【第41話】展望台のクイズと元弟子の影
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
正午まで、残り時間は一時間を切った――。
暗号クイズを解き明かしたユーリとアレンは、大勢の観光客で賑わう展望台『天の回廊』へと疾走します。
そこで待ち受けていたのは、アレンの過去を知る狂気の元弟子・カルト。
密室と化した天空のフロアで、最悪のカウントダウンが始まります!
それでは、息を呑むサスペンスの第41話をお楽しみください!
魔導商都グランデールの中央に高く聳え立つ、全高数百メートルに及ぶ巨大な石と金属の建築物――展望台『天の回廊』。
その麓へ向かって、二つの足音が石畳を激しく叩いていた。
「急ごう、アレンさん! 正午まで、あと四十分を切っている!」
前を走るユーリの言葉に、隣を並走するアレンが力強く頷く。
普段は下町の小奇麗とは言えない工房で、手ぬぐいを首に巻いて穏やかに微笑んでいる日用品の修理屋。だが今の足取りは、ただの町職人のそれとは明らかに異なっていた。
身のこなしには一切の無駄がなく、呼吸の乱れすら最小限に抑えられている。
『天の回廊』の麓に広がる大広場には、すでに白銀の甲冑を纏った騎士たちが怒号を交わしながら規制線を張り巡らせていた。
「速やかに退避してください! これより先は封鎖いたします!」
「一体何事なんだ! 今日は『建立祭』の前祝いの日だぞ!?」
「いいから離れろ! 命が惜しくないのか!」
避難誘導を行う警護隊と、突然の封鎖に戸惑う大勢の観光客や市民たち。
正午が近づくにつれ、広場は混迷の度を深めていた。
「ユーリ様! アレン殿!」
人混みを掻き分けて姿を現したのは、聖騎士団長エリアナだった。
結い上げた金髪を朝風に揺らし、焦燥を滲ませた表情で駆け寄ってくる。
「暗号の解読、お見事ですわ! 知らせを受けて直ちに『天の回廊』の避難指示を出しましたが……なにぶん全高数百メートルの巨大施設、最上階の展望フロアにはまだ数百名の利用者が取り残されております!」
「上階の様子は!?」
「魔導昇降機を優先的に降下させておりますが、正午までに全員を退避させるのは不可能ですわ! 犯人がどこに潜んでいるかもまだ……」
「とにかく、最上階へ向かいましょう」
アレンが工具箱を強く握り直しながら、重々しい声で割り込んだ。
「犯人の狙いが展望台そのものの爆破なら、爆発の核心は一番景色の見渡せる最上階、あの場所に設置されているはずです。私が行くことで、少しはお役に立てることもあるかもしれない」
エリアナは一瞬だけアレンの異様な迫力に気圧されたように目を見開いたが、すぐに毅然と頷いた。
「分かりましたわ。おふたりを最上階へご案内いたします! 警護隊、私に続け!」
円筒状のガラスと魔導鋼で組み上げられた大型の魔導昇降機。
内部に乗り込んだユーリ、アレン、エリアナ、そして数名の警護兵を乗せ、機械はブーンという低い唸り声を上げて高速上昇を開始した。
眼下に広がるのは、陽光を弾いて青く輝く魔導商都グランデールの壮大な街並みだ。
だが、その美しい景色を鑑賞する余裕など、誰一人として持ち合わせていない。
昇降機が百メートル、二百メートルと高度を上げていくにつれ、ユーリは目の奥に耐え難い圧迫感を覚え始めていた。
(……来る。近づいている……)
世界の根源を構成するプログラムシステム――『マナ』。
この昇降機が最上階へ近づくにつれ、空間を刺すような微細なピリピリとした不快感が皮膚を撫でていた。
不純物としての明確な紫色のエラーは、まだ視界に映っていない。
しかし、大気そのものが不自然に歪み、密度を変えているような気味が悪さが存在していた。
『ピン――ポン――』
軽やかな金属音が響き、昇降機の分厚い扉が左右へと滑らかに開く。
最上階、全方位を頑丈な強化ガラスで囲まれた、広大な球状の展望フロア。
そこには、避難指示が届かずパニックに陥りかけた数百人の市民たちと――そして、フロアの中央、王都の守護神である巨大な『女神像』の足元に、異様な異彩を放つ人影がひとつ、佇んでいた。
頭からすっぽりと黒いフードを目深に被り、両手をポケットに突っ込んだ男。
