【第20話】散りゆく名誉と、天蓋の黒き閃光
第20話をお読みいただきありがとうございます!
名誉の鎖を自ら断ち切った聖騎士と、天蓋を翔ける魔力ゼロの少年。
そして、夜空の彼方から放たれる「漆黒の閃光」とは――!?
第1部クライマックス、どうぞお楽しみください!
「待ちなさい、エリアナ! あの装置は王都直下の最重要機密よ! あれを物理的に破壊すれば、あなたがこれまで命を削って積み上げてきた地位も名誉も、聖騎士としての人生も……完全に終わりを意味するのよ!?」
吹き荒れる夜風のなか、メリッサの悲痛な叫びが白亜の塔の天蓋に木霊した。
だが、その言葉を受け止めながらも、エリアナの瞳に宿る光は少しも揺らぐことはなかった。
彼女は、手首の激痛をねじ伏せ、細身の魔導剣を両手で力強く構え直した。
張り詰めていた表情がふわりと解け、そこには迷いを完全に断ち切った、息を呑むほどに気高く、美しい笑みが浮かんでいた。
「――構いません。名誉など、凍りついた私の心に張り付いていた不要な澱みですわ! 彼が笑ってくれるこの世界に比べたら、無価値ですわ!」
迷いのない宣誓。
名門貴族の呪縛も、犯罪者の娘という汚名も、自らを縛り続けていた「冷徹な騎士」という虚飾の鎧すらも、彼女はたった今、自らの手で粉々に打ち砕いたのだ。
エリアナは一歩、力強く踏み込み、前に躍り出た。
「ユーリ様、私を使ってくださいまし! あなたの進む道は――この私が、命に代えても切り開いてみせますわ!」
その澄み切った覚悟を受け止め、強く頷き返す。
「……ありがとう、エリアナ!」
「行かせへん言うとるやろがッ!」
眼前に立ち塞がるディアナが、苛立ちに顔を歪めて両腕を振り抜いた。
手元から放たれた極細のワイヤー短剣が、不気味な軌道を描いて蛇のようにうねり、四方八方からユーリとエリアナを引き裂かんと殺到する。
だが――魔力を封じられた極限状態にあっても、エリアナが幾千の修羅場を潜り抜けて研ぎ澄ましてきた生身の剣技は、些かも鈍ってなどいなかった。
キィィィン! キィン! キィィィィンッ!!
暗闇のなかに幾重もの火花が炸裂する。
エリアナは一瞬の迷いもなく刀身を閃かせ、迫り来る不可視の刃の猛攻を、そのすべて物理的な太刀筋だけで完璧に弾き飛ばしてみせた。
「なっ……魔力もなしに、ウチの攻撃をすべて弾き落とすやと……!?」
「あなたの相手はこれ一振りで十分ですわ!」
ディアナが驚愕に目を見開いたその一瞬の隙を突き、エリアナは一気に『魔導広域共振波放射機』へと肉薄した。
細身の魔導剣を逆手に構え、分厚い真鍮の装甲の継ぎ目へと渾身の力で突き立てる。
「おおおおおッッ!!」
手首の激痛を意志の力でねじ伏せ、全身の体重を乗せてテコの原理で抉じ開ける。
バキキキィィィンッッッ!!!
悲鳴のような金属音が響き渡り、厳重に閉ざされていた装甲板が力任せに引き剥がされた。
その奥深く、脈打つ心臓のように露わになったのは――空間を歪ませ、禍々しい放電を繰り返す、巨大な『紫色のマナの澱み』だった。
「ユーリ様、こじ開けました! 手を――!」
「――了解!」
エリアナの白銀の肩を踏み台にし、高く宙へと跳躍した。
空中で右手を伸ばし、剥き出しになったマナの核へと指を伸ばす。
だが、その瞬間だった。
ゴオォォォォン……ッ!
背後で地鳴りのような駆動音が轟いた。
ルシアンの拘束を解き、瓦解寸前だったはずの巨鋼兵クロノスが、胸部の予備炉心を赤黒く発光させ、最後の残滓を振り絞って再起動したのだ。
丸太のような黒鉄の剛腕が、跳躍して空中で身動きの取れないユーリを叩き潰さんと、頭上から猛然と振り下ろされる。
「ユーリッ!!」
「ユーリ様ッ!!」
キャシーとエリアナの絶叫が重なる。
空中で回避する術はない。完全に死角からの必殺の一撃。
万事休す――誰もがそう確信した、まさにその刹那だった。
――シュドォォォォッッッ!!!
遥か遠方、夜の帳の彼方から、空間そのものを光速で貫く『一筋の漆黒の魔力光線』が飛来した。
ズガァァァァァァンッッッ!!!
鼓膜を突き破る凄まじい着弾音。
頭上わずか数十センチにまで迫っていたクロノスの巨大な剛腕が、寸分の狂いもなく根本から撃ち抜かれ、木っ端微塵に粉砕されて夜空へと弾け飛んだ。
「え……!? な、何や今の光線……まさか、リターニア様……!?」
ディアナの口から、信じられないものを見たような狼狽の声が漏れる。
だが、落ちていく身体の中で、余計な思考をすべて切り捨てた。
眼下にあるのは、露出し、激しくスパークを散らす紫色のマナの核だけだ。
両手を伸ばす。
空間にべったりと貼り付いた、おぞましい不純物の塊を、素手で力任せに鷲掴みにした。
バチバチと激しい痛みが掌を焼くが、指の力を一切緩めない。
強力なテープの端を捉え、全身の体重と引力を乗せて、一気に引き剥がす――!
