》」が飛び込んできた。

 目の奥が、焼き尽くされるような激しい熱を帯びる。

 窓の外――下町の住宅街がある方角の空に、世界の理を乱す不気味な紫色のノイズが、まるで空間を爪で引き裂いたかのように大きく弾けたのだ。

 魔法の光でも、一般的な魔力の暴走でもない。

 世界を構成する根源のプログラムシステムであるマナの流れが、外部から不自然かつ強引にいじられ、引き千切られた時に生じる特有の歪み。


「キャシー! ルシアン! 下町だ! アレンさんとリリィちゃんに何か起きたかもしれない!」


 階下へ駆け降りながら叫ぶ。


「えっ!? アレンさんが!?」


「何だと、ユーリ!?」


 カウンターで給仕の片付けをしていたキャシーと、エールジョッキを置いてくつろいでいたルシアンが、顔色を変えて即座に跳ね起きた。

 キャシーは動きやすい服の袖を即座に捲り上げ、ルシアンは壁に立てかけてあった聖大剣クラドの柄を力強く握りしめる。


「行くぞ!」


 三人で『酔っ払い亭』を飛び出し、夜の石畳を全力で疾走した。

 風を切って下町の裏路地へ駆け込むと、消灯した魔導ランタンの足元で、うずくまるように倒れ込んでいる大きな人影が目に入った。


「アレンさんっ!」


 駆け寄ると、アレンは全身を激しく震わせ、手のひらに握りしめた水晶の玉を胸に抱いたまま、絶望の淵で虚空を見つめていた。


「アレンさん、しっかりしてください! 一体何があったんですか!?」


 アレンの肩を揺さぶると、焦点の定まらない目がゆっくりとこちらへ向けられた。

 その頬は涙と泥で汚れ、激しい血の気が引いている。


「ユ……ユーリくん……」


 アレンの乾いた唇から、掠れた声が漏れ出た。


「……リリィが……リリィが……さらわれた……っ。暗闇から……紫の光が伸びてきて……俺の手から、あの子を……っ!」


「な……なんですって!?」


 キャシーが口元を手で覆い、琥珀色の瞳を大きく見開いて絶句した。

 ルシアンも金髪を激しく揺らし、聖大剣の柄を握る手に凄まじい力を込めて歯噛みする。


「くそっ! あの爆弾魔の野郎、街の爆弾を解除された腹いせに、幼い子供を狙い撃ちにしやがったのか……!」


「……違う」


 アレンの肩を支えながら、静かに首を横に振る。

 目の【眼】で、アレンの周囲に残るマナの残滓を深く観察した。

 空間を切り裂くように残された紫色のノイズ。

 それは単純な腹いせや無差別の誘拐ではなく、極めて緻密に計算された「目的」を持って行われた高高度な術式の跡だった。


 その時である。

 アレンが膝元に落としていた金属製の通信魔道具、あるいは路地の壁面に付着していた紫色の不純物が、ジュリジュリと不快なノイズ音を立てて青白く明滅し始めた。


『――聞こえるかい、アレン先輩?』


 路地裏の静寂を切り裂いて響き渡ったのは、一度聴いたら忘れられない、あの粘つくような甲高い狂気の声だった。


『ひどいじゃないか、先輩。僕が丹精込めて作ったあの素晴らしい爆弾を、あんな風に解体してしまうなんてさ。僕の情熱を台無しにされた僕の気持ち、少しは分かってくれたかな?』


「カルトォォォッ!!」


 アレンが立ち上がり、通信の音に向かって血を吐くような怒号を投げつけた。


「リリィを返せ! あの子は関係ないだろ! 命なら俺のものをやる! だからあの子を返してくれえっ!」


『あはは、娘のことになると余裕がないねぇ』


 カルトの嘲笑が、暗闇に冷たく響く。


『返してほしければ、思い出の場所へおいでよ。……そう、僕たちがかつて夢を語り合い、そして君が僕を捨てて逃げ出した、あの場所だ。――旧アニマギアス工房跡地の最深部で待っているよ』


『あの子を無事に返してほしければ、一人で来ることだ。……僕たちの手で、今度こそ完璧な最高傑作を完成させようじゃないか』


 プツリ、と不快な音と共に通信が切れ、路地裏に再び重苦しい静寂が戻ってきた。


「……旧アニマギアス工房……」


 アレンは茫然と呟き、握りしめた水晶玉をぽつりと見つめた。


「……俺が行く」


 アレンが低く、乾いた声で言った。その目には、絶望を通り越した悲壮な覚悟が宿っている。


「俺一人で行くよ。あいつの狙いは俺と、俺の持っている技術だ。これ以上、君たちを俺の過去の過ちに巻き込むわけにはいかない」


「何を言ってるんですか、アレンさん!」


 アレンの前に立ちふさがり、その力強い言葉を遮った。


「一人で行くなんて冗談じゃない! 相手は王都全体を巻き込もうとしている狂気的な爆弾魔なんですよ! 一人で行ったら、リリィちゃんもアレンさんも、カルトの思い通りに利用されるだけです!」