「……いたぞ! 犯人だ!」
警護兵が剣を抜き放ち、前傾姿勢をとる。
だが、フードの男は逃げ出す素振りすら見せず、ゆっくりと振り返った。
フードの暗がりから覗く、痩せこけた頬と、底知れぬ狂気を孕んだ濁った瞳。
男の視線が、ユーリの隣に立つアレンの姿を捉えた瞬間、その歪んだ唇が愉悦に吊り上がった。
「やあ……お久しぶりです、アレン先輩。……僕の成長の成果を、真っ先にあなたに見てもらいたくてね」
芝居がかった恭しい一礼。
その粘つくような甲高い声が響いた瞬間、アレンの身体が弾かれたように強張った。
アレンの手から、握りしめていた工具箱がガタリと床へ落ちる。
「お、前……カルト……なのか……!?」
アレンの口から漏れたのは、信じられないものを見るかのような茫然とした声だった。
元弟子――カルト。
かつて同じ工房で技術を競い合い、そして数年前に不穏な噂を残して姿を消したはずの男。
「カルト、お前……昨夜の礼拝堂の爆発も、今日のこの事件も、全部お前が……!?」
「ふふ、野蛮な爆発なんて言わないでくださいよ」
カルトは愛おしそうに、女神像の足元に置かれた一つの物体を指差し、両手を広げてみせた。
「これは『作品』です。かつて僕たちが夢見た、常識を遥かに超越する新しい魔導のカタチ……『並列爆弾』ですよ」
女神像の足元に鎮座していたのは、真鍮と黒鉄で重厚に組み上げられた、横幅一メートルほどの不気味な金属ケースだった。
「並列、爆弾……!?」
アレンが蒼白な顔で一歩踏み出す。
その金属ケースの重厚な組版、外部へ露出した複雑すぎる配線、そして内部から漏れ出る不気味な気配を見た瞬間、アレンの全身から血の気が完全に引き去っていった。
「お前……まさか、あの禁忌の設計を完成させたというのか……!? あれは未完成で、決して形にしてはならない代物だと……!」
「未完成だったのは、あなたの頭が固かったからですよ、先輩!」
カルトは甲高い嘲笑を上げ、狂気的に肩を揺らした。
「そこまでです! これ以上の暴挙は許しません!」
エリアナが白銀の魔導剣を抜き放ち、眩いばかりの氷の魔力を刃に纏わせる。
「警護隊、制圧しなさい! 爆弾に近づけさせるな!」
「おっと、騎士様方はお断りだ」
エリアナたちが踏み込もうとした、まさにその瞬間。
カルトが懐から取り出した小さな金属筒を、軽やかに指先で弾いた。
『キィィィン――……ッ!!』
耳を劈くような、高周波の甲高い金属音が空間を震わせる。
次の瞬間、展望台のフロア全体の外周に沿って、青白い光の帯が一瞬にして走り抜けた。
「な……なにっ!?」
走っていた警護兵たちが、見えない透明な壁に激突し、激しい火花と共に弾き飛ばされる。
フロアの全周を覆うように立ち上ったのは、ドーム状の巨大な半透明の光幕。
空間そのものを物理的にも魔導的にも完全に切断する、最上位の『絶対防御結界』であった。
「くっ……! 結界!? 外部からの魔力供給なしで、これほど巨大な術式を叩き起こすなんて……!」
エリアナが剣を振り下ろす。
ドゴォンッ! と凄まじい衝撃音が響き、氷の刃が散ったが、青白い結界の表面には微かな傷すらつかない。完全な拒絶の壁。
「ふふ……あはははは! さあ、これでこの『天の回廊』は、世界から完全に切り離された密室だ!」
カルトは狂乱する数百人の客たちの悲鳴を浴びながら、絶望に満ちた高笑いを響かせた。
「出入り口の魔導昇降機も、非常階段の扉も、すべて結界の内部からロックさせてもらいました。外部からの介入も、あなた方の逃走も不可能です!」
「カルトッ! 人々を巻き込むのはやめろ!」
アレンが声を張り上げるが、カルトは優雅に手を振ると、パニックを起こして逃げ惑う客たちの群れの中へと、するりと滑り込むように身体を沈めた。
「安心してくださいよ、アレン先輩。解除のチャンスをあげますから。……ただし、正午までに解ければ、の話ですがね!」
人混みの奥へと消えていくカルトの影。
追おうとした警護兵たちも、押し寄せるパニック状態の群衆に揉まれ、足止めを食らってしまう。
「きゃあああああっ!」
「出せ! ここから出せええっ!」
「助けて! 死にたくない!」
絶叫、悲鳴、そして結界を乱暴に叩く市民たちの手。
