【第32話】執念の剥ぎ取りと魔剣ヴェルグレイヴ
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仲間たちが血を流し、身を挺して切り開いてくれた一本の道。
その先で待ち受けるのは、魔剣ヴェルグレイヴの呪いに呑まれ、完全に自我を失ったシエラの凶刃でした。
過去の悔恨を乗り越え、ユーリの【手】が魔剣と右腕を繋ぐ黒紫色の不純物を捉えます!
世界の理を覆す執念の剥ぎ取り、そして追い詰められた敵頭領ガイゼルが解き放つ「最悪の切り札」とは——!?
第2章最高潮のカタルシスと怒涛の展開が押し寄せる第32話、どうぞお楽しみください!
「ユーリ! 行ってーーーッ!」
キャシーの絶叫とともに、一瞬の間隙が生まれた。
ルシアンが大剣クラドで突進軌道を強引に削り取り、エリアナが身を挺して氷の防壁を張り、キャシーが分身で視界を乱す。血を流しながら仲間たちが命がけで作ってくれた、シエラへ至る一本の道。
ユーリはその一直線の路へ迷わず踏み出し、前傾姿勢のまま地を蹴った。
正面から迫るシエラの肉体から、ドロドロとした【黒紫色のマナの不純物】が激しいノイズとなって噴出する。皮膚を切り裂くような衝撃波と狂気の圧気が全身を襲う。
だが、ユーリの脚が一歩たりとも怯むことはない。
脳裏に刻まれた、転生前の苦い記憶、見過ごしてしまったあの日の惨めな後悔。
(二度と、見過ごすものか。目の前で戦う覚悟を持たない者も、自分を助けてくれた彼女も……絶対に死なせはしない!)
不退転の誓いが魂を貫き、物理的な衝撃すら踏み倒してユーリはシエラの懐へと飛び込んだ。
シエラの赤く血走った瞳がユーリを捉え、凶刃が振り下ろされかける。その腕が完全に振り切られるよりも早く、ユーリの両手が突き出された。
狙うは、シエラの右腕と『魔剣ヴェルグレイヴ』を不気味に接続・固着させている、太く醜い黒紫色の不純物。
ガシッ、と触れた指先に伝わったのは、頑丈な壁に固く貼り付いた強力なテープを捉えたような、生々しく生硬な手応えであった。
指先を不純物の深部へと食い込ませ、ユーリは全身の筋力を軋ませながら、喉が割れんばかりに叫んだ。
「剥がれろぉぉぉーーーーッ!」
全身の力を力任せに乗せ、一気に腕を振り抜く。
——ビリリィーー……ッ!
世界そのものが悲鳴をあげるような、凄まじい剥離音が夜空へと響き渡った。
シエラの右腕と魔剣を不気味に繋ぎ止めていた黒紫色の不純物が、まるで強固なテープを引き剥がされたかのように、根底から破砕・霧散していく。
「ガ、ぁぁっ……!?」
不純物という根源のエネルギー供給を断たれた『魔剣ヴェルグレイヴ』は、その瞬間に脈動していた禍々しい光を完全に喪失した。溢れ出ていた黒紫色のノイズが一瞬で収縮し、剣は本来の刀身の形を保ったまま、刃の死んだただの無価値な鉄のガラクタへと変貌した。
同時に、シエラの全身を覆っていた黒紫色のノイズが跡形もなく消え去る。
瞳に宿っていた血のような赤光が霧散し、冴え冴えとした美しい元の瞳へと戻っていく。
不純物の呪縛から解放されたシエラは、全身の力を使い果たしたようにその場に崩れ落ちた。ユーリはすかさず手を伸ばし、崩れる彼女の華奢な身体をしっかりと両腕で受け止めた。
「……ありがとう……」
ユーリの腕の中で、シエラは安堵の涙をひとしずく零し、掠れた声で感謝を口にすると、安心したようにそのまま静かに深く穏やかな眠りについた。
ユーリは彼女の無事を確認し、そっと広場の安全な石畳の上へ横たえさせると、ゆっくりと立ち上がった。
そこへ、拍手をするような乾いた音が広場に響き渡った。
「はっはっはっは! 我々の作戦を阻止しようと嗅ぎ回っていた厄介な女だ」
嘲笑いながら一歩前へと踏み出してきたのは、『漆黒の影』の頭領ガイゼルであった。
ガイゼルは歪んだ笑みを浮かべ、腰の短剣の柄を指先で弄びながら、無抵抗となったシエラを値踏みするように見下ろす。自らの保身と任務のためだけに他者を道具として使い捨てる、底冷えするような暗殺者の眼光。
「まさか貴様の手で魔剣の呪いごと弱らせてくれるとは思いもしなかったぞ。これで心置きなく始末できるというものだ!」
