【第13話】タートル清掃会社の秘密
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拾い上げた従業員証を手がかりに、裏路地の清掃会社へ。
出迎えたのは、冴えない中年店主――だがその瞳の奥には、冷徹なプロの光が宿っていた。
どうぞお楽しみください!
白亜の塔からキャシーの煙幕を使ってどうにか逃げ延びたユーリ、メリッサ、キャシーの三人は、夕闇の迫る路地裏を静かに進んでいた。
目指すのは、裏門で会ったロキシーと名乗る女性が去り際に落としていった、従業員証に書かれていた場所。
――『タートル清掃会社』。
衛兵騎士団長であるルシアンは、王都本部からの業務監査と昨日の一斉暴走の始末書提出の命令により、部下たちに連行されて泣く泣くお留守番中である。
自分たちだけで動くしかなかった。
「……申し訳ありません。本日はもう退社いたしました。御用がある場合、ご伝言をお預かりいたしますが」
ユーリは路地の陰で、手元に持った通信用の魔導石に魔力を流し、タートル清掃会社の事務所へと直接連絡を入れていた。
返ってきたのは、今日は帰ったという事務的な返事だった。
そそくさと通信を切る。
「どうやら、事務所にあのロキシーという女性はいないみたいだ」
「じゃあ、直接乗り込んで、あいつの机とか更衣室を調べるしかないわね!」
メリッサが腕組みをして、短い足で地面をトントンと叩く。
だが、目的の清掃会社の事務所を外から観察すると、頑丈な鉄扉が閉ざされ、関係者以外は立ち入り禁止の重苦しい雰囲気が漂っていた。
「やぁ、ユーリ! 半日ぶりだね。ここは私が中に入って、情報を聞き出して来よう!」
その時、路地の反対側から、聞き覚えのある白銀の甲冑の音が響き、ルシアンが笑顔で手を振って歩いてきた。
「いや、キャシー。部外者が突然侵入したら警戒されるから、変化はやめよう」
ユーリは、ルシアンの姿をしたその人物を、一秒すらためらわずに一瞥して言った。
「ええええっ!? なんで!? 変化も声も完璧なはずなのに!」
ルシアンの姿をしていたものが、耳をピコピコと動かして絶叫した。
ポン、と軽い音とともに白煙が上がると、そこには頬を真っ赤にして地団駄を踏んでいる、赤髪の獣人キャシーが立っていた。
「ひょっとしたら、あの勝手口のあたりで声をかけてきた者の中に、敵の仲間が聞き耳を立てている可能性が高い。そんな状況で衛兵の姿をして調査に入ったら、警戒されるか、最悪の場合は気づかれて逃げられてしまうよ」
「……本当に人の外見にはこれっぽっちも関心がないのに、中身だけは完璧に見抜くわね」
メリッサが、呆れたように、でもどこか感心したように首を振る。
「聞き込みも変化もダメって、じゃあ、どうするのよ?」
キャシーが、トボトボと歩きながら不満げに尋ねる。
ユーリは、事務所の外壁に貼られた、埃をかぶった古い張り紙に目を止めた。
「求人募集……」
「なるほどね」
メリッサが、ユーリの視線の先を見てニヤリと笑った。
「まぁ、たしかに3分しか持たないキャシーの変化より、求職者を装って正面から堂々と入るのが一番だわ」
「あたしだって、もっと修行すればもっと長く変化できるんだもん!」
キャシーが頬を膨らませて抗議する。
「ほぉ、どのくらい長くなるの?」
メリッサが、面白そうに長い耳を揺らした。
「5分くらいかな!」
「まぁ、変化だけが忍法じゃないから」
ユーリが、なだめるように言う。
「慰めはいらないっ!」
「でもさ、面接官が敵の仲間ってことがあるんじゃない?」
キャシーの至極まっとうな疑問に、ユーリは首を横に振った。
「それはないと思う。この計画は、おそらく短期的なものだ。塔に侵入するのが目的だろうね。あの会社に勤め始めて、長くても数ヶ月ってところだと思う。面接官はそんな入ったばかりの、素性の怪しい人間に任せることはないからね。面接官が敵の仲間である可能性は低い」
「なるほどね。一理あるわ」
メリッサが頷く。
三人は深く呼吸を整え、求職者のフリをして、タートル清掃会社の事務所のドアを引いた。
カララン、と静かな鈴の音が響く。
事務所のドアを開けると、そこは薄暗く、やる気のない事務員の女性が肘を机に乗せて退屈そうにしていた。
「すいません、求人募集を見て来ました。面接をお願いします」
