【第15話】:【潜伏の迷路と、裏社会の微笑】
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白亜の塔潜入の鍵となる清掃員・ロキシーを救うため、廃屋ビルのアジトへ突入!
野生全開のキャシーと、裏社会の掃除人・ハリス店長率いる謎の組織の鮮烈な手腕が炸裂する――!
どうぞお楽しみください!
たどり着いたのは、数年前に幾つかの店舗が撤退し、取り壊されずに放置されている巨大な総合ビルの廃墟だった。
薄暗いロビーにはコンクリートの瓦礫が散乱し、埃っぽい夜風が建物の隙間を通り抜けていく。
「メリッサ。ドアの鍵を音を出さずに解除する魔術、使える?」
「それくらい朝飯前よ」
メリッサが短杖を軽く一振りすると、閉ざされていた事務所の頑丈な鉄扉が、一切の摩擦音を立てずにすんなりと開いた。
「さぁ〜て、どこにいるかな〜」
キャシーがふふんと鼻を鳴らし、暗い部屋の中へと一歩足を踏み入れた。
次の瞬間だった。
「ニャァァァァァァァァァッ!!!」
暗闇の奥から、一斉に無数の黄色い光が灯った。
そこに群がっていたのは、廃墟をねぐらにしている大量の野良猫たちだった。突然の侵入者に驚いた猫たちが、一斉に鋭い鳴き声を上げて威嚇を始める。
すると、キャシーの金色の瞳がピキリと垂直に細まり、ヒョウの獣人としての血が一瞬にして沸騰した。
「フーーーッ! シャー――ッ!!!」
キャシーは四つんばいになって背中を丸め、牙を剥き出しにして、野良猫たちと全く同じ目線で激しく唸り声を上げ始めた。ヒョウの耳が限界まで後ろに伏せられ、長い尻尾が威嚇のために激しく床を叩く。
「ミャァァァッ! ギギィッ!」
「シャーッ! あたしの方が強いんだからね! 舐めないでよ、チビども!」
完全に野生のヒョウに戻ったキャシーが、凄まじい迫力で猫の群れと本気で睨み合い、怒鳴り合っている。
「……キャシー、猫と喧嘩するのはやめてくれ。時間が惜しい」
冷めた声で呼びかけると、キャシーは悔しそうに振り返った。
「だ、だって、こいつらがあたしに向かって生意気な態度をとるんだもん!」
「相手はただの猫だ。ここにはロキシーはいないようだし、次の場所へ行こう」
三人がたどり着いたのは、同じ廃屋ビルの最奥にある、かつて書類保管庫として使われていた暗い小部屋だった。
「ここよ、鍵が開いてる。……でも、中に誰もいないみたいだけど」
メリッサが、壊れた扉の隙間から中を覗き込む。
足元に【眼】を凝らすと、そこには不気味な、極めて濃密な紫色の『マナの澱み』が、泥のついた靴跡のように奥の部屋へと続いていた。
「いや、いる」
先頭に立ち、散らばる瓦礫を慎重に避けながら、薄暗い部屋の奥へと静かに足を進める。
保管庫の片隅。
倒れたスチールラックのすぐ脇に、頑丈な縄でぐるぐる巻きにされ、口を汚れた布で塞がれた女性が転がっていた。
線の細い身体つきに、緑がかった綺麗な髪を一つに束ねた姿――ハリス店長に見せられた書類の、あの「本物のロキシー」の写真と寸分違わぬ姿だった。
「ロキシー!」
素早く駆け寄り、口を塞いでいた布を取り除く。
キャシーが鋭い爪を閃かせ、束縛していた頑丈な縄を一瞬にして綺麗に切り裂いた。
「あ、ああ、う、うぅ……。た、助かったっすか……?」
ロキシーは痛む手首を押さえながら、弱々しく息を吐き出した。
状況を把握するや否や、彼女はボロボロと大粒の涙を流して縋りついてきた。
「あ、ありがとう……! 今朝、仕事に向かう途中で急に知らない女に襲われて、身分証と鍵を奪われたんすよ……!」
「怪我はない!? その女の事、何かわかる?」
キャシーが心配そうに身を乗り出すと、ロキシーは震える声で言葉を絞り出した。
「その女は……カードを使って白亜の塔へ侵入し、今夜、最上階の装置を暴走させる気っすよ……!」
「やっぱり、一歩遅かったか……!」
メリッサが悔しげに小さな拳を壁に叩きつけた。
