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【第40話】小さな助手と傷だらけの手

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!


今回は、下町の小さな魔道具工房を訪れたユーリが、自称「世界一の助手」を名乗る元気いっぱいな少女と出会います。

温かな親子の日常、そして職人の手に宿る誇り――。


しかし、後半には新たな犯行声明が届き、事態は急転直下していきます。


それでは、第40話をお楽しみください!

 魔導商都グランデールの絢爛な中央大通りを抜け、石畳の緩やかな坂を下っていくと、風の匂いが少しずつ変わっていく。

 焼き立てのパンの香ばしさや、金属を叩く槌音、そして機械油の匂いが混ざり合う下町区画。その一角に、古びた木製の看板を掲げた小さな店が存在していた。

『アレン魔道具修理店』。


 表向きは、近所の主婦が持ち込む壊れた鍋や、針の止まった魔導時計を安価で直す日用雑貨の修理屋である。

 ユーリは、煤けたガラス戸を見つめながら脚を止めた。


 この店の店主であるアレンは、真の腕前を完全に隠して店を営んでいる。

 だが、日頃からメリッサの頼みで顔出しや連絡に訪れるユーリは知っていた。


 ピンセット一つを扱う際の寸分漏らさぬ軸調整、ヤスリを走らせる際の無駄のない身こなし、そして工具の手入れの行き届き方。

 アレンが、王都でも指折りの超一流の職人であるということは、メリッサとユーリの目には明確であった。


 昨夜、王都を揺るがした礼拝堂爆破事件。

 原因不明とされるあの不気味な事故の現場で拾い上げた、見慣れぬ精密工具。その手がかりと捜査情報を求め、足を踏み入れる。

 ガラガラと、使い込まれた引き戸を押し開けた。


「いらっしゃいませーっ! アレン工房へようこそ!」


 元気いっぱいの明るい声と共に、作業台の影から小さな少女が勢いよく飛び出してきた。

 アレンの愛娘、リリィである。


 小さな身体にだぼついたエプロンをつけ、自称・世界一の助手として胸を張る姿は、見る者を自然とほころばせる愛らしさがあった。


「あ、ユーリお兄ちゃん! いらっしゃい! 今日はなんのご相談?」


「やあ、リリィ。アレンさんはいるかな? 少し、見てもらいたいものがあって来たんだ」


「はーい! お父さんなら奥にいるよ! すぐ呼んでくるね!」


 リリィはすばしっこく店の奥へ駆け出そうとしたが、その首元には、革紐で括られた小さな物体が光を弾いていた。

 リリィが大切そうに両手で包み込むようにして掲げて見せたのは、きれいに透き通った、拳より少し小さな水晶のような玉であった。


「見て見て、ユーリお兄ちゃん! これ、リリィのいちばんの宝物なの! お父さんが昔の道具整理のときに探してくれてね、きれいだからお願いしてもらったんだよ!」


 無邪気な笑顔で自慢するリリィ。

 だが、その透明な玉に視線を向けた瞬間、目の奥がわずかに熱を帯びた。

 世界の法則を乱す紫色のエラー――いわゆる不純物の波形として映し出されているわけではない。だが、肌の表面をチクチクと刺すような、説明のつかない異様な圧力が、その球体の中心から微かに漂っていた。