ユーリが声をかけると、事務員は「あー、ちょっと待ってね」と面倒くさそうに生返事をして、奥の部屋に向かって大声を張り上げた。
「店長――! ハリス店長ーー! 求人来たわよ」
奥から、眼鏡をかけた初老の男性が出てきた。
よれよれのシャツを羽織っているが、その瞳の奥には、長年この厳しい裏路地で生きてきた者特有の、静かで鋭い光が宿っている。
「メアリーさん、そんな大声出さなくても。求人募集ですね。じゃあ、奥へ――」
ハリス店長に促され、三人は奥の応接室へと通された。
重厚な鉄の扉が、カチャリと音を立てて閉まる。
その瞬間だった。
「よしっ、ここからは真面目な調査ね!」
キャシーが急に気合を入れ、応接室のテーブルをドン!と激しく叩いた。
そして、お留守番中であるルシアンの『声』を完璧に模写し、鋭い眼光で凄んで見せた。
「さて、店長さんよ。求人を装って悪かったな。だが、街の守護を務める衛兵騎士団として、緊急の捜査協力を要請する。今日、白亜の塔へ清掃に入った人物について、すべてを話しなさい」
「き、君たち、求人を装った強盗かなんかかい……!?」
ハリス店長は、眼鏡のつるをがたつかせ、驚いてガタガタと椅子ごと震えだした。
「いきなり脅してどうするのよ。協力してもらえないじゃない」
メリッサが、キャシーの頭をぺしっと叩く。
「だ、だって。こういうのは強引なほうがいいのかなって思っちゃって……」
キャシーは慌てて変化を解き、元の愛らしい獣人の姿に戻ると、照れ笑いを浮かべながら頭をかいた。
ユーリは深く息を吸い、言葉を整理した。
怯えるハリス店長を安心させるように、静かで、しかし真っ直ぐな声を届ける。
「尋ねたいことがあるんです。最初に事務の人に言うのが筋でしょう。でも、言えない理由があって」
白亜の塔に不審者が侵入し、この会社の従業員証を落としていったことを説明した。
事情を聞き終えたハリス店長は、眼鏡の位置を直し、ゆっくりと頷いた。
「なるほど。事情は分かった。申し遅れたけれど、私は店長のハリスだ。……今日、先に白亜の塔へ清掃に向かった者のことだね。うちの清掃員なら、今日の朝から現場に入って、そのまま直帰しているが……」
「直帰? 直接帰ってもいいんですか?」
「うちは終わった報告が入れば、次回まで待機するシステムだ。マギストーンなんかによる連絡でも構わない。今日、連絡自体は入っているが、本当に本人が連絡したかどうかは、私にも分からないさ」
ユーリは顎に手を当てて考え込んだ。
やはり、勝手口の不純な仕掛けをほどいていた者が、本物の清掃員になりすまして手続きを行った可能性は高い。
その時、ハリス店長が机の上に置いていた、従業員の管理資料がユーリの目に留まった。
「その資料……」
「ええ、そうですけど。ダメですよ、これは部外者に見せちゃいけないものですから」
ハリス店長は慌てて隠そうとしたが、ユーリはその資料に貼られた「本物の清掃員」の写真を見て、冷たい汗が背中を伝うのを感じた。
「……最悪だ」
「どうしたの? ユーリ」
メリッサが覗き込んでくる。
資料に載っている本物の清掃員――ロキシーという女性は、線の細い髪のを一つに束ねている女性だった。
裏口で会い、デタラメな魔獣の話をしてた、あの「ロキシー」という女性の顔とは、全くの別人だった。
「ねぇ、ユーリ。さっきから焦っているわね。清掃事務所を出た時からずっと、顔が真っ青よ」
メリッサが、ユーリの手の震えに気づき、静かに声をかけた。
ユーリは、冷たい汗の滲む手をぎゅっと握りしめた。
「なりすますのに、一番邪魔なものは……なりすまされた本物だ。つまり、なりすまされた本物の身が危ない。早く探さないと、あの人の命が危険だ」
「でも、昨日の朝から行方不明なら、探しても、もう――」
キャシーが、伏せ目がちに呟いた。
「ダメだ!」
強い否定の声が、応接室の空気を激しく震わせた。
ハリス店長たちの視線が一斉にこちらを向き、ユーリは慌てて声を落とし、テーブルからそっと手を離した。
指先が、ビリビリと痺れていた。
「今から探す。それが最優先だ」
メリッサとキャシーは、ユーリの尋常ではない瞳の強さに、完全に気圧されるようにして深く頷いた。
ユーリの脳裏には、あの鉛色の屋上の光景が、激しく、繰り返し叫び声を上げて響いていた。
――もう、誰も見逃さない。
