【第18話】逆転の引き金
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封鎖された密室、迫る悪意の刃。
だが――世界の不具合を視る少年に、破れぬ結界など存在しない。
反撃の引き金が引かれる瞬間を、どうぞお楽しみください!
「ヤッホー、ユーリ! 待たせたわね!」
「さすがだ。マナの結界を剥がした瞬間に戻ってきてくれるなんて」
「そうでしょう、そうでしょう! もっと褒めていいわよ! 下の階で階段を駆け上がりながら、結界が解けるのを今か今かと狙っていたのよ!」
メリッサが自慢げに胸を張る。
「な、なんやて……!? あんたら、ロキシーを一発で沈めたと思ったら、もうここまで上がってきおったんかいな! 追いつくの早すぎるやろ!」
ディアナがガタガタと震えながら叫ぶと、ルシアンが大剣を肩に乗せ直し、カラカラと豪快に笑った。
「当然だろう! 我が親友がピンチだというのに、チンタラ歩いていられるか! あのお手軽な頭突き一発で露払いは終わりだ!」
「くっ……! 敵前逃亡した挙げ句にあっさり沈みおって、ウチの後輩はほんま使えへんわ!」
ディアナが悔しそうに地団駄を踏む。だが、その瞳の奥には、圧倒的な手練れ二人が一瞬で駆け戻ってきたことへの明らかな焦燥が浮かんでいた。
「デタラメな連中ばっかり揃いおって……! ホンマ、勇者級なんて相手にするもんやないわ!」
ディアナは懐から起爆スイッチを取り出すと、躊躇なくそれを押し込んだ。
ウィィィィィィィィン――――。
不気味な重低音とともに、白亜の塔の最上階に設置された『魔導広域共振波放射機』が、最悪の起動シークエンスを開始した。
「装置を起動させたのか!」
「せや!……例の音波出すまでちょっと時間かかるけど。はよ逃げや。アンタらも街ごと一気に壊滅状態になるでっ!」
ディアナはそのまま身を翻し、屋上へと続く螺旋階段を一気に駆け上がっていった。
「逃がすかッ!」
ルシアンが大剣を握り直して追おうとした、その瞬間。
「待ってくれ、ルシアン! 二人を置いてはいけない!」
ユーリは床に膝をつき、倒れ伏していたキャシーとエリアナの元へと駆け寄った。
腹部を強打されて気を失っていたキャシーをそっと抱き起こし、手首を貫かれて激痛に脂汗を流すエリアナの傷口へ、破いた衣服の布を素早く巻き付けて強く縛り、止血を施す。
「う……く……ユーリ、様……」
「無理に動かないでくれ、エリアナ。手首の傷が深い」
「いいえ……! わたくしなら……まだ戦えますわ……!」
エリアナは青ざめた唇を噛み締め、痛みに震える足でふらつきながらも自力で立ち上がった。その手首は赤く滲んでいたが、瞳には誇り高き騎士の気迫が宿っている。
抱き起こされたキャシーも、頭を振りながら琥珀色の瞳を開いた。
「うぅ……っ。……あたし、やられっぱなしなんて冗談じゃないわよ! あんな生意気な女、絶対に一発殴り返してやるんだから……!」
「二人とも……無茶はするなよ」
「無茶なんて百も承知よ! ユーリの隣を走るって決めたんだから!」
キャシーが口元の血を手の甲で拭い、強い光を宿した瞳で笑ってみせる。
「いい度胸ね! なら全員で屋上へ雪崩れ込むわよ!」
メリッサが短杖を掲げ、風の補助魔術を全員の足元へと付与する。
軽くなった身体で、ユーリたちは一丸となって螺旋階段を蹴り破るように駆け上がった。
