【第21話】:【栄誉と、闇の中の微笑】
第21話をお読みいただきありがとうございます!
白亜の塔を揺るがした最悪の暴走危機は去った。
しかし――王都直下の最重要機密を叩き壊した聖騎士団長エリアナの運命は……!?
【第1部:白亜の要塞塔と共振の呪縛編】堂々完結!
どうぞ最後までお楽しみください!
白亜の塔の最上階。
古代の巨鋼兵クロノスがただの瓦礫となって崩壊し、街を揺るがした最悪の一斉暴走の危機は、完全に去った。
吹き抜ける夜風のなか、全員が安堵の息を吐き出す。
だが、その直後、白銀の甲冑を纏ったエリアナが「はぅ……」とがっくりと細い肩を落とし、その場に崩れ落ちるようにうずくまってしまった。
「エリアナ? どうしたんだ?」
足元に散らばる瓦礫を避けながら近づくと、エリアナは半ば泣きそうになりながら、服の裾をぎゅっと掴んで縋りついてきた。
「どうもこうもないですわーー! 街を守るためとはいえ……王都直下の最重要機密である、あの『魔導広域共振波放射機』を物理的に破壊してしまいましたのよ!? ああ、これで私の、血のにじむ努力で築き上げてきたキャリアはすべておしまいですわ……!」
あまりの取り乱しように、小さく苦笑いを浮かべる。
「それは本当に、ご愁傷様ね」
メリッサが、短杖を肩に乗せてやれやれと首を振った。
「あの装置は、国が威信をかけて開発した最新鋭の魔道具だからね。聞くところによると、壊したらお城が一つ建つくらいの賠償金が発生するとかなんとか」
メリッサの容赦ない言葉に、エリアナがみるみるうちに真っ青に染まっていく。
「メリッサ、脅かさないでくれ。エリアナ、大丈夫だよ。理由が理由なんだから、事情を話せば王都の上層部だってきっと分かってくれるはずだ」
温かく声をかけると、エリアナは涙を浮かべた瞳で見上げ、力なくかぶりを振った。
「規律は冷酷なのですわ……。ああ、もう私の聖騎士としての人生は完全に詰んでしまいました……」
「でもさ。別にそんなお堅い騎士に執着しなくても、この機会だから転職したら?」
頭の後ろで腕を組みながら、キャシーが素朴な疑問を口にした。
「そ、そうでしたわ……!」
エリアナが、はっと息を呑んで目を見開いた。
そして、顔を一気に真っ赤に染めながら、すがるように両手をぎゅっと握りしめてくる。
「私には、永久就職という素晴らしい道がありましたわ! 旦那様っ!」
「え? ……旦那様?」
急な呼び方の変化に、思わず瞬きを繰り返す。
「そうですわ! 未来の夫になる方には、今のうちからちゃんとしたご挨拶をしておかなくては!」
「未来の……?」
首をかしげていると、隣でキャシーの琥珀色の瞳が鋭く細まった。
キャシーは間に割って入り、エリアナから引き剥がすように腕を引っ張る。
「ちょっと! それはあたしがなるって決めてるんだからね! 抜け駆けなんてズルい! ユーリはあたしの大切な相棒なんだから!」
「何をおっしゃいますの、猫娘! 彼を、未来の旦那様を救うためなら、私は聖騎士の地位すら躊躇なく投げ捨てたのですわよ!」
「あたしだって、さっき命がけでゴーレムの囮になったもん!」
「おいおい。どうしたんだお前たち、やけに賑やかだな。この後はお祝いの打ち上げもあるってのに」
のんびりとした様子で、大剣クラドを担いだルシアンが歩いて戻ってきた。
「よくあんな激しい攻撃をまともに受けて、ケロッと平気な顔をして歩いていられるわね……」
呆れ顔でメリッサがため息をつく。
「まーな。鍛え方が違うからな。それより、何をそんなに言い合っているんだ?」
「なんか……エリアナが、聖騎士を辞めて転職するって言っているんだ」
「え? 転職? 何言っているんだ、エリアナ。街を救った最大の英雄だぞ。これから王都でさらに成り上がれるっていうのに」
「で、でも……私は、魔導広域共振波放射機を、物理的に破壊してしまったのですから……」
エリアナが、手首の包帯を見つめながら弱々しく俯いた。
「え? だから、任務達成だろ?」
ルシアンが、不思議そうに首を傾げた。
「……だからって、ちょっと待ってよ。ルシアン、あんた、何を言っているのよ?」
話が噛み合わないことに気づき、メリッサが鋭く尋ねる。
「だから……王宮から極秘裏に正式依頼されていた、『魔導広域共振波放射機・破壊命令』の任務を、完全に達成したって話だが……」
しん、と最上階が静まり返った。
「「「「ちょっと待って、それ、初耳なんだけど」」」」
全員の声が、完璧に重なった。
「あ……。俺、みんなに言っていなかったっけか?」
ルシアンが、照れくさそうに頭をかいた。
「「「「言っていないっ――――!!」」」」
盛大なツッコミの咆哮が、白亜の塔の夜明けの空へと響き渡る。
「あ、それなら、私は別に騎士を辞めず……ユーリ様と一緒に……」
