【第38話】礼拝堂の残滓と見えない不具合
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!
本日より、新章――第3部**『千眼の水神』編**が堂々開幕いたします!
五年に一度の祝祭を目前に控えた王都で発生する、魔力の残滓なき謎の爆破事件。
魔力ゼロの少年ユーリが、世界の理を視る【眼】と素手で引き剥がす【手】で、新たな見えない敵へと立ち向かいます!
テンポの良いサスペンスと熱い知略戦を、ぜひ最後までお楽しみください!
深夜二十三時過ぎ。
五年に一度の『建立祭』を目前に控え、夜の帳が下りた魔導商都グランデール。
祝祭前の静けさを切り裂き、大地を揺るがす轟音と共に、大聖堂付属の礼拝堂が吹き飛んだ。
だが、駆けつけた警邏兵たちが目にしたのは、あまりにも不気味な光景だった。
これほどの大爆発でありながら、現場には火炎魔法の熱気も、爆裂魔法の残滓も、一切の「魔力の反応」が存在しなかったのだ。
――事件の真相は闇に包まれたまま、夜が明けた。
翌朝。
皮肉なほどの青空の下、大聖堂付属の礼拝堂は無残な瓦礫の山と化していた。
周囲には聖騎士団によって黄色い規制線が張られ、物々しい警戒態勢が敷かれている。
「ここまで綺麗に吹き飛んでいると、逆に不自然だな」
足元の砕けたステンドグラスを踏まないよう気を配りながら、低く呟いた。
「ええ、まったくですわ。幸い無人の時間帯でしたから怪我人は出ませんでしたが……」
背後から近づいてきたのは、白銀の甲冑に身を包んだ聖騎士団長、エリアナだった。
金髪を朝風になびかせ、凛々しく佇んでいる……はずなのだが、視線が合致した瞬間、その頬がふわりと桃色に染まる。
「朝早くから呼び立ててしまい、申し訳ありません。……ですが、どうしてもユーリ様のお力をお借りしたく」
言いながら、エリアナはすり足で距離を詰めてくる。
肩が触れ合うどころか、鎧の胸甲が当たりそうなほど近い。
「……エリアナ、近い」
「い、いえっ! これは警護任務ですわ! 決して、ふたりきりで現場検証できる好機を喜んでいるわけでは……!」
早口で言い訳しながらも、一歩も下がろうとしない。
相変わらずの調子に小さく息を吐きつつ、視線を瓦礫へと戻す。
「それで、鑑識や魔導士たちの調査結果は?」
「はい。現場の魔導測定器が、一切の反応を示さないのです。通常、これほどの破壊なら濃密な魔力の残滓が残るはずなのですが……まるで自然落雷か、純粋な物理衝撃だけで吹き飛ばされたかのようでして」
エリアナは苦渋に満ちた表情で首を横に振る。
一般的な魔法の常識では、完全な迷宮入り案件だった。
だが――世界の理は、魔法だけではない。
目の奥に意識を集中させる。
視界から色彩が一段階抜け落ち、世界を構築する根源のプログラム――『マナ』の流線が浮かび上がってきた。
「――それでユーリ様、この後のことなんですけど」
真剣にマナの痕跡を探る横で、エリアナがもじもじと指先を弄びながら囁いてくる。
「中央通りのカトリーヌに、新しい新作スイーツが入ったんですよ。よかったら一緒に……」
(……マナの痕跡が、はっきりと残っている。魔力が残っていないのも当然だ。これは魔法じゃない。マナによるものだ)
祭壇のあった空間に、べったりとテープを貼り付けたような紫色のノイズが歪みとなって焼き付いていた。
「で、でも、中央公園の湖畔に行くっていうのもいいですわね! 天気もいいですし、あそこなら2人で静かな時間を過ごせると……きゃっ! べ、別にやましい意味で言ったわけではなくて!」
一人で勝手に照れて顔を真っ赤にするエリアナへ、確認した事実を告げる。
「エリアナ。やっぱりこれは、マナによるものだよ」
「えっ? 湖畔に一緒に行きましょ……えっ!? やはり人為的なものですの!?」
「ああ。魔力じゃなく、もっと根底にあるマナの仕組みそのものをいじって、無理やり破綻させている。かなり特殊な魔道具が使われたはずだ」
祭壇の真下に設置されていた痕跡を指し示す。
深夜二十三時という無人の時間を狙い、威力を確かめるための実験――。
「……周辺の気配を探ってみる。外へ出よう」
「は、はいっ! お供いたしますわ!」
礼拝堂の外へ出ると、規制線の外側には不安顔の野次馬たちが大勢集まっていた。
建立祭を間近に控えた時期の大爆発だ。動揺が広がるのも無理はない。
「皆様、ご安心ください! 聖騎士団が総力を挙げて警戒網を強化しております!」