鉄の扉を押し開けると、屋上の冷たい夜風が吹き荒れていた。
その中央に鎮座する巨大な『魔導広域共振波放射機』の前で、先に辿り着いていたディアナが、目を限界まで見開いて振り返った。
「ちっ、もう少しで設定が終わるのに……!」
「残念だったな。おとなしくその装置を止めろ」
ルシアンが大剣クラドを構え、切っ先を突きつける。
背後にはユーリ、メリッサ、そして手傷を負いながらも鋭い闘志を漲らせるキャシーとエリアナが並び立った。
だが、ディアナは動揺をねじ伏せるように冷酷な笑みを浮かべ、挑発するように言い放った。
「あんたらが追いかけて来るのわかってて、何故わざわざ待ち構えていたか……分かるか?」
闇の底から、更なる絶望が胎動を始めていた。
挑発するように細められた紫紺の瞳。
その言葉の裏にある不穏な気配を察知し、ルシアンが地を踏み締め、白銀の刀身を持つ聖大剣クラドを正眼に構えた。
「観念して、その装置を止めろっ!」
メリッサもまた短杖を突き出し、鋭い眼光でディアナを射抜く。
完全なる包囲。四方からの逃げ道を塞がれた絶望の状況であるはずだった。
だが、ディアナの冷笑は消えるどころか、愉悦に濡れていっそう深くなっていく。
「ふふっ……あはははは! ほんま、頭のめでたい愉快な仲間たちやねぇ! ウチが何の勝算もなく、この最終防衛線に突っ立っとると思ったんか?」
ディアナが高らかに両腕を天へと掲げ、冷酷に指先を鳴らした。
パチン、と乾いた音が夜気を裂く。
その瞬間、白亜の塔の天蓋そのものを揺るがすような重低音の地鳴りが轟いた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
放射機の背後に広がる濃密な夜の闇が、物理的な質量を伴ってぐにゃりと歪んだ。
暗がりの中から姿を現したのは、優に大人の背丈の三倍を超える、青銅と黒鉄で鋳造された異形の巨躯であった。
全身の装甲には、現代の魔導工学では到底解読不可能な、禍々しい古代のルーン文字が血のように赤く明滅している。
「な……ッ!? あ、あれは……古代種のゴーレム、『古代遺物・巨鋼兵クロノス』……!? なぜ、そんな伝説の遺物がここに……!」
八百年以上の歴史を知る大賢者メリッサが、その瞳を限界まで見開き、持っていた短杖を取り落としそうになるほどの戦慄に震えた。
「この作戦の心臓部である『魔導広域共振波放射機』を守るために、絶対の番犬を用意しておくなんて、当然の備えやろ? さあクロちゃん、目障りな虫ケラどもを、骨の一片まで叩き潰したり!」
キィィィィィン――ッ!
クロノスの双眸に宿る紅蓮の魔光が激しく輝き、丸太よりも太い黒鉄の剛腕が、空気を爆破させながらルシアン目掛けて振り下ろされた。
「へっ、古代の遺物だろうが何だろうが、この俺が後れを取るかよッ!」
ルシアンが体内魔力を足元に爆発させ、聖大剣クラドを両手で下段から一気に振り上げた。
山をも両断するはずの、剛力無双の一閃。
ギィィィィィィンッッッ!!!
耳を劈く凄まじい火花が夜闇を照らし出した。
だが――ルシアンの渾身の一撃は、クロノスが軽く掲げた前腕の装甲に、まるで紙屑のようにあっさりと弾き返された。
「なっ……硬すぎる……ッ!?」
手首の骨がきしむほどの強烈な反動に、ルシアンの体勢が大きく崩れる。
クロノスは休むことなく、弾丸のような速度で巨大な鉄拳による無慈悲な連打を繰り出した。
ドォン!
バガンッ!
ドガァァッ!