 ただの飾り物ではない。しかし、今の段階では正体を特定しきれず、不自然な違和感として記憶の隅に留める。


「とても綺麗な玉だね、リリィ。大事にしているのがよく分かるよ」


「うん! お守りなんだー!」


 リリィが嬉しそうに胸を張ると、店の奥の暖簾をくぐって、背の高い男が姿を現した。


「リリィ、お客さんをあんまり引き留めちゃだめだよ」


 手拭いで油のついた手を丁寧に拭きながら現れたのは、店主のアレンだった。

 がっしりとした体躯に、タコだらけの傷だらけの手。だがその瞳は、娘に向けられる温かな慈愛に満ちている。


「やあ、ユーリくん。今日はメリッサ様の使い……ではなさそうだね。顔つきがずいぶんと真剣だ」


「……アレンさん。実は昨夜の礼拝堂の事件について、専門家であるあなたの意見を聞きたくて来たんです」


「礼拝堂の……あの大きな爆発か。街でも持ちきりだよ。無人だったのが幸いだったが……」


 アレンは表情を引き締め、ユーリを店内奥の作業テーブルへと促した。

 リリィはお邪魔にならないよう、作業台の端っこに腰掛け、宝物の水晶玉を大事そうに撫でながらふたりの様子を見守っている。


 ユーリはポケットに手を差し入れ、昨夜の惨状の中で回収した『あの品』を取り出した。

 ズシリとした重みを持つ、不気味な銀色の特殊器具。

 髪の毛よりも細い加工刃、極小のガラス小瓶、そして精密に組み上げられた金属機構。それを静かに作業台の上へと置いた。


「これです。昨夜の爆発現場に落ちていました」


 それを見た瞬間、アレンの気さくな店主の顔から、笑みが完全に消え去った。

 職人の鋭い眼光が、一瞬にしてその工具へと注がれる。

 アレンのタコだらけの指先が、緊張で小さく跳ねた。


「……アレンさん?」


 アレンは無言のまま、息を詰めて工具を見つめている。

「……あっちの、棚の……」とアレンがかすかに口を開きかけた、その直後だった。

 アレンが指示や具体的な工具の名称を口にする前に、リリィがすばしっこく動き出した。

 小さな手で棚から正確に『鑑識用の拡大ルーペ』と『極細のピンセット』を取り出すと、アレンの手元へスッと無駄のない動きで差し出したのだ。

 アレンは娘の差し出した道具を自然な動作で受け取り、工具の精査に入る。

 その言葉のない完璧な連携に、ユーリは感嘆の声を漏らした。


「……すごいな。何も言っていないのに、何が必要かすぐ分かったのかい?」


 リリィは得意気になって胸を張り、小さなお鼻を高くしてみせた。


「えへへ、私、世界一の助手だからね!」


 アレンは娘の頭にぽんと手を乗せると、ルーペを目元に当て、工具の刃の角度や小瓶の構造を慎重に確認し始めた。

 職人の長年の経験と観察眼が、微細な金属の削り出しを読み解いていく。


「……これは……」


 アレンの口から、低く重い感嘆が漏れた。


「……過去に帝都で、特殊な加工技術を研究していた関係者の仕事だ。完成された魔道具の内部にある、目に見えないほど繊細な構造を、直接加工して改変するための超精密工具だよ」


 アレンは慎重に器具を置き、深い溜息をついた。


「これほどの加工、ただの魔導士やそこらの職人には到底不可能だ。特殊な設計思想を熟知した者でなければ、扱えるはずもない……」


 アレンの指先が、器具の側面に残る微細な研磨痕と、小瓶に付着したオイルの跡に触れた。

 その瞬間――アレンの顔色が、サッと血の気を失った。

 肌が紙のように青白くなり、アレンの大きな手がカタカタと激しく震え始める。目の奥に、底知れぬ恐怖と狼狽、そして隠しきれない焦躁が走っていた。


「アレンさん!? どうしたんだ、顔色が悪い」


 ユーリが身を乗り出すと、アレンは咄嗟に工具を覆い隠すように手元を引き寄せ、必死に動揺を抑え込もうと息を荒らげた。


「……い、いや……なんでもない。ただ……」


 アレンは視線を彷徨わせ、不自然なほど硬い声で言葉を濁した。


「……ただ、この工具に残された痕跡から察するに……かなり特殊で、常識外れた加工が施されている、ということだ。……これを作った奴は、極めて危険だ」


 アレンの挙動は明らかに不審だった。

 何か自らの内に隠している過去や過ち、それに関わる恐ろしい爆弾の存在を悟ったかのように、顔汗を拭いながら手元を忙しなく動かしている。

 己の封印してきた不穏な真相を、この目で確かめなければならない――アレンの瞳の奥には、恐怖を塗りつぶすような、重く鋭い義務感が宿りはじめていた。


 その不穏な空気を切り裂くように――。


 ピピピピピピピピッ――!!!


