【第23話】捜査の手詰まりと現場の澱み
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昨夜、敵幹部リタ(リターニア)から極秘の情報と通信具『マギストーン』を受け取ったユーリ。
明けた早朝、平穏な『酔っ払い亭』に、目の下に隈を作った衛兵騎士団長ルシアンが駆け込んできます。
街を恐怖に陥れる「切り裂き魔」の事件。
ユーリの【眼】が捉える現場の真実、そして被害者となった王都屈指の大剣豪が残した「謎の証言」とは——!?
第23話もどうぞお楽しみください!
朝日が『酔っ払い亭』の木漏れ日となって差し込む早朝。
ユーリはポケットの中に収めた手のひらサイズの滑らかな石——昨夜リタから手渡された通信魔道具『マギストーン』の感触を指先で確認していた。
そこへ、奥の部屋からあくびを噛み殺しながらメリッサが姿を現した。
「……ふぁぁ。おはよう、ユーリ」
寝起きの髪をわずかに跳ねさせつつも、800年以上を生きる大賢者はいつもの落ち着いた足取りでテーブルにつく。
ユーリが手際よく差し出した具だくさんの野菜スープと焼き立てのパンに目を細め、匙をとった。
「感謝するわ。朝のスープは体に染みる」
手際よく朝食を胃に納めていくメリッサの向かいに腰掛け、ユーリも静かに朝の時間を過ごす。
その静寂を破るように、重厚な扉が勢いよく開け放たれた。
「すまん! 朝早くから邪魔するぞ!」
入ってきたのは、衛兵騎士団長のルシアンだった。
数々の修羅場を共に潜り抜けてきた男の精悍な顔立ちには、珍しく深い隈が刻まれている。
ルシアンはテーブルのメリッサを見ると、真摯な眼差しで声をかけた。
「メリッサ殿、朝食中にすまないが……少々知恵を貸してくれないか。捜査が完全に手詰まりを起こしているのだ」
メリッサはスープの匙を置くと、腕を組んで脚を組む。
「ルシアン、顔色がひどいわね。例の『切り裂き魔』の件かしら? 衛兵団の警戒網をすり抜けて、毎夜被害が出ているという」
「ああ、その通りだ。被害者の身元に共通点はなく、現場には魔力の残光すらほとんど残されていない。影が通り過ぎたかのように一瞬で命を絶たれている。我が衛兵団の巡回網も、まるで見透かされているかのようでな……」
ルシアンが苦々しく拳を握りしめたその時、外から荒々しい足音が響き渡った。
「隊長! 隊長ーーッ!」
飛び込んできたのは、息を荒らげた衛兵のメンフィスだった。
「どうしたメンフィス、落ち着け」
ルシアンが制するが、メンフィスは悲壮な声をあげる。
「出ました! 例の切り裂き魔です! 貴族街外れで新たな被害者が!」
「何だと……!?」
ルシアンの目元が険しく光る。メリッサは迷わず椅子から立ち上がった。
「ユーリ、行きましょう。現場の空気を直接確かめた方が早いわ」
ユーリは静かに頷く。
大賢者としての鋭い表情を取り戻したメリッサに付き従い、一同は現場へと急行した。
現場となったのは、グランデールの貴族街の境界に位置する静寂な石畳の路地だった。
すでに周囲は封鎖され、重厚な甲冑を纏った騎士たちが緊迫した雰囲気を漂わせている。
その中心で部下にテキパキと指示を出していたのは、聖騎士団長エリアナであった。
冷酷無比と恐れられる氷の剣士は、ユーリたちの姿を視界に捉えた瞬間、ぴんと背筋を伸ばした。
「ユーリ様……お越しくださったのですか」
エリアナの瞳にパッと温かな光が宿り、白皙の頬がほんのりと朱に染まる。
かつて命を救われて以来、ユーリへ深い信頼と想いを寄せる彼女だが、今は公務の場。凛とした聖騎士長としての品格を保ちつつ、ユーリの隣へと一歩歩み寄った。
「お見せするのも痛ましい現場ですが……状況をご説明いたしますわ」
エリアナは胸元に手を当て、気を引き締めて語り始める。
