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【第42話】自律成長する爆弾と職人の矜持

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


逃げ場のない完全密室の展望台で、残された時間はあとわずか――。


絶望の淵に立たされたアレンと、世界の理を視るユーリ。

ふたりの職人と観察者が、命を懸けて最後の解体へ挑みます!


それでは、第42話をお楽しみください!

「……機械じゃ……ない……!? 生きてるのか……!?」


 ユーリの口から漏れたのは、底知れぬ戦慄を孕んだ掠れ声だった。

 金属ケースの中央に鎮座する、半透明でエメラルドグリーンに蠢く肉塊。

 無数の太い血管のような組織が金属のフレームへ不気味に根を張り、内部で怪しい光を放ちながらドクン、ドクンと脈動を繰り返している。

 その上に設置されたデジタルタイマーの赤い数字が、容赦なく残された時間を削り取っていく。


【 00 : 09 : 52 】

【 00 : 09 : 51 】


「アレンさん、これを止められるか……!?」


 ユーリの問いかけに、アレンは震える手で工具を握り直し、額の汗を拭った。職人として長年叩き込んできた経験と執念が、恐怖にすくみかけた身体を無理やり突き動かしている。


「……やるさ。たとえどんな異形だろうと、これを作ったのが人間である以上、必ず命令を伝える主回路が存在するはずだ……!」


 アレンは極細の加工刃をピンセットに持ち替え、脈打つ生体組織の隙間へと滑り込ませた。

 肉塊の表面を這う、太い並列回路のケーブル。

 緑色の光を放つその主導線に狙いを定め、職人の精密な手つきで刃を振るう。


 ちっ、と乾いた断熱音が響いた。

 主ケーブルが切断された瞬間、気味の悪い脈動がぴたりと停止する。

 同時に、真っ赤に点滅していたタイマーの数字が、ふっと消灯した。


「……止まった……!?」


 展望台を包み込んでいた悲鳴と絶叫が、一瞬にして静まり返る。

 張り詰めていた空気が弛緩し、人々の間から爆発的な歓喜が沸き上がった。


「やった! 止まったぞ!」


「助かったんだ! あの職人さんが爆弾を止めてくれたぞ!」


「ふぅ……」と、アレンもまた膝をつきかけ、安堵の溜め息をついた。

 だが、ユーリは目の奥に覚えた鋭い違和感に、表情を硬くした。


(……待て。マナの歪みが、消えていない……!?)