部屋の入り口。今入ってきたばかりの鉄扉の影から、不気味な黒いローブを纏った組織の構成員たちが数人、鋭利な刃物や魔力銃を構えて現れた。
「観念しなっ!」
退路を塞ぐように、完全な包囲網が敷かれる。
「なに、あいつら。挨拶よりも先に攻撃してきて!」
壁を背に敵の弾幕をかわしながらキャシーが憤慨する。
「さっきの子猫たちの飼い主の可能性もあるかもよ」
メリッサが窓の隙間から牽制の魔法を放ちながら応じる。
「そんなに可愛がってるなら、放し飼いにしないでほしいわね!」
キャシーも鋭い牽制を放つが、敵の数は多く、次々と援護の射撃が飛んでくる。
「くっ、多勢に無勢……! でも、あたしたちがいれば!」
キャシーが鋭い爪を剥き出しにし、一気に前へ躍り出た。
稲妻のような速度で爪が空を切り、構成員の一人が持っていた武器を叩き落とす。
間髪入れずに身代わりの煙を放ち、天井の梁を蹴って二人を壁へと蹴り飛ばした。
メリッサも短杖を一振りし、鋭い風の刃で迫る魔力弾を相殺していく。
二人の圧倒的な戦闘力に、構成員たちは一瞬で追い詰められた。
だが、敗北を悟った構成員の一人が、絶望的な形相で瓦礫の影へと飛び込んだ。
「動くな! 動けば、このガキの命はないぞ!」
男が、瓦礫の陰で震えていた浮浪児の首元に、冷酷にナイフを突き立てた。
「た……助けて……」
卑劣極まりない人質。
「卑怯者……っ!」
キャシーの顔が怒りに染まるが、人質を取られては手を止めざるを得ない。緊迫した静寂が、部屋を冷たく支配する。
絶体絶命と思われた、まさにその時だった。
シュッ、と。
誰もいないはずの壁の暗がりから、小さな橙色の火花が灯った。
「なぁに、君たちの手を煩わせるほどのことでもないよ」
低く、冷徹に響く大人の声。
現れたのは、よれよれのシャツを羽織り、安煙草に火を点けたタートル清掃会社のハリス店長だった。
「ハリス店長!? なんでこんなところに!」
キャシーが驚愕の声を上げた瞬間――部屋全体の大気が凍りついた。
「なにっ――!?」
人質を取っていた男が驚愕の声を上げるより早く、頭上の天井から、そして左右の影から、音もなく「作業着」の男たちが舞い降りた。
ハリス店長がこの裏路地に配置していた彼の従業員たちだ。
その動作には、一切の躊躇も無駄もなかった。
一人の作業員が手にした清掃用モップの柄を閃かせ、一瞬で人質を取っていた男の肘を逆関節にへし折る。
ナイフが石床に転がるのと同時に、別の作業員が滑り込み、幼い少年を抱き抱えて安全圏へと瞬時に救出した。
「がはっ……!?」
残りの敵が武器を構え直す間すら与えない。
清掃バケツを回転させて視界を遮り、水しぶきとともに影から踏み込んだ作業員たちが、無音の体術で首を締め、関節を外し、次々と沈黙させていく。
一切の隙がない、圧倒的なプロの制圧。
ほんの数秒のうちに、敵の包囲網は影も形もなく瓦解し、構成員たちは全員気絶して床に転がっていた。
「……ハ、ハリス店長?」
キャシーが、呆然と口を半開きにしてその光景を見つめていた。あまりにも鮮やかすぎる手際に、言葉を失っている。
ハリス店長はふぅと煙草の煙をくゆらすと、いつもの冴えない「人のいい店長」の笑顔に戻り、語りかけてきた。
「大丈夫。この不届き者たちは手前どもが衛兵に引き渡しておくから、君たちは速やかに目的を果たしに行きなさい」
「助けてもらったお礼に、私が白亜の塔の中へ手引きするっす!」
救出された本物のロキシーが、痛む身体を押さえて立ち上がった。
「清掃員だから、衛兵に怪しまれずに入れる裏の最短ルートを知っているっすよ! あいつらに私の顔を汚された借りを返さなきゃ気が済まないっす!」
だが、ハリス店長はそれを、鋭い手つきで静かに制止した。
「君は今まで拘束されていたんだ、安静にしたほうがいい。店の奥の部屋を貸すから、そこでゆっくり休むんだ」
「ありがとうっす、店長。でも、どうしても彼らを助けたいっすよ。この人たちは、命を救ってくれたんっすから!」
