【第29話】魔道具開発者の襲撃とスパイの影
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シエラとの交戦から明けた翌朝。
被害者の痕跡を精査したユーリたちは、敵暗殺部隊『漆黒の影』の真の狙いが「都市全域の魔導インフラを一瞬で破砕すること」だと突き止めます。
守るべき重要施設は三十箇所以上。
分散警備をすれば各個撃破され、都市が火の海に呑まれる絶体絶命の盤面に対し、キャシーの閃きと大賢者メリッサの知略が炸裂!
「敵が喉から手が出るほど欲しい決定打を、こちらから用意してやる」
知略による逆転劇の狼煙が上がる第29話、どうぞお楽しみください!
シエラとの激闘から明けた翌朝。
『酔っ払い亭』の奥にある作戦部屋には、重々しい緊張感と疲労が濃く澱んでいた。
円卓の中央に広げられたのは、魔導商都グランデールの詳細な都市構造図だ。
路面を走る魔導灯の基幹ケーブル、上水道の水流を循環させる大規模ポンプ施設、そして都市全体を外界の脅威から守る防護障壁の要石——主要な魔導インフラの結節点が、赤と黒のインクで無数に書き込まれている。
「昨夜、シエラが口走った言葉……そして現場に残された魔力の波形を精査した」
ルシアンが眉間に深い皺を刻み、羊皮紙の束をテーブルに叩きつけた。
「シモン卿をはじめとする高名な剣士の襲撃、さらには先日の魔導回路工場の破壊工作。これらは単なる辻斬りや略奪などではない。奴らの真の目的は……グランデール全域の魔導インフラを一瞬で過負荷に陥れ、都市機能を完全に破砕することだ」
「都市機能の完全破砕……ですって?」
キャシーが猫耳をピンと緊張させ、息を呑む。
隣に立つ聖騎士団長エリアナも、氷のような青い瞳を鋭くすがめた。
「確かに、魔導インフラの中枢が同時に暴走・破砕されれば、都市防衛の基幹障壁は崩壊いたしますわ。そうなれば、グランデールは外敵に対しても内部の暴走に対しても、無防備な無人島も同然となります」
「ああ、最悪のシナリオだ」
ルシアンが苦々しく奥歯を噛みしめる。
「だが、問題は守るべき重要施設が都市内に三十箇所以上も点在していることだ。衛兵団と聖騎士団の全戦力を分散して各所に配置したところで、一箇所あたりの警備は極めて手薄になる。帝都の精鋭暗殺部隊『漆黒の影』に各個撃破され、突破されるのがオチだぞ」
「かといって、王宮や中枢区画だけに戦力を固めれば、他の居住区や商業施設が灰燼に帰しますわ! 住民を危険に晒すなど、聖騎士として断じて看過できません!」
「誰もそんなこと言っていないだろうが! 打つ手がないと言っているんだ!」
激論が交わされ、作戦部屋の空気は行き止まりの閉塞感に包まれていく。
どちらの選択肢を選んでも、敵の思うがままに都市が焼き払われる未来しか見えない。
沈黙の中、ユーリは地図の上に指を滑らせていた。
敵の視点に立ち、その思考を巡らせる。
「……敵の目的が『都市全域のインフラを一度に暴走させること』なら、奴らにとって最も必要なものは何だと思う?」
ユーリの静かな問いかけに、一同の視線が集まる。
「必要なもの……? そりゃあ、施設を一網打尽にするための爆薬や、強力な起爆魔導具じゃないのか?」
「そう。しかも、数十箇所を同時に連動させて暴走させるには、並の魔導具じゃ出力が足りない。莫大な魔力を一瞬で過負荷に変える、決定打となる起爆装置がいるはずだ」
ユーリの指摘に、キャシーがふと目を丸くした。
顎に指を当て、何かを閃いたようにしっぽを揺らす。
「ねえ……だったらさ。こっちから用意してあげればいいんじゃない?」
「……何を用意するって言うんだ、キャシー?」
「だから! 敵が喉から手が出るほど欲しがっている『決定打』よ!」
キャシーはテーブルの上に身を乗り出し、得意げに胸を張った。
「敵が施設を一つずつ狙ってくるのは、一撃で街を終わらせる手段がないからでしょ? だったら、『都市全体のインフラを数十倍に暴走させられる超すごい装置』がこの街のどこかにあるって思わせたらどうかな? 散らばって攻撃するより、その装置を奪いに全員で飛びついてくるんじゃない?」
「なっ……!?」
ルシアンが目を見開く。エリアナもハッと息を呑んだ。
「敵の行動を制限し、こちらが指定した戦場へ一網打尽に誘き寄せる……! 陽動ではなく、敵の総力を一箇所へ誘導する逆包囲の策ですわ!」
感嘆の声を漏らしたエリアナだったが、すぐに軍略家らしい冷徹な目つきに戻り、腕を組んでキャシーを見据えた。