全高数百メートルの天空に閉じ込められた数百の命。完全な密室と化した展望台に、地獄のような混乱が吹き荒れていた。
「みんな、落ち着いてくれ……! 騒いでも脱出はできない!」
アレンが大声を張り上げた。
長年、職人として叩き上げてきた腹の底からの声が、フロアの混乱をわずかに静める。
「俺は魔道具の職人だ! この爆弾の構造には見覚えがある……! 必ず止めてみせるから、お願いだ、爆弾の周りから離れてくれ!」
アレンの切迫した叫びに、市民たちが引きつった顔でじりじりと後退し、女神像の周囲にわずかな空間が生み出された。
アレンは迷わず、女神像の足元へ駆け寄り、膝をついた。
傷だらけの手がカタカタと小さく震えている。だが、その瞳には市民と娘の住む街を守るための、決死の覚悟が宿っていた。
「ユーリくん……手伝ってくれ」
「……分かりました」
ユーリもまた、アレンの隣へと膝をつく。
アレンはポケットから極小の特殊ドライバーを取り出すと、並列爆弾の金属ケースを固定している四隅のボルトへ手際よく引っ掛けた。
カチャリ、カチャリと乾いた金属音が響き、一枚目の分厚い装甲カバーが外される。
その内部に現れたのは、真っ赤な光で数字を刻む、デジタル式のタイマーであった。
【 00 : 12 : 34 】
【 00 : 12 : 33 】
【 00 : 12 : 32 】
残された時間は、十二分とわずか。
冷酷に、一秒一秒と死へのカウントダウンが削られていく。
「十二分……! 十分に解体可能な時間だ……!」
アレンが二枚目の保護カバーへと手をかけ、慎重にロックを解除していく。
「大丈夫だ……基本的な回路の構成さえ掴めれば、信管を外して供給を遮断できる……!」
自分自身に言い聞かせるように呟きながら、アレンが最後のカバーを引き剥がした。
だが――その内部が露わになった瞬間。
アレンの指先がピタリと止まり、息を吸う音すら絶えた。
「……な……に……これ……は……!?」
アレンの口から、掠れた戦慄の絶叫が漏れた。
ユーリもまた、目の奥に激しい痛みを覚えた。
そこにあったのは、通常の機械装置ではなかった。
銅線も、基盤も、魔導石の配列すら存在しない。
金属ケースの中央に鎮座していたのは――グロテスクに波打つ、緑色の半透明な生の肉塊。
無数の太い血管のような組織が金属の筐体に直接根を張り、内部で不気味なエメラルドグリーンの光を蠢かせながら――
『ドクン……! ドクン……!』
まるで生き物の心臓のように、怪しく、生々しく、脈動を繰り返していた。
「機械じゃない……!? 生きている……というのか……!?」
アレンの顔から完全に血の気が引き、蒼白な唇が激しく打ち震える。
『ドクン……! ドクン……!』
カウントダウンを刻む赤色のタイマーと、それに同調して拍動を早めていく気味の悪い生の組織。
万物を破壊する禁忌の異形を前に、ユーリとアレンは冷たい汗を流しながら、ただ息をのむことしかできなかった。
第41話をお読みいただき、ありがとうございました!
絶対防御結界によって逃げ場のない完全密室となった展望台。
そして、アレンがカバーを開けた先にあったのは……
刻一刻と迫る死のカウントダウン。
果たして、アレンとユーリはこの生きている禁忌の爆弾を止めることができるのか――!?
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【3連休特別企画! 1日5話・怒涛の一挙更新中!】
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10月10日(土)〜 10月12日(月・祝)の3連休は、
感謝を込めて【毎日5話ずつ(3日間で計15話)】の超・連続更新でお届けします!
■ 連休中の更新時間(1日5回)
【朝 07:40頃】/【昼前 11:40頃】/【午後 15:40頃】/【夕方 18:40頃】/【夜 21:40頃】
連休のお供に、ユーリたちの熱い戦いと逆転劇をたっぷりお楽しみください!
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