一人、エリアナは顔を真っ赤にしながら、複雑な就職の道について深く悩み始めるのだった。
その日の夜。
王都ヴィスタニアの裏路地にある『酔っ払い亭』は、街の危機を陰で救った者たちを祝う、賑やかな熱気に包まれていた。
「がははは! 食え食え、今夜は全部奢りだ! 街が無事だったんだ、安いもんだぜ!」
店主のバイマンが袖をまくり、豪快に肉料理と酒をテーブルへ運んでくる。
湯気とともに運ばれてきた大皿をつつきながら、キャシーが得意げに胸を張った。
「いや~、一時はどうなることかと思ったけど、うまくいったわね! 万事解決っ! どうだった? あたしの活躍?」
「うん、キャシーのおかげだよ。ありがとう」
労うように微笑むと、反対側の席に座っていたエリアナがフォークを置き、すかさず身を乗り出してきた。
「ちょっと、活躍と言えば私の方がしてますわ! 『魔導広域共振波放射機』を物理的にこじ開けて破壊の口火を切ったのは、わたくしですもの!」
「違うでしょ、最後にビシッと決めたのはユーリよ!」
キャシーの反論に、エリアナは「うぐっ」と喉を詰まらせた。
「そ、それはそうですわ……! ユーリ様が一番活躍していましたわ! 私が言いたいのは、猫娘より私の方が何倍も活躍していたってことですわ!」
「何言ってるのよ! あたしの爪と陽動でピンチを切り抜けたんですから! ねぇ、ユーリ?」
「私の方がユーリ様の進む道を切り開いた大功績がありますわ! ですよね、ユーリ様?」
左右から詰め寄られ、至近距離から期待の眼差しを浴びせられる。
「うん、二人とも素敵だったよ」
「「う……嬉しい……」」
揃って赤面し、手で顔を覆うふたり。
その様子を横目に見ていたバイマンが、顔を引きつらせながらカウンターの奥でぼやいた。
「そ、それでいいのかよ……」
ジョッキを置き、隣に座っていた大賢者メリッサへ疑問を投げかける。
「それにしても、本当にこれで解決なのか? この間言ってたが、MOSを取り外しても汚染された魔道具は元に戻らないんだろう? だったら、今回は大きな引き金を破壊しただけで、根本の解決にはなってないんじゃないのか?」
店主の鋭い指摘に、メリッサは盃を傾けながらあっけらかんと笑った。
「そんなことないわよ。MOSに汚染された部分を詳しく調べたんだけど、汚染部に内蔵された自律エネルギーの持続時間は、持ってせいぜい三日よ。チップを外すよう街中に触れ回ってから、今晩でちょうどタイムリミットよ」
「お! じゃあ、本当に完全決着ってことだな!」
バイマンが破顔し、ジョッキを打ち鳴らす。
その向かいでは、ルシアンが「我が親友よ! 今夜は朝まで語り明かそうぞ!」と相変わらず暑苦しくグラスを差し出そうとし、メリッサに「鬱陶しいわよ忠犬!」と頭を軽く小突かれていた。
賑やかに笑い合う仲間たちの姿を、静かに見つめる。
あの鉛色の空の下――屋上で抱いた、「もう二度と目の前の理不尽を見過ごしたくない」という想い。
異世界へ飛ばされ、何が何だか分からないまま奔走してきたが、目の前の危機から逃げずに手を伸ばし続けた結果、こうして大切な人たちの笑顔を守ることができた。
手のひらを見つめ、心の中で静かに息を吐く。
守るべき日常がここにあることを、確かな温もりとともに噛み締めていた。
同じ頃。
賑やかな酒場から遠く離れた、街灯の光も届かない薄暗い裏路地。
三人の人影が、静かに石畳を踏みしめて歩いていた。
深くローブを被り、先頭を歩く妖艶な女性が、冷たく静かな声を響かせた。
「――失態だったわね、ディアナ、ロキシー」
後ろを歩く二人の女性は、その声に肩をビクッと跳ねさせ、慌てて頭を下げた。
「す、すんません、リターニア様!」
ディアナが冷たい汗を流しながら弁明する。
「で、でもリターニア様! 今回は想定外の猛者が何人も現場に出張ってきたんや! 一人は衛兵騎士団長のルシアン、もう一人は大賢者、さらにあの忍びの娘に、現役の聖騎士団長まで……! ほとんど全員が規格外やったんや! 最後の一人は、よう分かりませんでしたが……」
ディアナの声に被せるように、ロキシーも必死になって言葉を紡いだ。
「そ、そうっすよ! しかも、あっし達が綿密に練り上げた作戦を邪魔する上に、あのタートル清掃会社のハリスの爺まで裏から手を回してきて! あの狸親父、ついでに始末してやろうと思ってたのに余計な邪魔ばかりを……!」
「黙りなさい」
リターニアの、一切の感情を削ぎ落とした静かな一言。
その絶対的な威圧感の前に、二人は一瞬にして息を呑み、沈黙した。
夜の路地裏を重い静寂が支配する。
だが、そこでディアナがおずおずと、思い出したように口を開いた。
「そ、そういえばリターニア様……。屋上でクロノスが腕を振り上げた時、真っ先に攻撃して腕を粉砕なさいましたよね? あれ、どう見てもあの黒髪の少年を助けたように見えたんやけど……」