ルシアンは必死に大剣の腹を盾にして受けるが、一撃ごとに石畳の床が粉々に砕け、足元を抉りながら激しく後退させられていく。口元から鮮血が飛散した。
「おかしいわ……! いくら古代兵器とはいえ、ルシアンの全力の太刀筋をまともに受けて、傷一つ付かないなんてあり得ない……!」
メリッサが焦燥に満ちた声を上げる。
ユーリは目の奥へと意識を集中させ、【眼】のピントを極限まで引き絞った。
視界から光の色彩が削ぎ落とされ、世界を編み上げるマナの流線が露わになる。
そして、その異変の正体は一瞬で網膜を焼き尽くした。
放射機の中央。そこに埋め込まれた紫色の核から、目に見えないドス黒いヘドロのような『マナの澱み』が、津波となって屋上全体へ向けて激しく噴き出していたのだ。
「機械から、マナの不純物が噴き出している……!」
「なんですって!?」
「あの放射機は高周波を放つだけじゃない。マナの流れそのものを暴力的にねじ曲げて、周囲一帯に強烈な不具合の嵐を撒き散らしているんだ! その不純物が、みんなの体内の魔力生成を根元から邪魔している……!」
マナの乱れが、空気中の魔素を窒息させている。
魔力循環を遮断されたルシアンは、ただの重い鉄塊となった大剣を支えることすら困難になり、呼吸を乱して膝を屈しかけていた。
「いまさら気付いたところで、手遅れや!」
ディアナが勝ち誇ったように嘲笑う。
その合図に呼応し、クロノスの左腕の分厚い装甲が、まるで生き物のように中央から裂け、巨大な鋼鉄の鋏へと変形した。
ウィィィィィンと耳障りな駆動音を立てて開いた鋏が、動けないルシアンの胴体を真横から挟み込む。
ガチィィッ!!
「ぐあぁっ……!?」
「ルシアン!」
挟み込まれた鋼の圧力に、ルシアンの骨が悲鳴を上げる。
「ぐ、あぁぁぁぁ……ッ! 身体が……なんて力だ……ッ!」
「あはははは! 見ぃな、無様な残念イケメン君の姿を! 手も足も出んと、古代の鉄屑になぶり殺される気分はどうや!?」
ディアナの嗜虐的な高笑いが夜風に響く。
クロノスの両肩の装甲が左右に展開し、内蔵された無数の魔導重火器の砲門が、身動きの取れないルシアンと後方の仲間たちへと一斉に向けられた。
銃口の奥で、真紅の魔力光が充填されていく。
「ユーリ、あの装置を止めなさい!」
メリッサが叫んだ。
自身も魔法を起動しようと試みるが、マナのジャミングに阻まれて術式が手元で激しく暴発し、指先を血に染めて膝をつく。
「あの放射機を止めない限り、私たちの魔力は戻らないし、街全体が一斉暴走で吹き飛ぶわ! あそこへ辿り着いてマナの不純物を引き剥がせるのは……魔力の影響を受けないユーリだけよ!」
しかし、放射機の前にはクロノスの砲門が隙間なく並び、直進すれば肉片すら残さず蜂の巣にされる絶望の射線が完成していた。
第18話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
「剥がれろ――ッ! ビリリィーー……ッ!!」
不可視のワイヤーも、部屋を閉ざす特級拒絶結界も、素手で力任せに引き剥がしていくユーリの圧倒的デバッグ無双!
しかし、追い詰められたディアナの唇に浮かぶ不敵な笑み――
「あんたらが追いかけて来るのわかってて、何故わざわざ待ち構えていたか……分かるか?」
次話、強敵クロノスが姿を現す!
魔力を封じられた絶望の嵐の中、聖騎士団長エリアナが人生のすべて(地位と名誉)を懸けた「魂の選択」へと立ち向かいます……!
「ユーリの素手剥ぎ取りが無双すぎて最高!」
「ルシアンの親友っぷりと頭突き突破に笑った!」
「続きが気になって止まらない!」
と少しでも胸を熱くしていただけましたら、
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次話【第19話:古代遺物クロノスの猛威と、散りゆく名誉】へ続きます。
次回は明日18時40分頃更新します。