ロキシーの真に迫った必死の表情。
メリッサもまた、ハリス店長に向き直り、静かに頷いた。
「私たちが無茶を言っているのは分かっているけれど、彼女の力を貸してもらえると、本当に助かるわ。塔のてっぺんにあるあの装置を止めるには、一秒でも早く最上階へたどり着かなければならないの」
ハリス店長は眼鏡の位置を直し、深くため息をついた。
「……はぁ。本当に、うちの従業員は頑固な連中ばかりだね」
ハリス店長は苦笑いし、ロキシーを真っ直ぐに見つめた。
「わかった。ただし、必ず生きて戻ってきなさい。いいね」
「感謝っす、店長!」
「本当に、いい店長さんね!」
キャシーも、嬉しそうに獣耳を跳ねさせた。
だが――その所作の裏にある異様な冷徹さを、【眼】は見逃していなかった。
先ほど人質が取られた緊迫した局面にあっても、ハリス店長は眉一つ動かさず、ただ障害物を排除するための計算を瞬時に終えたような、恐ろしく冷めた目で標的を見据えていたのだ。
モップや雑巾を握る人間のそれではなく、鋭い暗器を扱い慣れた者特有の、奇妙に乾いた冷徹な佇まい。
「……急ごう。ロキシー、案内をお願いする」
不自然な気配に深入りはせず、踵を返して廃屋ビルを後にした。
一同が去り、完全な静寂が戻った廃屋ビルの小部屋。
拘束され、床に転がされている組織の構成員たちを、ハリス店長は冷たい目で見下ろしていた。
「……この機会にロキシーも目障りだったから、処分しようと思ったんだが、仕方ないね。連れていかれては手が出せない。……まぁ、塔の騒動を治めるのが優先ですかね」
ハリスはくわえ煙草を乱暴に床に放り捨て、靴の裏で踏み消した。
先ほどまでの「人のいい、苦労人の店長」の顔は、もうどこにも存在しなかった。
ハリスは冷たい眼光をぎらつかせ、床で縛られている組織の構成員の髪を、力任せに乱暴に掴み上げた。
「さて。ウチのシマでこれだけのことをやったんだ。タダで帰れると思ってないだろうね」
「ひ、ひぃぃっ……! 俺達は雇われただけで、何も知らない! た、助けて――」
「さぁ、お片付けの時間だ」
暗闇に響く、ハリスの恐ろしくも静かな笑い声。
その裏社会の冷酷な息遣いを背に受けながら、ユーリ、メリッサ、キャシー、そしてロキシーの四人は、深夜の白亜の塔の裏手へと向けて、闇の中を一目散に駆け抜けていくのだった。
第15話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
「あたしの方が強いんだからね! 舐めないでよチビども!」
廃墟の野良猫たち相手に本気でフーフー威嚇し合うキャシーの愛らしさから一転――
卑劣な人質トラップを一瞬で無力化する、ハリス店長率いる謎の従業員の息もつかせぬプロの制圧劇、お楽しみいただけましたでしょうか?
無事にロキシーからセキュリティカードを託され、いよいよ王都の心臓部『白亜の塔』へ潜入する準備が整いました。
敵の主力が天蓋に引き籠もり、街の監視網が「空白」となった今こそが唯一の勝機!
次話、ついに深夜の白亜の塔へ極秘潜入!
張り巡らされた魔導セキュリティを突破し最上階へ向かうユーリたちでしたが……待ち受けていたのは、想像を絶する「最悪の裏切り」でした。
「キャシーが猫と本気で喧嘩してるの可愛すぎる!」
「ハリス店長たちの制圧シーンが鮮やかでカッコいい!」
「いよいよ白亜の塔への突入か……ワクワクが止まらない!」
「ここからどうなるのか早く読みたい!」
と少しでも楽しんでいただけましたら、
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次話【第16話:監視塔の潜入と、忍び寄る裏切り】へ続きます。
次回は明日18時40分頃更新です。
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