 直後。

 ピ、と冷酷な電子音が響き渡った。

 消灯していたタイマーに、再び血のような赤字が灯る。


【 00 : 04 : 12 】


「なっ……!?」


 アレンが目を見開いたのと同時に切断された生体ケーブルの断面から、無数の細い繊維が触手のように溢れ出した。

 その繊維は、まるで傷口を塞ぐ生体組織のように猛烈な勢いで伸び広がり、切断されたケーブル同士を繋ぎ合わせ、より太く、より強固な並列回路へと組み替えていく。


「くそっ……! なんだこれは……! 切断を記憶し、自ら回路を作り直しているというのか……!?」


 アレンの手から工具が滑り落ち、カランと虚しい音を立てた。

 増殖する肉塊は、わずかな間にタイマーの基盤や金属ケースの隙間を覆い尽くし、内部の構造を完全に飲み込んでいく。


「……カルトの奴……『僕の成長を見ろ』とは、このことだったのか……!」


 アレンの顔から完全に血の気が引き、蒼白な唇が激しく震えた。

 切れば切るほど、生体組織は切断を学習し、より強固なパスを生成して自己修復を果たす。

 しかも、侵蝕は猛烈な速度で進行していた。

 緑色のドロドロとした肉塊が表面を覆い尽くし、もはやどこに回路があり、どこに信管があるのか、目視することすら不可能な状態へと陥っていく。


【 00 : 01 : 15 】


【 00 : 01 : 14 】


 残り、一分余り。


「だめだ……」


 アレンの口から、弱々しい絶望の呟きが漏れた。



「構造が見えない……。探ろうにも、内部の基盤ごと生体組織に呑み込まれている……。これじゃあ、どこに刃を入れればいいのかさえ……」


「アレンさん、諦めちゃダメだ!」


「無理だ、ユーリくん……! これ以上手を加えれば、刺激されたバイオパーツが暴走して、正午を待たずに爆ぜる……! 俺の技術じゃ、この化け物には届かない……!」


 アレンが頭を抱え、その場に崩れ落ちる。

 王都最高峰の腕を持つ職人が、己の無力を突きつけられて膝を折った。

 人々の絶叫が天を衝き、死へのカウントダウンが残酷に削られていく。


【 00 : 00 : 45 】


【 00 : 00 : 44 】


 絶体絶命の極限状態。

 恐怖とパニックが膨れ上がり、死の気配が全員の首筋を凍りつかせる。


(……くそっ……! 何かないのか……!? 何か打ち破る手立ては……!)


 ユーリは唇を噛み締め、膝を突くアレンの背中を見つめた。

 諦めと絶望に叩き潰されそうなアレン。

 そのアレンの腰元で、ふと小さな光が目に入った。


 アレンの袋の隙間から覗く、あのきれいな水晶のような玉。

 アレンの愛娘、リリィが『お父さんが直してくれた宝物』だと、誇らしげに掲げていたあの透明な球体だ。


『お父さんはね、どんなものでも直せる、世界一の職人さんなんだよ!』


 リリィの無邪気で、まっすぐな声が脳裏を駆け抜ける。

 壊れた鍋を直し、止まった時計を直し、娘の笑顔と誰かの思い出を直してきた、傷だらけの手。


(アレンさんの手は……諦めるための手じゃないはずだ……!)


「アレンさん! 立ってくれ!」


 ユーリはアレンの肩を掴み、力任せに引き起こした。


「思い出してくれ! リリィちゃんが言っていたろ! 『お父さんは世界一の職人さんだ』って! あなたが諦めたら、あの店に、リリィちゃんの待つあの場所に帰れなくなるんだぞ!」


「ユ……ユーリくん……」


「俺を信じてくれ! あなたの腕なら、絶対に直せる……!」


 ユーリの叫びに、アレンの目が大きく見開かれた。

 充血した目の奥で、消えかけていた職人の光が、泥の中から這い上がるように再び強く灯る。

 アレンは震える手で床の工具を拾い上げると、血の滲む唇を固く結んだ。


「……そうだ……。俺は、あの子の待つ家に帰らなきゃならん……! たとえ相手がどんな化け物だろうと……俺の腕で、叩き潰してやる……!」


 アレンが職人の眼光を取り戻した瞬間。

 ユーリは目の奥に全意識を集中させ、自身の能力を限界まで開放した。


 視界から色彩が削ぎ落とされる。

 世界を構築する根源のプログラム――『マナ』の流線が、視界全体に鮮やかに浮かび上がる。


 緑色の肉塊が表面を覆い尽くし、物理的な視界は完全に塞がれていた。

 だが、マナを視る【眼】の前では、肉塊の厚みなど意味を成さない。

 肉塊の内部。不気味に増殖を続ける生体組織の奥深く。

 そこに、他とは決定的に異なる「強烈な紫色のエラー」が集中して渦巻いていた。

 周囲の組織へ無差別に修復と増殖の命令を送り出し、爆弾全体を統御している、不純物の最深部。


(見えた……! 表面のケーブルじゃない……! あいつに成長を命じている『核』が、奥底にある……!)