「ですが、猫娘。言うのは簡単ですけれど、そんな都合のいい偽装装置をどうやって用意するおつもりですの? まさか木箱にペンキを塗って『超増幅装置ですわ』と置いたところで、相手は帝都のプロ。一秒で見破られて終わりですわよ」
「うっ……そ、それはそうだけど! アイデアとしては間違ってないでしょ!?」
図星を突かれて耳を伏せるキャシー。
その時——奥ので優雅に紅茶をすすっていたメリッサが、カップをソーサーにコトと置いた。
「ふふん。悩む必要なんてないわ」
大賢者メリッサは不敵に口角を吊り上げ、小さな胸を反らせた。
「いるでしょ、魔導商都グランデール随一と言われる魔道具職人が、ここに」
「……メリッサ殿?」
「相手を完璧に欺く『超古代の魔力増幅装置』ね。本物を作るには数か月かかるけれど……『今まさに起動準備に入っており、周囲の魔力を急激に吸い上げている途中の装置』なら、私の工房にある古代遺物のジャンクパーツを組み合わせれば半日で組み上がるわ」
全員が息を呑み、身を乗り出した。
「えっ! 本当に作れるのか!?」
「起動する直前までの、外見も魔力の揺らぎも完璧なそれらしい機械ならね」
「ダメじゃんっ!!」
頭を抱えて叫ぶキャシーに対し、メリッサはニヤリと悪戯っぽい笑みを深めた。
「ダメじゃないわよ。こういう知略戦はね、要は演出とストーリーが大事なの。大賢者メリッサが極秘裏に復元を進めていた古代兵器……そう聞けば、帝都の連中なら狂喜乱舞して奪いに来るわ。私の工房を特設の決戦場にして、周りに迎撃の魔導陣を幾重にも仕掛けておく。飛び込んできたところを一網打尽よ」
完璧な筋書き。
敵の心理を逆手に取り、主導権を完全にこちらへ引き戻す起死回生の一手。
「よし……! 乗ったぞ、メリッサ様!」
ルシアンが拳を打ち鳴らす。
「衛兵団の精鋭と聖騎士団の迎撃部隊を、工房の地下通路と周囲の建架に潜伏させよう。包囲網の構築は俺とエリアナ殿で完璧に詰める!」
「ええ、異論はありませんわ。ユーリ様の安全を最優先にしつつ、害虫どもを一匹残らず氷漬けにする陣形を敷いてみせますわ!」
作戦の骨子が急速に組み上がっていく。
だが、ユーリは顎に手を当て、思考の糸をさらに手繰り寄せていた。
「筋道は通っている。……でも、最後のピースが足りない」
「最後のピース?」
キャシーが不思議そうに首を傾げる。
「いくら完璧な囮と戦場を用意しても、敵がその情報を信じて食いつかなきゃ意味がない。潜伏している『漆黒の影』の耳に、半日以内で、かつ『極秘の特ダネ』として確実に届ける情報網が必要だ。衛兵や正規軍が街で噂を流しても、罠だと警戒されるだけだ」
「あ……確かに。どうやって敵に情報を届けるの?」
キャシーの問いに、ユーリの脳裏へひとつの薄暗い地下室の光景が浮かび上がった。
昨夜、ルシアンへ絶妙なタイミングでタレコミを行い、自分たちの命を救った謎の男。
表向きは街のしがない清掃会社の店長。
だがその実態は、街の隅々にまで情報網を張り巡らせ、清濁併せ呑む裏社会を牛耳っているという噂の人物。
(……あの男の力を使うしかない、か)
メリッサの警告が蘇る。目的のためなら強盗も脅迫も辞さない裏の顔。
関わりたくはない。だが、街の住人を守るためなら、利用できるものはすべて利用する。
「心当たりがある」
ユーリは静かに顔を上げた。
「街の裏社会に最も深く根を張り、帝都の暗部とも繋がりを持っている男だ。キャシー、付き合ってくれるか」
「うん、もちろん! どこへ行くの?」
「路地裏の……『トータス清掃会社』だ」
決戦への引き金となる情報を敵へ送り込むため、ユーリは不退転の眼差しで立ち上がった。
第29話をお読みいただき、ありがとうございました!
敵のテロ計画を見抜き、守勢に回るのではなく「敵の総力を指定した決戦場へ一網打尽に誘き寄せる」という逆包囲の策!
キャシーのナイスな発案に乗っかり、「グランデール随一の魔道具職人」として不敵に笑うメリッサが最高に頼もしいですね。
しかし、どれほど完璧な囮を用意しても、敵が喰いつかなければ意味がありません。
この極秘情報を潜伏中の暗殺部隊へ最速・確実に届けるため、ユーリが選んだ一手は……あの不気味なハリス店長の裏ルート!
次回、ユーリとキャシーは『トータス清掃会社』の事務所へ!
互いの底を探り合うハリスとの緊迫した心理戦、そして決戦前夜、ユーリの自室に訪れるあの人物とは——!?
【読者の皆様へのお願い】
もし少しでも
「キャシーの閃きがナイス!」
「メリッサの囮作戦にワクワクした!」
「知略戦の続きが気になる!」
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