助けられるなら、絶対に助ける。もう、あの日みたいに置き去りにするなんて、絶対に嫌だ。
「……ハリス店長。お願いです。ロキシーさんの住所を教えてほしいんです」
ユーリの切実な頼みに、ハリス店長は少し悩むような仕草を見せたが、やがて、深くため息をついて言った。
「かなりの事情がありそうだね。よかったら、もう少し詳しく聞かせてくれないか。……この裏通りで、まっとうに働く者の命が危険に晒されているなら、私も見過ごすわけにはいかない」
ハリス店長のその静かで力強い言葉に、ユーリたちは、包み隠さずにこれまでの事情をすべて話した。
話を聞き終えたハリス店長は、眼鏡を外し、目元を指で押さえた。
「なるほど、うちのロキシーがそんなテロ活動に巻き込まれているかもしれない、と……。分かった。協力しよう。……ただね、書類に書かれているロキシーの住所は、デタラメなんだ」
「えっ!?」
キャシーが声を上げる。
「なに、珍しいことじゃない。この裏路地で職を求める連中は、まっとうな人ばかりじゃないんだ。私も、偽りの住所だと知りながら放置していた。問い詰めると、彼らはすぐに仕事をやめて消えてしまうからね」
全員が、一瞬にして意気消沈しそうになった。
「だが、当てがないわけじゃない」
ハリス店長は、不敵な、そして長年この街を生き抜いてきた者としての渋い笑みを浮かべ、大きな地図をテーブルの上に広げた。
「ロキシーが帰る方向を、何度か見たことがある。彼はいつも、西地区の方角へ向かって歩いていっていたよ」
「西地区?」
メリッサが地図を覗き込む。
「商業スペースね。確かその奥は……多くの店が撤退して廃屋になっていたわ」
「それだ」
ユーリとハリス店長が、同時に深く頷いた。
「ああ、私もそう思う。ロキシーは家を借りる暮らしをしていなかった。おそらく、どこかの廃屋をねぐらにしているんじゃないかな」
「だが、この廃屋エリア、思ったより広い。総合ビルも入れれば、かなりの数だ。一晩でしらみつぶしに探すのは難しい」
「じゃあ、片っ端から当たっていくしかないわね!」
キャシーが、自らの手の甲をバシッと叩いて拳を握る。
「いいや、それじゃだめだ。おそらく本物のロキシーは捕らえられている。もし、犯人に自分たちが探しているってことが分かれば……」
「ロキシーの身が危険になるってことね」
メリッサが、ユーリの言葉を引き継いだ。
三人が考え込む中、ハリス店長がすっと立ち上がった。
「――じゃあ、私が手伝いましょう」
「え? 店長さんがですか?」
キャシーが首をかしげる。
「私はこれでも、この裏路地で長年商いをしてきました。それなりのツテがあります。裏の連中に、それとなく怪しい出入りがないか探らせるくらいは、朝飯前ですよ」
「そこまでしてもらうなんて……」
ユーリが恐縮しかけると、ハリス店長は、男らしい、誇りに満ちた顔で微笑んだ。
「なぁに。従業員の身を守るのも、店長として当然のことです。それに――」
ハリス店長は、眼鏡の位置を直し、窓の外にそびえ立つ白亜の塔を睨みつけた。その目には、この街を愛する一人の住民としての、強い意志が宿っていた。
「――気に入りませんね、テロ活動なんてものは」
本物のロキシーを救い出すため、三人と、そして頼もしい協力者であるハリス店長は、深夜の廃屋エリアへの捜索に向かうことを強く決意するのだった。
第13話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
白亜の塔への潜入ルートは確保した。
しかし、決戦の準備を整えるべく夕暮れの街を歩くユーリの前に、突如として不可解な「赤いマナの結界」が立ちふさがります……!
次話、妖艶なる魔族の最高幹部――リターニアが登場!
首元に刻まれた「死の首輪」を巡り、物語は一気に加速します!
「ハリス店長の裏の顔が渋くてカッコいい!」
「白亜の塔への潜入準備が整ってワクワクする!」
「テンポが良くてどんどん先が読みたくなる!」
と少しでも思っていただけましたら、
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次話【第14話:消えない澱みと、赤い革のブレスレット】へ続きます。
次回は18時40分頃更新です。
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