「アレンさん! 表面の肉を気にするな! 斜め三十度の角度で、肉塊の根元、二センチ奥だ!」


 ユーリの鋭い指示が飛ぶ。


「そこに、この爆弾の成長を統御している『核』がある! 表面の導線じゃなく、その核を直接一突きの刺突で断ち切ってくれ!」


 アレンはユーリの指示に一切の疑いを挟まなかった。

 長年の勘と、ユーリへの絶対の信頼。


「――任せろッ!」


 アレンのタコだらけの手から、一切の震えが消え去った。


【 00 : 00 : 08 】


【 00 : 00 : 07 】


 カウントダウンが、一桁へと突入する。

 アレンは極細の加工刃を逆手に握り直すと、職人としての全神経を右腕の一点へと収束させた。

 肉塊が不気味にドクンと脈打ち、組織が僅かに弛緩したコンマ一秒の隙。


「うおあぁぁぁぁぁッ!!」


 アレンの閃光のような一刺しが、緑色の肉塊の深部へと一直線に突き刺さった。

 ミリ単位の狂いもない、神技の如き一撃。

 ズブ、と手応えが伝わると同時に、肉塊の奥深くで「核」が散裂する感触がアレンの手元に返ってきた。


『シューゥゥゥゥ……ッ!!』


 耳を劈くような悲鳴に似た蒸気音が湧き上がる。

 肉塊の内部を巡っていたエメラルドグリーンの怪光が、一瞬にして衰え、ドロドロとした黒い澱みとなって崩れ落ちていく。

 そして。

【 00 : 00 : 02 】


 タイマーの数字が、二秒を残したまま完全に消灯した。

 シュン、と青白い光を放っていた『絶対防御結界』が粒子となって大気へ溶け、静寂が展望台を包み込む。

 赤黒い生体組織は完全に沈黙し、干からびた枯れ木のように硬化して崩れ去っていった。


「……と……止まった……?」


 誰かが呆然と呟いた。


「止まったぞ! 爆弾が止まったんだぁぁぁっ!」


 次の瞬間、地鳴りのような大歓声が展望台を揺らした。

 閉じ込められていた人々が抱き合い、涙を流して脱出の扉へと雪崩れ込んでいく。


「アレンさん! ユーリ様! お見事ですわ!」


 結界が消えたことで駆け込んできたエリアナが、感激に目を潤ませながら叫んだ。

 アレンは脱力したようにその場にへたり込み、汗みずくの顔でユーリを見上げ、力なく笑った。


「……はは……ユーリくん……君のおかげだ……。君がいなきゃ、俺は途中で投げ出していた……」


「いいえ、アレンさんの腕があったからです。……本当に、よかった」


 ユーリもまた胸を撫で下ろし、沈黙した爆弾の残骸へと視線を落とした。

 だが――その残骸の底。

 干からびた生体組織のさらに奥底に、ユーリの【眼】は「残された不自然な痕跡」を見逃さなかった。

 解体された爆弾の底板に、紫色の不純物が意図的な符号として焼き付けられている。


(……これは……? ただの爆破テロの構造じゃない……。まるで、バイオパーツの成長速度や修復能力を調べるための……『実証実験のデータ』を取っていたかのような……?)


 背筋に冷たい不気味な予感が奔る。

 この爆弾は、単なる事件の始まりに過ぎないのではないか。


「……ユーリくん」


 片付けを進めていたアレンが、周囲の警護兵たちに聞こえないよう、低い声で呼びかけてきた。

 その顔には、街を救った英雄としての晴れやかさはなく、重く暗い決意が刻まれている。


「……この爆弾の構造……そして、俺が過去に引き起こし、ずっと隠し続けてきた過ちについて……静かな場所で、話をさせてくれないか」


 アレンの言葉に、ユーリは静かに頷いた。

 遠くで響くお祝いの鐘の音。

 助かった人々の歓声の裏で、魔導商都グランデールを呑み込もうとするより巨大な陰謀の影が、静かにその輪郭を現し始めていた。

第42話をお読みいただき、ありがとうございました!


「俺の手は、あの子の待つ家に帰るための手だ――!」

リリィちゃんの言葉を胸に再び立ち上がったアレンと、肉塊の奥に潜む『成長核』を完璧に見抜いたユーリの【眼】!

ふたりの阿吽の呼吸によるミリ単位の神技の一撃、最高に熱い大逆転劇でしたね!


しかし、沈黙した爆弾の底に残されていた不気味な不純物の符号……。

これは単なる爆破テロではなく、もっと巨大な「実験」だったのか――?

次回、アレンの口から、十年前の禁忌と呪われた過去が語られます!


――――――――――――――――――――

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いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!


10月10日(土)〜 10月12日(月・祝)の3連休は、

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【朝 07:40頃】/【昼前 11:40頃】/【午後 15:40頃】/【夕方 18:40頃】/【夜 21:40頃】


連休のお供に、ユーリたちの熱い戦いと逆転劇をたっぷりお楽しみください!


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