【第30話】最強の囮と王都随一の魔道具職人
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大賢者メリッサが仕掛ける「超古代の魔力増幅装置」という最強の囮。
作戦を成功させる最後のピースとして、ユーリとキャシーは街の裏社会を握るトータス清掃会社・ハリス店長のもとを訪れます。
底知れぬスパイとの息詰まる腹の探り合い。
そして、決戦前夜の自室に訪れる敵幹部リタから託される「魔石」と、シエラを巡る切実な真実とは——?
嵐の前の静けさと、迫り来る決戦の刻。
第30話、どうぞお楽しみください!
魔導商都グランデールの路地裏。湿った石造りの階段を下りた先にある『トータス清掃会社』の事務所は、朝の光も届かない薄暗がりに沈んでいた。
扉を押し開けると、乾いた古い紙と薬品の匂いが鼻孔をつく。
カウンターの奥では、エプロン姿のハリスがバケツの上で雑巾を絞っていた。規則正しい水滴の音が響く中、ハリスは濡れた手を拭うこともせず、ゆっくりと細めた目を持ち上げた。
「やあ、いらっしゃい。うちに就職してくれるという話なら大歓迎なんだが……どうやら、ずいぶんと切迫した用件のようだね」
穏やかで人の良さそうな微笑。だが、その瞳の奥にある漆黒の冷徹さを、ユーリは見逃さない。
ユーリはカウンターの前へ歩み寄り、ポケットに手を入れたまま感情を交えずに切り出した。
「単刀直入に頼みがある。情報を流してほしい」
「情報、かね?」
ハリスは手にした雑巾を流し台の縁へ置き、カウンターの下から金属ケースを取り出して煙草を一本くわえた。マッチの擦れる音が静寂を破り、細い紫煙が立ち上る。
「大賢者メリッサが、自身の工房で『超古代の魔力増幅装置』の修復を完了させた。その装置は、都市全域の魔導インフラを数十倍に暴走させる出力を秘めている……この噂を、街に潜伏している『漆黒の影』の耳に、半日以内に確実に届けてもらいたい」
ユーリの言葉に、ハリスは煙をくゆらせたまま、わずかに口角を吊り上げた。
「……なるほど。あの大賢者が、敵にとって喉から手が出るほど欲しい決定打を完成させたと。散らばって重要施設を狙っている暗殺部隊を、工房という名の特設リングへ一網打尽に誘き寄せるわけだ。面白い……実に見事な作戦だ」
即座に作戦の全貌を看破してみせたハリスに、隣のキャシーが警戒を強めて身構える。
だが、ハリスは煙草の灰を落としながら、静かに目を細めた。
「お安い御用ですよ。清掃員のネットワークは、街の路地裏から裏社会の闇ルートまで張り巡らされていますからね。彼らにとって『これ以上ない極秘の特ダネ』として、正午までには奴らの幹部の耳へ確実に届けましょう」
「……助かるよ、ハリス店長」
「なぁに、気にしないでください。先日も言いましたが、私がこの街を守りたいという気持ちは本物ですからね」
ハリスの柔和な眼差しを見据え、ユーリは静かに言葉を返した。
「信じるよ、ハリス店長」
その瞬間、ハリスの顔から温和な笑みがすっと消え去った。
底知れぬ凄みを帯びた、真剣な眼差しがユーリを射抜く。
「いいえユーリ君、私の言っていることは信じてはいけません。あなただけはずっと私を疑い続けてください。私からのお願いです」
「……肝に銘じるよ」
相容れない立場でありながら、奇妙な均衡で結ばれた二人の視線が交錯する。
ユーリは短く会釈をすると、キャシーを伴って事務所を後にした。
背後で扉が閉まる瞬間、ハリスが落とした自嘲混じりの呟きは、階段の闇の中へと静かに消えていった。
決戦の舞台となるメリッサの魔導工房では、昼夜を問わず迎撃の準備が進められた。
工房の中央広場には、古代遺物のジャンクパーツを精密に組み上げ、莫大なマナの偽装光を放つ『超古代の魔力増幅装置』——メリッサの手による完璧な張りぼてが鎮座している。
その周囲を取り囲むように、地下通路や建物の死角へ無数の感知トラップと防衛魔導陣が張り巡らされていく。ユーリは【眼】を凝らし、紫色の澱みがどこにも生じていないか、罠の起動回路にエラーがないかを細かく確認していった。
張りつめた空気が漂う中、甲冑を激しく鳴らしながら聖騎士団長エリアナが駆け込んできた。
「ユーリ様をそのような危険な戦場の中心に立たせるなど、到底容認できませんわ! 聖騎士団の総力を結集し、ユーリ様をこの私の腕の中で完璧にお守りいたしますわ……っ!」
「だから何でどさくさに紛れて抱きつこうとしてるのよ! 過保護な粘着騎士ね!」
「な、なんですって! ユーリ様の公式パートナー(自称)はこの私ですわ!」
火花を散らす二人を、大剣を担いだルシアンが苦笑いで割って入る。
「まあまあ二人とも、配置につくぞ。敵の迎撃陣形は完璧に詰めてある。あとは奴らが罠に飛び込んでくるのを待つだけだ」