「……っ」
先頭を歩くリターニアの背中が一瞬、分かりやすく強張った。
彼女は歩みを止めぬまま、いつもよりわずかに早口で取り繕うように言葉を返す。
「あ、あれは……その、ええ、そうよ! あなたが攻撃されているように見えたから撃ち抜いただけよ!」
「え? ウチ、ですか? あの時、ウチはかなり離れた位置におりましたけど……」
ディアナが不思議そうに首を傾げると、隣を歩いていたロキシーが口元に手を当ててヒソヒソと囁いた。
「なんか違うこと考えてたんじゃないすか。来週、司令部の近くに新しい洋菓子店ができる言ってたじゃないすか。リターニア様って、ほら……甘いものに目がないし」
「ああ、なるほどな。そういえば、最近ふっくらしてきたような――」
「…………何か言ったかしら?」
ピシリ、と大気が凍りつくような冷気が背後から突き刺さる。
リターニアがゆっくりと首だけを振り返った。その紅い瞳の奥には、底冷えするような笑顔が張り付いている。
「「ひっ……! な、なんでもありませんっ!」」
二人が顔を真っ青にして直立不動で口元を押さえると、リターニアは冷ややかに鼻を鳴らし、再び前を向いて歩き出した。
「お前たちは、本当に見る目がないわね」
「見る目……と、言いますと?」
ディアナが恐る恐る尋ねる。
「……ふふっ。我々にとっての本当の『驚異』が、誰なのかをまったく理解していないのだから」
リターニアは楽しげに笑いながら、再びゆっくりと歩みを進めた。
「リターニア様、何だかよく分かりませんけど、お怒りにならず上機嫌でよかったっすね……」
ロキシーが小声でディアナに囁く。
「あ、ああ。これで今回の失態の処分も、少しは軽減してくれるかも――」
安堵の息を吐きかけた二人の前で、リターニアが不意に振り返った。
「言い忘れていたけれど。あなたたち二人は、今回の白亜の塔での大失態の責任を取り、大幅な『減給』だから、そのつもりで覚悟しておくことね」
二人は目を見開き、一瞬の静寂の後、同時に絶叫した。
「「いやっ――――!!」」
裏路地に、部下たちの絶望の叫びが虚しく響き渡る。
リターニアは背後からの騒がしい抗議の声を涼しい顔で受け流し、薄暗い路地を歩きながら、一人、艶やかに微笑んだ。
フードの奥。擬態を解いた彼女の肌は微かに青みがかり、額からは二本の優美な漆黒の角が覗いている。
高位魔族としての、真の姿。
「動き出したわね、ユーリ」
彼女は自らの細い手首に巻かれた赤い革のブレスレットへ、愛おしそうにそっと指先を滑らせた。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
これにて【第1部:白亜の要塞塔と共振の呪縛編】(全21話)完結となります!
「私には、永久就職という素晴らしい道がありましたわ! 旦那様っ!」
キャリアを失ったと思い込み、いきなり未来の夫宣言をしたエリアナと、それを絶対に許さないキャシーの正妻争い!
……からの、「極秘の破壊命令だったから任務達成だぞ(言ってなかったっけ?)」というルシアンの安定のやらかしオチでした!
宴の席ではヒロインふたりの手柄争いに「ふたりとも素敵だったよ」と無自覚に神対応をキメるユーリ。
さらに、チップの汚染エネルギーの自滅リミットが判明し、街の危機は今度こそ完全に去りました!
そして裏路地では、手首の赤いブレスレットを愛おしそうに撫でる魔族の最高幹部・リターニアの姿が――。
敵組織の思惑と、ユーリへの特別な想いを胸に、物語の舞台はさらなる深淵へと広がっていきます。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【読者の皆様へ:評価・応援のお願い】
第1部を最後までお読みいただき、
「面白かった!」
「スカッとした!」
「第2部も読みたい!」
と少しでも思っていただけましたら、
画面下の【ブックマークに追加】や、
評価欄の【★★★★★】をタップして作品を評価していただけますと、本当に大きな力になります……!
皆様の温かい応援の一つ一つが、ランキングを駆け上がる最大の原動力です。何卒よろしくお願いいたします!
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
次回より、【第2部:魔剣ヴェルグレイヴと『漆黒の影』編】が開幕いたします!
夜の王都を騒がす謎の「切り裂き魔」と、自我を喰らう呪われた魔剣。
そして、リターニアから託された『マギストーン』を通じた極秘の協力関係が動き出します!
次話【第22話:裏路地の密会と通信のマギストーン】へ続きます。
次回は明日7時40分頃更新します。