ガイゼルの周囲に集う刺客たちからも、下卑た失笑が漏れる。
自らを犠牲にしてまで人々を守ろうとしたシエラの決死の覚悟を、ただの『処理しやすい障害』と切り捨てるその傲慢な態度。
ユーリの胸の奥底で、冷徹な怒りの炎が静かに燃え上がった。
「……人の想いを何だと思っている!」
後ろから駆け寄ったエリアナが、氷の聖剣を固く握りしめて激しく糾弾する。
だが、ガイゼルは肩をすくめて鼻で笑った。
「口惜しければその女ごと死ぬがいい! ……おいおい、何でそんな顔をする?」
ガイゼルはわざとらしく首を傾げ、愉悦に歪んだ笑みをユーリたちへ向けた。
「人なんて、そんなもんさ。自分を守るためなら、平気で他者を踏みにじる」
吐き捨てられた冷酷な言葉が、夜の冷気に突き刺さる。
かつて見過ごし、手を伸ばせなかった苦い過去を持つユーリの胸に、その歪んだ理屈が鋭利な棘となって深く突き刺さった。
自己の保身のために他者を平然と犠牲にする——その醜悪な論理を、ユーリは決して認めるわけにはいかなかった。
ガイゼルは懐へと手を滑り込ませると、黒く光る不気味な宝玉を取り出し、嘲弄するように掲げてみせた。
「それより……我々の力がこの程度だと本気で思っているのか?」
ガイゼルの合図に応じ、生き残っていた『漆黒の影』の刺客たちが一斉に同じ黒い宝玉を天へと掲げた。
無数の宝玉から、おぞましい暗黒のマナが黒い光柱となって天を突き破る。集束した莫大な圧力が空間そのものをメリメリと軋ませ、工房の上空に巨大な空間の亀裂を生み出した。
ゴオォォォォォンッ!
雷鳴をも超える不気味な咆哮が夜空を震わせる。
亀裂の中から姿を現したのは、黒銀の分厚い鱗に覆われた巨大な躯と、背に広がる不気味な皮膜の翼、そして口元から黒紫色の漆黒の炎を吹き散らす伝説の異形——魔獣『ヴォルヴァグス』であった。
地を揺らす足音とともに降臨した巨竜のごとき魔獣。その巨体が腕を一振りするだけで、工房の強固な外壁が一瞬で木っ端微塵に粉砕され、圧倒的な破壊の圧力が広場全体を絶望的に支配した。
「ハハハ! 破壊せよ、ヴォルヴァグス! 奴らを、この街を、跡形もなく焼き尽くせ!」
狂喜するガイゼルの声を受け、魔獣ヴォルヴァグスが漆黒の炎を喉元に溜め込み始める。
「メリッサ、このままじゃ不味い。街が火の海になる」
緊迫した面持ちでユーリが呟いた。
「ユーリ、ちょっと待って! なんかおかしいわ」
屋根の上から降り立っていたメリッサが、小さな眉をひそめて空間を凝視している。
「おかしいって?」
「魔獣ヴォルヴァグス、あれは伝説に出てくるような魔獣よ。こんな強力なカードを持っていて、今まで隠していたと思う?」
「つまり、あれは偽物だってことか?」
ユーリたちの元へ素早く合流したキャシーが、周囲を警戒しながら尋ねる。
メリッサは小さな顎に手を当て、深い思考へと潜り込んだ。
「あの巨体を、たった五人程度が集まったくらいで一瞬で出現させるなんてこと、まず考えにくいわ」
「幻覚ってことか? だが、実際にあの巨大な壁を破壊したぞ」
ユーリは粉々に破砕された工房の壁を指差し、首を振る。だが、その隣でルシアンがニヤリと豪快な笑みを浮かべ、バチンとウィンクしてみせた。
「俺だってその気になりゃ、あんな壁一撃で粉々にできるぜ」
「そうか……確かに」
ルシアンの圧倒的な剛力を思い出し、ユーリの思考は納得へと傾いていく。刺客の中にルシアン級の剛力を持つ者が潜んでいれば、巨体の出現に合わせて陰から物理攻撃を仕掛けることで、あたかも巨竜が壁を破壊したかのように見せかける工作は十分に可能だ。
「ですが、あれが本物かどうかをここで見極めるのはとても危険ですわ」
いつの間にかユーリの背後にぴったりと合流していたエリアナが、品格ある凛とした声で慎重な意見を述べる。
「だが、納得できるところもある」
メリッサが空中に視線を向け、大賢者としての鋭い観察眼を走らせた。
「高出力な魔法操作を行う時、魔族はマナを部分的にでも活用しているふしがある。今回、それが見られないわ」