「剥がれろ――ッ!!」
ビリリィーー……ッ!!
空間を引き裂くような澄み切った破裂音が、白亜の塔の天蓋に響き渡った。
掴み取った紫色の不純物は、指先の中で光の塵となって霧散し、夜風に溶けて消滅していく。
次の瞬間。
放射機から噴き出していたドス黒いジャミングの霧が一瞬にして掻き消え、耳障りな高周波のノイズが完全に沈黙した。
ガ、ガギィィィィ……ン……。
動力を完全に遮断された古代の巨鋼兵クロノスは、双眸の赤い光を失い、地響きを立ててその場に崩れ落ち、ただの瓦礫の山となって崩壊した。
「ハァ……ッ、ハァ……ッ!」
着地と同時に膝をつき、肩で息をする。
周囲を見渡せば、マナの不純物が消え去ったことで大気中の魔素が急速に正常化し、仲間たちの体内に澄んだ魔力の循環が戻っていくのが視えた。
「うおおおおッ! 魔力が……力が戻ったぞッ!」
ルシアンが歓喜の咆哮を上げ、大剣クラドに圧倒的な風の魔力を纏わせて立ち上がった。
刀身から吹き荒れる蒼い突風が、へたり込むディアナを逃げ場のない切っ先で捉える。
「さあ、年貢の納め時だッ!」
ルシアンが聖大剣を振り下ろそうと踏み込んだ、その瞬間だった。
――ビュッッ!
再び、遥か夜空の彼方から、完璧な軌道を描く『二筋目の漆黒の光線』が飛来した。
ガギィィィンッ!
「うおっ!?」
激しく動いていたはずのルシアンの手首の甲を、針の穴を通すような神業の精密さで掠め、その衝撃で聖大剣クラドが火花を散らして手から弾き飛ばされた。
ルシアンは痺れる手を抑え、目を丸くして夜空を見上げた。
「な、なんかわからんが、味方じゃねぇのかよ!?」
直後、足元の石畳に連続して着弾した黒い魔力弾が、誰一人傷つけることなく爆ぜ、視界を完全に遮断する濃密な黒煙を噴き上げた。
「くっ……!」
煙の奥から伸びた漆黒の影が、へたり込んでいたディアナと、階下で伸びていたはずのロキシーの身体を瞬時に包み込み、夜の闇へと溶け込むように回収していく。
風の魔力で煙を払った時には、すでにそこにふたりの姿はなかった。
ルシアンは弾き飛ばされた大剣を拾い上げ、悔しそうに夜空を睨みつけた。
「くそっ、あと一歩だったのに逃げられたか……!」
「……ルシアン、深追いは無用だ」
静かに息を整えながら、着弾地点の石畳を見つめた。
【眼】を凝らせば、そこには微かに、しかし極めて洗練された美しいマナの残滓が漂っている。
(あの大剣を弾いた狙撃……。本気でこちらを殺す気なら、最初の一撃で全員の頭を撃ち抜けたはずだ。なのに、クロノスの腕を壊して、仲間だけを回収していった……)
敵でありながら、決定的な一線を越えさせない、あまりにも不自然な手際の良さ。
その意図の底知れなさに思考を巡らせていると、ふいに隣から柔らかな気配が寄り添ってきた。
「……終わりましたのね、ユーリ様」
振り返ると、手首の包帯を赤く染めたエリアナが、静かに佇んでいた。
その白銀の甲冑には、もう冷酷な氷の頑なさは欠片も残っていない。
すべてを投げ打ち、己の意志で未来を掴み取った少女の顔には、朝露のように澄み切った、温かな微笑みが咲いていた。
東の地平線から、薄紫の朝焼けが静かに広がっていく。
白亜の塔の頂上を照らし出す柔らかな陽光を浴びながら、王都を揺るがした長き夜の戦いは、静かにその幕を下ろしたのだった。
第20話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
過去のすべてを投げ打ち、ユーリのために剣を抜いたエリアナの気高い覚悟!
そして装甲を抉じ開け、空間に貼り付いたマナの不純物を素手で一気に引っぺがすユーリの「ビリリィーー……ッ!」!
ついに王都を脅かした『魔導広域共振波放射機』と古代兵器クロノスを完全沈黙させました!
さらに、ユーリの窮地を救い、最後はルシアンの大剣を弾き飛ばして誰も傷つけずに去っていった「謎の漆黒の狙撃手」……。
(※手首に赤いブレスレットを巻いた、あの妖艶な魔族の美女ですね!)
激闘の夜が明け、白亜の塔に差し込む柔らかな朝焼け。
しかし――王都直下の最重要機密を叩き壊してしまったエリアナのキャリアは、一体どうなってしまうのか……!?
次話、ついに【第1部:白亜の要塞塔と共振の呪縛編】完結!
エリアナの「永久就職宣言」とルシアンのやらかし、そして『酔っ払い亭』での賑やかな祝勝会が描かれます!
「エリアナの覚醒が美しくてカッコ良すぎる!」
「ユーリのデバッグ無双、スカッとした!」
「あの狙撃手、リターニアの助太刀が熱い!」
「第1部クライマックス最高だった! 完結回も早く読みたい!」
と少しでも胸を熱くしていただけたり、スカッとしていただけましたら、
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次話【第21話:栄誉と、闇の中の微笑】へ続きます。
次回は本日18時40分頃更新します。