「現場には凄まじい戦闘の跡が残されております。空間に散り散りとなった強力な魔法の残光……間違いなく、高度な魔術士同士が激しく刃を交えた痕跡ですわ」
エリアナやルシアン、そしてメリッサの目には、空間に漂う「拡散した魔力の光」しか映っていない。
だが、ユーリが【眼】の焦点を切り替えると、世界の見え方が一変した。
一般的な魔力の残光など比較にならないほど異質なものが、ユーリの視界に鮮明に浮かび上がる。
空間のあちこちに、ドロリとした粘着性を帯びた【紫色の澱み】が、幾重もの不気味な帯となって残されていた。
空間そのものが腐食したかのような、醜い紫色の歪みとなって空中にへばりついている。
(……間違いない。人間が使う魔力じゃない。リタが言っていた魔族のマナ……それも、禍々しく汚染されている)
ユーリはエリアナに軽く会釈をすると、紫色の澱みが最も濃く残る壁際へと歩み寄った。
「ユーリ様? 何かお気づきになりましたの?」
エリアナがすさかず寄り添い、真剣な眼差しで見つめてくる。
ユーリは紫色の歪みの軌跡を指先でなぞるように見つめた。
「ああ。ここにも残っている」
「何が残っているのだ? 俺たちには散々になった魔力しか見えんが……」
ルシアンが不思議そうに身を乗り出す。メリッサはユーリの【眼】の能力を熟知しているため、腕を組んでユーリの横顔を見つめた。
「ユーリがそう言うのなら、私たちが知覚している『魔力』とは別の痕跡があるのね。前回の暴走事故のようなものかしら?」
「いや」
ユーリは首を横に振った。
「それなら騒ぎはこんなもので終わらない。この紫色の澱みは……明確な意図を持って残されている。あきらかに特定の相手を目標にして交戦し、何かを確認するように、あるいは極めて精確に相手の急所を狙って叩き込んだ痕跡だ」
「交戦……? 単なる無差別の切り裂きではないということか!?」
ルシアンが目を見開く。
ユーリの指摘によって、現場の空気が一気に張りつめた。
「だとすると、今回の事件……ただの通り魔の犯行などではないな」
ルシアンは声を潜め、重々しい口調で続けた。
「今回襲われたのは、ただの市民でも油断していた衛兵でもない。グランデールで一、二を争う大剣豪——ミラード殿だ」
「ミラード殿が……!?」
メリッサが眉をひそめる。
王都屈指の剣術家が、闇討ちとはいえ手も足も出ずに倒されたという事実。
「幸いにも一命は取り留められたが、意識が混濁しておられる。そして……気絶する間際にミラード殿が残した証言が、我々の捜査をさらに混迷させているのだ」
「証言?」
ユーリが問いかけると、ルシアンは深々と苦み走った表情で頷いた。
「ああ。ミラード殿はこう仰ったのだ……『自分を襲ったのは、単独の斬り手などではない。手練れの部隊——複数の集団であった』とな」
世間を揺るがす「単独の切り裂き魔」の噂と、被害者である大剣豪の「手練れの部隊」という証言。
二つの事実の食い違いに、ユーリの手のひらにある『マギストーン』が、静かに冷たさを増した気がした。
第23話をお読みいただき、ありがとうございました!
現場の凄惨な魔力の痕跡から、誰も気づかない【紫色の澱み】を見つけ出し、事件の本質(無差別の辻斬りではなく、明確な意図を持った交戦)を瞬時に見抜いたユーリ。
相変わらずの観察眼の鋭さに、頼れるバディ・ルシアンや、凛とした聖騎士長エリアナもますますユーリへの信頼を深めています。
しかし、襲われたのは王都屈指の大剣豪ミラード。
しかも「手練れの部隊(集団)に襲われた」という衝撃の証言……!
世間の噂と食い違う事件の裏で、一体何が動いているのか?
次回、酔っ払い亭で作戦会議! ユーリの知略がさらに冴え渡り、隠された事件の共通点が暴かれます!
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