ルシアンの号令のもと、各部隊が持ち場へと散っていく。
準備は、完全に整った。
決戦前夜。
工房の罠を仕切り終えたメリッサが休むのを見届け、ユーリは『酔っ払い亭』の自室へと戻った。
部屋の灯りをつけようとした瞬間、暗がりの中でベッドの端に腰掛けている人影に気づいた。
変装を解き、知性的な瞳を夜闇に光らせている女性——魔族の幹部、リタであった。
「驚かないのね」
「驚いてるよ。ただ、もうすぐ来るだろうなって思ってた」
「どうして?」
「頼みごとをして、あとは知らんぷりってできなさそうだったから」
「そうね、私の性格上、そんなに割り切った考えはできないかも」
お互いにクスリと微笑み合った後、リタの表情が真剣なものへと変わった。
「お願いがあるの。シエラを助けてほしい。勝手なお願いだってことは分かっているわ。……シエラのこと、調べたの。彼女はこの街……いいえ、帝都も含めてすべての人を助けるために、自らを犠牲にしてあの『魔剣ヴェルグレイヴ』を手にしたのよ」
人々を過酷な運命から救うため、自ら呪われた魔剣を握り、いまや自我を削り取られているシエラ。
その切実な裏事情を聞かされたユーリは、静かに口を開いた。
「お願いは聞けない」
「そ、そうよね……」
落胆しかけたリタに対し、ユーリは口角をわずかに上げた。
「彼女には二度も助けられた。誰が何と言おうと、彼女を助けるために全力を尽くすよ」
リタは目を見開き、息を呑んだ。そして深々と愛おしむような眼差しを向けると、懐から静かに光るひとつの魔石を取り出し、ユーリの手へと手渡した。
「これは?」
「どんな効果があるかは言わない。頼られたら困るから。でも、肌身離さずお守りだと思って持っていて」
ユーリが深く頷いて魔石をポケットに納めると、リタは立ち上がり、窓枠に足をかけた。夜風に髪をなびかせ、ふと振り返る。
「人と魔族……あなたと話していると、本当にいつか分かり合える気がするわ」
「今じゃないのか?」
ユーリの問いに、リタは寂しげに微笑んだ。
「あなたが思っている以上に、この争いは根が深いの」
もう振り返ることなく、リタは夜の闇へと滑らかに飛び去っていった。
翌日。
大賢者の工房を取り囲む空気は、氷のように冷たく張りつめていた。
ハリスが流した「都市の結界を一瞬で壊滅させる超増幅装置」の噂に誘い出され、闇の中から無数の黒装束——『漆黒の影』の全戦力が音もなく包囲を完了させていた。
そして、ユーリの【眼】が捉えたのは、刺客たちの群れの後方、屋根の上に佇むシエラの姿だった。
その様子は、あまりにも痛ましく凄惨だった。
『魔剣ヴェルグレイヴ』から噴き出すドロドロとした黒紫色のマナが、彼女の右腕を完全に侵食し、まるで無数の触手のように首筋や顔面にまで血管状に這い回っている。
シエラは苦悶のあまり歯を食いしばり、瞳からは血の涙が滲み出ている。刀を抜こうとする右腕を、必死に左手で押さえ込もうとするが、その指先は魔剣の圧倒的な破壊衝動に抗いきれず、一本、また一本と引き剥がされていく。
自我の灯火が、今まさに暗黒の呪いに呑み込まれようとしていた。
ポケットの中の魔石を握りしめ、ユーリは静かに一歩を踏み出した。
「仕掛けは揃った。……シエラも、この街も、全部救ってみせる」
魔導商都グランデールの命運を賭けた、嵐のような大激突の火蓋が切って落とされた。
第30話をお読みいただき、ありがとうございました!
前半のハリス店長との張りつめた会話劇。
「私を疑い続けてください」というハリスの言葉の裏にある不気味さと、裏社会の凄みが静かに際立つシーンでした。
工房での迎撃準備では、安定のエリアナ&キャシーによるユーリ争奪コメディが炸裂しましたが、夜には一転して重厚な人間ドラマへ。
人目を忍んでユーリの部屋を訪れ、「シエラを助けてほしい」と願うリタ。
「彼女には二度も助けられた。全力を尽くすよ」と即答するユーリに、リタが託した謎の魔石と、窓辺で見せた切ない微笑みが胸を打ちます。
そして迎えた翌日——。
ハリスの噂に釣られて工房を包囲した暗殺部隊『漆黒の影』。
その背後、屋根の上で魔剣ヴェルグレイヴの触手に侵食され、血の涙を流しながら必死に自我を保とうと抗うシエラの凄惨な姿……!
彼女の想いも、街の平穏も、すべてを救うためにユーリが立ち上がります!
次回、大賢者の魔導工房で三つ巴の大決戦が開幕!
メリッサの仕掛けたハッタリ罠が炸裂し、ルシアン、エリアナ、キャシーが総力戦で迎え撃ちます!
【読者の皆様へのお願い】
もし少しでも
「ハリスとの心理戦が熱い!」
「リタとの夜の会話がエモい!」
「シエラを救う決戦が待ちきれない!」
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