ユーリの【眼】にも、目の前に鎮座する巨竜の周囲には、本物の強力な召喚獣が存在する時に生じるような「濃厚な不純物の渦」が見当たらない。
刺客たちが掲げる黒い宝玉の周りにのみ、微弱な紫色のノイズが歪に揺らめいているだけだ。
「ちょっと危険だけど……私の作戦、乗ってみる?」
メリッサが不敵な、どこか悪戯っぽい笑みを口元に浮かべ、チラリとルシアンを見上げた。
「あ、あのメリッサ殿。この流れでなぜ私に聞くのですか」
ルシアンの表情が一瞬にして青ざめた。
「あいつの炎か爪の一撃を正面から叩き折る勢いで受けてちょうだい」
メリッサは平然とした顔で、とんでもない要求を口にする。
思わず絶句するルシアンに対し、メリッサは事も無げに言葉を継いだ。
「もし幻覚なら、あんたの攻撃はスカスカと空を切って刺客たちのカラクリが暴かれる。もし本物……あるいは実体を持った物理攻撃だったとしても、体内で魔力を完全循環させた今のルシアンなら、死にはしないわ!」
「死にはしないって、そんな大雑把な……!」
「なーに言ってるのよ! ユーリの頼れるバディなんでしょ? ここで格好いいところ見せなくてどうするの!」
キャシーが後ろからルシアンの背中をバシバシと力任せに叩く。
「ルシアン殿、ユーリ様もご覧になっておられますわ」
エリアナが冷徹な表情のまま、すっと氷の聖剣を構えて横目にルシアンを睨みつけた。
甲冑の胸元に手を当て、絶対の覚悟を宿した瞳で告げる。
「私でしたらユーリ様のために命を捧げる準備はいつでもできておりますけれど……まさか衛兵騎士団長ともあろうお方が、逃げ腰になられるわけではありませんわよね?」
「くっ……! 言ってくれるじゃないか! 好都合だ、ユーリの前で不甲斐ない姿は見せられんからな!」
ルシアンは観念したように豪快に腹を括ると、聖大剣クラドを肩に背負い直し、体内の魔力を完全循環させて爆発的に昂ぶらせた。
「よし、ユーリ! 俺が正面からあのデカブツの攻撃を全部受け止めてやる! その隙に、あの頭領どものインチキの根源をひっ剥がしてやれ!」
「ああ、頼むよルシアン」
ユーリは力強く頷いた。
刺客の頭領ガイゼルは、ユーリたちのやり取りを余裕の笑みで見下ろしている。
「フハハハ! 恐怖のあまり何やら狂った作戦を立てているようだが無駄だ! 焼き尽くせ、ヴォルヴァグス!」
ガイゼルの猛吼とともに、巨竜ヴォルヴァグスが喉元に溜め込んだ漆黒の炎を吐き出そうと、巨大な顎を解き放った。
「いくぞぉぉぉーーーーッ!」
全開の魔力を全身から迸らせたルシアンが、大地を蹴って正面から巨竜の懐へと躍り出る!
狂乱の幻影か、それとも実体を伴う死の罠か。
魔導商都グランデールの運命とシエラの全存在を賭けた、欺瞞を打ち砕く反撃の決戦が、いま最高潮の熱量とともに幕を開けようとしていた。
第32話をお読みいただき、ありがとうございました!
何重ものノイズをものともせず、素手で力任せに**「ビリリィーー……ッ!」**と魔剣の呪縛を引き剥がしたユーリ!
光を失い、ただの鉄のガラクタと化した魔剣と、ユーリの腕の中でようやく正気を取り戻して涙を零したシエラ……無事に救い出すことができて本当に良かったです!
しかし、平然と他者を使い捨て「人なんて、そんなもんさ」と嘲笑う敵頭領ガイゼルの外道ぶり。
黒い宝玉によって召喚された伝説の魔獣『ヴォルヴァグス』の圧倒的な巨体と漆黒の炎が、工房を絶望で包み込みます。
そんな中、大賢者メリッサが見抜いた「ある違和感」と、退路を断たれて腹を括った頼れる忠犬バディ・ルシアンの覚悟!
エリアナやキャシーの煽りも相まって、ルシアンが正面から巨竜へ突撃していきました!
次回、ルシアンの剛刃一閃が巨竜を真っ二つに!?
しかし、その先に待ち受けていたのは狡猾な暗黒結界の罠と、ガイゼルが手にする「更なる暴走」でした——!
【読者の皆様へのお願い】
もし少しでも
「シエラの救出にスカッとした!」
「ユーリの剥ぎ取りが熱い!」
「ルシアンの突撃を応援したい!」
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