「だが……っ! あいつは一人で来いと言ったんだぞ!? もし君たちがついてきて、リリィに何かあったら――」


「大丈夫です」


 アレンの言わんとすることを、揺るぎない眼光で見つめ返す。

 かつて、転移する前の世界で、目の前の理不尽から目を背け、手を伸ばさなかったことで味わった一生消えない悔恨。

 あの屋上での選択を、この異世界で二度と繰り返さないと心に誓っているのだ。


「アレンさんの手は、壊れた道具を直し、リリィちゃんを笑わせるための手です。人殺しの道具を作るための手でもなければ、一人で犠牲になるための手でもありません。……リリィちゃんと、アレンさんの穏やかな日常は、絶対に連れ戻します」


「ユーリ……くん……」


 アレンの瞳が大きく揺れ、言葉を失う。


「そうだぜ、アレン!」


 ルシアンが大剣の鞘をドンと地面に叩きつけ、豪快に笑った。


「一人でカッコつけるなんて百早ぇんだよ! 俺たちがつついてりゃ、どんな罠だろうがぶっ叩いて壊してやるさ!」


「あたしも行くわ、アレンさん!」


 キャシーも涙を拭い、鋭い爪をシャキンと覗かせて強く頷いた。


「リリィちゃんは、うちの大事なお客さまで、あたしの大切なお友達なんだから! 絶対に助け出すわ!」


 アレンは仲間たちの顔を一人ひとり見つめ、やがて溢れ出る涙を荒々しく袖で拭うと、固く、強く頷いた。


「……すまない……っ。感謝する……! みんな……頼む……っ!」




 魔導商都グランデールの最外縁。

 かつて帝国の軍事圧力の下で兵器開発が行われ、終戦と共に封鎖されて廃区画となった暗闇の地帯。

 そこに、巨大な黒い影のようにそびえ立つ建築物があった。


『旧アニマギアス工房跡地』。

 何年も前に放置され、人の訪れることのない廃墟。

 鉄錆と焦げたオイルの匂いが鼻をつき、伸び放題の蔦が分厚い外壁を覆い尽くしている。

 アレンを先頭に、ユーリ、キャシー、ルシアンの四人は、月光すら届かぬ旧工場の正面へたどり着いた。


「ここだ……。ここで俺たちは、かつて並列回路の研究をしていた……」


 アレンが重々しく語り、錆びついた巨大な正面鉄門へと手を伸ばそうとした。

 その瞬間――。

 目の奥に、脳が焼き切れるかのような強烈な激痛が走った。


「――待ってっ!! 入っちゃダメだっ!!」


 咄嗟にアレンの服の袖を掴み、力任せに後方へ引き戻した。


「うわっ!? ど、どうしたんだユーリ!?」


 アレンが驚いて振り返る。

 ユーリは目を強く押さえながら、正面の鉄門へと視線を凝らしていた。

【眼】が開かれる。

 世界の裏側に蠢く、恐るべき構造が露わになった。


 鉄門の表面。そして門を挟む左右の柱、さらには頭上の天蓋に至るまで――。

 肉眼では一切見えない、不気味で濃密な「紫色のマナの糸(高致死性の不純物結界)」が、蜘蛛の巣のように隙間なく、びっしりと張り巡らされていた。

 門のノブ一つ、敷居の一線に至るまで、触れた瞬間に人体を内部から破綻させ、即座に爆縮させる最悪の不純物トラップ。


 もしアレンがそのまま手に触れていれば、一瞬で全身が吹き飛んでいたところだった。


「……門全体に、触れた瞬間に炸裂する最悪の不純物が仕掛けられている……! カルトの奴、最初から俺たちを正門で全滅させる気だったんだ……!」


 汗が額を伝い、石畳へぽたりと落ちる。

 漆黒の闇に佇む巨大な廃工場。

 その重門の奥から、冷酷な悪意と狂気が、息を潜めてこちらを見下ろしているようだった。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!


正直にお話ししますと、毎日たくさんの方に読んでいただけて本当に嬉しい反面、

ブックマークや評価の数字がほとんど動かない現実に、画面の前で「本当に楽しんでもらえているのだろうか……」と心細くなりながら更新ボタンを押しています。


「これからの更新も楽しみに追いたい!」

「ユーリたちの物語を最後まで読みたい!」


と少しでも思ってくださる読者様、どうか画面下の【ブックマークに追加】や、評価欄の【★マーク】をタップして、続きを楽しみにしていることを教えていただけないでしょうか……!

皆様の★評価ひとつ、ブクマひとつが、毎日の執筆と定時更新を続けていく最大の支えになります。

何卒よろしくお願いいたします!


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■ 連休中の更新時間(1日5回)

【朝 07:40頃】/【昼前 11:40頃】/【午後 15:40頃】/【夕方 18:40頃】/【夜 21:40頃】


本日が連休最終日となります!

連休のお供に、ユーリたちの熱い戦いと逆転劇を最後までたっぷりお楽しみください!

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