エリアナが毅然とした声で群衆を落ち着かせている間に、研ぎ澄ました【眼】で野次馬たちの全身を走査していく。
怯える人々。
その中に、ただ一人だけ――周囲の空気から完全に浮いている人影があった。
(……見つけた)
群衆の最後列。
外套のフードを目深に被り、瓦礫を調査するエリアナをじっと値踏みするように観察している男。
その手首の周囲には、礼拝堂の祭壇と同じ「紫色のマナのノイズ」が付着していた。
「エリアナ」
口元を動かさず、隣の騎士へ囁く。
「三時の方向、フードの男。……あの爆発の不純物をまとっている」
「了解いたしましたわ。……ユーリ様との大切な時間を邪魔した罪、きっちり償ってもらいますわよ!」
エリアナの手袋が、魔導剣の柄へと滑らかにかかる。
人混みの外縁を大きく迂回し、背後から音もなく間合いを詰めた。
「おい。少し、話を聞かせてもらえるかな」
「――ッ!?」
男の肩が跳ね上がり、振り返るよりも早く路地の奥へと脱兎の如く駆け出した。
「止まりなさい! 聖騎士団です!」
先回りしたエリアナが路地を塞ぎ、白銀の剣を一閃させる。
前後を挟み撃ちにする完璧な包囲。
だが、男は立ち止まらなかった。
フードの奥から、低く濁った嘲笑が漏れ出る。
「ふ、ふふ……嗅ぎ回るのが早いねぇ、騎士サマは」
男が右手を天へ掲げた。
手の平を中心に、周囲の大気から吸い上げられたマナが、禍々しい紫色の球体となって急速に凝縮していく。
「エリアナ、下がってっ!」
腕を掴み、力任せに後方へ引き戻す。
直後、エリアナが立っていた石畳が轟音と共に内側から弾け飛んだ。
「まとめて消し飛べぇッ!」
男がさらに巨大な術式を両手の間に編み上げようと腕を交差させる。
「そうはいかない」
爆煙を突き抜け、一気に間合いをゼロへと詰めた。
武器も魔法も使わない。伸ばした右手を、男の両手の間に構築されつつある「紫色のマナの塊」――空間に貼り付いた不純物へ、迷わず叩き込む。
掴む。
そして、力任せに引き剥がす!
「剥がれろ――ッッ!!」
ビリリィーー……ッ!!
強烈に貼り付いたテープを強引に引き剥がしたような、空間を裂く破裂音が路地に響き渡った。
完成しかけていた紫の術式が、実体ある薄膜のように手によって剥ぎ取られ、大気の中へと霧散していく。
「な……ッ!? 馬鹿な、マナの結合を素手で……ッ!?」
男が狼狽の悲鳴を上げる。
胸倉を掴もうと踏み込んだが、男は咄嗟に懐から小型の煙幕弾を地面へ叩きつけた。
激しい白煙が立ち込める。
「くっ、逃げ足の速い奴だ……!」
煙が晴れたときには、すでに男の姿は迷路のような裏路地の奥へと消え去っていた。
「申し訳ありません、ユーリ様……! 取り逃がしてしまいましたわ……!」
悔しそうに駆け寄ってくるエリアナ。
だが、視線は男が逃走の際に落としていった、足元の小さな金属器具へと注がれていた。
拾い上げると、ずっしりとした冷たい感触が伝わってくる。
手のひらサイズの奇妙な器具。先端には髪の毛よりも細い加工刃、側面には微細な魔導液を満たした極小のガラス小瓶が組み込まれていた。
「手ぶらで逃げられたわけじゃない。……立派な手がかりだ」
「これは……一般的な工房で使われるような道具ではありませんわね。異様な精密さを感じます」
「ああ。魔道具の内部を極限まで精密にいじるための専用工具だ」
器具を懐へ収め、歩き出す。
「酔っ払い亭へ行こう。メリッサに見せれば、何かわかるはずだ」
「はい、ユーリ様!」
秋の澄んだ風が路地を吹き抜けていく。
魔導商都グランデールを揺るがす見えない悪意の歯車が、確実に動き始めていた。
第38話をお読みいただき、ありがとうございました!
現場に残された見えない紫色のノイズ、そして素手で術式を**「ビリリィーー……ッ!!」**と引き剥がしたユーリ!
逃げたフードの男が落としていった、極小の精密工具は一体何を意味するのか――?
そして、事件の合間にデート(?)に誘おうと必死なエリアナ団長も相変わらずでしたね(笑)。
次回、おなじみの拠点『酔っ払い亭』へ戻り、大賢者メリッサによる本格的な鑑定が始まります!
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■ 連休中の更新時間(1日5回)
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