 ユーリのポケットの中で、通信魔道具『マギストーン』が甲高い緊急警告音を放ち、青い光を激しく明滅させた。


「ッ……! エリアナから!?」


 ユーリが素早くマギストーンを取り出し、マナを通す。

 直後、スピーカーから飛び込んできたのは、聖騎士団長エリアナの、今までに聞いたこともないほど切迫した叫び声だった。


『ユーリ様! 緊急事態ですわ! たった今、王都警護隊に爆弾魔から犯行声明文が届きました! ……ですが、その文章が不気味な暗号になっておりまして……!』


「暗号……? 内容を教えてくれ!」


 エリアナが息を弾ませながら、犯行声明の文面を読み上げる。


『天へ伸びる一番高い指の上、影が最も短くなる刻に、僕の情熱を弾けさせよう。答えはどこだ?』


 犯行声明文の奇妙なフレーズが、耳の奥で反響する。

 ユーリは即座に頭の中で王都の構造と時間を照らし合わせ、思考を巡らせた。

 天へ伸びる、一番高い指。

 影が最も短くなる、刻。


「……展望台」


 ユーリの鋭い声に、マギストーンの向こうのエリアナと、目の前のアレンが息を呑んだ。


「『天へ伸びる一番高い指』は、市内で最も標高が高い場所――王都中央の展望台『天の回廊』だ!」


「そして『影が最も短くなる刻』は……太陽が真上に来る、正午ぴったりだ!」


『正午……!?』


 エリアナが悲鳴に近い声を上げる。

 アレンが弾かれたように壁の魔導時計を見上げた。

 長針と短針が刻む時刻は、すでに十一時十分を指していた。


「あと一時間もないじゃないか……! 正午の展望台には、今日も大勢の観光客や子供たちが……!」

 アレンが蒼白な顔で叫ぶ。


「エリアナ、すぐに現場へ向かう! 警護隊を集めて『天の回廊』の避難を開始してくれ!」


『了解いたしましたわ! ユーリ様も、どうかお気をつけて……!』


 通信が切れると同時に、ユーリは力強く脚を踏み出した。


「アレンさん、俺は展望台へ行く!」


「待ってくれ、ユーリくん!」


 駆け出そうとしたユーリの背中に、アレンの声が飛んだ。

 アレンは震える手で工具箱を掴むと、決意に満ちた、だがどこか焦りを孕んだ瞳でユーリを見つめ返した。


「私も一緒に行くよ。……少しはお役に立てることもあるかもしれないから」


 何かを強く秘めたアレンの申し出。その言葉の奥にある異様なまでの切迫感に、ユーリは一瞬目を見張ったが、力強く頷いた。


「……分かりました。頼みます、アレンさん!」


「まって、お父さん」


 リリィが宝物の水晶玉をアレンに渡す。


「リリィ?」


 アレンは渡された水晶とリリィを交互に見る。


「お守り、お父さんに貸してあげる! 頑張ってね!」


 リリィは応援の声を送る。

 切迫するタイムリミットの中、ユーリとアレンは店を飛び出し、爆破予告の迫る『天の回廊』へと疾走を開始した。


第40話をお読みいただき、ありがとうございました!


自称・世界一の助手、リリィちゃん……!

お父さんが言葉にする前に完璧な道具を差し出す阿吽の呼吸と、大切なお守りの水晶玉を「お父さんに貸してあげる!」と手渡す健気な姿に、思わず胸が温かくなりましたね。

(ユーリの【眼】が感じ取った、あの水晶玉の奇妙な圧力も気になるところです……!)


しかし、工具を見た瞬間に青ざめたアレンさんの様子、そして届いた不気味な暗号声明――!

ユーリが一瞬で解き明かした犯行場所は、市内最高峰の展望台『天の回廊』。


正午まで、残り時間は一時間を切っている――!

大勢の観光客や子供たちで賑わう天空の回廊へ、ユーリとアレンは間に合うのか!?


次回、緊迫のタイムリミットサスペンスが開幕します!


――――――――――――――――――――

【読者の皆様へのお願い】

「リリィちゃんが健気で可愛かった!」

「ユーリの暗号解読が格好いい!」

「続きが気になってたまらない!」

と思っていただけましたら、


ページ下部にある**【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】**にして評価していただけると、執筆の凄まじい原動力になります……!


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【3連休特別企画! 1日5話・怒涛の一挙更新中!】

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いつも本作をお読みいただき、本当にありがとうございます!


10月10日(土)〜 10月12日(月・祝)の3連休は、

感謝を込めて【毎日5話ずつ(3日間で計15話)】の超・連続更新でお届けします!


■ 連休中の更新時間(1日5回)

【朝 07:40頃】/【昼前 11:40頃】/【午後 15:40頃】/【夕方 18:40頃】/【夜 21:40頃】


連休のお供に、ユーリたちの熱い戦いと逆転劇をたっぷりお楽しみください!


「更新を見逃したくない!」「面白い!」と少しでも思っていただけましたら、

ぜひ下の【ブックマークに追加】や、評価の【★★★★★】をタップして応援していただけると、執筆の大きな力になります!

次回もお楽しみに!

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